最終話 男の名はサイバードラゴン


 ――薄暗く、モニターの光だけに照らされた空間。地球防衛隊の高官が集う「作戦指令室」であるここには、数人の男達が顔を突き合わせている。

 本来ならこの指令室に集まるような人間は皆、大勢の部下達の命を預かり作戦を指揮する、高潔な軍人ばかりである。


 だが、今ここにいる彼らは――そのような大義や使命感からは程遠い、私欲に塗れた俗物であった。


「全く……何が孤高のドラゴンナイトファイターだ。口先ばかり達者な木偶の坊めが」

「まぁまぁ、そう仰らずとも。おかげで『苗床姫』も随分、サイバーレッドに熱を上げてくれたようですし……良しとしようではありませんか」

「その通りですな。ふふ、マクファーソン伯爵の悔しがる顔が、目に浮かびますよ」


 悪辣な笑みを浮かべる彼らは、モニターに映るラティーシャ・マクファーソンの姿を、獣欲に爛れた眼差しで見つめていた。

 先日の戦いも上空から撮影していたらしく、彼女が「変身」により生まれたままの姿になる一瞬まで捉えている。彼らは全員、そのあられもない姿をねぶるように凝視した。


「しかし中佐、あなたもなかなか悪どい策を立てなさる。ドラゴンナイトファイターに『苗床姫』の情報を流し、ゴーサイバーにぶつけさせるとは……」

「奴がゴーサイバーを倒して『苗床姫』を孕ませれば、より精強な次世代ヒーローを産み出せる。防衛隊の駒ゴーサイバーが奴を倒してマクファーソン伯爵に恩を売れば、『苗床姫』の方から子を産みたいと擦り寄ってくる。……何も悪どいことはない、人類の未来を賭けた崇高な作戦ですよ」

「おぉ、確かにその通りですな……ふふ、これは大変失礼」


 ――そう。サイバードラゴンとゴーサイバーの戦いは、彼らによって仕組まれていたのだ。勝敗がどちらに転んでも、「苗床姫」ことラティーシャが、自分達の手中に収まるように。


「……そうですとも、これは正義の為。ゆえに多少の見返りは望んでも、罰は当たらんでしょう。例えば……『苗床姫』に、我々の子も産んでもらう、とか」

「ほぉ、名案ですな。正義の為に戦ってきた我らの子孫を身籠もる……これに勝る栄誉はありません。彼女も、悦んで我らに奉仕することでしょう」

「ちょうど今の雌犬ペット共にも飽きてきた頃ですし……まさに、食べ頃という奴ですな」


 彼らは、さも「日常」の一部であるかのように、自分達の悪業を語る。


 ――前線に立つ女性隊員。防衛隊に与する変身ヒロイン。オペレーター。養成学校の女子生徒。

 それらの中から、見目麗しい「オンナ」を見つけては。彼らは権力に物を言わせ、媚薬で慰み者にして来たのである。外部に恋人がいようが、人妻であろうが、高潔な軍人の娘であろうが関係ない。

 彼らは自分達の欲望を阻む障害全てを、地位という絶対的な強制力で捩じ伏せてきたのだ。


 その毒牙は今、平和を願い戦場に散った「聖女」の忘れ形見――ラティーシャへと向かっている。


「しかしその場合、ゴーサイバーはどうしますか? 綺麗事ばかりを振りかざすあの連中が、そう容易く『苗床姫』を差し出すとも思えませんが」

「その時はメンバー全員、我々の雌犬にしてやればいい。……やりようなら、いくらでもありますからな」

「ハッハハハハ、それはいい。是非一度、あの娘達を抱いてみたかったのですよ。特に、あのサイバーピンクは美味そうな体をしていますからな……」

「ふふ……なら、いずれサイバーレッドに見せて差し上げましょうか。我々の雌奴隷に成り下がった、自分の仲間達を」


 さらに、その欲望の矛先はゴーサイバーにまで向けられていた。


 どちらに転んでも……という作戦だったとは言え、彼らは九分九厘、サイバードラゴンが勝つと思い込んでいた。その下馬評を覆し、汛龍介を破ったゴーサイバーは、彼らにとっては危険因子となっていたのである。

