第3話 C.O.M.B.A.T.G.A.M.E


「やるしかない……! みんな、一斉に行こう!」

「えぇ……!」

「はいッ!」


 「破鎚勇者ベルフェロイア」。その鎧が持つ力が、どれほどのものかはわからないが――こうしている間にも、ゴブリン達の発生リポップは続いている。

 これ以上状況が悪化する前に、手を打たねばならない。レヴァイザー達は互いに頷き合うと、同時に飛び上がり「必殺技」による早期の決着を狙う。


「フェアリングッ――スマッシュッ!」

「レヴァイザーッ――パァンチッ!」


 セイントフェアリーの拳が、碧い輝きを放ち。桜レヴァイザーの拳が、桃色の光を纏う。


「レヴァイザァアッ――キイィック!」


 そして、レヴァイザーの脚が眩い電光を閃かせ――ベルフェロイアの胸に、三つの輝きが突き刺さる。

 並の怪人なら、1人分の技でも十分に仕留められる威力。それを全て単身で受け止めれば、致命傷は免れない。


 ――だが。3人の必殺技を、たった1人で受けたはずのベルフェロイアは。

 致命傷はおろか……ダメージが通る気配すら見せず、手にした鎚を振り翳した。


「……ッ!? こ、こいつ全く仰け反ら・・・・ない……!?」

「――おらよォ!」

「く……!」


 横薙ぎに振るわれた一撃をかわし、3人は同時に後ろへ飛び退く。その風圧は衝撃波となり、彼らの攻勢を押し留めていた。


「ぐッ……く、ふふ。さすがだ……いいね、この圧迫感。プレッシャー。いい、実にいいスリルだ!」

「き、効いていないのか……!?」

「効いてるさ……そうは見えん・・・・・・だろうがな!」


 さらに畳み掛けるように鎚を振り上げながら――ベルフェロイアは、ベルトのゲーム機に指先を伸ばす。そして、ディスプレイの近くにある赤いボタンに触れた瞬間。


Secondセカンド generationジェネレーション!! Ignitionイグニッション smashスマッシュ!!』


 ベルトから電子音声が発せられ、鎚の先端から弾けるように紫紺の電光が飛び散った。

 その現象と鎚から迸る「力」の濁流を感じ取り、レヴァイザー達の第六感が警鐘を鳴らす。


「まずいッ!」


 直感が命ずるままに、彼らは散開し回避に徹しようとするのだが――地に振り下ろされた鎚が、ステージを貫く方が速かった。

 激しい衝撃音と共に猛風が吹き抜け、ひときわ体重の軽い桜レヴァイザーとセイントフェアリーが、容赦無く吹き飛ばされていく。仲間であるはずのゴブリン達までもが、巻き添えで宙を舞っていた。


「うぁああッ!」

「きゃああッ!」


 そんな中。吹っ飛ぶ2人の体を抱き止め、渾身の力で耐え忍ぶレヴァイザーは――短い雄叫びをあげ、ベルフェロイアの「大技」に抗っていた。


「く……おぉッ!」

「――!」


 やがて、猛風が止むその時まで。一歩も引くことなく仲間達を守り抜いた彼は、バイザーに隠した瞳で、眼前の暗黒騎士を射抜く。


「……やるじゃねぇか。やっぱヒーロー達の中でも、お前は一味違うらしいな――レヴァイザー」

「くッ……!」

「だが、まだ『役者キャスト』が足りない。俺がやりたい、最高のゲームにはまだ……『役者』が足りねぇんだ」

「なに……ぐッ!?」


 その勇姿に、ベルフェロイアは不敵な笑みを浮かべると――外見からは想像もつかない速さで間合いを詰め、レヴァイザーの首を掴んでしまった。

 ヒーローとしては小柄であるレヴァイザーの体は、片手一本で軽々と持ち上げられてしまい――露出した口元は、苦しげな表情を覗かせている。


「そいつはもう、近くにまで来ている。……さて。恥ずかしがってんなら、俺がお膳立てしてやるとするかな」

「な、なにをッ……!」

「おるぅあぁあッ!」


 首を絞められながらも、気丈さを崩さないレヴァイザー。そんな彼を気に入ったように、ベルフェロイアはさらに妖しく嗤うと――いきなり床を勢いよく踏み抜き、ステージに大穴を開けてしまった。

