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 解放されたレヴァヌの街は、本来の落ち着きを取り戻すにはまだ時間がかかりそうだ。


 色めき立った住民たちは、ささいなことを発端にして諍いを繰り返した。治安は血盟団が在留していた頃より幾分悪くなったほどだ。


 それというのも血盟団に協力した者と非協力だった者とが、互いに過去を蒸し返し、盛んに罵り合うことをやめないことによる。血盟団におもねった住民は、時勢が変わると、盤石だと思っていた立場も揺らぐことに遅まきながら気付いた。いまや石を投げられ、唾を吐きかけられることになったのだ。


「旧市街でまた小競り合いが起きてます。さらに血盟団の支援者と目されていた娼館の主が自害しました」


 メリサの報告にベイリーは無言で頷く。ベイリーたちは城砦の無傷な居室を仮の寓居として、また戦後処理を行う執務室として利用していた。


 すでにここ数日でかなりの血が流れた。占領時の遺恨を晴らすことを禁じたものの、人間の感情というものは一夜漬けの法令に素直に従うものではない。王都を制圧したベイリーだったが、この小さなオアシスの街には手こずっていた。いつまでも、ここでジッとしているわけにはいなかい。焦燥にかられぬ時はない。しかし、この乱れた街を放っておくことはベイリーにはできなかった。


「ルゴーはどうだ?」

「酒浸りです」


 双子の兄弟を失ったルゴーは当たり前だが、深く心を痛めていたから、誰も迂闊に声をかけようとしなかった。それがいけなかったのかもしれない。何か仕事を与えて気を紛らわせてやるべきなのだろう。ベイリーはいまだ他者の心を汲み取ることのできない自分の不甲斐なさを恥じた。


(私は人の上に立つ人間などではない。自分の心ですら持て余している)


「ベイリー様。一緒に行ってぶん殴ってきましょう」

「メリサ。それよりも一緒に酒浸りになってやるほうがいいのかもしれない」


 いつにないベイリーの言葉にメリサはいぶかしげに上官を見返した。


「竜紋の影響でベイリー様、あなたの心は揺れています。レイゼル・ネフスキー、スタン・キュラムの精神に強い影響を受けているのです。城砦でゼロッドに殺されてやろうとしたのもそうです。そして今はルゴーに過度な同情を抱いている。ご自分の心の痛みはどうなさるのですか?」


 メリサがほのめかしているのは、ルードウィンのことだ。


 ゼロッドの証言によれば、ルードウィンはベイリーを排斥し、王国の実権を握るつもりだという。ベイリーの心は掻きむしられた。真偽を確かめるために、すぐに王都にとって帰りたい、その衝動とベイリーは終日戦っていた。


「私は自分の痛みにも他人の痛みにも疎かった。だが、いまはそうではないらしい。愛する者を失った悲痛は誰の胸の内であっても見るに忍びない」

「そうですか」

「……レイゼル・ネフスキーの痛みが伝わってきた。犬だ。兄弟同然の犬たちを失った。殺されたのだ。なんと大きな欠落だろうか。なぁ、メリサ、人の心の穴は何で塞げばいいのだろう? レイゼルは憎悪を掻き立ててそれを埋めようとしている」

「悲しみはただ味わうべきです。何によってでもごまかし覆い隠すべきではないでしょう」

 言いながらメリサの手は、ベイリーの上腕にそっと触れる。


「……据え置きになっていたゼロッドの処遇を決めよう。皆を集めてくれ」

「はい、さっそく」


 メリサは執務室を出ていった。


× × ×


 灼熱の血盟団が、居座っていたのは城砦ばかりではない。

 ローデン酒造の酒蔵も不法に占拠して、好き放題に使っていたという。


 ベイリー暗殺のかどで拘束されてゼロッドは、その一角に留め置かれた。城壁にも地下牢はあったが、あまりに老朽化していたうえに薄気味悪かったので、尋問することも、食事を運んでやることも気乗りしなかったのだ。


 ゼロッドは薄暗い酒蔵の中で、憔悴しきっていた。


 集まったのはベイリーにメリサ、それから千鳥足のルゴー、そしてクラリックの四人だった。


 この場にナローがいないことが、ちょっとしたジョークではないかと思いたくなる。どこかからひょっこりとひょろ長いシルエットが現れて、バカげた饒舌で皆をうんざりさせてくれそうな気がする。


