レヴァイザー&グランタロト
Surprise Show Time
第1話 ようこそサイバックパークへ
――東京郊外にある、小さな森の中。「COFFEE&CAFEアトリ」と呼ばれる、人気の喫茶店がある。
約20年間に渡り、知る人ぞ知る「穴場」として密かに続いていたこの店は今、最近になって雑誌に取り上げられるようになり、かつてない盛り上がりを見せるようになっていた。
老若男女問わず誰もが足を運び、自然に囲まれ穏やかなひと時を過ごせる憩いの場。その中で、薄茶色のポニーテールを靡かせる絶世の美少女が――新年早々、面倒な客に絡まれていた。
「なぁ、どうよ嬢ちゃん。この後暇かい? 俺とどっか、いいとこ行こうぜ」
「あ、あの……そういうの、困ります」
「嫌よ嫌よも好きのうちってね。そういう反応されると、却って燃えてきちゃうんだ、俺は」
テンガロンハットにサングラス、という妙な格好で、ウェイトレスの少女をナンパする金髪の美男子。黙っていればイケメン……なのかも知れないが、軽薄な言葉遣いのせいでその魅力が大いに削がれている。
カウンター席からしつこく絡むその客に、ウェイトレスは困惑した表情を浮かべていた。この時間帯によく来る常連客達も、怪訝な面持ちでテンガロンハットの男を睨んでいる。
――すると。その男の前に、愛らしくトッピングされたストロベリーパイとチョコケーキが差し出された。それを用意してきたバリスタの男が、鋭い眼差しで男を射抜く。
「……で、その茶番はいつまで続けるつもりだ」
「うひー怖ぇ。そう睨むなよアレックス、ほんのご挨拶だって」
ブラウンの髪をオールバックに揃えた、色白の美男子。彼は碧い瞳で男を射抜き、これ以上のおふざけは許さないと視線で宣告していた。その優雅な立ち姿に、周囲の女性客が黄色い声を漏らしている。
「あ、あの、アレクサンダーさん……」
「済まないチーフ、この男は私の知り合いでな。……少し、外してもらえるか」
「は、はい」
チーフと呼ばれたウェイトレスの少女は、バリスタ……もといアレクサンダーに促され、他方の接客へと戻っていく。そんな彼女の背を、優しげな眼で見送った後――アレクサンダーは再び、鋭い目付きで男を見遣った。
「さて、お前が今更私に何の用だ? 同窓会にしては随分と急な来日だが」
「結構な言い草だなぁ。長い付き合いの親友に、そこまで言わなくたっていいだろうよ? ただでさえキッドの奴が毎日彼女とイチャついてるせいで、俺は向こうでもアウェー状態なんだぜ?」
「……トラメデス。お前がここまで来た、ということは仕事の話だろう。さっさと用件を話せ」
目を伏せ、静かにコーヒーを淹れるアレクサンダー・パーネルは、呆れたような声色で「旧友」に本題を促した。
そんなつれない友人の姿勢に、テンガロンハットの男――トラメデス・N・
「……やれやれ。世間話の一つも出来ねぇ堅物には困ったもんだ。そのくせ、一方的にFBIを抜けやがるしよ。お上の連中、怒ってたぜぇ」
「今となってはどうでもいいことだ。上層部が俺をどう思おうが、もはや関係のない話だからな」
「……ま、関係ねぇっちゃねぇんだが。全くの無関係でいられる保証がねぇから、ここまで俺が来たんだよ」
「どういうことだ?」
――そして。トラメデスが目の色を変える瞬間、アレクサンダーもコーヒーを淹れる手を止めた。
「あの『DSO』の開発スタッフ……その末路は、よく知ってるよな」
「……筆頭格のアドルフ・ギルフォードを初めとする主要スタッフは、
「……してねぇんだな、それが」
「なに……?」
――3年前に発売されたVRMMO「Darkness spirits Online」。通称、「DSO」。
余りにもリアル過ぎるそのゲームの影響で、殺人事件にまで発展するケースが急増したことから、発売から僅か2ヶ月で発禁となった幻のゲームだ。
かつて、そのゲームに纏わる事件を調査する「FBI捜査官」だったアレクサンダーは、今でも当時のことをはっきりと覚えているのである。
「確かに3年前、『DSO』の開発に携わっていたスタッフのほとんどは、ギルフォードに付いて失踪した。そして
「発売前に? だが、そいつがどうしたというんだ」