 先刻の「大技」で、すでに床は限界を迎えていたのである。ベルフェロイアを中心に瓦礫の雪崩を生みながら、ステージの中央から穴が広がっていく。


「う……ぉわぁあッ!?」

「た、猛君ッ!」

「春歌ちゃん、危ないッ!」


 そのベルフェロイアに掴まれたままのレヴァイザーに、逃れる術はない。彼は道連れの如く、ベルフェロイアもろとも大穴の下へと墜落していった。

 桜レヴァイザーは慌てて手を伸ばすが、もはや手遅れ。彼女までもが落下してしまわぬよう、セイントフェアリーが懸命に制止していた。


『さ、さぁー! 謎の乱入者により、会場に大穴が開いてしまったぁー! 果たして、レヴァイザーの運命やいかに!?』


 一方。この事態に動揺しつつも、司会役に徹する凛は必死に、台本のないショーの進行に努めていた。

 ――だが、それでも限界はある。轟音と共にステージに大穴が開くという光景が、「演出」の範疇だとは思えない。そう感じる観客達から、どよめきの声が上がり始めたのである。


 それに加え。「DSO」由来のモンスター達の、余りにリアル過ぎる・・・・・・醜悪な姿も、観客の恐怖心を煽っていた。

 あれは本当に、作り物なのか――と。


「え……ね、ねぇ、これやばくない? ほんとに……ショー? ショーなの……よね?」

「そ、そうですよお嬢様。やばくなんて……ない、ないですよ。これはショー、ショーなんですから」


 その不安の波は、優璃と利佐子にも及んでいる。彼女達は互いに顔を見合わせ、作り笑いを浮かべながら取り繕おうと必死になっていた。

 だが、気心の知れた幼馴染同士である彼女達は、互いの本心を誤魔化しきれずにいた。やはり、2人とも表情に不安げな色を残している。


(飛香君……どこ? どこに行っちゃったの……?)


 ――そして。優璃は指を絡ませ、行方をくらましてしまった少年を想う。一緒にいる、という約束を破ってまで、どこかへと去ってしまった彼の背を。


 ◇


 ――同時刻。ステージ下にある空間に落下したレヴァイザーは、変身を解かれ天野猛の姿に戻っていた。

 青い服に袖を通す金髪の少年が、倒れたまま打ち付けた肩を抑えている。


「ぐぁっ、は……!」

「……ほぉん。結構派手にブチ落としたつもりだったんだが、大して効いちゃいないみてぇだな。さすが、ヒーロー様は違うね」

「何のために、こんな……」


 そんな彼を見下ろすベルフェロイアは、薄ら笑いを仮面に隠し、意味深な言葉を告げた。


「一時的に『役者』を隠すための、仕掛けさ。あのままじゃあ、あのガキも参加しづらかっただろうしな」

「さっきからなにを――」

「――噂をすれば、ほれ」


 その内容に眉を潜める猛。だが、ベルフェロイアの言葉の意味は、すぐに明かされた。

 瓦礫と土埃に塗れた、闇の向こうから――少年の咳き込む声が響き渡り。それから程なくして、黒のライダースジャケットと白いタオルを身につけた1人の少年が、姿を現したのである。


「げほっ、ごほっ……! な、なんだいきなり……ステージが……!」

「……炫さん!?」

「え……猛君!? どうして……!」


 その少年……飛香炫は、ステージ裏まで辿り着いたタイミングで、衝撃に巻き込まれ下に落とされていたのである。そこからなんとか自力で抜け出し、光明の差し込むこの場へやって来たのだ。

 彼は思わぬ場所で猛と再会し、目を丸くする。それは、炫を完全な一般人だと認識していた猛も同様だった。彼らの反応を見遣るベルフェロイアは、感嘆するような声を漏らす。


「へぇ? すでにレヴァイザーとは知り合いだったのか」

「レヴァイザー……まさか猛君が!?」

「だがまぁ、積もる話は後にしてもらうかな。――今は、俺のゲームが優先事項だ」

「……ッ!」


 そこでようやく、炫は自分がここに来た目的であるベルフェロイア――「甲冑勇者」と対面し、キッと目を細める。この男に会い、騒動を起こした目的を問うために、彼は優璃達を放ってまでここに来たのだ。


「――あなたは、何者なんだ。そのドライバー……あなたも『甲冑勇者』なのか!?」

「炫さん……?」

「ま……そんなところさ。会いたかったぜぇ、飛香炫。アドルフ・ギルフォードを倒した、勇者君よぉ」

「……あなたは、一体……」


 アドルフ・ギルフォード。その名前を耳にした炫は、頬に冷や汗を伝わせて拳を握り締める。彼と「DSO」の因縁を知らない猛は、何事かと目を細めるが――炫の目の色から、ある程度の事情を察しているようだった。