「……ベイリー様」


 手足を鎖で繋がれたゼロッドは伏し目がちでベイリーのみならず、誰ともまっすぐに顔を合わせようとしない。


「ゼロッド、おまえは私を殺そうとした。そうだな?」

「……はい」

「ルードウィンの指図だというのだな?」

「ええ、語ることは多くありません。私はあなたを裏切りました。情を恵んでくださるのなら、どうか速やかに処刑してください」


 婚約者の父のためにゼロッドはルードウィンに逆らえぬ立場に置かれたという話が事実であれば、情状酌量の余地はある。狙われたのは他でもないベイリーなのだ。ベイリーが寛容な処遇を望めば命までも取らずに済む可能性もある。


「裏切ったのは大将のことだけじゃねえ! てめえはクラリックの優しさに付け込んで、罪をひっ被せようとしたらしいじゃねえか。俺は、てめえを許せねえよ!」


 ルゴーは酒臭いを息を荒々しく吐き出した。


「……ルゴー。ナローが死んだらしいな。私はあいつと何かとぶつかったが、嫌いじゃなかった。本当だ。悲しむ権利くらいはあるだろう」

 とゼロッドが言えば、


「ああ、あいつは幸せだったぜ。なにしろ敵に殺されたんだからな! 身内に毒殺されたんなら浮かばれねえだろうな!」

「もうよせルゴー」

 ベイリーがたしなめる。


「クラリック、あんたはどう思う?」

 メリサは寡黙なクラリックに水を向けた。


「言うことはありません。ただ、この男を処刑するなら、わたしにやらせてください」


 誰もが言葉を失った。博愛主義者のクラリックが処刑人に名乗りを上げるとは誰ひとり考えもしなかったからだ。


……やれます」

 クラリックの声には悲痛な響きがあった。


「今度こそ? それはいったい?」

 ベイリーは問いかける。聞き捨てならないクラリックの言葉に、一同はどこに話が流れていくのか不安げな面持ちになった。


「ベイリー様。処罰ならゼロッドだけでなく私も受けるべきです。私は……やれなかった。あなたの命令を実行できなかった」

「どういうこと? クラリック、隠し事があるならちゃんと言いな! このままだとわたしたちバラバラになっちまうよ」

 クラリックの肩を力任せにメリサが揺さぶった。


「てめえ、はっきりと――」

 全部、言い切れず、ルゴーは酒蔵の隅に走っていって吐いた。


 クラリックは、ゼロッドとベイリーを交互に見た。

「――サルキア様は死んではいません。〈淑女〉の量を調節し、彼女を仮死状態のまま侍女と逃がしました。二度と王都に戻るなと言い含めて」


 頭をガツンと殴られたような衝撃をベイリーは感じた。


「クラリック。おまえが気鬱に沈んでいたのは、分別のつかない少女を殺したからではなく――」

「ええ、殺すべき人間を殺せなかったからです。……いや、殺せたとしても私は苦しんでいたに違いないない。どちらにしろ苦悩からは逃れられなかった」

「ああ、おまえは苦しむ運命だった」

 ベイリーは怒りよりむしろ――申し訳なさそうに告げた。


「はい、楽に殺してやれ、という命令とは反対に、わたしは彼女を生かすことで苦しめました。たぶん、〈淑女〉の副作用で身体に障害が残っているはず。これから先、隠れて生きていくにしろ楽ではないでしょう」


 眼を血走らせたゼロッドはクラリックに詰めよろうとするが、鎖の長さが足りず、ガクンと後ろに引き戻された。


「おまえは殺せずに罰せられ、私は殺そうしたことで罰せられるのか。お笑い草だな。人間の生死を決めていいのは誰だ? ベイリー様か、それともルードウィンか? この人たちは神より偉いのか? そうだろうとも。何しろ救国の英雄様だもんな! ナローが死んだのだって――」


 胃の内容物をすっかり吐き出したルゴーは、口元を拭いながら戻ってくるとゼロッドの顔面に拳を叩き込み、


「てめえは殺してやる。たったいま俺が殺してやる。いいか。何様か知らねえが……その口を閉じろ。薄汚ねえ裏切り者が臭え息を吐き散らすんじゃねえ!」

尻もちをついた相手に、さらに追い打ちをかけた。

「よせ、ルゴー!!」

「生かしとくんですか? こいつはあんたを殺そうとしたんですぜ!」


「ああ、そうだな」仏頂面でベイリーは虚空を見つめる。「……ゼロッドには死んでもらおう」


「本当に?」メリサが唾を飲み込む音が聞こえた。

「ルゴー、そいつを貸してくれ」


 ベイリーが求めたのは、ナローの形見である短銃だった。ナローの遺体は新市街の埋葬地に葬ったが、夥しく損壊した遺体は、二目と見られぬ、ひどい有り様だった。それ故、生前のナローの偲ぶよすがとなるものは、その身体よりも遺品であった。ゼロッドを除く搭乗員たちは、それぞれナローの私物を受け取った。