「最近になって、この日本……それも東京で、そいつの目撃情報が上がって来たんだよ」
「……!」
――それゆえに。その「DSO」に纏わる情報からは、耳を傾けずにはいられなかったのだ。目を細め、聞き入る姿勢を見せるアレクサンダーの様子を、トラメデスは静かに見つめる。
「そいつ自身はギルフォードのテロに関わっちゃいないが……あのゲームに携わっていた元スタッフだ。しかも発売前に失踪、という妙な行動を取ってもいる。上層部はギルフォードが死んだ今、そいつ1人では何も大したことは出来んだろう……と、気にも留めちゃいないが」
「……」
「そして極め付けが……こいつだ」
先ほどまでの軽薄な言葉遣いや雰囲気からは、想像もつかない落ち着いた物腰。そんな一面を見せつつ、トラメデスは一枚の写真を差し出した。
――金髪の青年と肩を並べ、東京の街角を歩む一人の男。髑髏がプリントされた黒いパーカーとフードで、素顔を隠すその人物が、写真の中央に収められていた。
「この男は?」
「ブラックスカルのリーダー『ムクロ』。……と言えば、わかるだろう」
「……!」
――ブラックスカル。
太平洋側に位置する孤島の学園都市「
しばらく前に、人間を超人化させる魔のアイテム「デザイアメダル」に纏わる事件を引き起こし、世間でも話題となっていた存在だ。
彼らと、学園島にいるヒーロー達との戦いはネットを通じて世間に拡散されており、当時は誰もが、学園島を巡る死闘の結末に注目していたのだという。
最終的に、その戦いは学園島の勝利に終わり――最前線で戦っていた当時のヒーロー達は、一躍時の人となり、各メディアの間で引っ張りだこになっているようだ。
「数ヶ月前から、そいつはムクロと接触していたらしい。ブラックスカルが壊滅して、リーダーのムクロが死亡してからは暫く身を隠していたようだが……最近になり、再び東京で目撃されるようになったんだ」
「発売前に『DSO』開発から抜けた元スタッフが、何の用件でブラックスカルと……」
「それはわからんが……デザイアメダルをばらまいて、散々悪事を繰り返してきたギャングだ。そんな連中と繋がりを持っていた奴が、平和に慎ましく暮らしてると思うか?」
そうして、悪の組織として闇に葬られたはずのブラックスカル。その組織の首領と、あの「DSO」の元スタッフが繋がりを持っている。
トラメデスもアレクサンダーも、そこにキナ臭い何かを感じていた。
「……それを私に調べろ、とでも言うつもりか? 私はもうFBIとは縁が切れている。お前の頼みとはいえ、限度はあるぞ」
「別にそんなこと頼みはしねぇよ。今のお前は一介のバリスタだしな。……ただ」
そこで一度言葉を切り。トラメデスは鼻を鳴らして、後ろを見遣る。彼らの後方で、何も知らず平和なひと時を過ごす、民間人達を。
「……知ってるの知らねぇのとじゃあ、心構えが違うってもんだろ。今ある平和の裏側……ってのをな」
「……そうかもな」
元捜査官として。かつて、電脳世界の悲劇を阻止するべく戦った、
「それで、その元スタッフの名は?」
そして、彼はこの件の中心に存在する「DSO」元スタッフの名を、改めて問い掛ける。
そんな彼と視線を交わすトラメデスは――写真に映る、金髪の青年の後ろ姿を見下ろしながら。
「――スペンサー・アーチボルドだ」
謎に包まれたその男の名を、呟くのだった。
――刹那。窓越しに、彼らを眺めていた1羽のカラスが……大空へと舞い上がる。
新たな1年を迎えた、この青空の彼方へと。
◇
――最先端科学技術研究所。通称、「サイバックパーク」。
異世界や外宇宙など、未だ解明されていない未知の分野に関する研究開発を行い、その技術の実用化を目指す研究機関である。
一方で、その成果をアトラクション等に応用したアミューズメント施設としての側面も備えており、土日や長期休暇を利用して毎年大勢の客が集まって来るのだ。
「……来たぁあ! 来たよぉ! サイバックパークぅ! あけましておめでとうございまーすっ!」
それは今年の冬休みも、例外ではない。新年が明けて間も無く、大勢の来客で賑わうこのサイバックパークに――ある少女の歓声が響いていた。
