第2話 VirtualではなくReal


 ――その後。のぼせた炫が快復するまで時間を要した結果、3人はショーが始まるギリギリに入場する羽目になっていた。

 息を切らせて客席に辿り着いた炫達は、空いていた最後列の席に腰掛ける。


「全く、のぼせてお嬢様を待たせてしまうなんて……飛香さんには困ったものです」

「ほんとだよもー、心配ばっかりさせないでよね! ……夏休み前だって、酷いケガしてたんだから」

「あ、あはは……ごめんごめん」


 苦笑いを浮かべる炫の首には、優璃が持って来た白いタオルが、マフラーのように巻かれている。

 目を離した隙に怪我をしたりのぼせたりと、危険が絶えない彼に、優璃はむくれた表情で詰め寄っていた。


「むー……本当にわかってる? もう私達から離れちゃダメだよ?」

「わかった、わかったよ。これからはちゃんと、ずっと一緒にいるから」

「えっ……」


 そんな彼女にこれ以上心配を掛けさせまいと、炫は優しげな口調で宥めようとする……のだが。言葉選びがよろしくなかったのか、優璃の顔がのぼせた炫より真っ赤になってしまった。


「んな、んななっ……! な、何言い出すの飛香君っ! もう飛香君っ!」

「え……? オレ、今なんかおかしいこと言ったかな」

「……飛香さん……不意打ちでそういうことを言っちゃいけません……」


 困惑する炫の隣で、頬を赤らめて目を伏せていた利佐子は……顔を上げると、舞い上がる主人の様子を羨ましげに見つめる。

 一方、当の優璃はいたたまれなさゆえか、ステージを指差して話題を変えようと奮闘していた。


「あ、あっ! そろそろショーが始まるよっ!」

「そっ、そうですね! ほら飛香さんも! 応援ですよ応援!」

「え……あ、あぁ、うん。そうだね」


 やがて、荘厳なBGMや噴き上がるミストなど、派手な演出と共にショーの幕が上がった。


『みなっさーん! あっけおめぇえっ! 今日の新年ヒーローショー、たぁっぷり楽しんで行ってねぇっ!』


 軍服姿の司会役がマイクを手に取り、大仰なパフォーマンスを披露すると――今回の主役である3人のヒーロー達が飛び出して来る。客席から一斉に歓声が上がったのは、その直後だった。


「キャーッ! 桜レヴァイザーちゃーんっ!」

「セイントフェアリー様ぁあ〜っ!」

(……2人ともノリノリだなぁ。よっぽど楽しみだったんだね……)


 その熱狂の渦中にいる3人――の内、優璃と利佐子は、それぞれが推すヒーローの名を叫んでいる。

 優璃はピンク色の装甲服を纏う「桜レヴァイザー」、利佐子は青と白を基調とするスーツを身に付けた「セイントフェアリー」の大ファンらしい。


 新体操を彷彿させる鮮やかな身のこなしで、青いスカートを揺らしふわりと舞うセイントフェアリー。リボンの花飾りとピンクのミニスカートを靡かせ、軽やかにジャンプする桜レヴァイザー。

 どちらも女の子の琴線には強く響いているらしく、優璃と利佐子は瞬きする間も惜しむように凝視している。


(なんだろう、あのレヴァイザーってヒーロー……。なんだか、目が離せない……)


 一方。そんな彼女達のテンションに置き去りにされながらも、ショーの推移を見守っている炫の目には――青いプロテクターで身を固めるヒーロー「レヴァイザー」の姿が留まっていた。

 先陣を切り、セイントフェアリーや桜レヴァイザーを守るように戦い、手慣れた動きで戦闘員を蹴散らす青い戦士。気づけば炫は、その勇姿を食い入るように見つめていた。


「……頑張れ、レヴァイザー!」


 ――自分もすっかり、ヒーローファンじゃないか。あの猛君って子に、影響されちゃったかな。

 そんな思いを胸に抱え、炫は声を弾ませレヴァイザーを応援する。隣で叫び続ける優璃と利佐子に、続くように。


 だが。


 ショーが始まって僅か数分――事態は一変する。


 突如。1人の男がステージに飛び乗り、戦闘員達を蹴散らすレヴァイザー達の前に現れたのだ。道を阻む戦闘員に、痛烈な裏拳を浴びせながら。


「……!?」


 その予期せぬ「演出」に観客がどよめく中……炫は目を剥いて、いきなりステージに上がり込んできた黒尽くめの男を凝視する。裏拳で吹き飛ばされた戦闘員の1人は、ぐったりしたまま身動き一つ見せない。

