第19話 親子のわだかまり

 訪れたのは、ロジオンの父親であるエルズバーグ国王陛下だけではなかった。

 馬車から母親である第二王妃。

 それに妹である、アラベラ王女とイレイン王女。

 それぞれ各護衛に侍女。


 それから

「宮廷付き魔導師と魔法使い……?」


 後ろからある者は馬やロバで。またある者は徒歩で。

 そして方陣移動で。

 それは、王家の付き人より多い人数である。






 馬から下りた父・国王陛下は短く揃えた白髪の多い顎髭を撫でながら、第二王妃と共にロジオンに近付く。


「あ~良い。ロジオン、ドレイク、面を上げい」


 右手を胸に当て、頭を下げる略式のお辞儀をしている二人に陛下はそう告げた。


 顔を上げると、見晴らしの良い木陰に侍女達が組立式の椅子とテーブルを組み立て、茶の用意をしていた。




「……あの、一体何をしに……?」


 ロジオンは後ろでこちらをじっと見つめている、宮廷魔導師や魔法使いの痛い視線を感じつつ、父に尋ねた。


「まあ、ロジオン。その話は後だ。儂はお前に言ってやりたいことがあってやって来たのだ」


「はい……」




 察しは付いていたので姿勢を正した。


「ドレイクから話は聞いた。一年も何故黙っておった? 知れば儂が心労でも起こすかと思うたか? 其ほど歳は取ってはおらんわ」


「……申し訳ありません。迷惑はかけたくは無かったのです……」


 静かな口調ではあったが、激昂しているのは投げ掛ける言葉の波状で分かった。


「もっと大事になるところであったのは、分かっておるのか?」


「はい……ドレイクにも嗜められました。真摯に受け止めます……」


 父の怒りが伝わったのか、ニコニコと母の第二王妃にまとわりついていたアラベラ王女様とイレイン王女様が、母のドレスを握りしめ眉を下げた。




 頭を垂らしていたロジオンの肩に父の手が置かれ、驚いて顔を上げるとすぐ側に父の顔があった。




 今でも泣きそうになるのを必死に堪えて、深い皺を刻んだ顔がクシャクシャになっていた。




 ──だから、言いたくなかったんだ……。


 父の顔を直視できなく、ロジオンはうつ向いてしまう。


(自分のことで、もう悲しんで欲しくなかったのに)


 師匠には感謝している。


 だけど、黙って国を出たことを聞いた時、この父と母は小さかった自分が急に消えて、どれだけ悲しんだのだろうと思うと、少し師匠を恨んだ。


 特に母は我が子を奪われた思いがあり、恨んでいると聞いていた。


 自分が亡き師匠の化け物に苦しめられていると知ったら、二人はがんとして受け入れるべきでは無かったと後悔し、更に師匠を恨むかもしれない。


 後悔も恨みも広げて欲しくない──

 だからこそ自分がやらなくてはならない。


(そう思ったのに……)



「ロジオン、儂はそんなに頼りないか?」

 父が問う。

 ロジオンはいいえ、と、首を横に振った。

「父上は、この国の王です。その立場のお方が、息子のことで……私用に権力をお使いになってはと……」

「お前は物分かりが良すぎよう……」

「しかし……」

「儂はお前に国王としてでなく、父として頼って欲しいだけだ」


 胸が痛んだ。

 自分の態度が一番、この人を悲しませたことに。


 