彼女は黒いボブカットの髪と、Gカップの巨峰を揺らして、無防備に跳ね回っている。桃色のロングコートの上からでも、その双丘は絶えず存在感を放ち続けていた。
昨年の夏に16歳の誕生日を迎えた彼女――
「はしゃいでるなー、
「えぇ。伊犂江家の者として、このような場は似つかわしくない――と、今まで旦那様に禁じられておりましたから」
そんな彼女の後ろを、2人の男女がゆっくりと歩いていた。
栗色のセミロングを風に靡かせる、小柄な少女――
「へー……でも、なんでまた急に?」
「お嬢様も昨年で16歳ですからね。分別ある女性になった今ならと、自由を許してくださったのでしょう」
「……そっ、か」
そして。利佐子の隣を歩く、黒髪の美少年――
「
「全くだね……2人して、何やってんだか」
「んーっ! 天気はいいし賑やかだし、もう最高! ほら飛香君、利佐子! 早く早く!」
本来なら、炫の友人2人も来るはずだったのだが――残念ながら、今日は病欠となってしまった。
なら、せめて彼らの分まで今日を楽しむしかない。そう決めていた炫の眼前では、優璃が胸を揺らしながら方々へと駆け回っている。
――日本有数の一大企業「伊犂江グループ」。
その令嬢であり、今まで厳しく育てられてきたという彼女にとっては、アミューズメント施設そのものが初めてであるらしく、どんなアトラクションも輝いて見えていた。
「それにしても伊犂江さん、かなりテンション上がってるよね……。行きのバスでもウキウキしてたし」
「ふふふっ……何しろ今日は、待ちに待った一大イベントですからね」
その中でも一際、彼女が楽しみにしているのが――炫が見上げた先にある、広大な劇場であった。
そこでは今日、新年を祝して、ブラックスカルを倒した
「ヒーローショー、か……」
「作り物とは違う、正真正銘のヒーローですからね! あの戦いは私もネットで見ていたのですが……もう、実戦ならではの迫力と空気感に圧倒されてしまいまして。あの戦地で本当に戦っていたヒーロー達を、目の前で見られるなんてもう夢みたいで……!」
「あはは、蟻田さんも大ファンなんだね」
「はうっ!? い、いえ私はお嬢様ほど入れ込んでいるわけでは……!」
しかも楽しみにしているのは、一見落ち着いている利佐子も一緒だったようだ。そんな彼女の隠しきれない感情を垣間見て、炫は微笑を浮かべる。
――今やブラックスカル打倒の立役者として、「レヴァイザー」「セイントフェアリー」「
そんな超有名人が集まり、その戦い振りを披露してくれるというのだ。彼女達以外にも、この正月ヒーローショーを待ち望んでいる客は多い。伊犂江グループの助力がなければ、3枚もの優待券は手に入らなかっただろう。
「……おほん。そ、それより……飛香さんっていつも、そのような服装をされていらっしゃるのですね」
「あぁ、うん。こういう服しか持ってなくてさ。小遣いもほとんどゲーム代に消えちゃうし……。信太と俊史からも『お前そんな服着るようなキャラじゃないだろー』、なんて言われちゃってさ」
「いえ、そんな……むしろ、普段とのギャップがあってワイルドで素敵で……」
炫の服装は黒のレザージャケットに赤いカーゴパンツ、黒革のブーツ……という、非常にラフなものとなっている。学校でも比較的大人しい彼の性格を考えると、不似合いと言わざるを得ない格好だ。
しかし、「恋する乙女フィルター」が働いている利佐子の眼には――ギャップという魅力として、映されていたのである。炫に密かな想いを寄せている彼女としては、こうして彼の私服姿を拝めただけでも御満悦なのだ。
「……」
「蟻田さん?」
「ひゃう!? ご、ごめんなさい不躾にまじまじと!」
「いや、オレは別にいいんだけど……どんどん伊犂江さんが遠くに行ってるよ?」
「えっ!? あっ!? も、もうお嬢様っ! 迷子になってしまいますよ〜っ!」
だが、そうこうしている間にも。人生初のアミューズメント施設に興奮している優璃は、蝶を追う猫の如く、不規則に歩き回っている。
そんな主人の後を追い、彼女に仕える
(16歳になったから……か。もしかしたら、それもあるのかも知れないが……んっ?)
