第16話 魔導術統率協会からの派遣者(4)
「ロジオン様、お食事をお持ちしました」
扉を叩きながら扉の向こう側にいる主に呼び掛けるが、何の返答もない。
扉に手を掛けてみるが当然、開かない。
アデラは軽い溜息を吐いた。
「起きていらっしゃいますか? お話があるのです」
少しばかりの間が空きロジオンから返答があった。
「……明日にしてくれない?」
「今夜、お話ししなければならないことなんです」
「そこで話してくれ……」
部屋に入れる気はないようだ。
最初の頃に戻ったようだ──まあ、それよりはましかな、とアデラは思う。
「私、明日からお休みを頂きたいのです」
──ガタン
激しい音が室内で響いたかと思いきや、
「アデラ!」
「──ぶっ!」
バネが付いているのかと言う程の勢いで扉が開いた。
手に持っているお盆の上の食事がこぼれることを恐れ、先に脇に避難させたアデラだったが──残念なことに、彼女の鼻が被害にあった。
激しくぶつかった鼻を押さえて涙目のアデラに、ロジオンが詰め寄ってくる。
「どう言うこと? 誠心誠意仕えるって言ったよね? 今回の事で僕の側にいるのが嫌になったの?」
「ふぁい……いひました」
鼻痛い──この衝撃で鼻血が出なかったのは奇跡だわ、とアデラは思いながら返事をする。
「今日、言ってもう覆すんだ。そうなら、簡単に忠誠とかしないでくれない?」
何か怒ってる?
そう思うほどロジオンの瞳は、いつもの十倍は光りつり上がっているように見える。
アデラは鼻を押さえながら首をかしげた。
「しかし、お休みが頂けないとロジオン様に頼まれました亡国の呪術とか祈りとか、話を聞きにいけないのです。皆、引退して城から出てるものですから」
今度はロジオンが首を傾げる番だった。
「……えっ? 暫くお休みって辞めるって意味じゃないの……?」
「いいえ、言葉のまんまです」
答えるアデラ。
「僕……『暫くお暇』とか『暫くお休み』とかって、半永久的に持続させたい無期限のお休みで、ようは辞めること―って教わった……けど?」
「高い階級を頂いた仕官ではなく一般兵の仕官なので、そんな奥ゆかしい作法は無縁ですよ」
「……ややこしい……」
がくりと力が抜けたのか、ロジオンは壁に背を当て前髪を後ろに流す。
「宮廷って、細かいしきたりがあって面倒。アデラだって、そんな言い回しするから……」
ぼそぼそと放った言い訳には、八つ当たり半分に気恥ずかしさ半分──そんな混じりがあった。
自分を笑顔で見つめるアデラの視線から、拗ねたように顔を反らすロジオンだった。
◇◇◇◇
「これ作ったの、アデラ?」
ハムやチーズ、野菜を巻いたチャパティに食らいつくロジオンに「はい」と頷き茶を渡すアデラは、食べ物に口を入れるロジオンに一安心していた。
「ソースが凄く美味しい……」
「それは光栄です」
指に付いたソースをペロペロと舐める行為は、今回は多目に見よう。
「ソース……勿体無い。アデラが作ってくれた物だもの」
と、こうもニコニコされたらきっと誰も何も言えない──アデラはそう思う。
さすがに、皿に溢れたソースを舐めようとしたのは諌めたが。
茶を飲みながらロジオンはアデラに告げた。
「良いよ、行かなくて」と。
「何故ですか? コンラート師が知らない新しい魔法が、作れるかも知れないのですよ?」
気安い相手しかいないせいか素足を投げ、ごろりと長椅子に寛ぐ主にアデラはさも驚いた振りをして尋ねた。
わざとらしい態度に目を細め、ロジオンは彼女を睨む。
派遣者が、それも魔導術統率協会の中で腕よりの者達がやってきて自分は茅の外となってしまったこと。
自分の魔法が役に立たないことに、投げやりになっているなことを見抜いている。
「……僕は『餌』ですから……どうせ」
ドレイクの台詞を思い出したのか、また表情を失い、宙を見つめる。
「それぐらいしか役に立たない……」
呟いていたら──急にアデラの顔が目の前に近付きロジオンは、そのブルーグレーの瞳を思いっきり開いた。
「しっかりして下さい! コンラート師を自分の手で安らかに逝かせて上げると決めたのは、ロジオン様ですよ! それは今まで魔法を教えてもらって、支えてくれたご恩でもあるのでしょう? それを魔導術統率協会からきた派遣者達にとられるのを、みすみす指を加えて見ているつもりですか!」
「……だけど僕の魔法では……」
「だから! 私もお手伝いします。私など、この中では一番役立たずなんですよ? それでも、何としてでも……ロジオン様のコンラート師に対する思いを叶えて差し上げたいのです」
「出来ないよ……僕は、期待されるほどの使い手じゃあ無い……」
「出来ることを出来ないと言うのは無しです」
「……」
以前アデラに言ったことを言い返され、ロジオンは気まずく視線をそらした。
「それに……私は信じております。ロジオン様は必ずやり遂げると」
長い沈黙
長い見つめ合い
お互いまっすぐに
お互いの瞳を見つめた
「アデラ」
「はい」
「今、唇同士が触れそうに近いって知ってる?」
「!? ──ひゃぁっ!?」
一気に顔を赤くし、凄い勢いで離れたアデラは、
「もっもっもっ申し訳ありません!」
と、腰で見事な直角を作り主に頭を下げた。
「良いけどさ……。魔法を使う者の目を、しげしげと見ちゃいけないよ。視線は口元とか首にずらして。相手がどれほど強い魔力を持ってるか分からないんだから」
「すみません」
「邪な魔法の使い手だったら、好きに悪戯されちゃうよ?」
「ぅう……」
返す言葉もない。
「──まっ、それだけ信用されてるってことかな?」
そうして短い息を吐くと、上半身を起こし長椅子に座り直す。
その表情は、先程とは打って変わって明るかった。
「ドレイクの魔力にケチョンケチョンにされてへこんだみたいだ……あの一言も効いたしね……」
「ロジオン様……」
「でも、アデラの言葉の方がよっぽど力がある。……効いたよ。そもそも魔法は、自分の実力を試すためのものじゃない。万人の為のだ。僕は師匠を自分の魔法で救いたかったんだよね」
「はい!」
ようやく二人、顔を合わせ微笑み合った。
「頼める? アデラのお祖母様の……亡国の。急かして悪いんだけど、今から行って欲しい。出来るだけ早く資料集めて戻ってきて貰いたい」
そう言ってからあっ、と気付いてロジオンはアデラに尋ねた。
「夜……一人で戻れるかい? 僕が送っていければ良いんだけど、ドレイクが許さないと思うから。……過去に色々やったからね」
「どんな悪戯をしたのです?」
ロジオンは肩を竦めた。
「まあ、色々やり過ぎて……。それは後で話すよ」
本当は大体の内容は、エマとルーカスが教えてくれたので分かっている。
──が。
『ロジオンがコンラート師から、どう紆余曲折して話を受け取っているか、話を聞いていないんだ』
これはこれで別な問題で長い話し合いになりそうだし、後でゆっくり話を聞こう──アデラはそう思った。
「分かりました。では、ドレイク殿に挨拶をして早速参ります」
「あっ……待った」
思い立ったのかロジオンは、部屋から出ようと扉に手をかけたアデラを引き止める。
「ついでに、持ってきて欲しい物がある」
「何でしょう?」
「師匠と僕の魔法日記……」
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