「ギルフォードとは、古い知り合いみたいなものさ。元スタッフが『DSO』のソフトを持ってるってのは、そんなにおかしい話か?」

「元スタッフ……。まさかあなたは、ギルフォードの仇を討つために……?」

「ハァ? 仇ィ? ハッハハハハ! バカ言えよ誰があんな老害のために! ――俺はただ、俺が楽しめるゲームがしたいだけなのさ」


 炫の問い掛けに対し、ベルフェロイアは高らかに嗤いながら復讐を否定する。むしろ、ギルフォードが倒されたからこそ炫に興味を持った――と言いたげな振る舞いだ。


「……ギルフォードは、自分の理想郷を作るために多くの人を犠牲にしようとした。あなたも、同じじゃないのか」

「あいつと一緒にすんなよ。今の所は……だが、少なくとも俺は民間人を傷付けちゃいねぇ。これは『ゲーム』であり、『ショー』なんだ。客が死んだら『ショー』にならねぇだろう?」

「……何が望みなんだ。その、ゲームとやら……か?」

「そうさ。……そのための役者が、今ここに揃った」


 そこでようやく、猛はベルフェロイアの目的に辿り着いた。


 この男は炫を呼び込み、戦いに誘うためにステージを乗っ取り「DSO」を演出し、穴を開けて炫を観客から隠したのだ。

 彼が心置き無く、自分と戦えるように。


 そう、ベルフェロイア――スペンサーの狙いはヒーロー部ではなく、ショーを見に来た飛香炫だったのである。


「さて……まずは、その体をほぐしてやるとするかな」

「――ッ!」


 次の瞬間。ベルフェロイアは生身の炫に襲い掛かってきた。巨大な鎚が弧を描き、少年の脳天に迫る。


 咄嗟に真横へ側転し、炫は鎚と余波の瓦礫をかわすと――民間人らしからぬ「切れ」を見せ、身構えた。その様子にただならぬものを感じつつも、猛は民間人であろう・・・炫を守るべく、背後からベルフェロイアに蹴り掛かる。

 だが、その一撃を浴びても漆黒の鎧は微動だにせず。渾身の不意打ちすらも意に介さぬまま、薙ぎ払うように回転蹴りを放った。円を描くように、黒の剛脚が振り抜かれる。

 猛と炫は、鋭い眼差しでその蹴りを見極めると――同時にバック転で回避した。猛の金髪と炫の白タオルが、蹴りで発生した風圧に煽られ、靡く。


「んー……悪くない動きだ。それくらいじゃなくちゃな」

「……!」

「使えよ。それがないと、サマにならねぇだろう? お前はよ」


 やがて、炫との関係を睨む猛の推理を裏付けるように。ベルフェロイアは少年達の立ち回りに満足げな笑みを零すと――マントを翻し、あるものを炫に投げ渡す。

 咄嗟にそれをキャッチした少年の手には――前世紀のゲームのコントローラ、のようなものが握られていた。


(……これ以上。「DSO」の残滓を、世に蔓延らせてはいけない。あの世界はもう、眠らせてやらなきゃ……!)


