敵は本能寺にありッ!?

結城 慎

敵は本能寺にありッ!?

 気づいたら死んでいた。

 死んでいた? 死んでいる? うーん、死んだ覚えがないんだけど、この目の前にいる自称女神の超絶美人のねーちゃんがさっきからそんな事を言ってるよーな気がすんだよね。


「―― ってアンタ私の話聞いてる? 今チョー重要なとこだよ?」


 周りはなんもないだだっ広い・・・・・地面がずうぅっと続いてる…… 何もない? 感覚的にはめっちゃわちゃわちゃ物があるような感じがするような。でも見た感じに何もなくて真っ白…… いや青? なんかワケ分らんちんな場所。そんな場所に突っ立ってるオレの目の前には、何か知らねーけど、とびきりのねーちゃんが、足を組んで椅子みたいな何かよく分からんものに座ってる。何がとびきりかって、小麦色のせくしぃぼでい・・・・・・・がめっちゃエロエロで最強。もうおっぱいなんてヤバすぎ。でも何か不思議やけど、そんな超ねーちゃんを見てもムラムラせぇへん謎。いや、マジで謎。なんでや?


「ってこと。分かった」


 うん、全然聞いてなかったから分らんけどオレは寛大な男、最強スマイルで頷いてなんでもオッケーしちゃう。ウンウン。

 ねーちゃんもそんなオレに満足なのかウンウン頷いてる。めっちゃたゆんたゆんしてるわ。うん、最強最強。


「よし、んじゃ行ってみよぉ!」


 え、何が? ドコへ?



 で、気付いたら今の状況なワケ。

 え、今の状況って何やって?

 俺、明智光秀。んで京都から中国のモーリーのトコに戦争しに行くんだってよ。アホなやつなら知らんやろけど俺、歴史はめっちゃ得意だから知ってんねん。これからクルッと向き変えて本能寺にいる織田信長倒しに行くんだべ。んで、そのあと豊臣秀吉と戦って、それからどっかの山で三日目に殺される…… 殺される? いやいや、殺されたらアカンでしょ。イヤやん、なんでいきなり死ぬ設定なん。さっきまで死んでたってことは生まれ変わったんやのに、なんでいきなり殺されなあかんのん。止め止めヤッパ止め、織田っち倒しに行くの止め。転進転進。


『はい、日和った小僧に天罰てきめーん!』


 雷? えっ!?

  ゴロゴロいったかと思ったらピカって光って―― 気付いたらまたあのだだっ広いとこに戻ってきてた。

 ってか何なのさ。

 ねーちゃん呆れ顔でおっきな溜息ついてる。たゆんたゆんしてる。


「いや、だから言ったでしょ。転生させるから織田信長殺してきてって」


 いやいやいや、でもなんで生まれ変わっていきなりオッサンなん。せめてイケメンの忍び的なカッコいい何かにしてくれたら、影からサクッと殺っちゃって、俺は生き残っちゃってみんな万々歳って感じにならね?


「確定してる歴史があるから、勝手に変えるのは良くないんよ。今はほかの子の茶々入れでちょっと歴史変わってウチ困ってるんの。だからアンタは黙って明智になってサクッと殺って、サクッと殺られてきなさい」


 いやいやいや、そんな黙って殺されて――


「はい、んじゃもっかい行ってみよぉ!」




 再び気付けば馬に乗ってる俺、明智。テイク2ってやつ?

 空を見上げれば雨雲がゴロゴロと言ってるし、また行かへんとか言ったら雷ズドーンでイチコロなんやろなぁ。あのねーちゃん殺る気満々すぎ。せっかく可愛いくてエロいのに嫌いになるで、ホンマ。いやでも、なんであのねーちゃん見ててもエロい気分にならへんのやろ? 神さま的なやつやからやろか? 謎やわぁ。

 そんなこと考えてると傍にいるおっさんがパッカパッカと馬寄せてくる。そういや普通に乗ってたけどオレなんで馬乗れるん? ってか自在に操ってるおっさんめっちゃスゲー。どやんのソレ。


「殿、羽柴様の援軍に向かうのであればこの方角では……」


 …… うん? 羽柴ってダレ?

 羽柴羽柴…… えーとなんやったっけ、織田っちの部下のめっちゃ猛将なおっさんやったっけ? 羽柴勝…… 家? だいたい援軍に行くのは豊臣秀吉のとこやろ、部下?おっさんおっさん過ぎてボケてるんかな?でもあー、何かめっちゃピンときた。コレあれだ知ってるやつだ。こんなんでピンと来てまうオレまじで天才ちゃう? コレ歴史得意な俺もちょっと憧れちゃうやつやわ。歴史の名言。どうせ行かんかったらまた雷ピカッやろうし、腹くくって名言一発やるしかねぇってか?

 腰の鞘から刀を抜いて、振り上げてカッコよく言うぜッ!


