第11話 二人 (1)

(眩しい……)

 アデラは目を瞑っても瞼を通して入ってくる、刺すような日の光にゆっくりと目を開けた。


 夜中、離れ屋に戻った二人は日が昇るまで仮眠を取ることにしたのだが、寝室のベッドをどちらが使うか言い合いになった。

 自分は長椅子で寝ますと言うのに、ロジオンは貴女が使えと聞かない。

 押し問答の末、ロジオンが

『じゃあ、一緒に寝台使う?』

と、悪戯な笑みを浮かべた時、終了となった。


 結局、お言葉に甘えアデラが使うことになったのだった。

 主の少年は何だ、と、平坦な口調ながら残念そうに言うと、棚から毛布を取り出し隣の部屋にさっさと引っ込んでしまった。


(私がうん、と、頷けば一緒に寝るつもりだったのだろうか?)

 二人どころか、ゆうにその倍の人数は横になれそうな寝台を見て、アデラは頬を染める。

 どこまでが本気でどこまでが冗談なのか──主の口調や表情からは読みにくい。

(本気だったら本気だったらで困るくせに──)

 少年である主に惹かれているのは確実だ……でも、それ以上どうしようとか何か行動を起こす気にならないのも本心……。

 その惹かれている理由だって恋とか愛とかじゃなく、主従愛だとも考えられる。

 自分自身、恋愛と程遠い生き方をしてきたので、よく分からない。

(しかもあちらは年下で王子だしな)

 こんなこと、考えるのもおこがましい──アデラはブーツと上着を脱ぐと髪留めを外し、剣を枕の横に添えておく。

 そうしてベッドに滑りこんだのだが……。




(日が昇って、どの位たったのだ?)

 明け方に起きるつもりが結構日が昇っているのに焦りを感じ、ブーツを履いて手ぐしで髪を梳かしながら、ロジオンが寝ている隣の居間兼作業室へ顔を出す。


 しかし、そこに置いてある長椅子には既に主のロジオンの姿は無く、整然と整頓された部屋を日の光が照らしていた。

(まずい)

 まさか一人、コンラートの形跡を追いに行ったのだろうか?

 慌てて外に出ようとするアデラを、後ろからロジオンが声をかけた。


 振り向くと、主が生乾きの髪を布でがしがしと拭いながら、温室から出てきた所だった。

「あっ……、いらっしゃたのですね」

 アデラは安堵し、主に恭しく挨拶をする。

 ロジオンはのんびりと長椅子に腰掛けると、

「温室の奥を右に曲がれば温泉があるから、僕の後でも良ければどうぞ」

と勧めてきた。


「──えっ?! 温泉が湧いているのですか?」

 その事実にアデラは驚いた。

 確かに南の方の鉱山資源の豊富な地域では、温泉が湧くと聞いていたが、この辺で温泉が出たなど聞いた事が無いからだ。

「うん。一年前、師匠が別の生き物になった際に、この離れ屋中心に暴れたと話したよね? その時、師匠が深い穴を開けてね、掘り当てた」


 意図的ではないだろう偶然なのだろうがと、付け足し、

「まあ、東の国の資料と公共浴場を基に、自分なりに工夫して造ってみました……」

と、ちょっと気恥ずかしげに咳払いを一つした。



◇◇◇◇



 風呂に入るとアデラは、その造りに歓声を上げた。


 広さは一人から二人分入る程の広さの湯船。

 大理石の洗い場もきちんと造られている。

 腰を掛けられるほどの台に籠を乗せると服を脱ぎ、その中に入れ、湯船に浸かる。

『ぬるかったら、向かって右の栓を抜いて』

 試しに抜いてみると、湯気を立ててお湯が流れてきた。おそるおそる触れると、確かにそのままでは使えない程に熱い。

「向かって左が水か……」

 一人心地に喋る。

『出る時には、湯船の下の栓を抜いてきて。』


(なる程、この栓を抜くと湯船の湯が排出されるんだな)


「あのお方は、こんな物までご自分でお造りになるのか」

 まだ、少年の自分の主の知識の広さと、手の器用さに感心してしまう。

 自分でお茶も入れてしまうし、部屋の生理整頓もきちんとやる。

 自分の事は自分でこなしてしまうし、身の回りの物はこうして造ってしまわれる。

 コンラートの事があって、従者や小間使いはいらないと言うものの、確かに必要ないだろうと感じる。


(それなのに……)

 何故、自分自身の清潔さに無頓着なのだろう?