 後悔に俯いたままのロジオンを、父が抱き寄せてきた。

「……ごめんなさい」

 小さな子供がそっと謝るように、ロジオンは父の肩に額を付けてそっと呟いた。

 父が頷いたのが分かった。


「ロジオン……」

 母の柔らかな手が触れる。父が離れ、代わりに母が近付く。

 自然と額と額をくっ付けた。

「いつの間に、わたくしより大きくなって……。二年前に再会できた時には、わたくしより少し低めでした」

「そうでしたか……?」


 二年前、本物の王子だと言う証を見せる前に、その青い瞳から涙を溢し

『わたくしの子です!』

と自分に飛び込み、顔中至るところにキスをして来た母。

 一目見て、すぐに自分の子だと分かる力が不思議だった。

 母と言うものは皆、そうなのかも知れない──愛情を讃えた瞳で自分を見つめる母をみるとそう思う。


「たまには、陛下やわたくしの所へいらっしゃい。せっかく帰ってきたのですよ……」

「……この件が済んだら……きっと……」


 ロジオンは父と母にキスをし、約束を交わした。




◇◇◇◇



「陛下、宜しいでしょうか?」

 ずっと父である国王陛下の後ろに付き添っていた男が、良い区切りだと声をかけてきた。

 インテリらしく、上品な絹使用のワンピースのような服を着こみ、裾を刺繍で鮮やかにしたローブを纏っている。

 男はフードを外し整髪剤で後ろへ流した金髪を整えると、国王陛下にまっすぐと身体を向け物申した。


「我々、陛下に仕える魔法を扱う者達の嘆願を、魔導術統率協会の魔承師補佐という栄えある地位にいらっしゃるドレイク殿に是非、受け入れて欲しいとお頼みしたく、お願いをしに来たのが本来の目的にございます」

「せっかちな男だの、お前は。家族のわだかまりを無くすという感動の場面に水を差しおる」

「それ故、お待ちしておりました。後はごゆるりと宮廷に戻られてからお願い申し上げます」


 最高権力者である国王陛下にぞんざいな態度で返す男に、陛下はやれやれと顎髭を撫でながら、静観していたドレイクに向かって話した。

「ドレイク、主にこやつらが話があるそうじゃ」

 陛下は後ろに控えているローブの男と、更に後ろにいる魔導師や魔法使い達を指差す。

「昨晩の話なら受けるつもりはありません。ハイン」

 ドレイクに名指しで言われたハイン──ローブの男は、それでも食い下がる。

「しかし! 魔法で戦う場合、前衛・後衛で二人一組が常でございましょう? ドレイク殿は一人で攻めも守りも行い、コンラートとやりあうつもりですか?」

「他に二人派遣されてきている。要らぬ心配です」

「相手はコンラートですよ? しかも化け物になり、水の精まで取り込んでいる。生前より強敵である可能性が高い。私は貴方を心配して言っているのですよ!」


「心配?」

 ドレイクの声が、冷たい意思を含んだように低くなった。

 機嫌を損ねたのは間違いない。

「申し訳ない。失礼なことを……」


「私は、人の言葉を正確に聞き取れない方とは組みません。背中を預けたら『覚えていません』『聞き間違えたようです』と言って攻撃されそうですから」


(恐らく、僕の助力の件だろう)

ロジオンは八つ当たりとばかりにこちらを睨む、宮廷筆頭魔導師であるハインを見た。

 後からドレイクに問われても、何だかんだとそれらしい言い訳を述べることは分かっていた。

(だけどドレイクの後衛やりたかったら、もう少し誤魔化しやすい言い訳考えれば良かったのに)


 魔導術統率協会直属の魔導師や魔法使いに選ばれると言うことは、魔法を扱う者にとって憧れであり夢である。

 推薦され、魔承師に認められた者だけが直属になれる。

 それ故、憧れを抱いているもの達は、こうやって魔導術統率協会から派遣されてきた者に推薦してもらう為に懸命になるのだ。


「不愉快な言動はお詫びいたします。コンラートの件は、いずれは私を先頭に王宮内の魔法を扱う者達で事を収めるつもりでございましたから……。事前に伝達をしていておいてくれたのだったら……」

 ──まさかこんな急に来るとは思わなかった。


 言葉の端端に見える焦りを取り繕うにも、話せば話すほど彼の魂胆が見えてきてロジオンは不快だった。

 事前に知っていたら、善人の仮面を上手に被り自分に助力を貸していただろう。

(そっちの方がまだドレイクの心証が良かったのに……。どのみち烏合の衆になっていただろうけど)