 他の戦闘員達が慌てた様子で、その1人をステージ裏まで引きずっていくのが見えた。


 普通のヒーローショーなら、ここで誰もが異常な事態であると気づくのだろうが――これは、本当に大勢の命を救った本物のヒーローによるショーである。


 ――乱入者の裏拳も、戦闘員の吹き飛び方も、真に迫り過ぎているようにも見えるが……これも演出なのだろう。さすが、正真正銘のヒーローによるショーは違うな。

 それが眼前の光景に対する、観客の解釈であった。


「わぁっ! 何あれ! 新手の怪人!?」

「パンフには何も書いてないですし……サプライズ演出でしょうか!?」

「……」


 優璃と利佐子も、あくまでショーのサプライズ演出と捉えており、そこまで動揺した様子ではない。

 だが、彼女達を横目に見遣りながら、黒尽くめの男を注視する炫の頬には、冷や汗が伝っている。


(今の裏拳……本気で入ってるようにしか見えなかったが……)


 ――そして。招かれざる客に対し、剣呑な面持ちになっていたのは。実際に彼と対峙しているレヴァイザー達も同様だった。

 このような敵役の登場など、予定にはない。明らかな「部外者」だ。

 しかも、ヒーロー部に合わせて立ち回れるよう鍛え抜かれている戦闘員を、裏拳1発で昏倒させるほどの膂力。まず間違いなく、普通の人間ではない。


「……あんた。何のつもりだ? 今の拳……普通じゃないな」

「く、くく。さすがはブラックスカルを潰した本物のヒーロー様だ。察しがいいな」


 漆黒のトレンチコートを翻し、金色の長髪を靡かせる碧眼の美男子。だが、その鋭い目付きと歪な嗤いからは、筆舌に尽くしがたい悍ましさが漂っている。

 その口から「ブラックスカル」の名が飛び出してきたことで、仮面に隠れたレヴァイザー達の表情も、より険しい色となる。


「猛君! この人……!」

「あぁ……ブラックスカルの生き残りみたいだね」

「ショーを潰すことが目的――ってところかしら? 何にせよ、嘗められたものね!」


 レヴァイザーこと、天野猛。

 桜レヴァイザーこと、城咲春歌。

 セイントフェアリーこと、揚羽舞。

 ブラックスカルを壊滅させた立役者である彼らは、眼前の青年が組織の残党であると判断し……一斉に身構える。


 ――これはもはや、ヒーローショーなどというお遊びではない。言うなれば、ブラックスカルの掃討戦。


 正真正銘の、実戦なのだと。


「潰す? とんでもねぇ。俺は、このショーを盛り上げに来てやったんだぜ?」

「……なんだと?」

「見てみろよ。観客共は全員、ショーのサプライズだと思って呑気に構えてやがる。その勘違いに、乗ってやろうってハナシだよ」


 しかし、そんなヒーロー部の殺気立った雰囲気とは裏腹に――金髪の男は、飄々とした口調で喋り出す。怪しさしかないその佇まいに、レヴァイザー達はさらに身構えた。


「一体、お前は……!」

「申し遅れたな。俺の名は――スペンサー・アーチボルド。お察しの通り、ブラックスカルの元関係者。そして……『Darkness spirits Online』の元スタッフでもある」

「『DSO』……!?」

「舞先輩、知ってるんですか!?」

「……3年前、アメリカで発売されていたVRMMOよ。リアル過ぎるせいで気が狂ったプレイヤーが続出して、すぐに発禁にされた幻のゲーム……」

「そんなゲームに関わっていたお前が、なんでブラックスカルと……?」


 ――「Darkness spirits Online」。多数の死者を出した悪夢のゲームとして知られる、その名を呟いたセイントフェアリーは……元スタッフを名乗る金髪の男を強く睨む。

 だが、金髪の男――スペンサー・アーチボルドは、全く怯む気配を見せない。むしろ、そうしてヒーロー達が自分に牙を剥いていく様を愉しんでいるようにも伺える。


 まるで――ゲームのように。


「なんで……ねぇ。決まってんだろ。俺はただ、最高にエキサイティングでスリリングなゲームがしたいだけなんだよ」

「スリリングなゲームだと……?」

「ギルフォードの奴はVRMMOでそいつを目指していたが……やっぱ、VRはどこまでいってもVirtualバーチャルでしかねぇ。仮想は、現実に……Realリアルに成り替わることは出来ん。しばらく奴の下で働いてはみたが……やっぱり、俺が目指したスリルには及ばなかった」

「まさか……それでブラックスカルと?」

「そう。『DSO』の開発スタッフを抜けた後、俺はムクロの野郎と接触した。異能の力を発現するデザイアメダルなら、現実世界で切った張ったを手軽にやれるゲームが出来るかも……ってな」


 「DSO」の思想と「デザイアメダル」の異能。悪魔の発明から生まれた二つの力が合わされば、どれほどの災厄が生まれるのか。

 その考えが過る瞬間、セイントフェアリーの拳に力が篭る。


「だが、なかなかいい物は見つからねぇし。あんたらのおかげで、ブラックスカルもムクロもくたばった。さすがにデザイアメダルはもうアテにならねぇか……って、諦めかけた時。ブラックスカルの過去の流通データを調べて行くうちに、面白い物を見つけたのさ」

「……?」

「ブラックスカルは以前、リユニオンの怪人共にあるメダルを売り渡していたのさ。そいつは、仮想空間のモデリングを現実世界にコンバートさせるっつー、最高にエキサイティングな能力を持っていた」

「……! ブラックスカルは、リユニオンとも繋がっていたのか!」

「あぁ、向こうもメダルの力には興味があったらしい。……で、俺はある野郎・・・・に依頼して、そのメダルを回収して貰ったのさ。それが――こいつだ」


 やがてスペンサーは、警戒するレヴァイザー達にあるもの見せた。アクセサリーとして首にぶら下げている、一枚のメダルが――妖しい紫紺の光を放っている。


「……! それは……!」

「観客共はサプライズだと勘違いしたままだ。ここで俺を『ショーの怪人』として始末すりゃあ、盛り上がること請け合いだぜ? どうよ、乗らねえか? このゲーム」

「そんなことして、お前に何のメリットが……!?」

「何度も言ってるじゃねーか。俺はただ、ゲームをしに来たに過ぎねぇ。ゲームっていうからには、お互いに勝つ理由がないと盛り上がらねぇだろ?」


 紫に発光しているデザイアメダルはすでに、その能力を発動させていた。気づけばスペンサーの瞳の色は、蒼から紫へと変色している。

 その変化に、レヴァイザー達が気付くと同時に。スペンサーは客席に向け、不敵な笑みを送った。


「……なぁ、そうだろ? 勇者君」


「……!?」


 誰にも聞こえない、呟きと共に。


 ――だが、そのメッセージを受け取った客席の少年……飛香炫は、スペンサーの紫の眼差しと視線が合わさったことに、言い知れぬ焦りを覚えている。


(なん、だ……あの人、こっちを見た……!?)


 得体の知れない乱入者は、明らかにこちらを見据えていた。誤魔化しようもないほど、真っ直ぐに。


 その意図を見出せず、炫が頬に汗を伝せる一方――この事態を受け、レヴァイザーは軍服姿の司会……姫路凛に指示を仰いでいた。凛は今、観客に話が聞こえないよう一時的にマイクを切り、非常用の通信機を使っている。


「凛さん……どうしますか?」

『……これだけ人が密集している会場内で真相が知れたら、間違いなくパニックになる。それでなくても、こいつを刺激してしまうかも知れない。ゴーサイバーに連絡はしたけど……救援が来るまで時間を稼ぐ為にも、ここは奴の言う「ゲーム」に乗るしかないと思うわ』

「わかりました。……僕達に任せてください」

『頼むわね……』


 このサイバックパークには、ゴーサイバーの秘密基地という裏の顔がある。自分達の本拠地でデザイアメダルの怪人が現れた……となれば、彼らも黙ってはいないはず。

 なら少なくとも救援が来るまでは、この男が下手に暴れないよう抑えなくてはならない。大勢の人が密集しているような場所で、怪人が殺戮行為に出ようものなら、二次災害も含めて甚大な被害が起こる可能性もある。


「……話は纏まったかい?」

「……あぁ。スペンサー、お前はここで倒す!」

「ショーのついで、としてね!」


 ――結果。レヴァイザー達は、あくまで「ショーの演出」というていで。この招かれざる客を仕留める、という決断に至るのだった。

 改めて、その意思を表明する彼らに対し……スペンサーはたじろぐどころか、大仰に手を叩いて愉しげに嗤い始める。


「OK。主催者の合意のもと……始めさせて貰うぜ。――サプライズ・ショータイムだ!」


 そして。

 自らが持ちかけた「ゲーム」に、レヴァイザー達が応じた瞬間。スペンサーは右手を翳し――紫紺に輝く眼をさらに強く発光させる。


 すると、彼の足元から……地獄から這い出る鬼のように、続々と魔物達が現れた。見る者に悪寒を走らせる、醜悪な姿を持つ彼らは――手にした得物を荒々しく振るいながら、レヴァイザー達に迫る。


『――ここに来て、まさかまさかの急展開! 謎の乱入者が、モンスターを大量召喚! 緊迫の一戦だぁー!』


 その緊急事態を前に、司会役の凛は咄嗟の機転で実況を始めた。観客に、この戦いがあくまで「ショー」であると錯覚させ、パニックを避けるために。


「な、なんだあれ! すっげぇ!」

「まるで、本物の怪人みたい!」


 その対応が功を奏し、観客達は完全に目の前の光景が「演出」であると思い込んでいた。


「す、すごいね……あれ。今回のサプライズ、ちょっと凄すぎない?」

「だ、大丈夫ですよ。これはあくまでショーなんですから。セイントフェアリー様は、必ず勝ちます! ね、飛香さん……飛香さん?」

「……」


 それは、優璃と利佐子も例外ではない。――だが。炫だけは、明らかに違っていた。


(あ……れは……!)


 彼は知っていたのである。スペンサーが呼び出した魔物達が、「何のキャラクター」であるかを。

 そして知っていたからこそ、目の前の状況に驚愕しているのだ。


(……なんで。なんで「DSO」のモンスターが、現実世界に! どうなってるんだ……あの人は一体、何をしたんだ!?)


 スペンサーに召喚され、使役されているのは――ゴブリン。骸骨騎士。

 いずれも、炫がよく知る「DSO」に登場する敵モンスターなのだ。VRではない現実世界で、彼らが出現しているという光景に――元プレイヤーの少年は、かつてない戦慄を覚えていた。


「……? 飛香君?」

「ごめん……ちょっと、席を外す」

「え? 外すって、ちょっ――えぇ!?」

「あ、飛香さんっ!?」


 今日のショーに乱入し、「DSO」のモンスターを召喚。さらにその直前には、自分の方を見ていた。

 これだけ条件が揃っていて、自身と無関係ではあるとは思えない。炫は跳び起きるように席を立つと、優璃と利佐子の制止も聞かず、ステージ裏を目指して走り始めた。首に巻いた白タオルを、マフラーのように靡かせて。


 ――「ずっと一緒にいる」という約束にさえ、背を向けて。


(あの人、モンスター達を呼び出す前に……オレの方を見ていた! オレのことも、知っているんだ……!)


 ◇


 スペンサー・アーチボルド率いる、「DSO」モンスター軍団。

 それを迎え撃つレヴァイザー達ヒーロー部は、倒しても倒してもゾンビのように湧き出て来る魔物の群れに、苦戦を強いられていた。


「くっ、なんだこいつら! ゴブリンに……骸骨騎士!?」

「いずれも『DSO』に登場した敵モンスターね……! こいつ、メダルの力で『DSO』を再現するつもりなんだわ!」

「再現なんてヌルいもんじゃねぇ。仮想ですらない、本当の現実世界でやるファンタジーゲームさ。どうだ? なかなかスリリングだろう」


 紫色に眼を光らせ、意のままにモンスター達を操るスペンサー。桜レヴァイザーとセイントフェアリーは、歓声と怒号が席巻する乱戦のさなか――その「司令塔」に目を付ける。


「生憎だけど……いつまでも、貴方の道楽に付き合うつもりはないわッ! ――春歌ちゃんッ!」

「はいッ!」


 行く手を阻むゴブリンだけを、鮮やかな蹴りでなぎ払い――2人の戦乙女は、同時に地を蹴り高く跳び上がった。スペンサーのしもべ達を、飛び越していくように。


「はぁああ!」

「てやぁああッ!」


 そして、スカートの中身が見えることなど意に介さず。流星の如き飛び蹴りを見舞う――の、だが。


「……ッ!?」

「この、力……はッ!?」


 その一撃を阻む見えない壁が――彼女達の攻撃を凌いでいた。視認できない謎の力に動きを止められ、2人が瞠目する……次の瞬間。


「うあぁああッ!?」

「きゃあぁあッ!?」


 スペンサーの眼光が妖しい輝きを放ち――彼女達は、そこから迸る「力」の濁流により、弾き飛ばされてしまった。舞い上げられた2人の細い体が、ステージの白い床に墜落する。