 これが、ベルフェロイアの目的だと言うのなら。自分のせいで、無関係のヒーロー部が襲われたというのなら。

 その横暴は、ここで終わらせなくてはならない。


「……猛君。オレは、戦わなきゃならない。力を、貸してくれないか」

「……えぇ。状況は、なんとなくわかりました。詳しいことは後で聞くとして――」


 その決意を、行動で示すように。炫は勇ましい眼差しでベルフェロイアを睨みつつ、猛に手を伸ばす。

 この短時間で体力を回復させていた猛は、その手を力強く握り――彼の決意に応じるように、立ち上がった。


「――今は、あいつを『攻略』して……このゲームをクリアするとしましょうか」

「あぁ。……行こう!」


 そして2人は、同時に「変身ベルト」を装着する。


 そう。


 炫が持っているコントローラもスペンサーが使用していた物と同じ、ゲーム機型の変身ベルトだったのだ。


「――変身ッ!」


「――発動ッ!」


 猛が腕を振るい、変身ポーズを決める隣で。炫は首に巻いた白タオルを、マフラーのように翻すと――冥福を祈るように十字を切る。

 それは、これより眼前の敵を必ず仕留めるという、意思表示でもあった。


Set upセタップ!! Thirdサード generationジェネレーション!!』


 その構えと叫びが響く瞬間、炫はベルトのスタートボタンを入力し――電子音声を轟かせた。赤い輝きに包まれた彼が「変身」を遂げたのは、その直後である。


「いいね……ゾクゾクするぜ、このスリル! やっぱ、ゲームってのはこうでなくっちゃなぁ!」


 80年代のゲーム機を彷彿させる、古めかしいデザインの鎧。

 そんな珍妙な装甲で身を固める、臙脂色の仮面戦士は――紅い大剣を雄々しく振り上げた。

 飛香炫が変身する「甲冑勇者」――「紅殻勇者こうかくゆうしゃグランタロト」である。


 その姿を目の当たりにしたベルフェロイアは、武者震いのように鎚を振動させながら、歓喜の声を上げていた。


「このゲーム……!」

「……必ずクリアしてやる!」


 そして、そんな彼の「ゲーム」を終わらせるべく。レヴァイザーとグランタロトは、同時に剣を構えるのだった。


 ◇


「さ……役者の『早着替え』も終わったんだ。もうこの『舞台裏』はいらねぇだろう」


 赤と青の仮面戦士。その即興タッグを見つめながら、ベルフェロイアは戦いの舞台を変えるべく高く跳び上がった。


「――来な! お前らのお望み通り、最高のショーを魅せてやろうぜ!? 俺達の、コンバットゲームでな!」


 ステージの上まで復帰したベルフェロイアは、両腕とマントを大仰に広げ、2人を手招きする。そんな仇敵の挑発に、敢えて応じるように――戦士達は互いに頷き合っていた。


「炫さん!」

「ああ、行こう猛君!」


 やるしかない。その一心のままに、レヴァイザーとグランタロトは同時にジャンプする。彼ら2人が、ベルフェロイアを追うようにステージ上まで帰って来た瞬間、観客席から驚嘆の声が上がった。


『おおっと! 両者ステージに復帰し――ヒーローが増えたぁ!?』


 なんとか状況に合わせて司会進行を続けていた凛も、さすがに目を丸くしている。乱入者がさらに増えるという急展開に、桜レヴァイザー達も警戒していた。


「猛君! その人のベルト、あの怪人と同じ……!」

「一体何があったの……!?」

「春歌ちゃん、舞先輩、話は後! とりあえず、こっちのゲーム機ヒーローは味方です!」

「ゲ、ゲーム機ヒーロー……」


 そんな彼女達に対し、レヴァイザーは手短かに釈明していた。一方、グランタロトは安直な渾名で呼ばれ、仮面の下で微妙な表情を浮かべている。


『さぁさぁ、怪人に引き続き現れたニューヒーロー! その名はその名はぁ〜!?』

「えっ……ちょ、えぇ!?」


 しかしヒーローとしては無名である以上、それもやむを得ないのだ。

 グランタロトのことを知らない人々を代表するように、凛がマイクパフォーマンスでアドリブを要求する。予想だにしなかった無茶振りに遭遇し、グランタロトは仮面の下で脂汗を滴らせていた。


(ほら炫さん、名乗りと決めポーズ! ヒーローなら常識だって温泉でも言ったでしょ!)

(え、えぇえ!? そんなこと言ったってオレ、ヒーローでも何でもないのに!)

(それは周りが決めるんですよ! ほら、観客は皆期待してます!)

(……!)


 すると。この事態に困惑するグランタロトを、励ますように。レヴァイザーはそっと耳打ちしながら、背中を押していた。

 彼の言葉を受け、観客席に目を向けたグランタロトの視界に――緊迫した表情で事態の推移を見守る、優璃と利佐子の姿が映る。


(……あぁ、もうっ!)


 その光景に、胸を痛めてか。後ろめたさゆえか。グランタロトは恥じらいを振り切るように、大剣を高く掲げ――雄々しく己の名を観客達に告げる。


「紅殻勇者――グランタロトッ!」


 彼の名乗りに、観客達は感嘆の叫びで応えていた。この世界に数多く存在し、認知されているヒーロー達の歴史に――「紅殻勇者グランタロト」の名が初めて刻まれた瞬間である。


「うんうん、炫さんもようやくヒーローってものが分かってきたみたいですねぇ。……さ、行きますか!」

「たくもう……さっさと済ませるぞ!」


 その姿を横目で見遣りながら、レヴァイザーはウンウンと頷き……桜レヴァイザーとセイントフェアリーは、ため息をついていた。

 一番近くにいるヒーロー達に、そのような反応を返されたのが恥ずかしくなったのか、グランタロトは先陣を切るようにベルフェロイアに向かっていく。


「……これでようやく、本当のゲームスタートだなァッ!?」


 準備完了の瞬間を待ちわびていた暗黒騎士は、狂笑と共に鎚を振り上げていた。グランタロトは、そこから繰り出される振り下ろしを、紙一重でかわし――鈍重そうな見た目からは想像も付かない速さで、大剣を横薙ぎに振るう。


「『甲冑勇者』の固有スキル『スーパーアーマー』は、通常攻撃に対して仰け反らない効果がある。……が!」


 刹那。激しい金属音と共に――これまで不動を貫いていたベルフェロイアの牙城が、ついに崩れた。大剣の一閃を浴びた暗黒騎士は、大きく状態を揺らめかせ――首筋に、痛烈な二撃目を喰らってしまう。


「同じ『甲冑勇者』には、その能力は通らない!」


 立て続けに大剣の攻撃を浴びたベルフェロイアは、マントを振り乱し床を転がる。そこへ追い討ちをかけるように走り出し、グランタロトはさらに大剣を振るい続けた。


「猛君、オレが隙を作る! 一気に畳み掛けるんだ!」

「……わかりました!」


 ベルフェロイアも鎚を手に反撃に移るが、読みも速さもグランタロトが上回っている。次第に防戦一方になっていく暗黒騎士を見遣り、レヴァイザー達は加勢するべく走り出した。


「……やるじゃねぇか。なら……もう一発、行ってみるか?」


 ――すると。これまでの飄々とした声色を一変させて。低く重々しい声で、ベルフェロイアはそう呟くと……ベルトのボタンを、再び入力した。


『Second generation!! Ignition smash!!』


 その電子音声を聞き、突撃しようとしていたレヴァイザー達は咄嗟に立ち止まると、回避行動に移り始める。


「さっきステージに穴を開けた一撃だ……! 来ますよ炫さん!」

「なっ……!? 『大技』は一度の戦闘で一発限りのはずじゃ――!」


 ――だが。ベルフェロイアの一番近くにいるグランタロトだけは、咄嗟に退避することが出来なかった。


 距離の関係もあるが……何より、レヴァイザーの発言に驚愕したために、反応が遅れてしまったのである。

 原則として、「甲冑勇者」は「大技」を一度しか使えない。それを知っているがゆえに、そのセオリーを破るベルフェロイアの行いに思わず硬直してしまったのだ。


 ……そう。途中から戦いを見ていなかった彼は、ステージの大穴がベルフェロイアの「大技」によるものだとは、知らなかったのである。


「うぁあぁああァッ!」

「炫さんッ!」


 一瞬にも満たない速さで、鎚を振り上げ地に叩きつける。その一撃が生む激しい衝撃波に吹き飛ばされ、グランタロトは地を転がって行った。

 やがて、うつ伏せに倒れた状態で停止した彼は……軋む体に鞭打ち、なんとか身を起こす。


「な……んでッ……!?」


 「甲冑勇者」に共通するメリットやデメリット。それをよく知るゲーマーであるがゆえに、生じる疑問。それに答えるように、ベルフェロイアは仮面の下で口を開いた。


「ベルフェロイアの固有スキルは、もう一つあるのさ。時間経過という条件付きで、何発でも『大技』を撃てる――ってな」

「……!」

「何も不思議なことじゃねぇだろう? お前が倒したディアボロトにだって、『痛覚5倍』なんてチートスキルがあったんだからな」


 何発だろうと「大技」を使える。それが意味する圧倒的アドバンテージを前に、グランタロトは息を飲む。

 自分達が1発しか使えないような技を、無尽蔵に放てるなど……「ゲームバランス崩壊」も甚だしい。


(「大技」の回数制限がない「甲冑勇者」か……! こっちの「大技」は一発限りだって言うのに!)


 そのスキルが戦闘で発揮するメリットは、「痛覚5倍」の上をいく。

 直に戦い、それを実感したグランタロトは、気を取り直して立ち上がる前に――接近してきたベルフェロイアに、蹴り飛ばされてしまった。


「ぐぁああッ!」


 再び臙脂色の躰が、宙を舞い転がっていく。ベルフェロイアは先ほどの返礼とばかりに、追撃に移ろうとするが――そうはさせじと、左右から桜レヴァイザーとセイントフェアリーが襲い掛かる。

 しかし、スーパーアーマーを破れない彼女達の拳では、足を止めることさえ叶わない。まともに拳打を浴びても微動だにしない暗黒騎士は、戦乙女達を鎚の一閃で薙ぎ払う。


「きゃあぁあ!」

「わぁああッ!」

「舞先輩! 春歌ちゃんッ! ……く……!」


 吹き飛ばされ、地を転がっていく彼女達。その様を目の当たりにしたレヴァイザーは、険しい面持ちで剣を構えつつも――打開の糸口を見出せずにいた。


 ◇


「くっ……! まさか達也君達がいない時に、こんな事態になるなんて……!」


 ――その頃。劇場の入り口前では、謎の力により進入を阻まれていたゴーサイバー達が、手をこまねいていた。

 紫紺の靄に包まれた劇場の扉は、まるで溶接されたかのようにビクともしない。ゴーサイバーのスーツの力でも開かないほどの力が、彼女達による「ショー」への介入を阻止しているのだ。


「マリアさん、こっちのドアも開きません!」

「ここも……無理ね」

「こっちも……! ゴーサイバーのスーツでもこじ開けられないなんて、どうなってんのよ!?」

「これも……あのメダルの力……!?」


 扉の前で拳を震わせる、白墨マリア――サイバーホワイトのそばに、仲間達が集まって来る。

 サイバーピンク――桃井薫。

 サイバーブルー――神宮寺芳香。

 サイバーグリーン――佐々木麗子。

 サイバーウイングス――空鳴葵そらなりあおい


 彼女達は凛からの連絡を受け、観客の保護と怪人の捕縛のために動いていたのだが……こうして見えない力に道を閉ざされ、劇場に入ることさえ叶わずにいた。


「こうなったらサイバーランサーでぇっ……!」

「待って! 私達の武器だと威力が強過ぎて、中にいる観客達が危ないわ! ただでさえ今日は満席なんだから……!」

「くっ……あぁもう! 天照学園の人気振りには困ったものね!」


 業を煮やしたサイバーブルーが、自慢の槍で扉を破壊しようとする。が、そばにいたサイバーグリーンに制止され、地団駄を踏んでいた。


「マリアさん! なんとかならないんですか……!?」

「……現状、私達が乗り込む術は無いわ。中にいるヒーロー部の働きに、期待するしか……」

「そんな……」


 サイバーピンクは、不安げな声色でサイバーホワイトに問い掛けるが……彼女が望んでいたような回答は得られなかった。この中で最も実戦経験があるサイバーウイングスまでもが、首を振っている。


(こんな時……達也君がいてくれたら……)


 ――今。サイバーレッドとサイバーブラックの2人は、エルヴェリック号事件で接触した「サイバードラゴン」のデータを報告すべく、防衛隊イギリス支部に赴いている。

 一連の報告を終えて帰国するまでに、あと数日は掛かる状況だ。


 それでもサイバーピンクは……薫は。愛する幼馴染の1日も早い帰還を、指を絡ませ祈り続けていた。


 ――炫の身を案じる、優璃と同じように。


 ◇


 それから、僅か数分。レヴァイザー達は一方的に叩き伏せられ、全員が膝をついている状況となっていた。

 桜レヴァイザーとセイントフェアリーに至っては、スーツが大破し戦闘不能に陥っている。


 ショーにしては、あまりにも真に迫りすぎた劣勢。実戦ならではの空気感を肌で感じ取り、観客達のどよめきも徐々に強まっていた。


 そんな観客席の様子を、嗤いながら見つめていたベルフェロイアは――足元に這い蹲るグランタロトを、感心したような眼で見下ろす。


「さすがのタフネスだな。こんだけ痛め付けられたとあっちゃあ、恥も外聞もなく許しを乞うところだろうに……」

「……だ、れがッ……!」


 激しく打ちのめされて、なおも折れない。そんなグランタロトの姿を、暫し無言で見つめた後――ベルフェロイアは片膝をつくと、彼の表情を覗き込むように首を捻る。


「――そうまでして守る価値があるか? 『DSO』開発の片棒を担いだ伊犂江グループの女……伊犂江優璃に」

「……!」


 そして、優璃の――伊犂江グループの罪に言及する瞬間。仮面に隠された飛香炫の貌が、苦々しい色に変わった。


「悪いのは開発に加担した挙句、関与を隠蔽した会長であって、娘の優璃に罪はない。……本当に、そう思うか?」

「……」

「もしかしたらお前は、心の底からそう思ってんのかもな。だが、世間は違う。民衆は必ず、娘だろうと孫だろうと責め立てる。あの娘はその十字架から、決して逃れられない」


 多大な利益を狙い、「DSO」の開発費を支援し――同ソフトが発禁になるや否や、関与していた事実を隠蔽し、「ギルフォード事件」の原因を作った伊犂江グループ。

 その罪は会長1人だけで清算されることはなく――必ずその家族も、殺人ゲームを世に送り出した悪鬼の1人として、誹りを受けることになる。ごく普通の心優しい少女でしかない優璃も、それは例外ではない。


