第23話 身体憑依

(やれやれ、馬が残ってて助かった)


 両脇と背に荷物を積んだ馬を引き、小城へと先を進めるのはアデラだった。

 アデラの実家を含め四件程回れたが、その都度土産を持たされアデラはまさに「方陣魔法が出来たら良かったのに」という荷物まみれの状態で宮廷に戻ってきた。

 馬を借りようと厩の番人の所へ行ったら、陛下と第二王妃、下の王女二人に付き人達に魔法管轄所の者達が馬を借りて、ロジオンのいる場所へ向かったと聞いた。


『早馬はねえが、良いか?』

 文句はない。アデラは首を縦に振った。


(しかし……一体、何の用で?)

 首を傾げながらアデラは、ロジオンが普段住み着いている平屋に辿り着いた。


「──さて」

 アデラは服の裏の胸ポケットに、大事にしまっていたものを出す。

 

 琥珀のブローチ──ロジオンがエルズバーグ第五王子だと言う証の品。


 琥珀の中には、各王子王女ごとに象徴となる物が埋まっている。

 ロジオンの場合は第二王妃が産んだ初めての子でもあるため、王妃の故郷で原産の薔薇杉の葉である。

 実が薔薇のような形な為、そう呼ばれている樹である。

 天然でそうそう希望の物が入っている琥珀はなかなか無いので、その場合人の手が加えられる。


 ブローチの土台には


『ロジオン=イェレ=エクロース=エルズバーグ


 雪原の月の十二日目に生誕』


と刻まれている。


 このブローチに自分の魔力を注ぎ、鍵としていた。

 勿論、魔法日記の隠し場所もこのブローチ鍵が使われている。


 アデラはブローチを愛しく両手で握りしめ、

(ロジオン様、お部屋の扉を開けますよ)

と、念を送った。


 ──こんな感じで、彼に伝わるのだろうか?

 しかし、伝わらないと開けることが出来ない。

 今、ブローチは鍵としての役割だけでなく、媒体としても担っているのだ。

 暫くしても何の反応も無いので、アデラは少々心配になった。


(私の念が弱いのか?) 

 祖母に習って太陽に祈るポーズをしてみる。

(ええい!  伝われ──!  つったわれ、つったわれ! 伝わらないと扉を蹴破るぞお!)


『……態度と頭の中の台詞が合ってないんだけど……』


「──ぅわっ! ……ロジオン様?」

 立ち上がりキョロキョロと辺りを見渡してみるが、声が聞こえるのにロジオンの姿が見えない。

 クスクスと笑う彼の声が頭に響く。


『直接、君の頭に語りかけてるからね。そこにはいないよ、僕』

「でも、私のやっていたこと分かっているご様子でしたが……」

『うん、見えるから』

「見える? どこから?」

『姿見の鏡から』

「昨晩の……?」


 アデラはドレイクに外出許可を貰いに行く前の、ロジオンとのやり取りを思い出した。



 平屋の家と魔法日記の鍵は、ロジオンを媒体にしないと開かないと言う。

 ではどうするか?  ──アデラにロジオンの意識を憑依させ気を送る。


 『意識憑依』または『身体憑依』と言う。


 意識支配とまた違い、あちらは支配された人は次第に自己を失い、思考や感情が喪失するが身体憑依は、一時的に相手の身体に術者の精神が入る状態を言う。

 それには術者が憑依しやすいよう媒体の品を相手に持たせ、相手の行動が見えて憑依できるよう映す品も必要になる。

 それは映像として見えるものだったら、水面だろうと硝子だろうとグラスだろうと何でも良いのだが、今回はロジオンに与えられた部屋に大きな姿見の鏡があったのでそれを利用した。


 二人で鏡の前に立ち一回転させられた後、鏡の向こうのロジオンを見るように言われた。

 良いよ、と言われるまで じっと鏡に写し出された主を見つめる。


 後ろから聞こえる詠唱と、鏡に見える主の口の動きにずっと耳と目が離せなかった……。


『アデラ、扉にブローチをかざして』

「は、はい」

 浸っている場合ではない。

 アデラは深呼吸をし心を落ち着かせ、ブローチを扉にかざす。


『ちょっと……気持ち悪い思いするけど、我慢してね』

 そう、アデラの頭の中でロジオンの台詞が響いた瞬間──後ろから何かが触れ、自分の身体を包もうとしてしてくる。

 自分の皮膚の下から溶け込んで入ってくる水飴のような感覚。


(──気っ、気持ち悪っ!)


