第20話 勝負(1)
──えっ?
その場にいる全員が、呆気に取られた様子でドレイクを見た。
勿論、名指しされたロジオン本人も。
いち早くハインがドレイクにもの申す。
「お待ちください! 何故ロジオン王子と一戦を交えねばならないのでしょう?」
ドレイクはその問いに、普段の彼にはあり得ないほどにっこりと笑い、
「実はですね皆様がこちらにたどり着く前に、ロジオン王子が私の後衛をやることが決まったのですよ」
と、勝手に決めたことをシャアシャアと言い放った。
皆の注目が一斉に注がれ「いや、違う」とギョッと首を横に振るロジオン。
「──私に違う魔法を教えてくれというのは、そう言うことです」
──習うより慣れろ──
ドレイクは実践講習派らしい。
(ぇぇぇぇええ……だからと、宮廷筆頭とやりあうのはまずいでしょ……)
「──ちょっ! ドレイ……!」
異議を唱えようとドレイクに声を掛けようとしたら、先に早くドレイクにポンと肩を叩かれた。
「講習用人材です」
ぽそりと囁かれる。
「──いや、ドレイク。僕の立場上まずいから! 一応僕は王子だし、王家から見たらハインは従臣なんだ。それを考えたらハインが僕に怪我をさせないよう本気は出さないし、怪我させなくてもやりあうだけで騒ぎ立てる一族や臣下もいるんだ」
「貴方は王子でありたいのでしょうか?」
「……」
ドレイクの言葉にロジオンは口を結ぶ。
「王子でいたいのならコンラートの件は降りなさい。一切手出しはいけません。貴方が魔法の使い手として生きていきたいから、師を自らの手で何とかしたいと、私に教えを乞いたのではないのですか?」
ドレイクの言い方は坦々として感情の一切がない。
その分、中途半端な自分を責めているような気がしてロジオンは拳を握る。
──もう、答えはだしてある。
生まれてから決まっていた自分の生き方。
だけど、この生き方しか無いと身体が、魂が訴えている。
ロジオンは父と向き合う。
今までとは違う息子の表情に、息子の表情に父王は頷いた。
「……父上、今日のことは不問に」
「うむ。一族や臣下は儂が押さえよう」
そうしてハインに向きなおす。
「ハイン、王子ではなく、魔法使いの僕として戦ってください」
「最初から、そのつもりでしたよ」
ロジオンの言葉にハインは口の片端を上げた。
ひどく意地の悪い表情だったが、ロジオンは気にすることはなかった。
「魔法の被害が周囲に及ばぬよう私と、共に派遣されてきた魔導術統率協会の二人が結界を張りましょう。皆様は結界の外でご覧ください」
ドレイクが言いながら国王陛下とロジオンの妹二人を促した。
そこにハインが、
「ドレイク殿。私の部下達にも張らせますから、貴方のお気遣いは無用です」
と、遠巻きに見ていた宮廷魔導師や魔法使い達を指差し告げた。
「結構です」
ドレイクはハインに向け、薄く口を開けて笑みを作る。
「『貴方の親衛隊』ですから、私は信用していません」
そう言うドレイクにハインは、悔しそうに眉間を皺を寄せた。
◇◇◇◇
呼ばれたエマとルーカスが結界の準備をしているその外で、ロジオンとハインを皆、遠巻きで見ていた。
「ドレイク様」
ロジオンの代わりに茶と菓子を頂き、優雅に野分きを楽しんでいたドレイクに声をかけてきた二人組がいた。
一人はハインと同じく刺繍が施されたローブを着込んだ初老の女性。
もう一人は、十いくかいかないかの幼い少女であった。
こちらはフード付きの赤いマントを被っていた。
初老の女はフードを外し、片側に結わいたその白髪の多い髪を晒し、頭を垂らす。
付き添っていた幼い少女も同様の行動を取った。
「わたくしはこのエルズバーグの宮廷で魔法管轄処に籍を置いております、治療専門の魔導師サマンサにございます。今回この事態に懸念し、ハイン様に同行いたしました」
ドレイクは飲みかけの王家御用達の香り高い紅茶を置き、サマンサを見つめる。
