第21話 勝負(2)

 ハインの天にかざした両手から、パチパチと静電気が起こる。


(雷? 放電?)

 

 ロジオンの見極めより早く、音が大きく激しくなる。

 それは引き続き音を激しくし、癇癪を起こした光のように時に周囲に威嚇をしながら大きくなっていく。

 とうとうハインの頭より大きくなった。

 周囲の感嘆の声が届く。


「これだけじゃ芸がない」

 ハインは引き続き詠唱しだすと、その雷電の玉は拳くらいの大きさになって分かれ四方に散らばっていく。



「ハイン様の得意な魔法だ。初っぱなから飛ばしてるなあ」

「これくらいやらないと、ぼんくら王子にはわかんねーんじゃね?」

「や~ねえ。今は『悪臭』でしょ?」

 早くも勝利を確信したのか、共に来た魔導師や魔法使い達はいい気になってロジオンを罵倒し始めた。

 魔法を扱う者達の間では、魔力や魔法の技の強さが絶対。

 ロジオンが王家の人間だろうと関係がない。

 魔導師や魔法使いの世界にも、彼らなりの常識や理念があるのだ。


 ──とは言え


「やんなっちゃうな~。何? あの馬鹿集団。口しか動かしてないじゃん」

 エマの辛辣な口調が、ハインの親衛隊とも言える集団にも届いた。

「──何! 我々を愚弄すると言うことは、ハイン様を愚弄すると言うことだぞ!」

「そうよ! ハイン様は魔導術統率協会に入るのに相応しきお方! 貴女なんてど~せ、その牛のように大きい胸で魔承師を誘惑して得た地位なんじゃない?」


「──ぁあ? ざけんな」

 エマが声を落として凄んだときだった。


 ガコン


「──ぴっ!」

 奇妙な音が女の頭上からし、エマを罵倒した女が奇声を発して紐が切れた人形のように倒れた。

 他の親衛隊が慌てて女を介抱する。

 皆、怯えた様子でスゴスゴとエマから距離を取った。


「超絶結界を張れるエマ様を舐めるんじゃないよ」

 そう言うとエマは、フンと鼻息を荒くしながらフンワリと波打つ赤毛を掻き上げた。



◇◇◇◇



 バチバチと空気が裂けるような激しい音を立て、ハインが作り上げた幾つもの雷電の玉は、ロジオンに曲折しながら空を滑り向かっていく。

「お母様! お兄様が火傷しちゃう!」

「陛下! あれは火傷どころでは……!」

 妹王女達と王妃が真っ青になって立ち上がる。

「うむ……」

 ロジオンの父である陛下も腰を上げ、ドレイクを見つめるが、

「あれ位、何ともない」

とドレイクが呟く。


「遅い」

 ロジオンは自分のマントの裾を掴むと、雷電の玉に向かって翻した。

 マントに当たる瞬間、放電のつんざく音と激しい光が放出される。


 ──対魔法防御の念が織り込まれているマント。

 魔法を扱う者には必需品である。

 それだけで威力の弱い魔法は弾き返すことが出来るが、それ以上の魔法に対抗する場合、自分の魔力を注ぐこともある。


 ──ロジオンの場合、後者を選択した。


 一瞬、驚いた表情を出したハインだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

「まだまだ雷電の玉はウヨウヨしてるぞ? 全てをマントで払うつもりか?」

(しかも、標的はロジオンと誘導施行してある)

 ──逃げても逃げても追いかけてくるぞ。


 コンラートに予言されたくらいで、ちやほやされて魔導術統率協会のメンバーにちやほやされて、しかも──ちらりと防壁の外のエマを見る。

(超絶美女と仲が良いなんて!)

 ──羨ましい! 羨ましすぎる!

 ハインは魔法を扱う者の中では一般人と同じ欲求を持った珍しい若者であったのが、宮廷魔法管轄所を狂わせた要因である。

 彼がその辺の魔導師と同じく世俗に無関心でマイペースな人間だったら、二分化せず、各自分の研究に勤しむ日常があったのだ。



「……面倒」

 ロジオンがぽつりと呟くその口調は、単調で酷く冷めたものだった。

 ブルーグレーの瞳が長い前髪の間から輝いた気がし、ハインは思わず腰が引く。


「Takaisin(戻れ)」


 ロジオンが一言、そう述べた刹那──放電の玉が跡形もなく消えた。


「……えっ?」

 呆気に取られたのは、ハインだけではない。

 ドレイク、エマ、ルーカス以外の周囲にいた者全てが、目を見開き動きが止まった。


「すごーい! ロジオン兄様!」

 妹王女二人の歓声に皆、ようやく我に帰った。

 信じられない──ざわざわと囁く声に、怒りで震えたのはハインであった。


「何をした! 何をしたんだ! レイク殿! 貴方の仕業ですね! 対等な勝負に手を貸すとは!」

 ドレイクはそんなハインの怒りに

「何もしておりません」

と淡々と答えた。


「一瞬で雷電の玉全てを消すなどと、あのぼんくらに出来るわけがない!」

「消したんじゃない。『戻した』んだ、無に」

とロジオン。

「『戻した』……だと?」

「『消す』とこちらが施行した魔法とぶつかって、火花が飛びそうだからね……。ハインの魔法に化学方式が盛り込まれていて良かったよ。自然超訳や古文字式よりずっと得意なんだ」


 更に唖然としたハインは、ブルブルと震える口でロジオンに尋ねた。

「ど、どうやって私の魔法を解読したんだ……?」

「マントではらった時、僕の魔力から君の魔法の施行式が伝達された。それからある程度、解読した。皆、やってることでしょ?」


 首を傾けハインに同意を得ようとするロジオンに、横からドレイクが口を挟む。

「ロジオン、マントで魔法を受けて魔力伝達をするやり方は、常通ではやりません」

「そうなの?」

「それは危険な方法ですから。経験を積んだ者か混戦して時間が無い時位でしょうね、使うのは。──コンラート位の実力なら容易いでしょうが」

「……確かに、師匠見て覚えた方法だ……」


 余裕綽々で語るロジオンに、ハインは馬鹿にされたようでますます頭に血が上った。

「自慢か? 自慢しているのか! ──くそっ!」


(ぼんくらの癖に! 今まで碌に魔法を見せなかったくせに!)