『気持ち悪いよねえ。もう、大丈夫だと思うけど……』

「……あっ……。はい、平気です」

 いつもより身体が重たい感じはするが、ぬめりが身体を包みながら入ってくる嫌な感じは消えた。


『もう、解錠したから入れる……扉、開けてくれる?』

 ノブに手を掛け、扉を開けると室内へと入る。


 開けるとすぐに居間の間取りの主のすむ平屋は、昨日の朝に出た時と変わらずに明るい日差しが出迎えてくれた。

『……何か、何日も留守にしていた気分……』

「また戻れましょう」

 ぼやく主にアデラは優しげに言葉を返したが、頷く主の言葉には自信が見られなかった。


「さあ、魔法日記の場所は? 取ってさっさと引き上げましょう! ロジオン様に沢山お土産を持ち帰りましたよ」

 アデラも朝から忙しく動いて疲れていたが、しんみりしている主のロジオンの為にも張り切る素振りを見せた。


 くすり──と自分の頭の中で主の笑う声が聞こえる。


『そうだね……。今日は人が多くていつまでも憑依していられないし……ちゃっちゃっとやってしまおう』

「陛下がお訪ねに?」

『うん。試作花火の打ち上げまでいるみたいだ。付き人が外で炊き出しやってるよ』

「ロジオン様をお訪ねに?」

『まあ……色々と。帰ってきたら話すよ』

 分かりました──と、アデラは頷き誘導で寝室に移動する。


 寝室にある姿見の前を通った時、アデラがぎょっとしその前で立ち止まった。


「──! ロジオン様!」


 姿見に写る姿は自分の筈なのに、どうしてかアデラでなくロジオンが写っている。

 驚いて、鏡に近付き自分の顔を撫でる。

 自分の手で触れる顔・手も顔も自分の物の感触なのに……写る姿はロジオンだ。


『こちらに写る姿はアデラだよ』

 あっけらかんとロジオンは言う。


「……はあ……」

 複雑な気持ちのまま、寝室の暖炉の横前に向かった。


『うん……そう、その辺りに薔薇杉の実の落書きがあるでしょ? そこに身体の中心を合わせて。右手にブローチを持って、両手を真っ直ぐに壁に付けて』

「左手にブローチを持ってはいけないのでしょうか?」

『それだと師匠の魔法日記が取り出せない。右手側にあるんだ……師匠の』


 理解できない部分があるが、その質問は保留にしておこう。アデラは思った。

 ロジオンの声が頭に反響していて、二日酔い時の頭痛のようだ。

 この状態で長く会話していると、しばらく寝込むのではないだろうか?

 そう思い主の言う通りに薔薇杉の落書きの前に立ち、両手を真っ直ぐに壁に当てた。


『……』

 アデラの頭の中に、知らない語源を呟く主の言葉が響く。

 壁が柔らかくなった──そう思った時、泥沼に手を突っ込んだようにズブズブと壁の中に沈んでいった。


「ひゃあ!」

『その先に日記があるから、手を引っ込めないで』

 驚いて手を抜こうとするアデラに憑依している形のロジオンが押し戻し、どうにか彼女を諭す。

 覚悟を決めて壁の中に潜った手で探ってみれば、爪先に何かが当たり掴んでみた。

 感触からして手帳のようだ。

 指の平にふれるザラザラ感は刺繍だと分かった。左手にも同じ位の深さで同じように触れる。

 こちらは革製ではなかろうか。ツルツルとした感触があった。

『それ。どっちも引っこ抜いて』

 右手にはブローチも握っているために、少々神経を使ったが掴み、無事にどちらも引っこ抜いた。


「これが『魔法日記』……!」


 どちらも手のひらに収まる大きさで、思いの外薄い。

 コンラートの方はさすが、と言うべきか、刺繍の装丁の見目素晴らしいものであるが、この薄さで果たして彼が生きてきた長さを語れるものなのか──アデラは首を傾げた。


「……どちらも薄いのですね。もっと大きくて厚い物かと思っていました」

『あちこちに放浪するのに『そのまま』じゃあ荷物になるからね。形を変えてあるんだ』

「これは原形ではないのですか?」

『後で見せてあげる……ドレイクに渡さなくてはならないしね……』

「……何があったんです?」


 アデラだとて、必修で魔法日記のことは知っていた。

 魔法を扱う者達にとって命と同等の魔法日記。

 生前贈与は絶対に無いし、大抵は弟子に渡される。

 それから言えば、ロジオンが持つのは当たり前だ。


 ──なのに何故、ドレイクに?


 事情を知らないアデラが不振がるのは、ごく当たり前である。

『来たら、その辺の件くだりも話すよ……何せ今日は……もう、次から次へと……』


ロジオンがうんざり──とでもいうように溜息を付いたのが聞こえた。


「分かりました。では後程」

『うん。『抜く』から……今度は平気だと思うよ』

 れだけ言うと、もう主の声はアデラに届かなくなり、その瞬間に頭痛もなくなり身体も軽くなった。


「霊にとりつかれるのって……こんな風なのかもな……」

 ぽつりと独り言を言うと、アデラはさしあたって玄関の扉をどう施錠しようか考えを巡らせた。


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