第5話 天翔ける勇者達


 ――仰向けに倒れた状態から跳ね起き、サイバードラゴンは距離を取りながら再び身構える。そんな彼に対し、「救済の超水龍」は自然体のまま視線だけを彼に向けていた。


「ふん……腕に覚えはあるようだが、所詮は非戦闘用。俺の邪魔などできるはずもない」

「邪魔って言われても……。おらはただ、みんながあんたを怖がって逃げ回ってったから、止めさせに来ただけなんだが……」

「止めさせる、ねぇ。大層自信に溢れた台詞だが……俺の力を前にして、同じことを抜かせるか?」


 ペースを飲まれないよう、威勢を保ちつつも。サイバードラゴンは不用意に踏み込めず、「救済の超水龍」に対し距離を置き続けていた。

 接近戦で翻弄されるなら――戦い方を切り替えるのみ。少なくとも「着鎧甲冑」に、飛び道具はないのだから。


「……!」

「い、いけない……!」

「さぁ、止められるものなら止めて見な!」


 一気に夜空へ急上昇し、サイバードラゴンは砲門を展開する。手加減抜きの、一斉放火だ。


「……お嬢ちゃん、下がってるだ」

「えっ!?」

「早く!」


 サイバードラゴンの雰囲気からそれを察した「救済の超水龍」は、声色を

低くくぐもったものに変えると、庇うようにラティーシャの前に立つ。


「下がらせる必要はないさ、狙いはお前一人だからな!」

「……」

「だ、ダメぇぇえッ!」


 そして「救済の超水龍」が、彼女から離れるように素早く駆け出すと――彼の頭上に、無数の火炎弾が降り注ぎ始めた。

 ラティーシャから数十メートルほど離れたところで、斉射はさらにその勢いを増し――爆炎と轟音が絶え間なく繰り返されていく。

 激しい爆撃により船上は激しく炎上し、船体が傾くと同時に火柱が上がった。


「きゃあぁああッ!」


 その修羅場の中で、ラティーシャは悲鳴を上げうずくまる。――それから暫くの時が過ぎ、爆撃が止んだ後。


 火災だけが徐々に広がる中、恐る恐る顔を上げた彼女の眼には――無残に破壊された、船上の様子が映されていた。

 先ほどまで「救済の超水龍」がいた場所も焼き尽くされており、彼の姿はもはやどこにもない。


 ――生存している、などとは微塵も思えない、凄惨な有様となっていた。


「あ、あぁあ……!」

「……牙もない者が、付け焼き刃な力でこの俺に歯向かうからだ」


 とうとう、死者が出てしまった。

 そう確信したラティーシャは、頬を濡らして嗚咽を漏らす。そんな彼女を上空から見下ろすサイバードラゴンも――仮面の下に、苦々しい表情を隠していた。


(……それにしても、まさか非戦闘用相手に切り札まで使うことになるとはな。得物すら持たない着鎧甲冑に、こうも手こずらされるとは予想外だった)


