第15話 魔導術統率協会からの派遣者(3)

『何にせよ、コンラートが君をまだ執拗に追いかけ回してるのは事実だ。おびき寄せる『餌』として君にはここにいてもらいますよ、ロジオン』


──ドレイクの言い放った言葉。


 その後、ドレイクを含むルーカス、エマの魔導術統率協会からの派遣者三人は固まってヒソヒソ話。



◇◇◇◇



(感じ悪……)

 アデラは仕官服の上着を脱ぎ、備え付けの前掛けを着ると厨房のテーブルで発酵した生地を切り分けていた。

 暫くここに滞在することが否応なしに決定したが、最小人数で行動することが前提なので自分のことは自分でやる。

 

 料理はアデラ自ら申し出た。

 この小城の中で、一番役に立っていないと言うのは自他共に認めていたからだ。

 幸い野戦演習で、早く簡単に出来る料理だって教わっていて作れる。


 切り分けした生地を、手のひらを使い弧を描きながら伸ばしていく。

 一人二~三枚で良いだろう。


(だけど)


 次々に作りながら、アデラは考えに耽る。

 あのドレイクと言う魔導師──何故、ロジオン様にあんな言い方をするのだろう?

 どうしても悪意があるとしか思えない。


 確かにドレイクの言い方だと、ロジオン様の固くなな態度が招いた結果だと取れる

 だが、その後、宮廷に仕えている魔導師や魔法使い達に、助力を願い出て断られているのだから──。


 そっと溜息を付く。


 部屋に閉じ籠ってしまったロジオンが気に掛かったのだ。

 与えられた部屋に入り力無く長椅子に座り込むロジオンは、決してアデラと顔を合わそうとしなかった。


『暫く一人にしておいて……』


 絞り出したような声で一言そう告げると、俯いたままブーツを脱ぎ出した。


 ──湯を持ってきましょうか?


 ──元気をお出しください


 ──助力を得ることが出来てようございました。



 声を掛ける言葉は頭に沢山浮かぶが、どれもこれも今の彼には適当ではないように思えて、アデラは主であるロジオンに頭を垂らし、その場を去った。


 扉を閉める時、頭を自らの膝に顔を埋める主の姿が見えた……。


(放っといて良かったのだろうか?)


 だが、余計な慰めの言葉や、無理に元気づけようとするのは逆効果ではないかと思った。


(でも、まだ成人前の少年王子だし……)


 大人の男相手のような気遣いより、抱き締めてあげた方が良かったのか──。




「何作ってるの~?」

 ひょいとエマに後ろから覗かれて、アデラは縮み上がった。

(また気付かなかった……)

 自分の周囲の気配を感じとる能力が落ちていることに目の当たりにし、アデラは再度へこむ。


 それに気にすることなくエマは、アデラが伸ばした生地をまじまじと見つめている。

「これ、もしかしてチャパティ?」

「あっ、はい」

 途端、エマの目が輝いた。

「私チャパティ大好きなの!  作れるんだ~、すごーい!」

「以外と簡単なんですよ。フライパンで焼く分、パンより早く作れるし」

「へえ~知らなかったあ……。さすが女の子ね~」


(──ん?)


 ──今、会話として不適合な言い回しがあった気がし、アデラはジッとエマを見つめる。

 卵形の小さな顔、薔薇色の頬。

 眉毛も睫毛も綺麗に揃い、小さな鼻に見あった小さなふっくらとしたサクランボのような唇。

 たっぷりと空気を含み、フワフワ、クルクルの赤毛は艶々と手入れ良く背中に流れている。

 腰にかけては、盛り上がるスカートの形で、上向きの形良さそうな尻のラインが浮き彫りにされ、惚れ惚れする。

 それに──何と言っても、華奢な腰に見合わないそのボリュームある胸。

 同性のアデラさえ思わず魅入ってしまう大きさだが、垂れずに保っているところが素晴らしい。

 声だって、無理に出しているような黄色い声じゃない。

 多少、意識して可愛い振りしているのは感じているが……。


「ねえ、私にも教えて。お菓子作りは得意なんだけど、他は苦手なのよ~」

「はい。じゃあ多めに作りましょう」

(気のせいね)

 アデラは快く承諾して、チャパティの種から作り始める。


「全粒粉に適量の塩を入れ、水を少しずつ足しながら捏ねます。それだけでも良いんですが人によってはオイルも入れるようです」

 二人、捏ねていきながら楕円形にまとめていく。

「これで二十分程時間をおいて発酵させるんです」

「これだけ?」

「はい。発酵したら適量に切り分け、伸ばして熱したフライパンで両面を焼くだけです」

 アデラは説明しながら先に伸ばした生地をフライパンで焼いて見せた。

 瞬く間に芳ばしい香りが厨房に広がる。

「こんなに簡単なんだ~! クッキーなんてもっと手間が掛かるのに」

 やらせて、とエマは楽しそうにチャパティを焼き出した。

 菓子作りの経験があるだけに二~三枚焼いたらコツを掴んだらしく、次々と焼いていく。


 焼くのはエマに任せて、アデラは横でハムを切り始める。

「──ねえ、アデラ……」

「はい?」

「貴女、ぶっちゃけロジオンの女?」

「うわっ!!」

 質問が唐突すぎて、ハムを辞書並みの厚切りにしてしまった。


「っやっ! 私は本当にただの従者! 従者なんです! ろ、ロロロロジオン様とはそれ以上でもそれ以下でも無いんです! 誤解が生じているんですが、それは事情があって──」