「ゼロッド祈れ」


 ゼロッドが瞑目したのを合図に、ベイリーはたて続けに四発、銃弾を放った。


「やめてくれ!」と即座に叫んだのは、なぜかルゴーだった。


 兄弟が撃たれた光景がフラッシュバックしたのかもしれない。しかし、ベイリーは引き金を引くのをためらわなかった。


 発酵の進んだマーヴァ酒の強い匂いがする。

 思わず眼を閉じた面々がゆっくりとまぶたを持ち上げると、打ち抜かれた酒樽の穴から黒っぽい液体が四筋流れ落ちているばかりだ。まるでそれがゼロッドの流すべき血だとでもいうように。


「ゼロッド、これでおまえは死んだ。もう私の部下でもなんでもない。名を変え、勝手に生きろ、しかし、もう一度私の前に現れたら、その時は――」

「なぜ、いま殺さない?!」


 死の恐怖とすれ違ったばかりの人間としては威勢がいいな、とベイリーは思った。


「この四つの弾丸はナローからおまえへの餞別だ。当たらなかったのはナローの腕のせいだ。私なら絶対に外さない距離だ」


 あくまで真剣な口調のベイリーだったが、その態度のどこかに冗談めかしたユーモアがにじむ。


「……そんな」ゼロッドはため息をついた。

「確かにやつの銃の腕はへっぽこで、誰にも当たりゃしなかった」

 ルゴーはつまらなさそうに呟くと、弟の銃を受け取ってゼロッドを眺め、

「てめえは無様に生き永らえろや。ヘタ打ったあげく死に場所も奪われたんだ、さぞかし楽しく過ごせるだろうぜ」


「だね」とメリサも便乗する。「そもそもあんたの面は好みじゃなかったんだ。死に顔まで拝まされて夢に出てきた日にゃゾッとするね」


 浴びせかけられる憎まれ口に耐え、また涙がこぼれるのにも耐えたゼロッドは一言、「そうだな」と応じた。


 最後はクラリックだ。


「わたしたちはお互いに殺し損ねましたね。決め手に欠ける男は女性にモテないそうですよ。ゼロッドさん、あなたには婚約者がいるそうですが、早晩フラれるでしょう。わたしみたいに!」

 クラリックが出立直前に恋人に去られたことはメリサだけが知る事実だ。未練がましく寝言でその名を呼んでいることは本人も知らない。


 その横でベイリーが苦虫をかみ殺したような面持ちで、ゼロッドとクラリックを順番に見つめた。


「裏切り者に命令違反か。私は部下に恵まれてるな」

「人徳ですよ。ベイリー様」


 だんだんと馴れ馴れしくなるメリサの言動を叱る気にもなれない。必死に威厳を保つよりも弱みを見せたほうが、旅の小さな世界においてはうまくいくと痛感したのだ。


「――さて、ゼロッドの証言によると……ルードウィンがこの暗殺の指示を出したというのだが、それが真実ならば、私は王都に帰らねばならないだろう。準備はどうだ?」

「後部車は捨てていきましょう。履帯だけ付け替えればなんとかなります。主砲を短く切り詰めたんでバランスは改善されました。田舎で見物した牛の去勢を思い出しましたよ」

 とルゴー。どうやら酒の合間に仕事もしていたらしい。


「いけません。玉座を追うべきです」

 異論を差し挟んだのはメリサだった。


「なぜだ? 信じたくはないが、ルードウィンによって王都が乗っ取られようとしているのなら、ここで手をこまねいているわけにはいかない」

竜紋サーペインです。あなたはその身に徴を刻まれてしまった。前には言ったことですが、おぼえてますか。初代王ハゼムの時代にも他に二人の候補者がいたと、ハゼムが王となった時、王になれなかった候補者二人はどうなったと?」


