第2話 忠誠 (2)

 宮廷の広い敷地内も秋深く、地を隠すように落ちた色とりどりの落ち葉をアデラが踏むと、カサカサと乾燥した音を立てその形を崩していく。

 乾いた音を聞きながらアデラは、宮廷の奥深い森林の中を進む。

 鬱蒼と茂るこの森も秋のこの季節には、はらはらと乾いた葉が枝から落ち、地面を紅い絨毯に染めていた。

 この辺まで来ると、感謝祭の準備で騒がしい宮廷の喧騒は聞こえては来ない。


(今日こそ引っ張り出して、宮廷に連れて行かないと)

 彼女は気難しい表情を崩さず、キビキビした歩調で先を進んでいた。


 眉に皺を寄せ大股で歩く姿は猛々しく、年頃の乙女とはかけ離れた風情ではあるが、顔立ちは大変美しく、日差しを受けて輝く金髪とエメラルド色の大きな瞳は、見る者の視線を釘付けにする。


 ただ残念なことに、この国で美女の三大要素の一つである乳白色の肌ではなく、祖母から譲り受けた小麦色の肌が、彼女の美しさを半減している、と憎まれ口を叩く者もいたが、当の本人は別段気にしている様子も無い。


 宮廷仕官として働くアデラが向かう先は自分が従者として仕える事になった、第五王子ロジオンの住む離れ屋である。


 ――つい最近、と、言っても一ヶ月前に任命されたのだが、初対面時に


「付き人なんかいらない」

と、突き放され門前払いをくらった。


 話し合いの余地もくれない頑なその態度に途方にくれ、王とロジオン王子の実母である第二王妃に相談をした所

「またか」

と溜息を付き、この、王子の育った特殊な環境を話してくれた。


 もともと、王は子沢山で二人の王妃との間に王子六人、王女八人と合わせて十四人の子がいる。


 それだけいれば跡目争いで宮廷内はいつも、暗殺と策略が暗躍しているだろうと思えばそうでもなく──この国は異民族が多く流れ住んでいて、文化、風習を運んで来る為か職業も多種多様。

 そのせいか、跡継ぎの長男と補佐役を買って出た三男が政務に関わる以外、皆、好きに手に職を付けおのおの取り組んでいた。

 加えて王の温厚でこだわらない性格が、しっかりと子供達に受け継がれているようで、自分がのし上ろうとは考えていないようだ。


 第五王子のロジオンはそんな自由に生きている(?)兄弟達の中では異色な存在だ。


 産まれて、祝いの為に出席していた高名な魔導師から

 ──この王子は申し子と言っても良いほど魔力が高い──


 『いずれ、この私を超える魔導師になれる』

 と言う魔導師に

 『自分の意見が言える歳になるまで、職業の選択を狭める事はしない』

 困ったように眉を下げ断る王と王妃。 


 是非、自分に預けて欲しいと懇願され、預ける、預けない、と暫く攻防戦が続いたが、とうとう根負けして、生後一年に満たない王子を魔導師に預ける事にした。


 ……それがいけなかった、と、第二王妃は深く長い溜息を付く。


 その後、武者修行という名目で強引に連れて行かれ以後、十三年間音沙汰が掴めなくなってしまったのだ。




 ──しかし、それが二年前にひょっこり魔導師が連れて帰って来のだ。


 

 我等の子だという証を見、大喜びで再会を果たし魔法使いとして成長した王子は、魔導師と共に離れ屋に住んだのだ。


 だが昨年、魔導師が亡くなり、一人だと不便だし何かと淋しかろうと、給仕やボディガードを送ったりまた、宮殿に住むように勧めているのだが、「いらない」「行かない」の一点張り。

 王や王妃が直談判をしても頭を縦に振らなかった。

 そして今も懲りずに従者を送ったりしているのだが……。




「全て門前払いな訳なのですね?」


 アデラの問いに両親である王と王妃は、深く溜息を付いた。

「姉のような方を付き人にすれば、もしかしたら態度が軟化するのではと……」

 白羽の矢が立ったのが、後輩の面倒見が良いアデラだったのだ。




◇◇◇◇


 ここまで期待されては少々の事で辞退するわけには行かない。元々責任感が強く、世話好きの彼女──使命に燃えた。


 (何よりあの王子……今日こそ何とかせねば!!)


 アデラは眉間に寄せた皺を更に深く顔に刻みながら、つらつら考えているうちに、開けた原っぱに出た。

 そこのほぼ中央にレンガで建てられた平屋があり、その平凡な平屋にピッタリと付けられている、温室のガラスが、日の光をうけ燦々と輝いていた。

 そこがロジオン王子が住む離れだ。

 元は以前仕えていた庭師家族の家だったが、離職し家族が出て行ってから十数年間空家になって廃れていたのを改築したという。

 