「包丁! ほうちょー!」

 手に持つ包丁をエマの前で振り回すアデラにギョッとしたエマは、フライパンを盾にして彼女に落ち着くように促した。


 沸騰して顔が真っ赤なアデラを見て、エマは大きな声を上げて笑い出す。

「やだ、ごめーん! そーんなに恥ずかしがるとは思わなかったわ~。アデラって純情なのねえ」

「……」

 湯が沸いたヤカン顔のまま、無言で再びハムを切り出すアデラの背中を、エマはポンポンと叩いた。



◇◇◇◇



 夕食に集まったのはアデラ、ルーカス、エマの三人だけであった。

「ドレイクは魔承師に経過報告するから、室内で頂くそうだ」

と、ルーカス。


 ロジオンに至っては閂を掛けただけではなく、魔法を施行して開けられないようにしてあったとエマがブータレで戻ってきた。

「後で持っていきます」

 アデラがエマに告げて、食事となった。



「ロジオンって、あの師匠を見てきてるから小さい頃からおませちゃんでさ~。出来てるかと思ったのよ~。ごめんね~」

「コンラート師は、そんなにたらし──いえ、ご婦人にご興味が?」

「あ~、たらしで良い、たらしで。魔法を扱う人間ってさ、人付き合い苦手だし研究欲に、引きこもり、その割りには向上心有りでたま~に出世欲に向いちゃうのがお決まりなんだけど、その中じゃあコンラート師は変わってたわ。色欲バリバリの魔導師って、そうそういなかったから」

「……はあ」

「いつか子供連れてくるんじゃな~い? なんて噂してたら、まだ一歳程の赤ん坊抱いて本部に来たから、当時大騒ぎだったわよ~」

「……それがロジオン様」

 頷くエマ。


「大騒ぎしていたのはお前だけだったぞ」

「そう? 魔承師もビックリしてたわよ?」

 ルーカスの言葉に、エマはけんもほろろに返す。

「では、ロジオン様はもしかしたら、暫く魔導術統率協会でお過ごしに?」

「そう。まだ、おしめも取れていないから、一人じゃ育てきれないって」


 アデラのこめかみは、大いに痛んだ。


「あの……その辺りは陛下と王妃様に多少、話は伺っておりますが、コンラート師が連れてきた赤子については深く追求しなかったわけでしょうか?」

「世俗に疎いのが多いからなあ……魔法を扱う奴らって。『赤ん坊! 珍しい!』なんて珍獣見るみたいに一時期寄って集ってたけど」

 なあ? とエマに同意を求めるルーカスの頭をエマは叩いた。

「あんたも世俗に疎い一人だよ! 勿論、追求した人もいたわよ。──特に魔承師とドレイク。コンラート師とちっとも似てない赤子だし、そこまで常識を外れているとは思わないけど拐ってきた子だったら大変だって」

「……常識を凌駕していたんだよな……」

 ルーカスが、大きく溜息を付く。



『自分の子なのか』『誰の子なのか』『何処の国の子なのか』──問い詰めたけどコンラート師は


『自分の子なのか』→『地上の子はみんなの子です』

『誰の子なのか』→『私の子でもあり地上に住む全ての者の子である』

『何処の国の子なのか』→『あっち』


 半年ほど、特にドレイクと押し問答があったが

 エルズバーグから問い合わせの書簡が届き、ロジオンがその国の王子だと分かった。

 血相抱える魔承師とドレイク。

 問い詰め、事の真相を確認しようとしたら──。


「本部からドロン──ってわけ」



 話を聞き終わったアデラは、脱力しきってテーブルに肘をついて顔を臥した。

「『一応は、預ける──と許可はしたが、黙って連れて国を出ると言う行為は如何なものか?』『魔法に関して関与はしないのは国と協会の古からの条約だが、国は才能があるからと人拐いをして良いなどと言うことは認めていない』とか──かなり責められてたもんな……魔承師もお可哀想だった……」

 当時の出来事を思い出し噛み締めながら、しみじみとルーカスは語る。

「それから魔承師は私達やドレイクにコンラート追尾の命を出してね~。とにかくロジオンをエルズバーグに返すよう説得させたわけ~。──だけどさ、言うこと聞くわけがないのよ、あのたらし」

「イタチゴッコだもんな……見付かる前にドロン。見付かったらのらりくらりで拒否。無理矢理連れて帰そうなんてしたら、ロジオンを使うし……」

「……えっ?」

 アデラは顔を上げ、二人を見つめた。


 ルーカスとエマの視線が絡む。

 ルーカスはその細い瞳と同じように細い眉を下げ、エマは、

「言っといた方が良いんじゃないかな~。私達だって、腑に落ちない所があるじゃない? ロジオンがどこまで知ってるか分からないけど。それもあってドレイクは、ロジオンに対してあんな冷たいんじゃないの~」

と、淡々と言った。


 う~ん、と悩むルーカスに、アデラは確信についた台詞を告げた。


「……もしかしたら逃げるのに、ロジオン様を利用したのではないのですか?」




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