第4話 忠誠 (4)

「何故、君まで来るの?」

 同じく馬に跨り、斜め後ろにぴたりと付いてくるアデラを燻しかげに見るロジオンに

「貴方の従者ですから」

とアデラは飄々と答えた。


「……来ると困る」

「何に困るのです? ──!! もしや、女性との…逢引ぃ……で?」

 確か十六歳になるかなったかの年齢なはず。

(いや、しかしこういうのは王族は早いというし)

 もしそうならここは引くべきか?

 顔をしかめて悶々としているアデラの様子を察したのかロジオンが「くっ」と声を殺しながら笑っている。

「そんな、婀娜めいたものじゃない──その方が、僕にとって随分楽だと思うけどね」


 即、答え、くるりとアデラに顔を向けると

「……怖い思いする事になるやも知れないよ……」

と、声を潜めて言った。


 が、その声の含みに楽しげな感じがあるのを、アデラは聞き逃さなかった。

「おからかいはお止めください。──とにかく、離れまでお送り致します」

 そのまま黙ってしまった主に、付かず離れずアデラはついて行く。


 昼間の、うららかな天気から、想像しなかった強風が馬の鬣を大きく揺らす。

 いつもは後ろに結ってあるアデラの金髪も、倒れた際にほつれたままで、鬱陶しく顔にかかった。

(髪止め……持ってくれば良かった)

 今度は常備しとかないと と考えていると、いきなり、ロジオンが険しい顔で此方を振り返えった。


「馬から下りて」

 言うや、ロジオンはさっさと下馬をした。

「???」

「早く下りるんだ」

 戸惑っているアデラに、ロジオンは脅すように低い声をかけた。

 何が何だか分からないままに下馬をすると、いきなり肩を摑まれ、2人地面に伏せた形になる。

「……今から、僕が良いと言うまで声を出さないように……」

 緊迫した声に、これから何か、危険が迫っているのを察したアデラは首を縦に振った。


 ロジオンは、何か含むように呪文らしきものを唱え始めた。

 ──すると、放置された馬の上に人がボンヤリと見え始める。

「──!!」

 自分と王子の姿が馬に跨がり、何事も無かった様に離れ屋に向かっている……。

 目の前の出来事に、ただ唖然とするアデラに、更に追い討ちをかけるように飛んできたもの──黒い影。

 その黒い影は、標的を確認すると馬の周りをぐるぐると取り囲む。

 馬の嘶きがし、まるで気が触れたかのように馬が暴れだし始めた。

 その黒い影は、馬ごと包みこむように捕らえると信じられない速さで遥か向こうへ飛び去ってしまった……。



◇◇◇◇


「──もう、良いよ」

 ロジオンは、取り合えず危機は去ったと言う安堵の声で、アデラに話しかける。


「……」

 アデラは言葉も出せずカタカタと身体を震わせたまま、固まっていた。


 (あれは……あの方は……!)


「──君?」

 ロジオンは、緊張と恐怖で固くなっているアデラの肩や腕や背中を柔らかく擦すった。

 人の温もりで徐々に体温が上がり、緊張が解けていくのを感じる。


「……ロジオン王子……あの黒い影は……!」

 動けるようになった身体を、弾けるようにロジオンの胸に預け、顔を覗くように視線を移し叫ぶ。

 アデラも知ってる。

 あの黒い影にこびりつくようにあったあの顔は見覚えがある。


「あの黒い影にあった顔は!!」

「……見えたの? ……夜目も利くようだね……」


 やっぱり遺伝かねと呟き、のろのろと起き上がると、アデルの手を引いて立たせてやる。


「何故……? 貴方の師であるコンラート魔導師が、あんな姿に?! ──いえ!! 確か、コンラート様は亡くなられた筈!!」


「だから、怖い思いする事になるかもよ……と、言ったのに……」

 憂鬱そうに彼女を見ると、溜息を付いてアデラに言った。


「一緒においで……。 話してあげるよ……」



◇◇◇◇


 一ヶ月通って、ようやくアデラは今夜、初めて離れ屋の中に通された。


 あの、小汚い格好だった王子の住む部屋の中は、思いのほか片付けられていた。

 様々な実験器具がキチンと生理整頓されていて、塵も埃も無い。

(なのに何故、格好は汚い……)