「舞先輩!? 春歌ちゃんッ!」


 スペンサーが持つメダルの力は、モンスター召喚のみではないらしい。凄まじい「力」の奔流を感じ取ったレヴァイザーの頬を、冷や汗が伝う。


「おいおい、モンスターを差し置いてプレイヤーにダイレクトアタックかぁ? ま、それはそれでエキサイティングだけどよ」

「こ、こいつ……変身すらしてないのに……!」

「どこから、こんな力が……!?」


 軋む体に鞭打ち、桜レヴァイザーとセイントフェアリーは辛うじて立ち上がる。そんな彼女達の疑問に答えるように――スペンサーは大仰に両手を広げ、紫紺の瞳から光を放つ。


「してるさ。――変身なら、とっくにな」

「え……!?」

「デザイアメダル専門のお前らなら、よく知ってるだろうに。……こいつは元々チェンジメダルっつう代物で、使用者を人ならざるものに変異させる作用がある」


 そう。スペンサー自身が言うように、デザイアメダルには使用者を「怪人」に変異させる力がある。しかも彼は、普通ならメダルの力を使うのに必要な「ウォッチ」を介していない。

 デバイスを必要とせず、直接使用者を怪人化させる「突然変異種」のメダルなのだ。その危険性と力は、計り知れない。


「……!」

「『自分が持ってるゲームのデータを、現実世界に具現化する能力』を持った超人。――見た目が人間でも、十二分に『怪人』だろう?」


 そう。紫色に発光している彼の眼が、「変身」していることの証なのだ。

 一見、人間のままに見えていても――レヴァイザー達の前にいるスペンサー・アーチボルドは、すでに完全な「怪人」なのである。


「さらに。このメダルの力があれば……仮想空間の鎧を、現実世界で着ることも可能ってわけだ」

「……!?」


 だが。すでに怪人であるはずのスペンサーは――メダルの力で現実世界に顕現した「DSO」を利用し、さらなる「変身」を遂げようとしていた。

 彼は懐に手を伸ばすと……そこからおもむろに、前世紀の携帯ゲーム機を取り出す。


 ――正しくは、携帯ゲーム機を模る「変身ベルト」だが。


「ゲーム機……!?」

「こいつは『ブレイブドライバー』って言ってな。――こうやって、使うのさ」


 彼が腰に、その「携帯ゲーム機」を当てる瞬間。両端からベルトが伸び……一瞬にして、彼の腰に巻きついてしまった。

 誰もが「携帯ゲーム機」だと認識していたそれは、彼をさらなる「変身」に導くための「バックル」だったのである。


「――発動」


 やがて、その言葉とともに。ゲーム機の「スタートボタン」に触れる瞬間。禍々しい、紫紺の靄が彼の周囲に立ち込め――その全身を覆い隠してしまう。


Set upセタップ!! Secondセカンド generationジェネレーション!!』


 そして。

 電子音声と共に、紫紺の霧を振り払い――顕れたのは。


 漆黒の西洋甲冑で全身を固め、黒ずんだバーゴネットの鉄仮面で悪辣な貌を覆い隠す――異形の鎧騎士だった。

 臙脂色のマントを翻し、身の丈を超える巨大な鎚を手にする、その暗黒騎士を前に……レヴァイザー達は、えもいわれぬ威圧感と不気味さを覚えていた。


「なッ……さらに変身した!?」

「デザイアメダルで変異した怪人が、もう一段強化変身するなんて……!」


 携帯ゲーム機を模るベルトを身に付けた、黒の鎧騎士。その禍々しい姿に「変身」したスペンサーは、歪に吊り上がった口角を仮面に隠す。


「――こいつの名は、『破鎚勇者はついゆうしゃベルフェロイア』。……さぁ、俺を攻略してみな勇者ヒーロー達。ゲームの盛り上がりは、お前らに懸かってんだぜ?」


 そして、風を穿つ轟音と共に巨大な鎚が弧を描き、スペンサーこと「ベルフェロイア」の肩に乗せられた。


 ――この「ゲーム」における、「前哨戦チュートリアル」の終わりを告げるように。


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