 初代王ハゼムの御代では、鳥人ワースプキルと矮人ン=ネイが。

 庶子王リアムの御代では、森の子デーネンと盲目の剣士クレストンが。

 それぞれに候補者となったが、王が決まったその後は歴史に登場してはいない。


「天に召された、確かそう言ってたな。でも、それはおとぎ話の類だろうがよ」

「それは違うわルゴー、おとぎ話というなら竜だの竜紋だの、その全部がおとぎ話類でしょう?」

「……む」

 ルゴーは押し黙るしかない。


 ベイリーはなんとも言い知れぬ不条理をおぼえた。竜紋サーペインの力によって毒から守られたかと思えば、今度は同じものに命を人質に取られるとは。


「すべての真実がに伝えられているわけではないにしろ、おとぎ話の教訓をすべて無視するのは危険すぎるという他ない」

「メリサ、君は竜紋について詳しい。君は一体何者だ? 私の窮地を何度となく救ってくれたのもそうだ。城壁でゼロッドを制圧したのも見事な手並みだった。ただの整備士兼機関士ではあるまい」

「そうね、ここで打ち明けておくべきかもしれない」

 観念したようにメリサは言った。


「でも、その前に樽の穴を塞ぎません? お酒が勿体ないから」

「いや、これくらいなら飲んじまおう。この人数ならあっという間さ」

 そう提案したのは、もちろんルゴーだった。


×  ×  ×


「わたしたちははじめ〈竜血の盃〉と呼ばれていました。カッコいいでしょ。年代が下るにつれて、〈結社〉とか〈組織〉と呼びならわすようになり、それも物々しいってんで、最近じゃ単に〈寄合よりあい〉って言います」


 酒蔵に常備してあった試飲用グラスにマーヴァ酒をなみなみと受け止める。とめどなく流れ落ちる酒を消費するには、かなりのペースで飲み続けるしかない。ゼロッドにも杯は与えられた。


「いま、こうしてわたしたちがやってるみたいにね、竜の血を飲んだ者たちが過去にいたそうです。海綿獲りを生業とする素潜りの漁民だったとも、火葬場や墓地で瞑想をする行者サドゥの集団だったとも言われています。竜を唯一傷つけたハゼムの宝剣を一飲みにした大道芸人だとも。発祥は謎です」


 メリサの声は酒蔵に反響してよく響いた。この酒蔵はかつてガラッドとマイルストームが酒盛りをした場所でもあった。異なる陣営の敵同士が同じ場所で同じ行為を繰り返すというのは運命の皮肉という他ない。


「〈寄合〉の使命は竜紋を授けられた人間を支えることです。誰に出会おうとも、先に出会った候補者と運命を共にするのです。もし、ベイリー様より早くスタン・キュラムやレイゼル・ネフスキーと出会っていたら、わたしは彼らの味方となったでしょう」


「先着順かよ、尻軽女め」とルゴーが茶々を入れる。


「竜紋を授けられる人間は稀です。何百年も候補者が誕生しないこともある。その間〈寄合〉は市井の人たちに紛れて普通に暮らしているだけです。多少、経済基盤を共有した相互扶助の仕組みはありますが、各地に存在する非合法的結社ファミリー組織シンジケートとは違います。わたしたちは裏稼業に手を染めてませんし、竜紋とそれにまつわる知識を語り伝える以外は特別なことをしない」

「では、本当におまえは機関士でしかなかったのか?」


 ベイリーよりもずっと早いペースでグラスを空けながら、メリサは頷く。


「ええ、フランケル山脈で竜と遭遇したとあなたが言い出した時は、ついに来た、と思いましたよ。実はね、わたしにも見えた気がしました。血が竜の存在を思い出したんです」

「では途中から己の出自を思い出したと?」

「ですね、〈寄合〉の使命を全うすることにしたんです。これもきっと運命というやつでしょうから」


「おまえがあんなに強かったのはどういうわけだ?」

 縛られたまま酒を口の中に注ぎ込まれていたゼロッドが、早くも完全に酩酊状態になった様子で訊いた。


「訓練とかしたわけじゃない。さっきも言ったように〈寄合〉は知識を伝えるだけ、でもね、守るべき候補者が現れると、血統の記憶が目覚めるんです。つまりご先祖様の培ったいろんな技術が使えるようになる。便利だよねえ。それが竜の血を飲んだ一族の特典らしいよ。ま、我が身に起こるまで信じちゃいなかったけど、ね」