 本来なら、ゴーサイバーも含めて死人は出さないつもりだった。一斉放火も乗客が全員避難するまで待ったし、「着鎧甲冑」も奪うだけにするはずだった。

 ――予期せぬ伏兵に惑わされたとは言え、自分の信条を破る結果になってしまい、サイバードラゴンは深く落胆した様子で青空を仰ぐ。


「まぁ……それも終わりだ。伊葉和士のスーツとお前の身柄を回収すれば、俺の仕事もひと段落だ」

「ひどい……なんて、ことを……」

「案ずるな、さっきの奴を除けばまだ誰も死んではいない。……腰抜けの貴族共は、お前を置いてさっさと逃げ出したようだしな」

「……!」

「だが、それでいい……。無力な人間は殺さんのが俺の主義だ。リユニオンの怪人と一緒くたにされるのはかなわんからな」


 そんなサイバードラゴンを見上げ、ラティーシャは頬を濡らしながら叫び声を上げる。なぜ仲間同士で戦わねばならないのかと、嘆き悲しみながら。


「あなたは……防衛隊の者なのでしょう!? リユニオンと戦う、人類の味方ではないのですか!?」

「そうとも。俺が潰すのは、そのリユニオン。ひいては……俺以外の全てのヒーローだ。超人は、俺独りだけでいい」

「そんな……」


 だが、サイバードラゴンは。そんなラティーシャの真摯な想いに目を背け、あくまで己一人の力で「正義」を執行しようとしていた。


 ――だが。


「……独りだけの力でなんて、戦わせるわけにはいかないッ!」

「……!」


 それを許さぬ者達は、あくまで独りの強さを否定する。

 回復を果たし、エルヴェリック号へ帰還したサイバーレッド・サイバーブラック・「至高の超飛龍」の三人が、ついにこの場へ合流したのだ。


「来たか。……今度はまた随分と、数を揃えてきたな?」

「数だけは優っているからな。……独りきりで戦おうとしている、お前よりかは」

「汛、龍介。……私はもう、立ち止まりはしません。あなたと袂を分かつとしても、私は……私が信じる防衛隊の在り方に殉じます」


 先陣を切り、サイバードラゴンと対峙するサイバーレッド。そんな彼に続くように、サイバーブラックと和士も声を上げる。


「タツヤ様……! あぁ、タツヤ様……!」

「遅れてごめん、ラティーシャ。あとは、僕に……僕達に任せて!」


 その光景を目の当たりにして、ラティーシャは感涙と共に唇を震わせた。そんな彼女に、仮面の下から微笑を送り――サイバーレッドこと楠木達也は、戦線に復帰する。


「次から次へと……雁首揃えて、よく俺の前に立てたものだな。誰一人として、俺を破れなかったお前達が」

「確かに、僕達は……弱い。だけど、弱いからこそ集うことを辞さない。そこから繋がる力は……汛龍介、あなたにだって負けません!」

「なら……試してみるか? 何人掻き集めれば、俺を倒せるか!」


 互いに一歩も譲らない、サイバーレッドとサイバードラゴン。そんな彼らの様子を見つめ、ラティーシャは意を決して立ち上がる。


「皆様! 私の力――使ってください!」


 両手を振り上げた彼女の全身が、再び眩い輝きを放ち――その光が、戦士達へ分け与えられていく。


「……!?」

「これは……!」


 身体の芯から沸き上がる、力の奔流。それを感じ取り、彼らはラティーシャが持つ強化能力の威力を実感するのだった。


「ラティーシャ……ありがとう」

「はい! ……タツヤ様、ご武運を」

「……うん!」


 ――とりわけ。最愛の少年に捧げる強化バフは、一際強力なものであり。確かな献身を感じ取ったサイバーレッドは、親指を立てて勝利を約束する。


「ち、あの娘の強化能力か。……だが、元が弱い奴に強化を施したところで、状況は変わらんぞ!」