「敵は本能寺にありッ!」



 ということでやってきました本能寺。

 道中いろいろ、特に俺の乗馬テクでホントにいろいろあったけど、とりあえず無事に本能寺に到着。めっちゃ暗くてなってて電気が欲しいっちゃ欲しいけど、この時代に電気がないのは歴史が得意な俺なら当然知ってるべ。

 まぁ暗いってことは時間も時間、織田っちもどうせテレビでも見て寛いでるだろうから、油断してる隙に一気に襲ってサクッとミッション1クリアといきましょうか。…… あれ? そういえば織田っちってなんでこんなお寺にいんの、安土城が家ちゃうん? いや、そもそもこれ寺? むしろ寺ってよりはちっちゃい城みたいな。でも本能ってぐらいだから寺…… いやでも天王も寺ってついてるけど町だし…… アレ? ワケ分らんようになってきた。


「殿?」


 部下?おっさんがなんか心配そうな顔でこっち見てる。こっち見んなや。

 でもそうや、混乱してる場合ちゃう。とりあえず目の前のミッションクリアせなあかんよな。攻撃の合図合図。

 さっきと同じように、鞘から刀を抜いて振り上げて、カッコよく「突撃!」と言おうとした俺の目の前で、何故か本能寺の門が結構な音を出しながらギギギっと開く。門の奥には、並べられた松明。昼間のようにっていうのは大げさやけど、結構な明るさで回りを照らしてる。そんな門の中には結構な数の野郎たちが武器を持って立ってる。中心には、なんかすげー雰囲気のある痩せめの男。もしかして織田っちですか?


「待ちかねたぞ日向よ!」


 はぃい?


 本能寺の変ってアレやんな。

 明智ミッチーが織田っちに激おこぷんぷん丸で裏切って、いきなり本能寺の織田っちに襲い掛かったって事件やんな? なんで待ちかねてるのん織田っちさん。


「次こそは見事わしを討ち取って見せよ!」


 うわ、何かめっちゃ高笑いしながら突っ込んでくるし。怖ッ。あ、でもいいか、逆に。敵の中に突っ込んでって無双なんて漫画の中だけ。部下?おっさんも「華々しく散ろうというのか、流石は大殿」とか言ってるし、楽勝楽勝イージーモード。一斉に攻撃してミッションンクリアや。


「って、はぁあ!?」


 何か飛んできましたよ。ってか飛んできますよ。

 織田っちが槍をぶんぶん振り回す度に、ゴムボールをバットでしばくみたいに、人間が嘘みたいにポンポンとんできますですけど。ちょっと物理法則さん仕事してますかー?


「って、いやいやいやそんな問題じゃない。ちょっと待てって!」

「待たぬわ、この愚か者がぁ!」


 あ、織田っち目の前。

 なにこの無理ゲー。


「ハーッハッハッ、今回も残念だったな日向」


 そしてオレは再び死んじまっただ。




 はいっ、やってまいりました三度目の彼女のお宅訪問。


「なんやアンタ全然あかんなぁ」


 目の前で足を組んで座っている小麦色のねーちゃんは、なんか「やれやれだぜ」とでも言いたそうな顔をしてる。

 ただ、やれやれだぜは俺も同じ。


「なにアレ?」

「アレが織田信長だッ!」


 いやいやいや、即答でドヤ顔すんな。


「なんか一人だけジャンルが違うような気がするんやけど。アレほんと人類?」

「だから言ったんよ、放っとくと厄介やからプチっと殺っちゃってって」


 いや、プチっと殺られたのは俺の方やから。

 だいたい何か一人無双ゲーしてるやつに勝て――


「まぁ一回で諦めるのは早いから、もう一回行っといで」

「いやちょっと待て、まだ聞きたい――」


 ………

 ……

 …


「はい、ただいま」

「早ッ」

「いや、あれは無理だわ」


 三度目帰宅の俺の感想にねーちゃんはよくわからんけど満面の笑顔。

 うん、笑顔は可愛いよな。もともと美人だし。


「そんなアンタにボーナスタイム。これあげちゃう」


 ゴソゴソしてるけどめっちゃたゆんたゆんしてますですよ、はい。だいたい、なんで巨乳のねーちゃんはみんなそこに物隠すんだろか。四〇元ポケット内蔵か?

 

「はいっ」


 いや、はいって。そこは間延びした声で物の名前を言うとこちゃうの。取り出した刀、普通にオレに渡してきたけど。


「気にしない気にしない。次こそサクッとがんばろー」


 ………

 ……

 …


「今帰ったぞー」

「お帰りなさい。お風呂にする? ご飯にする? それともコ・ン・ティ・ニ・ウ?」


 そこは「ア・タ・シ」ちゃうんかいッ!

 そいえばさっき気付いたんやけど、ねーちゃん「天罰テキメーン」って自分で織田っち殺っちゃえばいいんじゃね?