ほんの少しの間、静寂が二人を包んだが、ドレイクの方から口を開いた。
「宮廷に務めて長いのですか?」
「かれこれ十年になります。治療系を専門に扱う者がなかなか入ってこないので、わたくしが頑張るしかないのが現状で……」
そう言いながら横で控えている幼い少女の、柔らかくうねるサンディブロンドの髪が覆う頭を撫でる。
「この子はリシェルと言います。最近ようやく治療系に才のある子を見つけまして、弟子にしましたの」
リシェルと言う少女は師に頭を撫でられ、嬉しさに頬を林檎色に染めた。
「私は魔導術統率協会の派遣者なので、込み入ったことは出来ませんが……あまり良い内情では無いようですね」
ドレイクは奥で、ハインに声援を送る宮廷の魔導師や魔法使い達に視線をやる。
「ドレイク様は、ハイン様を見てどう思われましょう?」
ドレイクに問うサマンサの声音は、憂いが籠っていた。
「まだお若いし、なかなかの色男ですからね、彼は」
「それに、お話もとても上手なのです。いつの間にか黒を白にしてしまうほどに」
「──ほう? あれで?」
ドレイクの嘲りが入った口調に、サマンサは思わず苦笑する。
「あれはドレイク様の気迫に押されてしまったようですわね。さすがですわ」
そうして、サマンサは準備が終わるまで心を落ち着かせているのか、胡座をかき瞳を閉じているロジオンを見た。
「……わたくしはロジオン王子に期待をかけております。あの方が、今の魔法管轄所を変えてくれることに……」
しかし──とサマンサはドレイクに向き直す。
「王子にはまだ荷が重すぎると思っております。──勿論、この一戦も……」
非難めいた口調でドレイクに告げる。
「魔法を扱う者達の間には、貧富や身分の差はありません。……あるのは扱う魔法の優劣に魔力の差。幾ら王子が未知数の力を持つと言われていても、ハイン様を相手にするのは無謀では無いでしょうか?」
「だから治療系魔導師の貴女がこちらに出向いたのでしょう? ハインの派閥にわざわざついてきてまで」
「……ええ」
「ハインはこの世界の人間にしては珍しく私利私欲が強い方ですよ。我が道を行く者が多い我々の中では稀です。だからこそ、説得力のある会話術がある彼に従ってしまう魔導師や魔法使いがいるのでしょう。だが──全く周囲を気にしない者達には、口出しをしてくる彼が鬱陶しい。結果、魔法管轄所の二分化──なわけですね?」
「……魔法を扱える王家の、しかも直系である王子が魔法管轄に入ってくだされば……失礼な話かもしれませんが、身分を全面に出し纏められるのではないかと……ハイン様の唯我独尊の体制は他の管轄にも悪影響が出ているのです……」
サマンサは、ちらりと国王陛下に視線をやる。
「陛下も存じていますが、静観して様子を見ている状態です。できれば、ドレイク様が闘って、自惚れたあの方に己を見直す機会を作って頂きたかった……」
「ドレイク~! 結界印完了よ~!」
エマとルーカスが、防壁を作るための印を張り終えて戻ってきた。
「──では、始めましょうか」
まるで今までの話を聞いていなかったようなドレイクの振る舞いにサマンサは、
「ドレイク様! お考え直しを!」
と詰め寄る。
不思議そうに顔を見合わしたエマとルーカスにドレイクは、印の外で待機するよう告げた。
そうしてサマンサの方に顔を向けると、
「貴女も直ぐに治癒できるよう、待機しておいてください」
と伝えた。
「……はい」
「サマンサ」
諦めの含んだ返事にドレイクはこう言った。
「貴女が他の魔法の使い手の心配をするとは思いませんでしたよ」
「……ドレイク様?」
何を言い出すのか、と、てんで分からない様子のサマンサにドレイクはさらに言葉を紡ぐ。
「治癒専門だと豪語なさったのですから、ハインであろうとロジオンであろうと怪我をしたら治療をお願いします」