 そんな彼らの姿を、上空から見下ろし。サイバードラゴンは形成の変化を感じつつも、気圧されぬよう砲撃を再開する。


「当てるッ!」


 ――そんな彼の砲台が、船上を再び捉える瞬間。その砲口の中に、サイバーライフルの光弾が直撃した。

 内部機構を破壊され、二門ある砲台のうちの一つが破壊される。


「……腕を上げたな。だが!」


 だが、それだけではサイバードラゴンは止まらない。残りの一門による砲撃で、サイバーブラックを爆炎の渦に叩き込む。


「うぐぁあッ!」

「霞さん!」

「いかん、達也君ッ!」


 それに気を取られたサイバーレッドを、第二射が襲う。最も警戒すべき敵を確実に仕留めるべく、放たれたその火炎弾は――咄嗟に彼を庇った「至高の超飛龍」により阻まれた。


「うあ……ッ!」

「か、和士さん!」


 火炎弾の直撃を浴び、転倒する「至高の超飛龍」。ラティーシャの強化を受けても埋めきれない力の差が、ここに顕れていた。


「ふん……元々軟弱な奴が力を得たところで、所詮はこの程度。倒れるまでの時間が、僅かに伸びただけだったな」

「く……!」

「さぁ、どうする坊主。俺を引きずり下ろさなきゃあ、その拳すら届かんぞ」


 仮面の下で唇を噛み締め、サイバーレッドは上空を見上げる。その時、「至高の超飛龍」が絞り出すような声で語りかけてきた。


「……引きずり、下ろす必要なんか……ないさ! 達也君、これを使え!」

「和士さん……!?」


 そして、震える両足で立ち上がり――自身の飛行ユニットをパージした。すると、自律飛行で宙を舞う機械の翼が、サイバーレッドの背後へ移動する。


「……わかりました! この翼、お借りします!」


 そこから「至高の超飛龍」――和士の意図を察したサイバーレッドは、サイバープロテクターをパージすると、その代わりとして黄色い飛行ユニットを自分の背に纏う。


『Sailing up!! FalconForm!!』


 その直後に響き渡る電子音声が――サイバーレッドのさらなる「進化」を宣言していた。


「サイバーレッドの飛行形態ファルコンフォーム、だと……!」

「はぁッ!」


 戦える力を持ったヒーローであるゴーサイバーが、戦えないヒーローである「着鎧甲冑」から装備を譲り受ける。その予想だにしなかった事態に、サイバードラゴンが息を飲む瞬間。

 地を蹴りバーニアで急上昇したサイバーレッドが、五芒星の柄を持つつるぎ――「スターアタッカー」の一閃を叩き込んだ。それはまるで、夜空を駆け上る流星のように。


「ぐおッ……!」

「でやぁあぁあッ!」


 その勢いのまま、サイバーレッドはサイバードラゴンを連れ、遥か空高くへ舞い上がっていく。

 やがて、緩やかにスターアタッカーの刀身が腹から離れ――彼らの間に距離が生まれて行った。


 僅かな加速で、簡単に間合いを詰められる絶妙な間合い。その中で対峙する二人の戦士は、夜空を舞台に雌雄を決しようとしていた。


「……見事だな。俺を倒す、などと宣うだけのことはある」

「……」

「だが、それでもお前は守られるべき

『子供』だ。その細い肩に、人類の命運は重過ぎる」


 仲間と共に、人々を救う道。ただ独りで全てを穿ち、人類を守る道。

 行き着く先が同じでありながら、対極のイデオロギーに生きる彼らは、互いに引く気配を見せることなく――構え合う。


「それでも僕は……『子供』だとしても。目の前で苦しんでいる人を、仲間を、見放すわけにはいかないんだ。そんなことが容易く出来てしまう人間なんて、あなただって守りたくないでしょう!」