 ハインが詠唱を唱えながら両手を地に付けた。


「──!」

 ロジオンとドレイクが魔法施行の気配を感じ、飛んで後ろへ下がる。

 地中から土の刃が、ロジオンに向けて攻撃が始まった。


 円錐に突き上がる土は、僅かに根付く草花を一瞬に突き刺す──身体を突き刺す程の強度があるのが分かった。隙間無く突き上がる円錐は前後左右に生まれ逃げ道を絶つ。

(お前は、ぼんくらのままの評価で丁度良いんだよ!)

 ハインのしたり顔が禍々しく歪む。悪鬼に取り付かれているように、暗く歪んだ笑顔であった。



「……だから、遅いんだ」

 再び、ロジオンの冷めた呟きが出る。

 今度は無言だった。

 

 ロジオンの口が動かない──魔法施行が間に合わない故だと思ったハインだったが、

「──!!」


 ロジオンのマントが靡いた途端、風圧が一気に上がった。

 ロジオンの足元から風圧と共に土が削られ、逆にハインに迫ってくる。

 ハインが魔法で造り上げた円錐は底から崩れ、土塊となって風に飛ばされ逆にハインを攻撃した。


「!!」

 防御の魔法詠唱も間に合わない。

 強度の上がった円錐の土塊が、共にハインの身体を痛め付ける。


 風圧で飛ばされハインは一瞬宙に浮き、地面に倒れ込んでしまった。




◇◇◇◇



 ──この力の差は何?


 ハインについてきた魔導師や魔法使い達は、愕然と魔法防壁の向こうにいる二人を見ていた。

 こんなにハインは弱かった?

 こんなに王子は強かった?


「圧倒的じゃないか……」

「何で……あんなに強いのに、今まで魔法を出さなかったんだ……?」

「馬鹿ね~、あんた達」

 エマが呆れたように告げた。


「魔法の存在理由は何? 入門中の入門よ?」


 ──万人の為のもの──


「自分の矜持や誇示、遊びで魔法を出すのは違うだろう?」

 そうルーカスが諭す。

「魔法は、その理論や方程式、組み立て──それに絡む式陣が理解できても一定以上の魔力がなければ発動・施行は出来ない。エルズバーグの王宮ここ では多くの魔導師や魔法使いを召し抱えているが、世界中から見たら魔法が出来る者はそう多くないんだ。恐らく、世界人口の五分の一居るか居ないかだと思った」

「皆、魔法が出来るわけじゃないから、出来る人は万人の生活の為に使うわけよ。それが一番の魔法定義で考えの基礎。思い出してよね~」


とエマが腕組をして、ふんぞり返りながらハインの親衛隊に告げた。




◇◇◇◇



「嘘だ……嘘だ……」


 へたり込み焦点の定まらないままブツブツと呟いているハインは、上等な絹のローブから品良くまとめた髪の毛まで土塗れであった。

 ゆっくりと近付いてくる影に、ひっ、と低い声を出してハインは後ずさりする。


 自分を見下ろす影──ロジオンだった。


 左手をハインの前にかざす。

 口の動きから詠唱をしている。

 左手を使うのは、攻撃魔法の基本──。


(この距離じゃ殺られる!)

 力が抜けて動けない、今からじゃあ防御魔法も間に合わない。

 ロジオンのかざす左手から、生暖かい風がハインの顔に当たる。

(もう駄目だ──!!)

 ハインはぎゅっと目を瞑った。


 ぽんっ


 と、目の前で空気の弾けた音がした。




 あ~あ、と眉尻を下げて自分の左手を見つめるロジオンにドレイクは尋ねた。

「何の攻撃魔法を施行したんですか?」

「灼熱……のはず」

「蚊なら倒せる威力ですね」

「攻撃魔法だと、みんなこんな感じなんだ。……どうなの?」

「戦では、ただの一度も攻撃魔法を施行した経験はないのですか?」

「無いよ。……師匠、教えてくれなかったし」

 淡々と語り合う二人には、ハインは映っていない。

「お、お前ら二人! 二人して! 私を茶番に落とし入れたな!」


「──茶番?」


 ドレイクの怜悧な紅い瞳が、ハインを貫く。

 視線の脅威に慄きながらも、ハインは必死に虚勢を張りドレイクに楯突いた。


「そうだ! 大方、陛下か王子に頼まれて一芝居打ったんだろう! 魔承師の犬は誰にでも尻尾を振るんだな!」

「……犬とはね。そんな小物と一緒にしないで頂きたい」


 じっと、ハインを見下ろしていたドレイクが、徐に笑みを浮かべた──口角だけ上げて。

(だから怖いって、それ!)

 遠巻きで見ていたエマとルーカスが、心の中で叫んだ。


「茶番に付き合ってあげたのはこちらの方ですよ、ハイン。まあ、こちらも講習人材が丁度欲しかったところでしてね。──残念なのは貴方が思ったより役に立たなかったことですかね。これなら 『犬』 の方が ま だ ま し でした」


「──!!」


 ドレイクの台詞と気迫に負け、ハインは「降参します」とようやく口に出した。






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