優璃を猛追する利佐子の背を、神妙な面持ちで見守る炫。そのポケットに収まった携帯が、着信を知らせてきたのはその直後だった。
「……げっ」
そして。携帯の画面に映し出された名前を目にして、一気に顔が引きつった。だが、出ないわけにはいかない。無視すれば、さらにややこしい事態にもなりかねないからだ。
「えー、と……もしもし――」
『飛香炫ゥッ! 鶴岡達から聞いたぞお前ェ! 伊犂江さんと蟻田さんを連れてサイバックパークまで来ているらしいなァッ!』
「――あ、あぁ、うん。情報早いね
――刹那。少年の怒号が、炫の聴覚に突き刺さる。予期していた叫びを受け、炫は苦々しい表情を浮かべるのだった。
伊犂江優璃に恋心を寄せる、炫のクラスメート――
それゆえに、彼女とデート同然にサイバックパークまで来ている炫に、嫉妬の爆炎を解き放っているのだ。
『学園のアイドル2人を連れて両手に花……という気分なのだろうが、そうは行かんぞ! 俺も今日でサッカー部の冬合宿が終わるからな……!』
「え、今日ここに来るの? つ、疲れてるだろうし早く帰って休んだ方が……」
『伊犂江さんと蟻田さんを、お前の毒牙に晒せるか! 待っていろ、なるべく早くそっちに行くからな!』
「えっ、ちょっ、待っ――!」
例え合宿帰りだろうと、優璃のためならどこからでも駆けつける。そう豪語する彼は、一方的に通話を切ってしまった。
炫は、無音となった携帯を手にしたまま、暫し呆然と立ち尽くす。
「飛香くーん! 早く早くーっ!」
「飛香さぁーん!」
そんな彼の苦心を、知る由もなく。いつの間にかアトラクションを満喫し始めていた優璃と利佐子は、非常に上機嫌な声色で炫を呼んでいた。向こうからは絶えず、「すごーい!」「わーい!」などといった歓声が響いている。
「……あはは……どうしよ、オレ……」
反重力装置で上下に動くメリーゴーランド。そんな、超技術の無駄遣いを堪能している彼女達を見遣りながら。
炫は泣き笑いにも似た表情を浮かべ、乾いた声を漏らすのだった。
◇
――最新鋭バイオテクノロジーにより、極限まで精巧に造られた自然風景。それに囲まれながら、優璃と利佐子は露天風呂を堪能していた。
メインディッシュのヒーローショーまでには、まだ時間がある。ショーに備え、身を清めておこうという魂胆だった。
「んーっ……! 東京の真っ只中なのに露天風呂なんて、凄いよね利佐子!」
「都内にいるとは思えない景観ですね……はぅ」
作り物とは思えない、優雅な景色を眺めながら。優璃は自らの巨峰を水面に浮かべつつ、物思いに耽る。
「来れてよかったぁ……。お父様が許してくれなかったら、こんなの絶対味わえなかったもんね」
「そうですねー……
「ぶふっ!」
――だが。含みを持たせた利佐子の一言により、その顔が一気に真っ赤になってしまった。上せるには、まだ早過ぎるというのに。
「も、もぉお利佐子! いきなりやめてよ!」
「なにを今更恥ずかしがっていらっしゃるのですか。これは、この冬休み最大のチャンスですよお嬢様。ショーやアトラクションで存分に盛り上がり、ここの夜景を飛香さんと共に堪能すれば……ムードはバッチリです。セッティングは、この利佐子にお任せください!」
「え、えぇえー……!?」
――そう。利佐子は、炫に想いを寄せつつも。あくまで主人であり、大切な幼馴染でもある優璃の幸福を優先していた。
薄い胸の前で、小さな拳を握りながら。利佐子は、己の本心を押し殺すように――わざと、まくしたてるように優璃の背中を押そうとする。
「はぁー……やっぱり露天風呂っていいわよねぇ……。最先端バイオテクノロジーの産物、なんて信じられないわ……」
「
「な、なによ!