 ――その事実を改めて突きつけられ、炫は言い返すための言葉を見つけられずにいた。


「……そんな運命の中にいるとも知らず、呑気なもんだぜ。なぁ? 『DSO』のせいで恋人を失ったお前には、腸が煮えくり返る話だろう」

「そ、れは……」

「友達だから? もう何も失いたくないから? ――お前がそんな理由で戦わなきゃならなくなったのは、誰のせいだ?」

「……!」


 さらに、ベルフェロイアの――スペンサーの貌が、妖しく歪んでいく。仮面に隠れていても伝わる狂気が、グランタロトの――炫の焦燥を煽っていた。


「ギルフォードを殺したお前に、今一度問いたい。……お前に正義はあるのか? お前の選択コマンドは――本当に、正しかったのか?」


 そして問われる、正義の行方。


 被害者達をデスゲームから救うために、VR世界でしか生きられなかったギルフォードを殺し。「DSO」開発に加担していた会長を守るため、妹の仇を討とうとしたアレクサンダーを止めた。

 そんな自身の行いに、本当の正義はあったのか。自分が選んできた道は、本当に正しかったのか。


 信じたいと願い続けてきたもの全てを揺るがされ、グランタロトは目を伏せる。


(オレ、は……)


 ――もしかしたら。オレは、ソフィアを喪ったあの日から。なにもかも、間違っていたのだろうか――


 ――オレには、最初から正しさなんてなかったのではないか――


 そんな思いばかりが、脳裏を過っていく。間違いなんかじゃない、と叫びたい心とは裏腹に、迷いを断ち切るための糧を見出せずにいた。


 ……だが。


 スペンサーの言葉に、飲まれかけた、その時だった。


『ほら炫さん、名乗りと決めポーズ! ヒーローなら常識だって温泉でも言ったでしょ!』


(――!)


 頭の中を駆け抜けていく無数の記憶。暗い過去ばかりに見えた、その内の一つが……彼の心に留まっていた。

 グランタロトの仮面に隠れた少年の顔が、ハッとしたように跳ね上がる。彼の眼に、祈るように目を閉じ指を絡ませる、優璃の姿が映り込んだ。


『それは周りが決めるんですよ! ほら、観客は皆期待してます!』


(……周りが、決める。そうだ。オレは、オレは……!)