「だから前にも言ったけど、それじゃ歴史変わっちゃうの。ちゃんと明智光秀があの男を殺すって実績が必要なの」


 いやー、「なの」って言われても、刀一本貰ったくらいでどうにかなるような織田無双じゃないんやけどなぁ。


「そーいう事は失敗する前に言うの」

「へーい」

「なんか態度悪いなぁ。まぁいいか。次はコレ、違法改造種子島その名も『波〇砲』」


 それ商標的に大丈夫?


「ダイジョブダイジョブ、それで一発イスカンダルまで行っちゃってー」


 ………

 ……

 …


「…… 帰りました」

「…… 波〇砲は?」

「織田っちに奪われました」

「もっかい死んでこいッ!」



 もう無意識に本能寺まで来てまうけど、織田っちも籠城する気さらさらなくて、陣を敷いて待ってる始末。ついでにその手には……


「はっはっは、日向よ素晴らしい献上品だぞコレは」


 …… あの、織田っちなんで波〇砲持ってるんですか? もしかしてコレ、繰り返しのループじゃなくて、持ち越しループ?


「ええっと、はぁ、それは結構なお点前です?」


 自分で混乱してるってのが分かるくらいよく分からん返をしてしまうオレ。だけど、織田っちはそんなオレの返しに満足そうに頷く。


「点前というなら腹いっぱい喰らっていくとよいぞ」


 いやいやいや。


「喰らうって…… その波〇砲、ですか?」

「如何にも」

「いや結構―― 」

「是非に及ばず!」


 いや、アンタその強さに飛び道具は反則!


 ……

 …


「はい、死んできました」

「もぅ、しっかりしてよね。とにかく勝つまで戦う! トライ&エラーよ」

「ええええぇ」


 …………

 ………

 ……

 …


 何度繰り返したのだろうか。十や二十の転生では箸にもかからない程の試行の末、俺は今、この場面を見つめていた。

 本能寺という名の要塞の中、一人の男が片膝をつきながら俺を見上げている。その視線は俺の姿を捉えることはできないだろう。だが、その目に込められた意思は確かに俺に向けられていた。


「日向よ、よくぞやったものだ」


 俺に賞賛の言葉を投げかけるその表情は実に晴々としたもの。だが、直後噎せ返り地面に吐血するその身は、右半身を大きく抉られ、その命が風前の灯火であることは誰の目にも明らかだった。

 そう、俺はついにやったのだ。幾度も挑み、何度も跳ね返され続けながらも、ついにその方を手にかけたのだ。日本史に燦然とその名を刻む巨星、織田信長その人を。


「前右府様……」


 宿敵ともいえる彼の偉人の最期の姿に思わずその名を溢した俺の心に去来するのは、達成感などではなく感傷。その証拠に、俺の搭乗する巨神兵機の周囲に浮遊し精神感応により敵を撃滅する光学兵器―― 通称『小麦色の堕天使アケロンの橋』も力なく寂しげに揺れている。


「この儂を倒したのだ。その巨兵を駆り、堂々と世に覇を唱えるがよい」


 そして織田信長は、残った左腕で『違法改造種子島【波〇砲】』を天を衝くように掲げると、断末魔の如く、そして遂に戦勝を挙げた俺を称える祝砲といわんばかりにその光条を空に放ったのだった。


 ………

 ……

 …


「と、そんな夢を見たんだべ」


 すっかり寝こけてしまったさっきの授業は、オレの大好きな歴史の授業だったらしい。

 すでに放課後になって騒つく教室の中で、オレは隣の席の幼馴染み属性の全くない大女おさななじみに昼寝の夢の内容を聞かせてやっていた。


「それマジ!?」

「まぁトンデモな夢だけど、なんかスゲー刺さった夢だったわ」


 オレの説明にイチイチ目を輝かせながら反応する幼馴染みに、そう夢の感想を話す。

 確かに、なんかグッとくる夢だったんよね。やっぱりバトルものは男のロマンだべな。

 けど、そんなバトルものに嬉しそうに反応するなんてコイツも変わった趣味してんよなぁ。


「へぇ、そう。アンタがあの…… 」


 ん? なんか言ったか、コイツ?

 まだ目を爛々と輝かせながらオレをじっと見つめてる幼馴染みの口が小さく動いたように見えたが、別に言い直すとかのアクション起こすような素振りもない。


「どうした? この期に及んでオレに惚れたか?」


 ちょっと間の沈黙の後、ナイスな冗談を飛ばすオレに控えめに笑い声を上げる幼馴染み。

 いつもの様な光景は、別にオレの興味を引くわけでもなく、オレは帰り支度をして立ち上がり教室を後にしようとする。

 そんなオレの背中に投げかけられた言葉はオレの耳には届かなかった。


「ふふふ、アレは楽しかったなぁ。また殺ろうな、日向」


 END

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