 湯船に浸かり、その気持ち良さに浸りながら、ゆるゆると考える。


 ふと、近い距離で外からロジオンの声と、もう一人、聞き覚えのある男の声が耳に届いた。

 珍しくロジオンが困っている声音が聞こえる。

「何かあったのか?」

 アデラは聞き耳を立てた


「すまない、急に都合が悪くなって……今日は本当に駄目なんだ」

「しかしロジオン様、今日花火師達と花火の打ち上げの設置場所を決めて、打ち上げの手順等の確認をせにゃあ予備の花火の確認ができませんぞ。──ぎりぎりですぞ」

(ああ、この声は庭師棟梁のサム爺だ)

 初老の男で日焼けした逞しい肉体は、とても老いゆく身体とは思えぬ程だが、よく自分のことを『爺』と呼ぶので、そう呼ばれるようになった。


「設置場所は例年と一緒だと聞いているし、花火の数も昨年と同じだろ? 後は、僕の造った花火がそこに付け足すだけだし……」

「──大きさは?」

「昨年と同じ……」

「──安全性は? 昨年はコンラート様がお造りになって、貴方様が手伝った。今年は貴方様一人だ……。試験用の花火で確かめねえと、こちらとて命を預けられねえ」

(そう言えば、宮廷内で上げる開幕の花火……花火師と宮廷庭師が協力して上げるんだっけ)

「僕の腕が信用に足らないのは仕方ないが、今日はこれから出掛けないといけないんだ。試験用の花火も造ってある。五日後の本番までに間に合うようにするよ」


 本当に困っているロジオンを見てサム爺は、溜息を付きハンチング帽をかぶり直した。

「……いくらコンラート様が毎年楽しみに制作していたからと言ってもな……王子の身分の貴方様が引き継ぐ必要無いじゃありませんか? 花火は花火師にまかせて、王子は王子の役割を果たした方が良いってもんですぞ。中途半端に手ぇ出すと周りが迷惑こうむります。趣味でお気楽にやられたら現職の花火師達に失礼ですぞ」


(言い過ぎだサム爺!!)


 飛び出して言ってやりたかったが、風呂に入っている状態じゃあままならず、アデラは歯を食いしばる。

「……うちの兄弟達にも痛い言葉だな。──頼むよ。今年だけは我儘を聞いてくれ。来年は花火師に任せるから……」

 ロジオンの力の無い弱々しい声音が聞こえた。


 暫く沈黙が続いた後サム爺は、しょうがねえと王子に諦めた口調で話す。

「試験用の花火が上手く行かなかったら、本番用の花火はもう、手直しする時間がねえ……。そん時は貴方様の花火は中止にします──それで良いですな? 明日だ。明日の夜に試験用花火の打ち上げを延期しますぞ。これがギリギリですからな」

「……仕方ないでしょうね……」

 ロジオンも異存はないようだ。


 それでは……と、サム爺はその場を去っていった。

 暫くして、ゆっくりとその場を去る足音がし、扉の閉まる音がする。



 

「お湯……ありがとうございました」

 すっかり身体を清めて風呂から出てきたアデラを見て、ロジオンはよっこらと長椅子から起き上がる。

「じゃあ、行こうか」

「……はい」


 ロジオンがフード付きの尻ほど隠れる短めのマントを羽織り、アデラを促し外へ出た。


 昨夜の陣を張った場所へと向かう。

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