 他人事のように軽くメリサは説明した。


「つまり、そういうことなので、わたしは機関士兼整備士兼、ベイリー様を王様にするためのプロデューサーということでよろしくお願いします。あのお給金も値上げしてもらえませんかね。けっこう大変なんだよ。同僚といえばさ、裏切り者、命令違反、酔っ払いしかいないわけだし! 頼みの綱のベイリー様だって妙にセンチでアンニュイになってるし! わたしの肩にのしかかる重圧半端ないっての!」


 メリサもそろそろ酔ってきたらしい。ルゴーに頭突きをくらわし、身動きのできないゼロッドの耳たぶに噛みつき、クラリックの手の甲にも歯を立てた。どうやら酔うと噛みつきたく性癖を持っているらしい。


「なんで俺だけ噛まねえんだ?」

「あんた風呂入ってなさそうだし!」

「なんだとコラっ!」

「変な汁出てきそう」


 メリサとルゴーの乱闘まがいの騒ぎにクラリックが割って入ろうとして弾き出される。ゼロッドは無責任にはやし立て、メリサに怒鳴られた。そのうちに生前のナローのあれこれを思い出してメリサが号泣し出すと、クラリックが肩を抱いて慰めるが、その回した腕を今度は血が出るほど噛まれて悲鳴を上げる。


 そんな仲間たちの姿を見て、堅物のベイリーが腹をよじるようにして笑ったのには、皆が驚いて立ち尽くしてしまった。


「大将、そんなふうに笑うのかい?」

「ああ、我ながら驚いたよ、子供の頃以来かもしれないな」

「酔い過ぎじゃねえか。そろそろ控えたほうが……」

 ルゴーでさえ心配になる意外さだったのだ。


「いや、存外に楽しいものだな。おまえたちのバカ騒ぎは」

「ああ、ナローだって喜んでるぜ、お高くとまってねえ大将の姿が見られて」


 ベイリーは自分でも気づかなったが、サルキアが生きていたという事実に救われていたのだ。ルードウィンの裏切りやナローの死の悲しみにも増して、それはベイリーを心を軽くしていた。絶対に口に出しては言えないが、クラリックの不忠義には感謝の念を抱いていた。


「メリサ、君が知っている知識を教えてくれ」


 ついに穴の空いた酒樽の中身が尽きた頃、ベイリーは言った。


「いま必要なことはひとつだけです。竜紋サーペインを授かった候補者たちは玉座に触れることで王となるための認証を得ます。ただしそれはひとりきり。つまり他の誰かに先を越されたら、遅れを取った二人は死ぬ可能性がある。このレースは椅子取り合戦から、命を賭けた生存競争に変わったのです」

「わかった。では明朝、急ぎ出発しよう。ゼロッドおまえはここに残れ、その気があるのなら、レヴァヌの復興に力を貸すのだ」


「王都の方はどうしますか?」クラリックが言った。告白を終えてクラリックにも幾分明るさが戻ったようだ。


「置いておくしかない」

「ベイリー様、裏切り者が差し出がましいとお思いでしょうが、ひとつだけ言わせてください。もし、王都に戻れぬのであれば、こういう方法があります。あなたが王都へ戻るのではなく、ルードウィンを呼び寄せるのです」

「ゼロッド、やつが王都を離れると思うか?」

「あなたの死とサルキア様の生存、このふたつを知らせれば、あるいは……」


 ベイリーは考え込んだ。これはゼロッドの、ひいてはルードウィンの罠ではないかと。しかし、検討に値するアイデアではある。ベイリーという目の上のたんこぶが消えてしまえば、ルードウィンはその大手を振って王への道を突き進むだろう。そして、それには玉座と王位継承者であるサルキアの存在が欠かせない。


「サルキア様を手中に収めるにしろ、あらためて亡き者にするにしろ、必ず、ルードウィンはやってきます」

 ゼロッドは断言した。


「できるなら、私も死んだことにしたほうがいいでしょう。そしてサルキア様が悪魔の中指ミドルフィンガーでなく他の追跡者の手中にあることにすれば、居ても立ってもいられなくなるのではないでしょうか」


 奇しくもこの仮定は、すでに真実になっていた。サルキアはガラッドと呉越同舟の間柄となり、広大な砂漠へ逃れたのだった。


「そうか、王都でなく、旅路の果てで真実と相まみえることができる、か。もしルディが私を殺したつもりならば、亡霊となって奴の前に立ちはだかるのも一興」

「玉座を目指す四組にまたひとつ追跡者が加わりますね」

 メリサは武者震いした。


「ああ、ルードウィン・ザナック、やつは誰よりも手ごわいぞ。覚悟しろ」


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