第一章 極彩色
壱
「まったくしつこいな…!」
江戸のはずれ。
こんな人のいないところを通ったのが間違いだった。
金品目当てなんだろう、諦めが悪い不逞浪士だ。
「こうなったら…」
抜くしかない。
あたしは刀に手をかけた。
昔道場に通ってたときを思い出せば…!
「やっ…!」
交わった刀が弾かれ、相手に隙ができる。
いける!
…と、思ったのも束の間。
「っ!」
呆気なく刀は返され、真上から相手の刃が降ってくる。
「所詮この程度か」
刃をなんとか受け止めた腕の隙間から浪士が不敵に笑うのが見えた。
力の差は歴然。
このままじゃ…
「なんだお前ら。ずいぶん仲良いみてぇじゃねぇか」
この空気に似つかわしくない呑気な声。
「はぁ?何言ってんのさ」
隙ができた。
「しまっ…!」
ーガッ!
浪士の足が脇腹を蹴りあげるには十分な距離だった。
降り下ろされた刀はあたしの額へーー
「…いけねぇな」
届くことなく
「ぐわっ…!」
地に伏せられた。
声の主だろう。
すらりとした長身、金と黒の髪紐で無造作に束ねられた髪。
あたしの目の前で彼の赤い着物がはためいた。
「くそっ!」
去っていく浪士。
その背を呆然と見つめる。
「大丈夫か?」
差し出された手に、やっと意識が戻った。
「ありがとう。あんた、すごいね」
「いいってことよ。このあたりはああいう輩が多いから気をつけろよ。最近じゃ人斬りが出るなんて話だ」
腰に差された刀は抜いていない。
今、手にしているのは自身を扇いでいる扇子だけ。
…相当な実力者なんだろう。
「うん。じゃ、あたしはこれで」
と、一歩、大きく足を踏み出した瞬間
「おいおい大丈夫かよ」
視界が回って上下が分からなくなる。
伸ばそうとした腕も思うようにいかない。
「お前まともに飯食ってねぇんだろ?俺についてこいよ」
「 大丈夫だよ、こんくらい」
「大丈夫なわけねぇだろ。怪我もしてんじゃねぇか」
「こんなの怪我のうちに入らない」
売り言葉に買い言葉、なんて言葉が似合いそうだ。
「そんなこと言ってねぇで来い」
「え?」
言葉が出たときには、
もう彼は走りだしていた。
引かれた腕からは久しぶりの人情を感じた。
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