 そう。

 迷いを振り切る糧は。そんなところに、あったのだ。


「こんな、ところで……いつまでも、寝てるわけには、いかない……!」


 ――糧が、あったなら。やることはもう、一つしかない。


 大剣を杖にして、グランタロトがゆらりと立ち上がっていく。全身に、今までとは比にならないほどの気勢を纏わせて。

 さらに。そんな彼に続くように、レヴァイザーも息を吹き返そうとしていた。


「……ほぉん、そうかい。あくまで自分が正しいと、そう言い切るわけか。嫌いじゃないぜ? そんな図太さは」

「いや……違う。正しいとか、そうじゃないとか……オレにはわからない」

「あん? それにしちゃあ随分と、吹っ切れた感じだが?」


 完全に立ち上がったグランタロトは、勢いよく大剣を地に突き立て、真っ向からベルフェロイアを見据える。


「オレがしてきたことは……今信じていることは、全て間違いなのかも知れない。過ち、だったのかも知れない。それでも今は……戦う」

「……ふぅん」

「本当に正しいことがわかるほど、オレは大人じゃない。だからオレは……オレが守りたいと思う人を守る、そのために戦う」


 正義か、悪か。正しいか、間違いか。

 その終わらない問い掛けを、投げ捨てるように。グランタロトは勢いよく大剣を床から引き抜き、天高く振り翳す。


「正しいとか……正しくないとか。そんなこと、皆が好きに決めればいい。……だけど!」


 そして、勢いよく振り下ろし――ピタリと、切っ先をベルフェロイアに向けた。善悪の判断を世に委ね、我が道を往く戦士として。


「何の為に戦うのか、誰の為に戦うのか。それだけは――オレが決める!」

「外野のほざく綺麗事なんざ知らねぇ、ってか。いいねぇ! 好きだぜそういうのォ!」


 その宣言と、迸る気迫から――いよいよグランタロトが、真の本気を発揮したのだと実感し。ベルフェロイアは喜びに打ち震えながら、鎚を振るい襲い掛かってくる。


「炫さん。まだ戦えます?」

「あぁ。……ありがとう、猛君。君のおかげで、吹っ切れた」

「……なんかよくわかんないけど、どういたしまして」


 迫り来る暗黒騎士を前に、グランタロトも大剣を握り直す。そんな彼の隣に駆けつけたレヴァイザーも、洗練された動きで自らの剣を構えた。

 その横顔は、中学生とは思えぬ程に穏やかで――優しい。口先では「わからない」と言いつつも、声色から伝わるグランタロトの溌剌さから、おおよその事情を察しているのだ。


「さぁて……向こうもスパート掛けるつもりみたいだし、僕らも後先考えずフルパワーで行きましょうか。炫さん、ついてこれますか?」

「あぁ、大丈夫。――協力プレイのハンティングアクションは、オレの得意分野ジャンルだ」

「へぇ――そいつは心強い」


 そして。2人同時に、剣を振るい――ベルフェロイアの鎚に、真っ向から立ち向かって行った。


 グランタロトの大剣で鎚を受け止め、レヴァイザーの剣で素早く何度も斬りつける。ベルフェロイアの狙いタゲがレヴァイザーに向かう瞬間、その隙を狙い大剣の一撃を見舞う。

 レヴァイザーが持つ手数の多さと、グランタロトが持つ攻撃力の高さを、お互いが利用し合う連携攻撃。命を預け合える程の信頼関係がなくては成り立たない、その戦法を――彼らは即興タッグでありながら、すでに実践しているのである。


 ――しかも。ベルフェロイアが防戦一方になっている原因は、それだけではない。


(これが、迷いを捨てたグランタロト――いや、元「DSO」トッププレイヤー・飛香炫か!)


 肩の荷を下ろし、迷いを捨てた大剣は、目の前の敵を屠らんと唸りを上げる。その剛の剣を振るうグランタロトの攻勢は、先刻の太刀合わせとは比べ物にならない速さを持っていた。


 次第に追い詰められていくベルフェロイアは、ついに防御すらも間に合わなくなり――レヴァイザーに素早く斬りつけられた瞬間、フルスイングから放つ大剣の一閃で、激しく吹っ飛ばされてしまう。


「炫さんッ!」

「あぁ! ――行くぞ猛君ッ!」


 そして、その光景に勝機を見出した2人は。互いに頷き合うと、同時に剣を投げ捨てた。


Thirdサード generationジェネレーション!! Ignitionイグニッション driveドライブ!!』


 そして、ベルトのボタンを入力し、「大技」を発動する瞬間。

 レヴァイザーの脚から眩い輝きが生まれ、グランタロトの脚に紅い電光が迸る。2人が同時に跳び上がったのは、その直後だった。


「レヴァイザァアァアッ! キィィイック!」

「はぁあぁあぁああッ!」


 この戦いに、決着を付けるべく。レヴァイザーとグランタロトは雄叫びと共に、渾身の飛び蹴りを撃ち放つ。


『Second generation!! Ignition smash!!』


 ベルフェロイアも、鎚に紫紺の電光を纏わせ「大技」を放つが――今の彼らの「力」に抗するには、余りにも、弱い。

 例え、どれほど優れたスキルを持っていたのだとしても――それを行使するスペンサーという男は、どこまでも独りなのだから。


 二つの閃きを纏う蹴りは、ベルフェロイアの鎚さえもへし折り――その黒い胸を、板のように粉砕する。

 後方へと吹き飛ばされ、自らが開けた穴へと墜落していくベルフェロイアは――ダメージにより鎧を剥がされ、スペンサー・アーチボルドに成り果てていた。


「ぐ、ぁ……! へ、へへ……! やっぱぁ……いいぜ……スリリングな、ゲームはよォ……ッ!」


 そして、消え入りそうな声色で呟く彼の眼が――妖しい紫紺から、蒼く澄み渡る色へと変わっていく。

 戻ったのだ。ベルフェロイアへの変身も、怪人への変身も解かれ……ただの人間でしかない、スペンサー・アーチボルドへと。


「や……やった……!」

「やりました! 舞先輩、勝ちました! 猛君、勝ちましたよ!」

「えぇ……! 彼と……グランタロトが……!」


 そして、人間に戻ったスペンサーが、穴の中に消える瞬間。戦いの終わりを見届けた桜レヴァイザーは、歓喜のあまりセイントフェアリーに抱き付いていた。

 そんな彼女を宥めるセイントフェアリーも、興奮冷めやらぬ面持ちで、この戦いに終止符を打った2人を見つめている。


「やったぁあー! グランタロトさん、すっごーい!」

「き、期待のニューヒーローですね! これは早速チェックしないと……!」


 観客席からも爆音の如き歓声が噴出しており、劇場の外にまで反響するほどの熱狂が広がっていた。

 優璃と利佐子もその1人であり、今回初登場したニューヒーローに早速夢中になっている。その正体が自分達の想い人であるなど、夢にも思わないまま。


「炫さん、やりましたね」

「……」

「炫さん……?」

「……ん、あぁ……そうだな。ありがとう、猛君」


 ――だが、その一方。

 どこか遠いものを見つめるような眼で、スペンサーが姿を消した穴を見下ろすグランタロトは。


(これで、終わったんだろうか……本当に)


 仮面の下の表情に、憂いの色を滲ませて――後ろ髪を引かれる思いを抱えながら、踵を返すのだった。


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