まるで「治癒専門」だということが偽りであるような言い方にリシェルが頬を膨らませ、「あの人嫌い」と大きな声で言い放った。
ドレイクは――小さな少女の吐き捨てた言葉など歯牙にもかけないで、防壁魔法を施行する場所へ向かっていった。
◇◇◇◇
地から光の線が音もなく沸き上がる。その線が一本から二本に交差をし、それがまた交差をし繋がり網目上に上へ横へ円上に広がっていく。
ドレイクの防壁詠唱。
基礎土台は『アエラの城壁』
古の神の一人であるとされているアエラ神は、戦いを好まない平和神の一人。
地の中に眠る精力と術者の魔力を融合させ、壁を作り魔法攻撃から身を守る。
『地』の称号を持つルーカスが土台を施行した。得意な元素を持つ者が施行した方が容易いし、また、強い魔法になる。
今回の防壁魔法は、国王陛下並びに力の無い王族関係がいるため、対物防壁を兼ねた詠唱となった。
「綺麗! お母様、綺麗ね!」
小さな王女二人には、特に評判の良い魔法防壁だった。
光の壁が繋がり、完了するとゆっくりと元の風景に戻った。
魔法を施行する前と変わらないように見えるが、魔法や対物攻撃が加わると、防壁が役目を成す。
「防壁施行時間は半刻! それまでに決着を付けるよう!」
ドレイクの声が澄みきった空に響く。
魔法影響で見えない壁に反響しているのだ。
その防壁の向こう側でエマが、
「ロジオ~ン、頑張って~!」
と、黄色い声を出し応援している。
壁の向こうなのでロジオンの耳には、くぐもって聞こえた。
壁の内側にいるのは
ロジオン
ハイン
そしてドレイクの三人のみ。
後は安全を考え皆、壁の外である。
「怪我で続行不可能、又はどちらかが負けを認めた場合、そして私がこれ以上闘うのに了承得ない場合にて終了する──お互い、それで異議はありませんね?」
「ありません」
「同じく」
ドレイクの意見に二人、同意する。
「──では、始め!」
一気に緊迫した静寂が周囲を包んだ。
皆、固唾を飲んで見守る中エマが、
「ロジオーン! 負けないで~! 勝ったら~、私の胸でいーっぱい! パフパフしてあげるからー!!」
と声を張り上げ応援する。
――が、
「いらないよ! 変態か僕は!!」
ロジオンは怒鳴り返した。
「酷い……ロジオン……精一杯考えた励ましだったのに……」
即、思いっきり拒否の返答に、エマは土に突っ伏してへこんだ……。
それに憤慨したのは、何故かハインであった。
(あの美しい方の御褒美を、あんな言い方で拒絶とは! )
ドレイクに呼ばれてやってきた、魔導術統率協会からの派遣者エマ殿。
咲き始めの薔薇ような頬。
小さな顔に大きな瞳は、地中から掘り出された宝石のよう。
情熱を讃えた赤毛は軽やかに肩や背を跳ねる。
見事にくびれた腰
──そして
母性の象徴の胸は、なんと形良く揺れるか!
(美だ! これこそ美! 王宮に仕えるどの女より美しい!)
──ようするに一目惚れした。
男盛りの自分より成人前のガキに、あんな羨ましいご褒美付きの声援を受けて。
しかも、声援を受けたロジオンは嫌な顔をして思いっきり拒絶する。
(許さん! 許さんぞ!)
ハインは野望の炎だけではなく、恋の炎も付けてしまったらしい──
びっとハインの人差し指が、ロジオンに向けられる。
「ロジオン!」
「いきなり呼び捨て?」
ロジオンの言葉などお構いなしにハインは宣言をした。
「美しい女性の精一杯の応援に何と酷い言葉を投げつけるか! これから君が受ける魔法は、エマ殿の怒りと悲しみが籠ったものとなるぞ!」
「―─はっ?」
「おい、エマ。お前の余計な応援が相手に火を付けたぞ……」
ルーカスの言葉にエマは、
「うわぁ! 美しさは罪なのね……ヤバッ!」
とうっとりと呟いた。
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