「……!?」
――すると。自身の恋心を振り切らんとする利佐子の足掻きを、かき消すように。3人の新しい客人が、この露天風呂へと足を踏み込んで来た。
ここの露天風呂は、別に貸し切りなどではない。他の客が来るのは当たり前だろう。本来なら、それだけで終わる――ことなのだが。
ただ美しいだけではない……見る者を魅了する独特なオーラが、彼女達の周囲に漂っていたのである。その不可視のオーラに圧倒され、優璃も利佐子も、瞬く間に言葉を失っていた。
「わ、私はただ、久しぶりにゆったりした時間を過ごせそうだから……」
「嘘ばっかり。肌ツヤツヤになって
「り、
「はぁ……平常運転というか、なんというか……」
彼女達3人は全員知り合いであるらしく、仲睦まじくガールズトークに花を咲かせている。
あまり他人を不躾にじろじろ見るものではない……とは思いながらも。優璃と利佐子は、彼女達から目が離れずにいた。
(あ、あちらの方々……)
(す……すっごい美人揃いじゃん……しかも……)
特に。優璃の視線は、舞と呼ばれる少女の豊満な胸に注がれている。
(わ、私だって割とある方なのに……か、勝てる気がしない……)
自分のアドバンテージさえ全否定するかのような、絶対的美貌とプロポーション。間近でそれを目の当たりにしてしまった優璃は、自信を失いかけてしまった。
炫との恋が懸かっている(と思っている)時だったからこそ、余計にダメージを受けてしまう。想いを叶えるには、女性としての自信が不可欠なのだから。
「……上がろっか」
「え……あ、はい」
そのいたたまれなさゆえ。優璃は絞り出すような声色で、そう呟くと……そそくさと露天風呂から上がってしまった。そんな彼女の、どこか哀愁の漂う白い背中を、利佐子は慌てて追いかける。
「あ、あの……お嬢様」
「――んもぉお! なんなのこの意味不明な敗北感っ!」
そして、脱衣所まで辿り着いた途端――優璃は矛先を見失ったまま、ぷりぷりと怒り出すのだった。
◇
一方。優璃と利佐子が抜けた後、露天風呂に残された
自分達を勝手に意識して、勝手に敗北し、勝手に退散した少女の存在に気づくことなく、ガールズトークを続行している。
「んー……にしてもやっぱ、我がヒーロー部は最高ね。今日のショーは満席予約済、ガッポリ大繁盛間違いナシ! 温泉だけじゃ、前祝いには足りないくらいよ。ゴーサイバーも気前いいわよねぇ」
「この企画持ち込んできたのって、あの伊犂江グループなんでしょ? そりゃ工藤司令だって無碍にはできないでしょう……。あの人打ち合わせの時、見るからに顔色悪かったわよ」
「伊犂江グループっていえば、防衛隊の
――このサイバックパークは、ゴーサイバーの秘密基地でもある。それを知っている彼女達は、今回のショーが企画された経緯にも明るかった。
伊犂江グループの存在は、人類の命運を預かる防衛隊にも、大きな影響を及ぼしているのだ。
「ま、そのおかげで私達が大儲け出来るんだから良しとしましょ!」
「姫路家に金儲けする必要なんてないでしょうに……。単にあなたが楽しみたいだけでしょ」
「そ、そんなに上手く行くでしょうか。あんなに大きな会場、初めてで……緊張します」
「別に実戦じゃないんだから、畏る必要なんてないでしょ。……皆が応援してくれるのは、素直に嬉しいしね。金儲けのダシにされてる感じは癪に障るけど」
伊犂江グループの干渉に、キナ臭い気配を感じつつ。舞は空を仰ぎながら、温泉の程よい温もりを堪能している。
「舞は固いなぁ〜。もっと今の状況を楽しまなきゃダメよ。せっかく一躍人気ヒーローになったんだから」
「だからと言って、猛君みたいにノリノリでも困りますよ」
「あはは、確かにね〜。今頃、同志をひっ捕まえてヒーロー談義してたりして」
「も、もう……それじゃ同志さんがのぼせちゃいますよ」
だが。春歌や凛が言及している存在――唯一この場にいない、ヒーロー部のエースのことが。今は、気掛かりだった。
「彼ならやりかねないところが、なんとも恐ろしい限りね……」
何しろ、一躍伝説となった「レヴァイザー」の実態は――超が付く、特撮マニアなのだから。
◇
その頃。男湯の内湯に浸り、汗を流している炫は――水面を見つめながら、物思いに耽っていた。
