第7話 卑下と白パン (2)

 わざと声を落とし低めの、はぐらかす事を許さない脅しのような口調に、アデラは硬直し目を伏せた。

 

 ロジオンは、顎に手を付け、緊張しているアデラに話を続けた。

「海洋資源も鉱山資源も豊富なこの国は財力がある。商業や文化、それに伴って技術や芸術は発達して、他の国より高い教育水準だ。……が、その分軍事力は並以下だった。──当然、隣国はこの国を自分の国の物にしようと目論む。困った当時の王は奇策を立てた。──中東から流れてきた暗殺集団を見つけ出し、市民権と引き換えに国の専属とした。 国が亡くなり、放浪生活しながら暗殺の請負をしていた者達だ……。市民権と言う永住を提示した事、自分達の特技が王の名の下にこなせる事に飛び付かないわけは無い。当時、女性部隊の長をしていた君のお祖母様は、それを受け入れた。遅れながらも軍事に力を入れて蓄えている間、アサシン達は他国の情報を収集し王に報告し、危険な国だと決定すればエルズバーグ国の仕業だと思われない様工作をして、他の国に目を向けさせる…あるいは首謀者の息の根を止める……」


「……」

「……わが国の、機密中の機密だね……」


 今、この空間に自分とこの女従者しか居ないのを知ってか、その機密を声を潜めることも無く話すロジオンに「もう少し、声を低めに」と、アデラは叱る。

 そんな彼女に特に気にする様子も無く、ロジオンは平坦な口調で返した。

「奇策とは言っても、どこの国でもやってるんだよ。ただ、君のお祖母様と、お祖母様の仲間は余程優秀だったのさ」

「……確かに私は、祖母に色々と手ほどきは受けています──が、祖母のように優秀では無いと確信しています。祖母のようにこなせと言われても……私には無理な事です……」

 アデラの緑の瞳が、風に揺れる草葉のように波打たった。

「君……自分を卑下し過ぎるんじゃないかな……?」


 そうロジオンは言うものの、自分のすぐ傍に皆に認められ王に感謝される程の実力を持つ者が居て、その者に手ほどきを受けて……越えるどころか、足元にも及ばないと知らしめられたら、やはり自分もそう思うだろう。

(──実際に僕も……)

 考えながらアデラを見つめる。



 コンラート=オーケルベリ

 四大元素 地・水・火・風のうちの一つ、『水』の称号を持つ魔導師。


 それぞれの精霊の王に戦いを挑み、認められた者にしか与えられない栄誉ある名号。

 この名号を与えられると、それぞれの精霊王の助けが得られると同時、同じ属性の精霊に無条件で力を借りられる。

 一人の精霊王につき、一人の人間にしか与えられる事ができず

 魔法使いから、それから昇格した魔導師達の憧れの名号──

 

 その一つを持つ、亡くなった自分の師匠……。


 師匠に、旅先で、そんな師匠を超える者になる──と言われ続け育った自分。


 そんな環境に驕ることもなく、ここまできたのは自分が師匠を超えられるとは考えられないが故だ。


 『超える』


 と言うことはどう言うこと?


 『魔力』? 『技術』? 『称号』を沢山持つ人になるということ? 魔法を扱う者達を従わせる権限者『魔承師』 になれるってこと?


 抽象的な褒め言葉に、混乱して何時ぞや師匠に尋ねたことがある。


 ──今は、魔法に精進しなさい──


 静かに低く、そして何処か物悲しく答えた師匠……。


 どうして師匠はそんな悲しい顔をするの?

 僕は何か変なことを言った?

 どうして、みんなは僕が師匠を超えるなんて言うの?

 あんな凄い人を

 僕が師匠を超えるなんて考えられない……。






 ぽつりと呟く。

「王子……?」

「偉大な師を持つとどうしても卑屈になるね……。今だに分からないこと多いよ。何を根拠に僕が『師匠を超える者』と、同じ魔法を扱う者たちにもてはやされたのか。僕には師匠みたいな魔法を繰り出せないし、魔力だって師匠の方が強い。それなのに……だよ。師匠は僕ぐらいの歳にはもう、魔法の中で得意な分野を築いていた……。僕は何が得意なのか、さっぱりだ」

 長めの前髪がブルーグレーの瞳を隠す。

 真正面ではあるが、アデラの方からは主の表情は見ることができなかった。


 王子が、高名な魔法使い『水のコンラート』を超える者となる──その話は聞いていた。

 帰って来た時点では、王宮に仕える数多くの魔法使いや魔導師達は、その評価を仲間達の間で大分前から聞き及んでいたので、コンラート師と同様に上げ膳据え膳に扱っていたらしい。

 

 魔法を扱う者達の間には、男女間や身分の差別など無い。

 あるのは魔力の差、魔法を扱う力の巨大さ──故に、王子の身分など関係無い。

 前評判の良かったロジオン王子が攻撃魔法のほとんどを知らず、防御魔法を駆使することに念頭を置いていた、と言うコンラートの言葉の確証を得るほど魔法を披露することは国に帰ってから無かった。

 そのことで、王子の魔法使いとしての実力は、

『眉唾ものだ』

と、囁かれているのをアデラは知っていた。


 魔法の世界から抜ければ、エルズバーグの王子の立場なので噂に乗せるくらいで終わるが、魔法使いや魔導師達の中では、あからさまに王子を『凡暗』と揶揄する者もいるくらいだ。

 そんな自分の評価も、王子の耳に届いているだろう。

(王宮の魔法使いや魔導師達と、一緒にいる姿を見たことが無いのはそのせいか)

 アデラは思い胸が痛くなった。


「……まぁ、君のお祖母様のことは話でしか知らないし……お祖母様のようにやれとは言わない……君は君が出来る事を、僕にして下さい。──出来ることを自信が無いからと出来ないと言うのは無しでね」

 自分を卑下する者の癖をズバリと言い、ロジオンは自分の食べていた白パンをちぎり、むくれた顔をしているアデラの口に入れた。

「……」

 何か、慰められている子供のようだ──

 白パンを口の前に出されて「口開けて」と言う仕草で口をパクパクされて。

 

『……君の気持ちも分からない訳じゃないから……』

 あんなことを話したのも、能力のことで悩んでいるのは何も私だけでは無い、と、言いたかったのだろうか。年下に慰められるほどに、私は酷い顔をしていたのだろうか。


 主より年上なのに、そうとは全く思ってないなと分かる様子の態度に腹立だしい反面、今まで面倒見のよい姉という評価でやってきた自分がそんな扱いをくすぐったいながら、嬉しく感じる事が恥ずかしくて、むくれた顔で誤魔化す。




 断れずに口に含んだ白パンは、ほんのり甘かった──。






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