処刑の庭

「時間だ」


 ベイリーは言った。


 夜半になっても、マイルストームからの返答は何もない。降伏も開戦の触れもなく、ただ不気味な静寂だけがあった。しかし、レヴァヌの街では、誰ひとりとして寝静まってはいない。ひっそりと息をひそめていたにしろ、気楽な夢を見ていられる者などなく、神経を張り詰め、悪魔の中指と灼熱の血盟団の動向に耳をそばだてているに違いなかった。


「できることはやった。戦いは絵図通りには進まない。しかし、勝利は我々のものだ」

 ベイリーは搭乗員クルーを鼓舞した。


 ルゴー、ナロー、メリサ、ゼロッド、クラリックの五人は、ほどよい緊張に包まれていた。懸念事項は、ベイリーのコンディションだったが、いまやそれを心配している時ではない。


「旧市街の道は狭いが、血盟団の滞留で多くの住民は新市街へ逃れている、強引に推し進めて構わん」


 ベイリーが城砦へ続く大通りや、街の外縁にそって回り込むルートを採用しなかったのは、そこに何らかの罠が仕掛けられていると踏んだからだ。本格的な対装甲車壕があるとは思えないが、即席の落とし穴くらいは仕掛けられている可能性もある。


「たいていの穴ぼこなら平気だぜ」と威勢よくルゴーが言うものの、援軍が期待できない状況下では、撃破されずとも、走行不能というだけで命取りだ。装甲車は頑丈で馬力があるが、動けなくなってしまえば、鉄の棺桶に過ぎなくなる。


 操縦手であるナローとクラリックは、半ば家々を破壊しながら、蒸気式装甲車を走らせた。悪魔の中指の名にふさわしい破壊の進軍と言えた。百年をゆうに耐えた石造りの建物は脆くも崩れ去っていく。


「歓迎してくれてるぜ」


 さまざまな距離から銃弾が降り注ぎ、装甲にカンカンと当たる。

 長射程化が進みつつあるライフル銃も、血盟団は多数所持していた。旧市街のあちこちからマズルフラッシュの火花が咲く。装甲を銃弾で貫けると本気で考えてはいないようだが、ベイリーらの示威行為とも取れる行軍への返答だろう。


「ふむ」

 ベイリーは首を傾げる。


 王都でようやく実戦で投入されるようになったばかりの武器をオアシスの武装組織が装備しているのは奇妙だった。マイルストームの不可解な自信の源はこのあたりにあるのかもしれない。武器を、あるいは武器を揃える資金を提供しているものがいると踏んでいたが、ここへ来てそれが確実なものとなった。


「さぁ、ズールド城砦とご対面だね」

 緩い斜面を登り切った先に不気味な城砦が迫ると、メリサが覗視孔てんしこうから眼を離さずに言った。


 血盟団の連中が入り浸っているというのに、どこか無人の廃城めいた雰囲気が漂っている。時間そのものが澱のように溜まり腐敗している、そんな印象だ。城には濠がめぐらせてあったが、水は干上がり、砂塵が積み重なって、もはやその用を成していない。


 とはいえ、不整地を走破する装甲車であっても、その幅を踏み渡ることは難しいだろう。


「これだけのスペースがあれば十分だ。接敵しつつ砲撃で城砦を狙え」

 ベイリーは命じた。


 そこは“処刑の庭”と呼ばれる空き地だった。過去に多くの罪人がここで裁かれ、屍をさらしてきた場所として知られている。歴史は繰り返す。あくびが出るほど単調に。


「来ました!」

 ゼロッドが叫ぶ。


 この場所で待ち伏せていたのだろう百名ほどの人間が現れる。ターバンに髭面という血盟団のお定まりのルックスだったが、律儀に全員が腕章を身に着けていることにもベイリーは感心した。


(無法者の寄せ集めが、仲良くお揃いのいで立ちか)


 敵の中には、ラクダに騎乗している者もあれば、徒歩で装甲車に取り付いてくる者もいた。遠巻きから射撃がくるかと思えば、奇声を上げて突っ込んでくることもある。脈絡のない襲撃に思えたが、どこかに狙いがあるような気もする。


「無謀な特攻か? それとも何か作戦があるのか?」

「わかりません」ゼロッドが火砲の狙いを城壁に定めた。

「後部車両のクラリッサとナローに伝えろ、寄ってたかってくる敵は機銃掃射で薙ぎ払え」

「了解」と応じたのはメリサだ。

「撃て!」

 47ゾル火砲が放たれ、城砦の一部を削り取った。


「次弾の装填」

「ベイリー様。やつらが来ます。妙な機械で」

 ベイリーはメリサを押しのけて覗視孔てんしこうをのぞく。


(あれがやつらの……そうか。草刈り機とは。農夫が王座に手を伸ばすというわけか)


「面白い」 

 ベイリーは武者震いした。


 肉体の衰弱を精神が上回る。こうして戦っている時こそ自分は自分でいられるとベイリーは感じる。ガラッドにどんな狙いがあろうと、あとわずかでこの攻防戦は詰むはずだ。


 群がる夜盗たちを悪魔の中指は寄せ付けない。が、奇妙にペイントされた大食いは味方の無秩序を縫って背後に迫ろうとしていた。 


「死角を狙っているのか」


 ウェスが雪山で装甲車に乗り込んできた時にもそうした。だが、今回はハッチを開けて誰かが迎え入れてくれるわけではない。


「発射準備完了」

「よし発――」


 ベイリーが火砲の発射を命じようとしたその時、激しい衝撃と揺れが装甲車を襲った。


 衝撃によって狙いのズレた砲弾は城砦をかすめて飛んでいく。


「どうした? 何が?」

「こりゃあ?!」

 ルゴーが車内の一点を指さしながら喚く。


 装甲を内側にめり込ませてライフル弾が侵入していた。貫通してはいなかったが、めり込んだ銃弾の先がわずかに見えている。


「なんだよ、この威力はよ!」

「見たところフツーの弾だけど」

 メリサも混乱を隠せない。


「聞いたことがあるぞ、呪力の込められた弾があると。噂の域を出ない代物だと思っていたが……」


 様々な場所に赴任した経験のあるベイリーは見識も深い。この世界には、王都の人間が考え及ばないような奇妙な力が存在することも認めていた。神秘の街イゼントで仕入れた外套に通常以上の保温力があることを知っていた搭乗員たちも、1ローの厚みがある装甲を穿つ銃弾があるとは信じられなかった。


「じゃ、誰かがその弾で狙ってるってことか?」

 血の気の失せた顔でルゴーが言う。

「ああ、しかし、これほどの威力を持つ銃弾を作り出すことは並大抵ではない。そんなやつがいるとしたら――そいつは化け物だ」


 戦場では想定外のことが起こる。こんな時にルードウィンがいてくれたら、とベイリーの心中に戦友の横顔がよぎる。


(ここに居ない助けを求めても始まらぬ。しかし、奴の思考を仮定してみることは有用だ。ルディならどうする?)


 混乱するベイリーたちに第二の衝撃が襲うのは、まもなくのことだった。

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