 危険因子ならば、その戦力を削ぎ解散に追いやればいい。その暁には、女性メンバー全員を、新たな慰み者にしてやろう。


 そのような下衆な計画と思想が、この指令室を席巻した――その時。


「――机上の空論しか語らない上層部か。実に、防衛隊ここらしい有様だな」


 突如、ドアが轟音と共に蹴破られ。薄暗い指令室に、外部の光が差し込んでくる。その光明を背に浴びる、屈強な男は――凄まじい眼光で、指令室を汚す高官達を射抜いていた。


「……!?」

「き、貴様……ドラゴンナイトファイター!? な、なぜ生きッ――!」


 その奇襲に、一人が声を上げる瞬間。男の頭が、脳漿を撒き散らし弾け飛ぶ。

 この場に現れた、地獄からの使者――汛龍介の片手には、血塗れのアサルトライフルが握られていた。その銃口からは、か細い硝煙が立ち昇っている。


「ひ、ひひぃいい!」

「け、警備兵は何をしておるかッ! 緊急事態、緊急事態なんだぞ! 誰かおら――!」


 そのライフルが、警備兵から奪った装備であることは、少し考えれば分かりそうなものだが。パニックになっている上、荒事からも長らく離れていた高官達には、辿り着けない結論であった。

 また一人、言い終えない内に眉間を撃ち抜かれてしまう。


「無駄だ。警備兵なら、とっくにオネンネしてる頃さ。……あぁ、心配せずともそいつらは気絶しているだけだ。鼻の一本や二本は、へし折れているかも知れんが?」

「き、貴様ァ! どうやって生き延びたか知らんが、こんな真似をして許されるとでも思うのか!」

「そ、そうだ! それに貴様、人間は絶対に殺さぬという信条はどうし――!」


 さらに、一人。

 乾いた銃声が響く度、命が失われていく。とうとう、高官は残り一人となってしまった。


「あぁ、そうだとも。俺は人間は殺さん。俺が狙うのはあくまで、怪人と……俺以外のヒーローだけだ」

「な、ならばなぜ……!」

「誰がヒーローで、誰が怪人で、誰が人間か。……それを決めるのは、少なくともお前達ではない。そういうことだ」

「あ、悪魔め……! お前こそ、お前こそ怪人だ!」

「悪魔? 怪人? ――違うな」


 もはや自分は助からない、という悟りゆえか。自暴自棄ゆえか。最後の高官は臆することさえ諦め、眼前の男を糾弾する。


「俺は――『サイバードラゴン』だ」


 その一切に、耳を貸さず。


 汛龍介は、引き金を引いた。


 ◇


「よう、終わったか」

「……まぁな」


 エルヴェリック号の戦い。そして、「苗床姫」を巡る一連の騒乱。その黒幕に引導を渡し、汛龍介は指令室を後にする。

 その先では、壁に背を預け腕を組む、一人の青年が待っていた。龍介の仲間であるらしく、彼は馴れ馴れしい口調で声を掛けてくる。


 ――金色の髪を背中まで伸ばした、碧眼の美青年。年齢は、二十代後半くらいだろうか。

 漆黒のトレンチコートに身を包む彼は、不敵に笑いながら――その手に握るハンドガンを、これ見よがしに揺らしている。


 さらに。彼らの周囲には、激しい殴打により気絶に追い込まれた警備兵達が、死屍累々と横たわっていた。何人かは微かに意識があるのか、呻き声を上げている。


「しかし、警備兵は誰一人死なせず気絶させろ――とは、また随分と我儘な要求をしてくれたな」

「俺が定義する人間は殺さん。それが俺のルールだからだ。反する者は、誰だろうと叩き潰す」

「……んじゃあ、あの雌犬ちゃん達は人間には当てはまらなかったわけだ」


 金髪の美青年は、返り血に塗れた自分のハンドガンと――隣の部屋から流れ出る血の池を、一瞥する。

 その入り口からは、倒れたまま動かない女性達の手足が覗いていた。


「あのクズ共が使う媚薬は、多用すれば精神を破壊され回復不能に陥る。雌犬にされていたあの娘達はもう、ヒーローとしても人間としても生きてはいけん身だ」

「ふぅん……? ま、俺は久々にクリティカルなヘッドショットが出来たから、いいんだけどな」


 雌犬――にされていた女性達の介錯を任されていた青年は、手中にあるハンドガンを弄びながら、素っ気なく呟く。

 そんな相方の狂気を一瞥し、龍介は苦々しい表情で背を向けた。


「……お前もやはり、人間とは言い切れんな」

「おいおい、サイバードラゴンのスーツを作ってやった俺を怪人呼ばわりか? 使える怪人の屍肉パーツやゴーサイバーのデータを揃えてやったのも、お前の為なんだぜ?」

「だから礼がわりに、こいつを拾って来てやったんだろうが。ホラ」


 その時。龍介は背を向けた状態のまま、ある物を青年に投げ渡した。咄嗟にそれをキャッチした青年の手には――紫色に妖しく輝く、一枚のメダルが収まっている。