(今まで禁じられていた……か。そこに疑う余地がなかったなら、気兼ねなく今日を楽しめたろうに)
サイバックパークに来た時から、彼の頭を支配していた事案。
それは、今までこのようなアミューズメント施設に来ることが許されていなかった優璃が、16歳になったことで許容されるようになった件に絡んでいた。
――昨年。林間学校に行く途中だった炫達は、デスゲームと化した「DSO」への参加を強制される……という奇怪な事件に巻き込まれたことがある。首謀者の名を取り、「ギルフォード事件」と呼ばれているサイバーテロ事件だ。
当時、現場に潜伏していたFBI捜査官(現在は喫茶アトリのバリスタ)のアレクサンダー・パーネルの助けもあり、無事に全員生還出来たのだが――首謀者のアドルフ・ギルフォードは死亡し、事件の真相も伊犂江グループの権力により握りつぶされてしまった。
3年前、伊犂江グループは秘密裏に「DSO」の開発費をギルフォードに提供していた。殺人ゲーム開発の片棒を担いでいた――という事実の隠蔽を謀ったのだ。
(ギルフォード事件に深く干渉していた会長が、オレのことを調べていないはずがない。本来、秘密を知っているオレは邪魔者なはず……。なのに排除するどころか、伊犂江さんと一緒にここまで遊びに来ることを許すなんて……一体、会長は何を企んでこんな……)
被害者達は全員、当時の記憶を失っている。だが、ギルフォードを倒してゲームを強制シャットダウンすることで脱出していた炫だけは、デスゲーム世界での出来事全てを鮮明に覚えているのだ。
真相を隠したがっている伊犂江グループにしてみれば、間違いなく邪魔者であり、口を封じねばならない存在……の、はずなのだが。
事件が終息してから年も明けたというのに、全くそのような動きがないのである。
それどころか、令嬢である優璃と一緒に、アミューズメント施設に行くことまで許している。ヒーローショーの優待券が3枚あるということは、伊犂江グループの方から誘われているに等しい。
炫から見れば、敵からもてなされているような状況である。そんな中にいる以上、警戒せずにはいられない。
一体。このヒーローショーに、どのような意図があるというのか。彼らは、何を企んでいるというのか。
「ヒーロー、か……」
独りそう呟く炫は、視線を落とし――デスゲームから全員を救出するため、仮想世界でギルフォードを殺した自分の手を、暫し神妙に見つめていた。
(オレの選択は……本当に、正しかったのかな……)
――かつて、自分の恋人を死に追いやった悪魔のゲーム。それに関わっていながら、知らぬふりを続ける伊犂江グループ。
そんな彼らの「姫君」である優璃と、このまま仲の良い友人でいられるのだろうか。いていいのだろうか。
自分の選択は、正しかったのか。そう逡巡する炫の思考は――次の瞬間、唐突に遮られてしまった。
「おっ! もしかして、ヒーローショー見に来た人ですか?」
「えっ……?」
ヒーロー、という単語に反応したのか。金髪を短く切り揃えた華奢な少年が、炫の隣に座り込んで来る。歳は、中学生くらいだろうか。
かなりのヒーロー好きであることは、その眼の輝きが雄弁に語っていた。
「き、君は……?」
「僕は
「あぁ……うん、ショーね。オレも結構、楽しみにしてるんだ。……オレは飛香炫。よろしくね、猛君」
「炫さん、ですか。炫さんは誰推しなんですか? 僕はやっぱりセイントフェアリーで――」
猛と名乗る少年は、よほど今回のショーが楽しみだったらしく――嬉々とした表情でヒーローや特撮について語り始めていた。
そんな彼の絶え間ないマシンガントークを浴びつつ、炫は無邪気な少年の横顔を微笑ましく見つめる。
(かわいい……中学生くらいかな? せっかく楽しそうにしてるんだし、もうちょっと聞いていてあげようか)
――あんまり長いと伊犂江さん達が心配するだろうけど、少しくらいなら大丈夫だろう。
そんな
「――ってなわけで、ヒーローといえば名乗りと決めポーズ! これはもはや常識なんですよ! それでやっぱりイチオシの特撮映画といえば……あらっ? 炫さん?」
「……あ、あへ……」
茹で蛸のようにのぼせるまで、彼に付き合う羽目になっていた……。
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