「……どこまでも、強情なガキだ。いいだろう。それならお前が『子供』でも、『大人』に代われる強さがあると――今ここで証明してみせろ」


 そう。この戦いはもう、「大人」と「子供」によるものではない。対等の信条と誇りを秘めた、戦士達の果し合いなのだ。


「わかりました。――行きます」

「来い、坊主。いや――楠木達也」


 それを認めるように。サイバードラゴンは、呼び方を改め。


「おぉおぉおぉあぁあぁッ!」

「ぬぁあぁあぁぉおぉおッ!」


 ――少年を、討つべき戦士と見なし。雄叫びを上げ、必殺の覚悟を以て鉄拳を振るう。その突撃に、少年はスターアタッカーの一閃で応えた。


 鋭利に研ぎ澄まされ、鍛え抜かれた独りの力。仲間達と共に支え合い、寄り添い合い、育んだ力。その双方の「正義」が「けん」と「けん」の形を借りて、激突した。


「タツヤ様……タツヤ様ッ! 私の力、未来……全て、あなたに、捧げますッ!」


 ――だが。すでに、勝敗は決まっている。

 独りの力に、これ以上の強化バフはない。しかし、仲間達と共に歩むゴーサイバーの剣には――少女の祈りが、さらに強く宿るのだ。


「でぇぇえぃやぁあぁあぁあッ!」

「ぐぉッ……ぉぉおぁあぁあ!」


 サイバーレッドの剣が、黄金に輝いた――その時。唸る刀身が描く一閃は、全てを貫きサイバードラゴンを粉砕する。

 全身に亀裂が走り、翼をもがれ。天に近づきすぎた英雄イカロスが、地に堕とされるように。サイバードラゴンの体が、力無く墜落して行った。


「……黄山ァ……これが、独りの、弱さ、か……!」


 ――刹那。彼の脳裏に、袂を分かった戦友の背が過る。もう二度と届かない、その背に手を伸ばしながら。

 サイバードラゴン――汛龍介は。水柱を上げ、闇夜の海中に没するのだった。


 その様子を、暫し神妙に見下ろしながら。死闘を制したサイバーレッドはスターアタッカーを腰に納め、静かに船上へと着地する。


「……汛、教官……」

「やったな……達也君」


 そんな彼の勇姿を、和士は暖かく出迎える。一方、霞は複雑な面持ちで、かつての師を沈めた海原を見つめていた。


「タツヤ様ぁっ!」

「うわぁっ……と!?」


 ――すると。感極まった表情で、ラティーシャがサイバーレッドの胸に飛び込んできた。すでに変身を解き、素顔を露わにしていたサイバーレッド――もとい楠木達也は、意表を突かれ目を丸くしている。


「タツヤ様、あぁ、ご無事でよかった……!」

「あはは……ありがとう、ラティーシャ。あの人に勝てたのは、君のおかげだよ」

「でも……この戦いは、元はと言えば私の……!?」


 そんな彼の胸に顔を埋めながら、ラティーシャは幼子のように啜り哭いていた。それを受け、達也は気を取り直すと、彼女の頭を優しく撫でる。


「確かに事の発端は、もしかしたら・・・・・・……君にあるのかも知れない。でも、君のおかげで僕達が勝てたのは紛れも無い・・・・・事実。それで、十分じゃないか?」


 そして、ヒーローとしての慈愛を秘めた微笑を浮かべ。ラティーシャに在る「正義」を、肯定して見せるのだった。

 虐められ、善性も正義感も見失っていたかつての面影はもう、どこにもない。その頃の彼を知っているからこそ、ラティーシャは目の前にいる少年への愛を、より深めるのだった。


「……ずるいです……タツヤ様……」

「ずるくて結構。君を誰かに悪く言われるなんて、それこそたまんないからね」


 ――だが当の達也には、その想いに気づく気配がまるでなく。ラティーシャは達也に身を寄せたまま、深くため息をつくのだった。


「……私が申し上げてるのは、そういうことでは……」

「え? そ、そうなんだごめん。どういうことだったわけ?」

「……もう結構です! お鈍いタツヤ様には、当分ご理解頂けないことでしょうから!」

「え、えぇー……」


 拗ねても、ぷりぷりと怒り出しても。抱きついたまま離れないという、矛盾の極致。そんな彼女の言動に翻弄され、達也は困り顔で夜空を仰ぐ。


「全くあいつは……。もう、日本に帰ってからどうなっても知らんぞ」

「ははは……『英雄色を好む』って奴かな?」


 そんな彼に、霞がため息をつく一方で。和士はからかうように笑いつつも――真摯な眼差しで、達也の背を見守り続けていた。


(……防衛隊は一つ、計算違いを犯したな。例え彼らが結ばれても――楠木達也がいる限り、ラティーシャ様の子孫が防衛隊の思い通りになることはない)


 そして。いつしか彼は、達也の勇姿に――かけがえのない親友の背中を、重ねていた。


(彼のおかげで俺もまた、一つの未来を守れたよ。なぁ……なぐ


 ◇


 ――その頃。日本の東京は、昼下がりの時刻となっていた。


「……はっ!?」

「ど、どうしたのよかおる

「う、ううん……なんでもないの、ごめん芳香よしかちゃん」


 東京の小さな街角にある、「穴場」と評判のラーメン屋――「らあめん雨季あまき」。


 そこで仲間達と昼食を摂っていたサイバーピンク――桃井薫ももいかおるは、ボブカットの髪を揺らして席から立ち上がっていた。

 隣でラーメンを啜っていたツインテールの少女――サイバーブルーこと神宮寺芳香しんぐうじよしかは、そんな親友のただならぬ様子に、眉を潜めている。


「おん? どしたお客さん、えらく神妙な顔しちゃって。背脂足んなかった?」

「いえ、なんでもないです、ごめんなさい。あはは……」


 年若い店主代理の少年――「救済の超駆龍ドラッヘンストライカー」こと雨季陸あまきりくは、そんな客の様子に目を丸くしていた。


(達也君のことね……)

(全く彼は本当に……)