 心の中でぼやいた。


 暫くしてロジオンは、チュニックとズボンと言うラフな格好で、お茶の用意を持ってきた。

 後は私がやります、と言うのを制して、王子は良い香りのする茶をカップに注ぎアデラに渡す。

 ロジオンは長椅子に座り、自分で入れた茶を飲みながら足を気だるそうに伸ばすと、彼女に「何処か、適当に座って」と促す。

 アデラは側に置いてあった、作業用の丸椅子に腰掛け、王子がいれてくれた茶を飲む。

 口に含んだ温かな緑の色の茶は、清々しい味がした。


「えーと……まず、あの黒い影の正体だよね? ──君の見たとおりだよ、僕の師匠のコンラート」

「……何故?」

 アデラは眉に皺を寄せロジオンを見つめた。

「昨年、不治の病に伏して倒れ、そのまま地に還られた──それも事実。問題が起こったのは、師匠が死する直前にだ。師匠は自分の病を治そうと、新薬の開発に取り組んでいた──だが、間に合わなかった。その事が確証になった時、止めるのも聞かずに、病に臥しているの人間だとは思えない力で僕を押し倒し、師匠は作業台の上に置かれていた開発途中の薬を、全て飲んでしまった。あの時、師匠はすでに死の恐怖で頭がいかれていたのだと思う。毒薬も治療薬も、分析途中の液体も有る物全てを狂ったように飲み干した。……即効性の毒薬があったからね。瞬時に事切れたよ……」


 それだけ一気に話すと黙り込み、カンカン……と暫くカップを叩いていた。

 アデラには彼のその行動が適当な表現が見付からず、頭の中で整理しているように見受けられた。

 カップを叩く音が止んで、主はようやく再び口を開いた。

「暴走による急死だったから、その場には僕しかいなっかた……それが返って良かったんだろう……被害者が出なかったから」

「人以外、何か被害が……?」

 王子は淡々と話を続けた。

「コンラート師の身体から、あの『黒い影』が出てきて僕に襲い掛かってきた……。 ──とっさに光聖魔法で……君、『光聖魔法』って、分かる?」

 問われ、アデラは頷きながら答える。

「仕官の必修講義にありました……触りの部分で、入門のほんのかじり程度ですが。大まかに分類して、『攻撃』『支援』『防御』『封印』がありますが、『光聖』は分類すると魔法の中に入るか微妙な位置で、どちらかというと悪魔や悪霊払いを職とする僧侶が行う事が多いと。しかしながら、戦いの場で、死霊使いや魔物召喚を行う者もいるので、魔法を使う者は大抵会得している……と。」

「うん……そう……。それで、その光聖魔法で弾いたけど、暴れて部屋の中どころか離れ屋の周囲は滅茶苦茶になってね」


 ──そう言えば、コンラート師の死後、この離れ屋に修理屋と家具屋と庭師が入ったと聞いた──

 だから、この離れ屋の周囲は木々が根ごと綺麗に伐採されて開けているだとアデラは納得した。

 

 長い沈黙の後、アデラはそろそろと、でも、思い切ったようにロジオンに尋ねた。

「コンラート師は……悪霊となったということですか…?」

「……死霊や死人を退散させる光聖魔法が効いてるようだから、そうとも言えなくは無いが、師匠は構わず飲んだ薬のせいで、何か別の生き物になった気がする……。身体から抜けて自由になった魂で、道徳も良心も理想も無く、ただ、死ぬ前の欲望を叶えるが為に、僕を襲う者に……」

「何故、貴方を襲うのです!? ロジオン王子はコンラート様の弟子で、とても可愛がられていたと聞いております!」


「だからだろう……」


 そう言って、飲み干して、空になったカップを床に置く王子は酷く疲れているようでそのまま手を床にだらんと垂らし、うつらうつらし始めた。

「だからこそ、自分の全てを吸い取るように成長した、僕のまだ若い身体と力が羨ましい……僕の身体を乗っ取ればまだ生きていける……師匠のように人生を悟った方も、死が怖いということだろう……」

 まるで、唸されているかのように、喋り続ける彼の床についた手を持ち、アデラは言う。


「ロジオン王子……お眠りになるのなら寝室へ……」

「君……名前は?」

 知らなかったのか、と、唖然としながら「アデラ」と答える。

「……アデラ…気をつけて……僕の傍に居たせいで…師匠の襲う対象になった……。だから…言ったのに、付き人はいらないと……宮廷には住まないと…放っておけば変わり者の王子と……それで…誰も……」

 深い眠りに付いたのだろう、規則正しい寝息が聞こえてきた。


 この方は──


 そっと、手の甲に口付けをする。

 王と王妃や、兄弟に接しなかったのも、相談しなかったのも、余計な心配をかけたくないのと、下手に側に居れば襲われる──恐怖に落とし入れたく無いが故……。


 (お優しい方なのだ)


 そして、今までずっと1人で戦ってきた強い御方。

 何故、今夜、私を今までのように強く追い返さなかったのかは、目覚めてから聞くとしよう。


 襲われる対象になろうとなかろうと、私の心は決まっている。


「お側に居ります、ロジオン王子。忠誠を……誓います…」


 改めて、片膝を付き、ロジオンの手の甲に再び口付けをし忠誠を誓った。

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