 アデラは1つ咳払いをして、今一度きりっと表情を引き締め、徐に扉を叩く。

 程なくして、ゆっくりと扉が開いた。

 出てきたのは、自分より拳1つ程背が低い少年。

 アデラは一瞬、少年からの悪臭に眩暈がしたがどうにか耐え、その少年と向き合う。


 ──銀の髪だと言うそれはボサボサで艶を失い、垢まみれで本来の色を失っているし、着ているシャツも同様で、しかも所々に薬品だと思われる赤や緑の液が染みている。

 ズボンも以下同文……。


「また君か……」

 伸びきって顔の半分上を隠す前髪の隙間から、ブルーグレーの色素の薄い瞳を彼女に向け、少年は感情の籠もっていない声でアデラに話しかけた。

「……今日こそは、一緒に王宮まで来ていただきます、ロジオン王子」

 ロジオン王子と呼ばれた少年は、ゆっくりとした口調で話し出す。


「行かなきゃならない理由が分からない。前、君が言っていた感謝祭の件は、此方に帰って来てからは毎年出席してるじゃない」

「花火職人としてではなく、王子として出席して頂きたいと、陛下と御生母の第二王妃様、お二人のご希望でございます」

「あれは趣味の一つであって亡くなった師共々、毎年楽しみに制作していたものだし、それに、大量の火薬を使ってるからね。取り扱いは僕にしかできない」

 そう言い、扉を遮る様に立つ王子の、中に入らせない意思がひしひし感じた。

 いや、これでも、初っ端よりかは大分ましな対応になったのだが……。


「今夜は、アラベラ王女様とイレイン王女様が、感謝祭の折に配る菓子の試食をして頂きたいと……。それを聞いたエアロン様が、一緒に自分が創作された料理を披露したいと申されて。──それならばと、身内だけで晩餐会を開くことと相成りました。ロジオン様にも兄弟のよしみで是非、出席してもらいたいとのご伝言でございます」

「……」

 ロジオン王子は腕を組み、暫く扉の縁に寄りかかり黙りこんでいたが

「行かない」

と、はっきり首を横に振った。


「何故、それ程頑なに御父母様や御兄弟様の好意を拒否なさるのです? 長い間離れ離れで、突然に親子、兄弟の中に入るのは大変だとは思いますが、皆、だからこそ気にかけておいでなのです。特に王妃様は貴方様の態度に心を痛めておいでです。 ──どうか、ロジオ……」


 「──だからだ」


 「?」


「だから行かない、君も余計なお節介を焼くな──迷惑だ」

 怒気も哀感も無い感情のこもっていない王子の言い方に、ご家族の動向に本当に関心が無いのだと感じたアデラは、とうとう自分の立場を忘れ怒りをぶつけた。

「だから行かないとはどう言うことです? はっきり言ってもらいましょう、お節介焼きな私に! ──私に言いたくなければ、ご両親様の前で納得の行く説明をして頂きます……!!」

 いつものように黙って扉を閉めようとする王子の左手を掴むと「失礼」と彼の脇腹にアデラの拳が入った。

 かはっと吐くような呻き声を出すと、王子は脇腹を押さえてうずくまった。


「……ただの仕官が……こんな事を……して……」

 搾り出すように声を出し、薄い色素の瞳をたぎらせ、怒りを露にする王子にアデルは

「今日こそはお連れすると誓ったのです──多少乱暴な手を使って良いと、陛下からの許可も得ております」

 そう言いながら、ただの『一般仕官』のアデラは隠し持っていた紐で王子の手足を手際よくがんじがらめに縛り、昨夜のうちに隠し用意しといた荷車に彼を担ぎ込むと、王宮に向けて引き始めた。


「……酷いなあ、荷物扱い?」

 痛みが治まったようで荷台の上で横たわったまま、いつもの、のろのろとした口調で王子はアデラに話しかけた。

 アデラは王子を一瞥し、再び荷車を引きながら、今までの鬱憤を晴らすかのように答えた。

「大変無礼な事をしているついでに、更に無礼な事を申し上げます──ロジオン王子、最後に身体を清めたのはいつです?」


「……いつかな……?」


 本人も覚えていない程以前らしい。

「……臭いんです……凄く、どうしようもなく、気を緩めると気絶しそうになる程に」

「そんなに臭いかなぁ……」

「私も兵士なので、何度か野営の訓練で身体を清められない事を経験してますが、王子のは汗、体臭、埃と、それ以外の匂いが混ざっておりまして、更に強度を上げております。王宮まで私が担いで行くと、途中で悶死しそうなので対抗策を取らせてもらいました」

「はははっ! ──ぁあ、多分薬品だね」

 彼女の言い方が、余程可笑しかったらしい。

 からからと笑いだした王子の声を初めて聞いて、驚いたアデラは後ろを振り向くと、詰まるように息を呑んだ。


 縛られてそこに居たはずの魔法使いの王子は忽然と消え、解かれた縄が荷車の上にあるだけで当の本人は、アデラに背を向け、自分の我が家に向けて走っていた。

 瞬時に我に返り荷車を蹴り上げ、飛ぶようにアデラは走った。あっと言う間に差が縮む。

「逃がすか!!」

 地を思いっきり蹴り上げると、獲物を追い詰めた獣のように王子の背中に飛びつき倒した。


 これに驚いたのはロジオンの方だった。


 二人勢い余って何回転かした後に、アデラが上から押さえる形でようやく止まった。

「──驚いたなあ……。何て跳躍力だ」

 ロジオンが感心したように呟いた。

「残念でしたな、私はこの跳躍と足の速さで仕官達の間では『女豹』と呼ばれているのです」

「大した物だ……、遺伝っぽいな……」


「遺……伝……?」


 何ですか、それ? と尋ねようとしたが、王子に飛びつき密着している間に、かなりの悪臭を吸い込んでしまったアデラは、眩暈と吐き気が凄い勢いで襲ってきて、そのまま、臭い彼の上で倒れ込んでしまい、意識を失った……。




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