 きょとんとした表情で薫を見遣る陸。その様子を一瞥しながら、芳香の隣に座っていたサイバーグリーン――佐々木麗子ささきれいこと、サイバーホワイト――白墨しらずみマリアは、揃ってため息をついていた。


 彼女達二人は、すでに察していたのである。薫の「恋する乙女センサー」が、ラティーシャ・マクファーソンという新たな脅威をキャッチしたのだと。


(例の、マクファーソン伯爵のご令嬢……彼とは同級生だったんでしょう? 何事もなく終わるかしら……)

(……多分、無理だと思います)


 エルヴェリック号でのクリスマスパーティー中に起きた一連の騒動は、まだ日本には伝わっていない。それでも彼女達は、達也がラティーシャを(無自覚に)落とさないとは思えなかったのだ。


 ――そして。任務を終えた達也と霞が、無事に日本へ帰国した後。

 襲撃の件での会見で、ラティーシャがサイバーレッドへの感謝と愛を表明したことで、薫の予感は的中し。クリスマスを舞台に、壮絶な修羅場が巻き起こったのだが……それはまた、別の話である。


 ◇


 ――エルヴェリック号での死闘から一夜が明け、朝日が天に昇る頃。

 サイバードラゴンが潜んでいた無人島では、ある一人の青年が気ままに魚釣りに興じていた。


「いんやー、いい釣り日和だべ。こういう静かな島でまったりすんのも、悪かねぇべな。おっちゃん」

「……なぜ、俺を助けた」


 その青年の隣には――鍛え抜かれた肉体を持つ、一人の屈強な男が腰掛けている。

 見る者を威圧する眼光と顔付きの持ち主なのだが――「にへら」と笑いながら釣りに興じる青年は、全く怖がる気配もなく大らかに接していた。


「ん? ……おらぁただ、釣りしてたらおっちゃんが引っ掛かったから、引き上げただけだべ」

「お前……」


 ――彼らは、初対面ではない。素顔を突き合わせるのは初めてだが、すでに一度、敵同士として戦ったことがあるのだ。

 だが、釣りに勤しむ青年は、その時のことは全く気にしていないようであり――屈強な男の方だけが、それを意識しているようだった。


「……引き上げたのは、お前がレスキューヒーローだからか」

「うぇ? あはは、違ぇだよ。おらぁ、とっくにそんな資格なくしてるんだべ。だからヒーローなんかじゃねぇし……そうであってもなくても、おっちゃんを引き上げてただよ」

「では……なぜだ」

「んー……おらが、おらだから。ヒーローだとかそうじゃないとか、あんま関係ねぇって思ってるから……かな」


 ――本来なら、接点すらないはずの二人。だというのに、釣りの青年が呟く言葉の数々は、戦いにのみ生きてきた男の胸中に深く沈み込んでいる。

 まるで昨夜、自分の身を沈めた海原うなばらのように。


(ヒーローであろうとなかろうと……か)


 やがて男は口元を緩めると、自嘲するようにほくそ笑み――ゆっくりと立ち上がった。


「……名を、聞いておきたい」

「うん? あぁ、いいだよ。おらぁ、海原凪うなばらなぐって言うんだべ。おっちゃんは……あれっ? おっちゃん? おっちゃーん?」


 そして、青年の名を聞き出した直後。

 男は、一瞬にして――彼の前から、姿を消してしまうのだった。


 すでにジャングルの中へと消えていることにも気づかず、青年は男にご馳走しようとしていた魚を握り締め、右往左往している。


(……独りで十分、などと抜かしていたこの俺が……よりによって、牙のないレスキューヒーローに救われるとはな)


 そんな彼の様子を、一瞥した後。

 木陰に身を隠していた男は、この場から立ち去るように、ゆっくりと歩み始めていた。


(これが、笑わずにいられるか? ――なぁ、アレクシア)


 孤独に生きようとする自分に、なおも手を差し伸べる。そんな青年――海原凪にいつしか、男――汛龍介は。

 何度拒まれても自分を救おうとし、やがて戦火に散っていった、新年戦争時代の戦友――「マクファーソン夫人」ことアレクシア・マクファーソンの生き様を、重ねていたのだった。


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