「……っと。へへ、案外話がわかるじゃねぇか」

「あの孤島に潜んでいた怪人達が持っていた。デザイアメダル……だったか?」

「あぁ。こいつがありゃあ、最高にエキサイティングで、スリリングなゲームが出来るのさ」


 それを手にした青年は、ハンドガンを投げ捨て上機嫌な声を上げる。ヒトの倫理から外れた碧い眼を前にして、龍介は鋭い眼光で青年を射抜いた。


「何をしようとお前の勝手だが……せいぜい、子供の爆発力を見くびらないことだ。何が飛び出すかわからんからな」

「はッ、お前じゃあるまいし。心配すんな、俺のゲームは絶対に崩れねぇよ」

「スペンサー。命を賭けた実戦に、絶対などありえん。FBIの精鋭すら弄んだアドルフ・ギルフォードが、ガキ一匹・・・・に敗れた事態を、お前は当時から予見していたか?」


 すると。スペンサーと呼ばれた青年から、一瞬のうちに「嗤い」が消え去った。彼はじろりと龍介を見遣ると、己の懐に手を伸ばす。


「……痛いとこ突くねぇ。じゃあ一つ、礼がわりに見せてやるよ。俺の力と、このメダルの力が合わされば――」


 そこから現れたのは、携帯ゲーム機――に見える、ベルトのバックルであった。彼は鼻を鳴らし、それを腰に当てる。


「――誰にも邪魔できない、最高で最強なゲームが出来上がるってな」


 すると、携帯ゲーム機の両端からベルトが伸び――彼の腰に巻きついてしまった。


 そして。スペンサーの指先が、ボタンに触れる瞬間。


Set upセタップ!! Secondセカンド generationジェネレーション!!』


 ベルトから響き渡る電子音声が――「新たな戦い」と。「ゲーム」の始まりを、告げるのだった。


 ◇


 ――東京、晴海ふ頭公園。

 蒼く澄み渡る海原を一望出来る、その憩いの場を目指して……伊葉和士は、歩みを進めていた。


(……凪……)


 あのエルヴェリック号事件の後。青い「着鎧甲冑」の存在をラティーシャから聞かされた彼は、乗客名簿の中に「海原凪」の名を見つけていた。

 すぐさま自分が持てる全ての人脈を駆使して、その足取りを辿った先が――ここなのである。


 サイバードラゴンの砲撃で死んだ、などという可能性は最初から考えていなかった。

 ――海原凪は、必ず生きている。願望などではない確信が、彼の胸の内にはあったのだ。


(俺は、また……お前に助けられていたんだな。全く……世間知らずのバカのくせに、俺の面倒ばっかり見ようとしやがって)


 どんな名声より、賞賛より、報酬より、待ち望んだ再会。それを目前に控え、彼の思考はぐるぐると巡り続けていた。


 ――顔を合わせたら、最初になんて言ってやろう。「心配かけさせやがって」、「今までどこほっつき歩いてやがった」、「天坂結友あまさかゆうさんも会いたがってるんだぞ」。

 言葉を選ぼうとすればするほど、文句ばかりが浮かんでくる。そんな悪態をつくつもりなど、微塵もないというのに。


(……いや、俺のことはこの際構わない。が、天坂さんを振り回したことについては、ガツンと言ってやらなきゃな)


 だが和士は敢えて、悪態をついて困らせてやろう、と企んだ。散々気を揉んだ分、発散してやろうという魂胆だ。


(……その後は。別れてから今までのこと、全部話そう。多分、あいつなら最後まで聞いてくれるよな)


 その一方で。別れてから今に至るまでの積もる話に、時間を忘れて熱中しようとも考えていた。


 ――そう、結局は。それが、最大の望みなのだ。


 かつて凪に望まれた「名誉」は。そこから繋がって行き、辿り着いた「今」は。他の誰でもなく、彼にこそ誇りたいと。


 ――伊葉和士は心の底から、そう願い続けてきたのだから。


「んぉ? ――おほぉ、和士くんじゃねぇべか! 久しぶりだべなぁ! 元気にしてただか!?」


「……」


「いんやぁ、見ねぇ間に随分とおっきくなっただなぁ! おらも鼻ぁ高いべ!」


 ――やがて、辿り着いた晴海ふ頭公園で。独り釣りに興じていた、ボロ布を纏う小麦色の青年は。


 出会った頃と何ら変わらない、季節感のカケラもない格好と。「にへら」というだらし無い笑顔で、和士を出迎えていた。


「……っ!」


 ――もう、それだけでダメだった。並び立てた言葉も、用意していた話の順番も。何もかもが、頭から吹き飛んでいく。


 和士は、ただ走る。親友に向かい、ひた走る。その胸中を察する青年は、変わらず朗らかに笑いながら――彼を受け止めていた。


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