第22話 コンラートを守る者

 項垂れながらサマンサからの治癒を受けているハインを、ロジオンは黙って見ていた。

 侍女が「こちらでお茶を」と父王の元へ促そうとしたが断って。


 親衛隊の空気はバラバラである。

 今までの尊敬はどこかへ吹き飛び、侮蔑の視線でハインを見る者達。

 今だ信じられない表情の者。

 次の責任者を狙う様子の者。

 瞳を輝かせロジオンに尊敬の眼差しを送る者。




「ハイン」

 ロジオンは彼と同じ目線の位置にしゃがむ。


 ハインは目を合わせることもなくぶっきら棒に「何のようです?」とロジオンに言った。

 そして、

「おめでとうございます。私をやぶったからには王子、あなたが宮廷筆頭魔法使いですよ。私はさっさと辞めますよ」

と、投げやりに言い放った。


「辞めて、君はどうするつもり?」

「さあね。エルズバーグ内を転々とするか……それとも国外を出るか……はっ! 私がどこにいこうとも貴方には関係がない」

「君……生まれはエルズバーグ?」

「そうですよ。生まれも育ちもエルズバーグだ。もっと西の街ですけど。この国は大きいですからね」

「この国を出て、修行したことは?」

「ありませんよ。必要ないじゃありませんか。これだけ大きい国に住んでいれば」


「……それが、今回の敗因だ……」


「──はっ?」


 ハインが負けを認めて、初めてロジオンと顔を合わせた。

 顔、とロジオンはリシェルから清潔な布を貰いハインに渡した。

 ハインの顔は土埃だらけだったからだ。涙と鼻水も流れていたせいもあるが。


「負けたの、初めて?」

「師匠以外の奴にはね……」

「この国で負けて良かったね……」

「嫌みか?」

「本心だよ。ハインの魔法は、この国でしか通用しないからね」

 ロジオンの言葉にハインは眉を潜めた。

 

 ロジオンは構わず話を続ける。

「演習だってエルズバーグ内でやって、他の国とは演習はしないでしょう? 演習はあくまでも演習──実戦とは違う。……実戦は生と死のやり取りだ」

「……」

「僕とハインの違いは『実戦での経験の差』だ」


「王子……貴方……実戦の経験が……」

「あるよ。結構な数だね」


 サマンサとリシェルも驚き、眼を開いてロジオンを見た。

 苦笑いしながらロジオンは、人差し指を立て自分の口に当てる。

「父上や母上、それに兄弟達にはまだ内緒にしておいて……。衝撃を受けるだろうから」


「王子、ではコンラート様と共に戦に?」

 サマンサが尋ねた。

「うん……。大抵師匠を招く国は、危機に瀕している、戦を始めようとしている国が多いからね……。師匠は戦いに出ても、僕を守れる自信があったのだろう」

 ロジオンは当時を思い出したのか、言葉を噛み締めるよう、いつもよりも更にゆっくりと語った。


「魔法と槍と弓矢に剣。石砲や、それなりの国では大砲や火薬の投入。混戦になるともう、敵や味方が入り交じってね……滅茶苦茶だ。自分の耳と目を頼りに敵か味方を知り、支援や防御に聖光。その上に師匠の後衛。次から次へと繰り出される物理攻撃に魔法攻撃……怖がっている場合じゃない。負けてしまう、消えなくても良い命が消えてしまう……早く魔法を施行しなければ……一度でも戦を経験して、生き延びれた魔法使いや魔導師達は、その重要性を身に染みて分かっている。だから詠唱を口に出さなくても頭の中でイメージして、施行できるようにするわけ」


「しっ、しかしそれでは、問いかけの必要な召喚系や精密にかけねばならない封印が……」

「そこはそれ……臨機応変でね」

 微笑むロジオンの瞳の色は陰り、まるで深い海の底を見てきたようだった。



◇◇◇◇



「……やっぱり、コンラート様の後衛をなさっていたのはロジオン王子だったんですね……」

 ロジオンが着替えを強制させられ侍女に無理矢理小城に連れていかれたのを見送ってから、リシェルがぽそりと言った。

「リシェルは、他国から来たのですものね……」

 サマンサの台詞にリシェルは、軽く頷く。


 ──水のコンラートの後ろに守り手あり──


 マントの襟は鼻まで隠し、フードは髪を隠し、見えるは色素の薄い瞳のみ。

 男か女か、はたまた子供か大人か。

 敵も味方も、その見事に的確に繰り出す魔法支援と防御の数々に


 ──流石にコンラートの後ろを守るものよ──


と、感嘆し、又は恐れた。




「きっと顔を知られては王子の立場として問題になるから、コンラート様が顔を隠すよう王子に話していたのかもしれませんね……。ロジオン王子は何故顔を隠さなければならないのか、知らなかったのでしょうけど……」


 治療を終えたサマンサが、まるで過去のロジオンを見るように遠い目をした。

「……」


 ハインはもう、やさぐれた仕草はすることはなく、今までとはまるで別な顔付きで空を仰ぎ、遥かに広がる彼方をいつまでも見つめていた。






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