 言い訳されている当の本人のドレイクは、自分の魔法の使い手としての実力を疑問視された発言以外の台詞は気にも止めていない様子だ。


「ドレイク殿! 決して足手まといにはまりません。見事にフォロー致します!」

 食い下がるハインに後ろで待機していた魔導師や魔法使い達が、居ても立っても居られずドレイクに歩みより、共に嘆願を始めた。

「お願い致します、ドレイク殿! ハイン様の実力は確かです! 」

「ハイン様なら、きっとお役に立てましょう!」

「ハイン様の魔法は、我々がこの目で見て確信しております!」

「どうかドレイク様と戦うと言うハイン様の夢をお叶え下さい!」


 黙って意見を聞いていたドレイクに、陛下が告げた。

「朝議会の席でこやつらが乗り込んできてな。ハインを囲んで儂に騒ぎ立てて困っておる」

「それはお困りでしたね」

「―─それでだ。儂の提案がある。ドレイク、そちはこの提案を受けねばならぬぞ。でなければエルズバーグを守る魔導師や魔法使いが半分はいなくなる」

「内容次第ですな」

どうぞ話を、と涼しい顔でドレイクは続きを促す。


「ドレイク、一度ハインと一戦交えてみたら良いではないか。 さすれば互いの実力が分かろう!」


 国王陛下の言葉を聞いてからドレイクは周囲の、既に設置された椅子やテーブルに日除け。茶や菓子の支度に勤しむ侍女達や、より広い広場を作ろうと柴苅りに励む護衛達を見て尋ねた。

「宮廷魔法管轄の魔導師や魔法使い達が嘆願に来たのは分かりました。して、周囲の茶会の用意の意図は?」

「うむ。感謝祭の準備も臣下達が滞りなく進めておる故、感謝祭が始まる前に儂等王族も中休みしようと、この一戦に付き合うことにした」


 名誉に思われよ──脇で控えていた護衛が、澄ました顔でドレイクに告げる。


「見事な平和ぼけでいらっしゃる」

と、ドレイクはわざとらしい笑いを見せた。

「今、ここに攻められたら陛下の命は無いですな」

 そう付け加えたドレイクに陛下は、顎髭を撫でながら

「心配はいらぬ。時期国王のディリオンは王宮に残してある。儂に何かがあっても、もう立派にやっていけよう」

 こちらも、わざとらしい笑いをしながら答えた。



(呑気だ……呑気すぎる)

 ロジオンは頭を抱えた。

 先程の感動の抱擁など彼方に飛ばすほどに父王に緊張感がないし、母である王妃も切り替え早くさっさと日除けの下に設置された椅子に座って、侍女がいれた茶を飲んでいた。


 長く平和が続いた臨場感漂う場面だ。


「ロジオン兄様」

 アラベラ王女とイレイン王女がロジオンの腕を掴むと、第二王妃の元へ引っ張っていく。

「ロジオン兄様も、一緒に魔法対決をご覧になりましょう」

「初めてタルトタタンを焼いたのよ。是非ご試食して」

 キャイキャイと、嬉しそうにロジオンを引っ張っていくが、

「待ちなさい」

とドレイクが引き留めた。


 そうしてから陛下に告げる。

「良いでしょう。その申し出、お受け致します」


「おお! 魔導術統率協会の実力者の魔法が見れるのだな! ハイン、負けるでないぞ!」

 と陛下はハインを激励する。

 

 ハインも、

「お受け下さるか! 身に余る光栄。しかし負けませぬぞ! ドレイク殿!」

とドレイクを煽る。


 ──だが、ドレイクは全く表情を変えることなく揚々と二人に告げた。



「ハインと一戦を交えるのは、私ではなくロジオンです」



と。




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