第3話 忠誠 (3)
目を開けると、いつもの自室の木目の天井が見えた。
ゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡す。
(私……どうして此処に?)
確かロジオン王子を宮廷に連れて行くために、荷台に乗せて、逃げられて、捕まえたけど、臭くて……気を失った……んだ。
アデラは着衣の乱れを正し、自分のベットから下りて自室を出た。
出てきた所で丁度、同僚のベルと会う。
「──アデラ! もう良いの?」
心配そうに尋ねる同僚に「大丈夫」と、しっかりとした口調で返事を返す。
「吃驚したわよ! 小汚い男が貴女をおぶさって来て不審者かと取り押さえたら、例の変わり者の王子なんだもの!」
「ロジオン様が! ──では今、宮廷に?」
「ええ。取り押さえられたついでに、そのまま風呂に連れて行かれて……大変だったみたいよ。何度もお湯を取り替えて、石鹸も何個も使っても匂いが取れないって、女中達が嘆いていたって」
「……」
アデラはあの悪臭を思い出し、こめかみを押さえた。
「そろそろ晩餐会が終わる頃じゃないかしら?」
「──もう、そんな時間なの!?」
ベルに礼を述べると、駆け足で宮廷へ向かったアデラにベルは「大変そうだけど頑張ってね」と励ましの言葉を投げた。
ロジオン王子が否定しても、自分は王と第二王妃に彼の従者に任命されている。
とにかく、従者として晩餐会の場に行って控えていないと……。
そう思いながら晩餐会の会場へ急いだ。
◇◇◇◇
松明のみの暗い廊下を急ぎ気味で歩く。
昼間の日差しを受けて鮮やかな装飾を見せている廊下も、今は薄暗く、心なしか肌寒い。
ようやく晩餐会の会場に着いた時、既にロジオンの他の兄弟達の従者等が廊下に控えていた。
丁度、終わる頃なのか──間に合った。
安堵し息を整えながら、アデラは一番端に他の従者達と同じく直立不動で待った「違うわよ、貴女」
「──えっ?」
隣の従者に声を掛けられ、何の事だか分からず首を傾げた。
「上から順に並んでいるのよ。貴女、新しい従者ね? どのお方の?」
「第五王子です」
それを口にした途端、他の従者達が一斉にアデラに振り返ってまじまじと彼女を見詰めた。
──値踏みされてるみたい──
アデラは従者達の好奇の視線と表情にムッとしたが、なるべく平静を装う。
「だったら、あそこよ」
一番最初に声を掛けてきた従者が、指を指すと真ん中にいた青年従者が「ここだよ」と手を上げた。
「そろそろ終わるからね、急いで」
「頑張れよ」
ようような励ましに見送られ、意外に好感ある態度にアデラは顔を紅く染めながら、空けてくれた空間にするりと入る。
不必要に大きい扉がゆっくりと開くと、並んでいる従者達が一斉に頭を垂れた。
中から、一番最初に王、次に第一王妃、第二王妃と順番に出てきた。
「アデラ」
不意に、第二王妃に声をかけられ、顔を上げた。
第二王妃は今までアデラが見たことの無いような、微笑みをかけ、
「ありがとう」
と、一言延べ、従者と共に会場を後にした。
談笑をしながら、王子や王女達も自分の付き人や従者と共に自室に戻っていく。その様子をアデラは晴れやかな表情で見送った。
王妃からのねぎらいの言葉が、何よりの褒美だ──。
そう思い、あの、前髪がやたら長いロジオン王子が出てくるのを待つ。
(そう言えば、強制的に風呂に入れられて綺麗になったのだろうか?)
あの、ボサボサ髪を整髪したのだろうか?
(考えてみたら……私、ロジオン王子の顔、知らない……)
王と第二王妃のどちらに似ているのだろう?
知ってるのは、王妃譲りの髪の色に瞳の色──それだけだ……。
アデラは思いついた。
──質の良い衣装を着た、見た事の無い顔の少年がロジオン王子だ、と。
彼の従者でありながら、腹に鉄拳を入れ、縛り上げた挙句、気を失って王子の身体の上に倒れたのだ。
今更、お叱りの事柄が増えても痛くも痒くも無かった。
彼女は、妙なところで肝が太い乙女であった。
「ロジオン兄様、今夜は旅のお話が聞けて楽しかったわ! また、お話してくださいね!」
幼い子供特有の高い声が部屋から聞こえ、会場から軽やかな足取りで八番目のイレイン王女が出てきた。
ロジオン王子と同腹なせいか、銀の髪に色白な肌と、特徴が出ている。
公式用に作られた華美なドレスを両手でたくし上げ、跳ねるように自分の前を通り過ぎる王女の可愛らしさを微笑ましく見届け、自分の主が出てくるのを待つ。
あと残りはロジオン王子一人だ。
(もう、見間違えないな)
人違いをするかも、と覚悟していたが、要らぬ心配になってホッとする。
最後にのろのろと、疲れた様子で出てきた一人の少年がいた。
「──? ロジオン王子……?」
その姿を見て、アデラはぽかんと口を開けた。
銀髪の髪はその本来の色と艶を取り戻し、薄暗い廊下をほんのりと輝かせて神秘的な輝きを放っている。
前髪は、邪魔にならない位に切り揃えられ、ブルーグレーの瞳が真っ直ぐにアデラを捉えていた。
少年と青年の狭間を行き来しているその顔立ちは危うさを秘めているようで、何処となく妖艶さが見え隠れする端正さだ。
服も、いつものチュニック型の作業服ではなく、王族らしく仕立ての良い物を着込んでいる。
ただ苦手なのか、フリルや刺繍は最小限の物を選んでおり、特にシャツは首元に巻くスカーフのみだ。 だが、返ってそれが彼の持つ美しさを引き立てているように見えた。
──いや、それより驚いたのは……。
「……もう、良いの?」
「──はい……?」
「身体……、いきなり倒れたのは驚いた。──そんなに臭うとは思っていなかった……ごめん…」
ほんのり顔を赤らめて身体を真っ直ぐに向け、ロジオンが節目がちにアデラに謝ってきたのだ。
「──いっ、いえ、そんな……」
意外な態度にアデラも顔を赤らめ慌てる。
今まで感情のこもっていない話し方の王子が、本当に申し訳なさげに、しかも、気恥ずかしそうに自分に話しかけるだけで、胸が痺れるように疼いた。
──可愛い──
王族兄弟の中で特に変わり者と囁かれても、恐れ多くも王子の立場のこの少年にそんな気持ちになって、しかも──
(思わず抱きしめたくなった……なんて……)
気を引き締める為に、アデラは1つ咳払いをし、気持ちを落ち着かせる。
「……人との交流を絶つから、鈍感になるのです。 ──今度からは、毎日きちんと身体を御流しになって下さい」
母親のような付き人に、ふーと溜息をついたロジオンは「なるべく気をつける」とだけ言って、宮廷の外に向かって歩いて行くのを、アデラは慌てて追いかけた。
「──何処へ? 」
「離れに戻る」
「もう今夜は宮廷に御泊まり下さい。お部屋もご用意してあるはずです」
「──駄目だ。」
短いが、はっきりと意見を受け付けない鋭い言葉に、アデラは一瞬、言葉を飲み込んだが、
「……では、馬か馬車を用意させます」
と渋々、承諾する。
「……馬が良い」
王子はいつもの平坦な口調に戻り、アデラに告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます