第4話 DIE変身
「変身ッ!」
「変身……!」
戦いの火蓋は、切って落とされた。達也と霞はサイバーレッドとサイバーブラックに変身すると――光の剣「サイバセイバーⅡ」を振るい、一気に斬り掛かる。
「ハァッ!」
「とあッ!」
アメリカ支部の訓練で鍛え、研ぎ澄まされた剣技。その一閃は防ぐ暇すら与えず、サイバードラゴンの胸に命中した。
「な……!」
「ぐっ……!」
「――どうした、中條。お前の力は……お前が鍛えたガキは、こんなものか?」
……が。まるで通じる気配はなく。そればかりか怯む様子さえ見せず、サイバードラゴンは雄々しく立ち続けていた。
その直後。全てを薙ぎ払うかのように、黒い豪腕が振るわれ旋風が巻き起こる。
「あっ……ぐ!」
その風圧に耐え忍ぶサイバーレッドの腹に――容赦を知らない鉄拳が突き刺さった。
「ぐはぁあッ!」
「楠木達也! ――くッ!」
激しく吹き飛ばされ、転倒するサイバーレッド。そんな彼を庇うように立ち、サイバーブラックは射撃兵装「サイバーライフル」を構える。
一瞬にしてサイバードラゴンの眉間を捉え、ブラックはその引き金に指を掛ける。
「ぬぅあッ!」
だが――光の弾丸が閃き、急所を撃ち抜く寸前。サイバードラゴンは避けるどころか、その弾丸に真っ向から頭突きを放った。
刹那、眉間を中心に波動が広がり――圧倒的衝撃力により、光の弾丸は持ち主に返されてしまう。
「跳ね返ッ――!? ぁあぁッ!」
敵を撃ち抜くはずだった自分の弾に襲われ、サイバーブラックの胸から火花が噴き上がる。悲鳴を上げて転倒した彼女に、サイバーレッドが駆け寄って行った。
「霞さんッ!」
「雄の生存競争は古来から、誰が早く雌の卵子に辿り着くかで決まる。……守りたい雌がいるなら、雄らしく戦ってみろ」
「……くッ、ぉおあぁあッ!」
――このままでは、勝負にならない。そう判断したサイバーレッドは、紅い電光に身を包み――四肢を固める強化装甲を装備した。
サイバーレッドの固有武装である、「サイバープロテクター」である。
「ほう……そいつを引っ張り出してきたか。面白い」
「あの子を……これ以上、あなた
防衛隊にも、汛龍介にも、ラティーシャは渡さない。その決意を胸に、サイバーレッドは鋼鉄の拳を撃ち放つ。
先ほどまでとは桁違いの拳打を浴び、不動を貫いていたサイバードラゴンの牙城が、ついに揺らめいた。
「ぐぉおッ……!」
「――ぉぉおぉおッ!」
その様子と拳に伝わる確かな手応え。そこに勝機を見出し、サイバーレッドは一気に攻勢に転じる。
壮絶な打撃音が夜空に轟き、絶え間なく土埃が舞い上がる。それが止む時、サイバーレッドは荒い息を漏らしながら、埃にまみれたサイバードラゴンを見据えていた。
「は、はぁ、はぁっ……!」
「……く、ふふ。いいな、悪くない。曲がりなりにも、ジェノサイザーを倒しただけのことはある。黄山の見込みも、あながち間違いではなかったのかも知れんな。……ようやく、俺もその気になれる」
「……!?」
だが。
戦況は何一つ、優位にはなっていなかったのである。今のサイバードラゴンにとって、これまでの太刀合わせは「戦い」にすら値しないものだったのだ。
それを示すように――サイバードラゴンは深く腰を落とし、身構える。そして、さながら空手の型のような動きで、拳を振るう瞬間。
「――
その呟きと共に――サイバードラゴンの全身が、黒い靄に覆われて行った。蛇のように体に巻きつき、男の全身を飲み込んで行くそれを目の当たりにして――サイバーレッドとサイバーブラックは、かつてないプレッシャーを感じていた。
――そして。その靄が、晴れた頃には。彼らの眼前に立つサイバードラゴンは、さらなる異形へと「大変身」していたのである。
「……翼!?」
「さぁ……続けようか? 坊主」
西洋の伝承に在るドラゴン。その姿を連想させる、機械仕掛けの翼は――さながら、飛龍のようだった。しかも両肩には、2門の砲台まで備えられている。
サイバードラゴン「
「くっ……!?」
その勢いに、サイバープロテクターの重みがあるはずのサイバーレッドが、体勢を崩した。サイバーブラックに至っては立つことすら叶わず、片膝をついてしまう。
(……まずいッ!)
だが、これまで以上に強力になった上、翼まで得たサイバードラゴンに隙を見せるなど自殺行為に等しい。そうと知りながらも、あまりの猛風に身動きが取れず――2人は、急速に接近してきた飛龍の鉄拳を浴びてしまうのだった。
「ぐわぁぁあァッ!」
「ぅああぁあッ!」
その痛烈な一撃に悲鳴をあげ、2人は草原の坂を転げ落ちていく。
プロテクターを持たない分、サイバーレッド以上にダメージを受けていたサイバーブラックは、胸に迸る痛みと衝撃により焦燥を募らせていた。
(いかん……! 最小限の装備しか持っていない現状では、奴と同じ土俵には上がれない! ウイングアーマーがあればこんなことにはッ……!)
今回、2人はアメリカ支部での研修のため、最低限の装備だけを持って日本を離れていた。研修が終われば、すぐさま日本に帰る予定だったからだ。
だが思わぬタイミングで護衛任務が入り、このような事態に陥ってしまった。飛行ユニットのウイングアーマーなら、サイバックパークにあったというのに。
「霞さんッ!」
「――!」
自分の判断ミスが招いた窮地と、元教官と戦わねばならない事実への焦り。その二つに襲われたサイバーブラックは、目の前を見失っていた。
――そう。サイバードラゴンの両肩から放たれた、猛炎の砲弾を。
彼女がそれに気づいた時――火炎弾はすでに、彼女を庇ったサイバーレッドの背に直撃していた。
「あっ……があぁあッ!」
「く、楠木達也ッ!」
背部に伝わる、身を焦がすような熱。その痛みに悲鳴をあげ、サイバーレッドは両膝から崩れ落ちていく。
ミスを重ねてしまったサイバーブラックは、動揺した声を上げながら咄嗟に彼の体を抱き留めた。
「……お前も堕ちたな、中條。ガキを残して早々にリタイアした挙句、今度は足手まといか」
「……ッ!」
上空から響いてくる、容赦のない責め。その言葉に唇を噛み締めつつ、サイバーブラックはキッと睨み上げた。
だが、その視線に晒されながらも、サイバードラゴンは余裕を崩さない。
「とはいえ、久しぶりに悪くない戦いだった。その奮闘に免じて、命だけは助けてやる。――もう二度と、大人の前でヒーローごっこはやらないことだな」
「……ま、待てッ……!」
やがて、自分の勝利を確信してか。サイバードラゴンは攻撃の手を止めると、2人に背を向けてしまった。殺す価値にすら及ばない、と言外に宣告するかのように。
「さ、俺は為すべきことを果たすとしよう。じゃあな」
そして、震える手を伸ばすサイバーレッドを、振り切るように。サイバードラゴンは鋼翼を広げ、瞬く間に飛び去ってしまった。
その行先は当然――エルヴェリック号だ。
「く……くそッ!」
「楠木達也、迂闊に動くな! 傷に障る……!」
「約束したんです、あの子と! ……すぐに、戻るって!」
「貴様……」
それを受け、サイバーレッドは傷を押してサイバードラゴンを追おうとする。だが、灼熱の砲弾に身を焼かれた今では、満足に動くことすら叶わなかった。
それでも彼は、サイバーブラックの制止を振り切り、這ってでも飛龍を追おうとする。全ては、あの少女の運命を変えるために。
「……わかった、だが無理だけはするな。貴様に庇われた挙句に死なれては、今度こそ防衛隊は面目丸潰れだ」
「霞さん……」
「教官……いや、汛龍介も、我々が追ってくることは想定内のはず。焦りは禁物だ」
その頑固さと、我の強さに。思わずかつての教官を重ねてしまったサイバーブラックは、ため息をつくとサイバーレッドに肩を貸す。
そして、自分自身に言い聞かせるかのように、「急いてはならない」と諭しながら。その足を、来た道の方向へと向けていた。
「……高速艇に戻るぞ。戦う前に、まずは貴様の手当てだ」
「はい……」
「案ずるな。こういう時のために伊葉殿がいるんだ。簡単に、ラティーシャ様が奪われることはない」
もはや、和解はあり得ない。戦うしかない。
その現実と向き合い、戦いながら。サイバーブラック――中條霞は、サイバーレッド――楠木達也のために、応急手当てを施そうとしていた。
かつては民間人上がりと見下していた、少年のために。
(ラティーシャ……無事でいて……!)
――そんな彼女の胸中をよそに。ラティーシャの身を案じるサイバーレッドは、仮面の下で歯を食いしばるのだった。
◇
「きゃあぁあーッ!」
「に、逃げろぉぉお!」
「防衛隊は何をしてるんだ!?」
――エルヴェリック号の前に突如現れた、禍々しい飛龍の戦士。それを目の当たりにした乗客達は、彼が何もしないうちから騒然となっていた。
その人混みの中、パーティの中心人物であったアーヴィンド・マクファーソンは――防衛隊の関与を匂わせるサイバードラゴンの姿に、かつてない憤りを覚えていた。
(あのスーツは……! くっ、貴様らはそうまでして、ラティを弄びたいのか!? 妻の想いは……一体、何のために!)
立ち止まり、拳を震わせるアーヴィンド。今この瞬間も、彼の周囲では人々が逃げ惑っている。
「あのような化け物が来たということは、防衛隊も……! なんと使えん奴らだ!」
その力無い者達の間からは、ゴーサイバーへの不満が噴出していた。サイバードラゴンがここまで来てしまった以上、責任は達也達にあると叫んでいるのである。
(そんなはず、ない。あの人は必ず、生きて帰って来て下さる! そう、約束して下さった! タツヤ様、タツヤ様……!)
――だが、そんな中であっても。ラティーシャだけは、か細い指を絡ませ祈りを捧げながら――達也の帰還を信じ続けていた。
やがて、その献身的な愛情は……彼のように強くならなくては、という想いへと「変心」していく。
(私も……私も、戦わなきゃ……! いつまでも、いつまでも逃げ回ってばかりじゃ……!)
その想いに、突き動かされるまま。ラティーシャはドレスの裾を破り捨て、「貴族令嬢としての淑やかさ」という枷を外した。
男の情欲を滾らせる、白く艶やかな脚が露わになる。
(タツヤ様は……タツヤ様は、必ず戻ってきて下さる! それなら、私は……!)
そして、ミニスカート以上に際どくなった格好で、彼女は人混みを掻き分け逆走して行った。周囲に比べて小柄な彼女は、一瞬にして父の前から姿を消してしまう。
「……!? ラティ!? おい、ラティーシャはどうした!」
「えっ――お、お嬢様!? お嬢様はいずこへ!?」
空中に浮遊するサイバードラゴンに気を取られた、僅か数秒間。たったそれだけの間、目を離した隙に――アーヴィンドは、最愛の娘を見失ってしまうのだった。
(まさか……くそォッ!)
娘の胸中から行き先を推し量り、アーヴィンドも逆走を試みる。だが、それは周囲の使用人達によって阻止されてしまうのだった。
娘と違い長身である彼では、人混みに紛れることなど不可能なのだから。
「ラティ、ラティッ!」
「い、いけません旦那様、ここは避難を……!」
「ええいッ、離せ! ラティーッ!」
◇
「くそッ、想定しうる限り最悪の展開だな!」
――その頃。ラティーシャより先に、人混みを抜け出しサイバードラゴンの方へと駆け出していた和士は、その姿に息を飲む。
「あいつが……! なるほど、確かにゴーサイバーの面影がある……! 厄介な奴が来たもんだ!」
サイバードラゴンがエルヴェリック号の前に現れる直前。霞から通信を受けていた和士は、新年戦争を生き延びた猛者を前に冷や汗をかいていた。
――これが、九割以上のヒーローを死に追いやった大戦からの、生還者なのか――と。
「……フン。ただ水柱を立てているだけだというのに……まるでこの世の終わりのような顔をするじゃないか」
そんな彼の前で、サイバードラゴンは両肩の砲台で火炎弾を放ち続けていた。だが、船体には一発も当てていない。周囲に水柱を上げ、威嚇しているだけだ。
しかしそれだけでも、荒事からは程遠い世界に生きている貴族達にとっては、恐ろしい脅威なのである。
「そこまでだ汛龍介! 変身を解除し、投降しろ!」
「……ん?」
そんな彼らを守るべく、和士は意を決して声を上げるのだが――サイバードラゴンは見下したように鼻を鳴らす。戦うための力を持たない「着鎧甲冑」など、彼の眼中にはないのだ。
「……なんだ、牙も持てんヒーローもどきの使い走りか。戦闘すら出来ん着鎧甲冑ごときが、俺に何の用だ? まさかとは思うが、俺を倒すつもりではないだろうな」
「……お前を倒すことは、出来ないかもな。だが……乗客を逃がす時間くらいは稼げるぞ」
「おいおい……この俺を、リユニオンの怪人風情と一緒くたにするつもりか? ――俺はヒーローだ。人間は殺さんよ、人間はな」
力無い人々を攻め立てながら「ヒーロー」を自称するサイバードラゴン。その傍若無人な振る舞いを前に、和士は敵わぬ相手と知りながら義憤を露わにする。
「ヒーローの力を持つ者全てを倒す――か? 大きく出たものだな、かつては防衛隊に属していたお前が!」
「大きく……か。それくらいでなければ、何一つ成し遂げられはせんさ。……牙すら持たないお前が俺の前に立ったところで、何ができる? 知っているぞ『
――かつて。和士は相棒のマシンを使わなかったせいで、要救助者の少女を見殺しにしかけたことがあった。「
「……調べが浅かったな、汛龍介」
「なに?」
「確かに俺はあの時……専用のマシンに乗って出撃しなかったせいで、何もできなかった。守るべき命を、目の前で失うところだった」
その件で証明された通り、和士は相棒のマシンがなければ本来の力を引き出すことができない。だが、その弱点を追及されていながら――彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「だが――あの時から、何も変わらないままだと思うのか! この事態に備えて、すでに改良は施してある!」
「む……!」
「もう俺は、あの時の俺じゃない! ――来い! 『
そして両手の包帯を破り捨て、赤い義手を露わにした瞬間。右手に巻かれた「
『Pegasus Fighter!!』
――刹那。腕輪から発せられた電子音声に呼応し、和士の頭上に一機の小型ジェット機が飛来する。
彼の相棒である専用マシン、「超飛龍の天馬」だ。
「着鎧甲冑ッ! トァアッ!」
その機体から、機械仕掛けの翼が投下されてくる。それを見上げながら、和士は船の手すりを蹴り、高く跳び上がった。
再び音声を入力した彼は、深緑のヒーロースーツ「至高の超飛龍」を纏い――さらに、その上に黄色の飛行ユニットを装着する。
『Sailing up!! FalconForm!!』
その直後に響き渡った電子音声が、「二段着鎧」の完了を告げていた。「
「ほぉ……音声入力による遠隔操作か。凝ったものを作るじゃないか、
(……相手は戦闘のプロ。まともに組み合うのはもちろん、戦いが長引いても俺に勝ち目はないだろう。――その前に速攻を仕掛けて、一気に潰すしかない)
空中で対峙する、二人の「ヒーロー」。だが、同じ土俵でありながらも両者の間には、筆舌に尽くしがたい力の差があった。
その差を乗り越え、勝利を掴むために。和士は捨て身の特攻を決意するのだった。
「――はッ!」
「む……!」
力では劣っても、急加速においてはこちらに軍配が上がる。サイバードラゴンの挙動からそう判断していた和士は、一気にバーニアを噴かして接近し始めた。
「取った!」
「……!」
「でやぁあぁあッ!」
予想外の加速を目の当たりにして、サイバードラゴンも思わず硬直してしまう。背後を取られ、投げ飛ばされたのは――その直後だった。
向かう先は海面。高い質量を持ったサイバードラゴンのボディが直撃すれば、ただでは済まないはず。
それが、地形を武器にするしかない和士にとっての精一杯だった。
「……な……!」
「……」
――しかし。それすらも、サイバードラゴンは容易くねじ伏せていく。海面に激突する寸前、体勢を反転させた彼は、バーニアの噴射で勢いを殺し――海面に触れる直前で、静止してしまったのだ。
「なんて、噴射力なんだ……! あの勢いで吹き飛ばされていながら、持ち直すなんて……!」
「手持ちの武器がないなら、地形を得物に――か。悪くない判断だったが……少々、相手が悪かったな」
武器を持たない「着鎧甲冑」なりの奮戦すらも、児戯のようにあしらう圧倒的強者。その身体が衝き上がるように急上昇し、「至高の超飛龍」に激突する。
「がッ……!」
「――これから唯一人のヒーローとして、名を馳せる男と戦えたんだ。光栄だろう?」
腹に突き刺さった肘鉄。その威力を味わい、和士は仮面の中で吐血する。そして、その痛みに苦しむ暇もなく――エルヴェリック号の船体に向け、意趣返しの如く投げ飛ばされてしまった。
「がぁあぁあぁあッ!」
「至高の超飛龍」の体は、エルヴェリック号の屋根を突き破りパーティ会場へと墜落した。無人となっていたそのホールは、一瞬にして戦場と化してしまう。
すでに乗客のほとんどは、無事にボートで船外へと脱出している状況であるが……もし、あと僅かでも避難が遅れていれば、和士の墜落で多数の犠牲者が出ていたことだろう。
一方、予期せぬ攻撃を受けたことで「手加減」をし損ねていたサイバードラゴンは、「至高の超飛龍」が墜落した先を見下ろしながら、苦々しく声を漏らしていた。
「……ちっ、少々力が入り過ぎたな。殺すつもりはなかったんだが……!?」
――だが、降下した先のホールでサイバードラゴンが見たものは、伊葉和士の死体……ではなく。頭から血を流しながら、なおも立ち上がろうとする男の勇姿であった。
「う、ぐッ……く、くそッ……!」
「……驚いたな。俺の打撃を浴びて、変身解除で済むとは……」
その様子に、仮面の下で目を剥きつつ。サイバードラゴンは「着鎧甲冑」が持つ防御力の高さを、垣間見るのだった。
(レスキュー専用のスーツである着鎧甲冑には、他のヒーローと違って武装がない。だがその分、あらゆる状況下に適応するための「防御力」に特化している――ということか)
――やがて。彼は「着鎧甲冑」をも己の糧にする、という結論に至り。和士の手からこぼれ落ちていた「腕輪型着鎧装置」に手を伸ばした。
「……ちょうどいい。お前のスーツも、サンプルとして頂いていくとしよう。どうせこれからのお前には、不要なものだからな」
「く……!」
それを阻止しようにも、満身創痍の和士ではどうにもならない。だが、サイバードラゴンの指先が腕輪に触れた――その時だった。
「――待ってください!」
甲高い女性の声が、無人と化しているはずのホールに響き渡る。何事かと視線を彷徨わせる二人の眼は――やがて、裾を破り捨てたラティーシャ・マクファーソンを捉えた。
「……!? ラティーシャ様、どうしてここへ……!」
「あなたの狙いは……私でしょう……!? これ以上、皆様を傷つけないでください!」
「……ほう。自ら出向いてくるとは、なかなか見上げた勇敢さだな」
懸命に逃げるよう諭す和士の声を遮り、サイバードラゴンは床を踏み鳴らして彼女に迫る。
「では望み通り、俺の元へ来て貰おうか――『苗床姫』よ」
「……っ」
「ダメだ……! ラティーシャ様、お逃げくださッ――!?」
そしてその黒い豪腕が、少女の豊満な肢体に伸びる――寸前。
「――やぁッ!」
「む……!」
ラティーシャは、その外見に見合わない跳躍力で跳び上がると、サイバードラゴンを拒絶するかのように瓦礫の上に着地する。
やがて、瓦礫からサイバードラゴンを見下ろす彼女は――眩い金色の光を放ち、自らの全身を覆い隠してしまった。
光の中にいる彼女のドレスが、噴き上がる「力」の奔流に破られ……一糸纏わぬ白い裸身が、僅か一瞬だけ露わにされる。
「……変身っ!」
――次の瞬間。その輝きの中から、レオタード状の黄色いヒーロースーツを纏う、ラティーシャが現れた。
ぴったりと肌に密着し、彼女の扇情的なボディラインを露わにしているそのビジュアルは、
「……自分自身に能力を使ったのか。だが、か弱いその身体にいくら
「ですが……容易く捕まえることはできないでしょう!」
「くく……俺と鬼ごっこでもしようというのか。……いいだろう、気が済むまで好きにしてみろ」
だが、変身こそしたものの――実際のところ、今のラティーシャに満足に戦える力はない。ただ生まれつき能力を持っているというだけで、彼女自身は全く訓練を受けていないのだ。
……彼女を戦いから遠ざけてきた、アーヴィンドの親心が招いた事態でもあるのだが。
それでもラティーシャは臆することなく、サイバードラゴンを和士から遠ざけるべく「陽動」の役を買って出たのである。彼の最大の狙いが自分であるなら、「餌」としては最適なのだから。
その狙い通り、逃走を始めたラティーシャに目をつけたサイバードラゴンは、「着鎧甲冑」を放置して彼女を追い始めていた。
未だに身動きが取れず、その巨大な背中を見送るしかない和士は、血が滲むほど唇を噛みしめる。
(こいつ……敢えて俺達の手段を潰さず、泳がせに来てるな。いくら手を尽くしてもどうにもならないと思い知らせて、俺達の心をへし折るために……!)
今の自分には、何もできない。そればかりか、護衛対象であるはずのラティーシャにまで頼らなくてはならない。
その現状と、自分の無力さに苦しみながら。和士は視線を船の外へと向ける。
(だが……その過信に、付け入る隙があるはずだ! 達也君……急いでくれ!)
――こうなってはもう、「戦えるヒーロー」であるゴーサイバーだけが頼りなのだから。
◇
「く、うッ!」
「……どうした。鬼ごっこは終わりか?」
――ホールを抜け、狭い廊下を抜け、船上へ逃げ込み。あちこちへと駆けずり回るラティーシャを、サイバードラゴンは悠々と歩きながら追い詰めていた。
ヒーローとしての訓練を受けていない……どころか、一般的な運動すら不得意な彼女では、変身した状態でも長く走ることは難しい。
仮にも超人へと変身した状態でありながら、すでに彼女は息を荒げて頬に汗を伝せていた。
「えいッ!」
だが、立ち止まるわけにはいかない。船上まで逃げ込んだ彼女は、屋外パーティ会場に辿り着くと、柱を押し倒してサイバードラゴンにぶつける。
だが黒龍の化身は、その質量攻撃を裏拳一発で打ち破り、ラティーシャを戦慄させた。
「……まさに子供騙しだな。まぁ……能力を持っているだけの、実戦経験のない
「う……」
まともに戦っても、やはり勝ち目はない。その圧倒的な力の差を改めて思い知り、ラティーシャは息を飲むと――再び背を向けて逃走を始める。
「サイバーレッドが来るまで時間を稼いでいるつもりだろうが……無駄なことだ。あの坊主が来たところで、何も変わりはせん。だから俺がここにいる」
「そんなこと……ありません! タツヤ様は……タツヤ様は、必ず帰って来てくださいます! そう、約束してくださいました!」
「……強情な娘だ。ある意味、似た者同士か」
自分に打ち倒されたサイバーレッドを、この状況の中でも信じ、愛し抜く。そんなラティーシャの背に、あの少年を重ねるサイバードラゴンは――ため息をつきながら、足元に転がっていた椅子を蹴り飛ばす。
空を裂くように飛んだ椅子は、彼女の背中に命中。ラティーシャは短い悲鳴を上げて、転倒してしまった。
「ぅあっ!」
「さぁ……そろそろ気が済んだだろう。俺と共に来い」
「い……いや……」
そして、この茶番にも値しない逃走劇に、終止符を打つべく。ラティーシャのそばに歩み寄ったサイバードラゴンは、自身を拒む少女の細腕を、強引に掴んだ。
「もう……その辺にしとくべ?」
――が。その豪腕が、さらに別の何者かに掴まれる。
「――ッ!」
自分を掴む腕。そこから感じる、歴戦の戦士にしかわからない第六感が、警鐘を鳴らしていた。
その直感に命じられるまま、サイバードラゴンは咄嗟にラティーシャから手を離すと、「新手」を振り払うように豪腕を薙ぎ払った。
そんな彼の眼前には――「着鎧甲冑」のヒーロースーツを纏う、一人の男が立ちはだかっていた。
青いスーツに身を包む、そのビジュアルは……「至高の超飛龍」に近しいものを感じさせる。サイバードラゴンは、その姿に見覚えがあった。
(こいつは……着鎧甲冑の一種「
――和士以外にも、レスキューヒーローがエルヴェリック号に乗り合わせていた。事前に調べていた情報とは違う展開に、サイバードラゴンは仮面の奥で冷や汗をかく。
何より、この男の全身から漂う異様なオーラが、同じ「着鎧甲冑」でも和士とは比にならない程の「脅威」であると、サイバードラゴンの本能に訴えているのだ。
「いたずらも程々にしとかねぇと、ダメだべ。それに大の男が、女の子をいじめちゃいけねぇだよ」
「……ほう、新手か。なかなかやるようだが、そんな牙のない鎧で一体何が――」
それほどの気迫とオーラ……とは裏腹に、間の抜けた声色で停戦を呼び掛ける「救済の超水龍」。
そんな得体の知れない存在を前に、サイバードラゴンが改めて身構えた――その時だった。
「……えっ!?」
一瞬にも満たない。その刹那の時の中で、サイバードラゴンは手首を掴まれ――投げ飛ばされていた。
瞬きする間もなく床に叩きつけられ、黒龍の化身は初めて苦悶の声を漏らし――ラティーシャは、何が起きたのかもわからず、驚愕の声を上げる。
「……な? もう、やめといた方がいいだよ」
(こいつ……!)
俊速の手首返し。歴戦のヒーローにそれを喰らわせるほどの、手練れでありながら。「救済の超水龍」は、相変わらず覇気のない声色で、淡々と停戦を求め続ける。
仰向けに倒れた格好のまま、そんな彼を見上げるサイバードラゴンは――胸中で、叫んでいた。
――「こいつは、危険だ」と。
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