第3話 新年戦争の残滓


 ――エルヴェリック号の近くに窺える、小さな孤島。船に搭載されている高速艇に乗り込んだ達也と霞は、その未開の地へと足を踏み入れていた。


「ここが、爆音があったっていう孤島か……」

「おい……見てみろ」


 浜辺を少し歩いた先に見える、ジャングルの入り口。その辺りにある草木は、「激戦の後」を物語るように荒れ果てている。

 さらに、人のものらしき形状の足跡がいくつもあり、何らかの力で木々が薙ぎ倒されている痕跡まであった。


「……やはり、ここで何かが起きていたことは間違いない。それにこの島は、エルヴェリック号の航路にも近い。……リユニオンが潜伏している可能性があるな」

「でも待ち伏せするにしたって、わざわざ爆音なんて出したら……」

「私達をこの孤島まで陽動し、本隊でエルヴェリック号を叩く……という作戦も、ありうるだろうな。だが、その事態に備えてすでに、エルヴェリック号には伊葉殿が待機している。丸裸にはならんさ」


 先行する霞の話を聞き、達也は不安げに後ろを見遣る。暗夜の水平線には、エルヴェリック号のシルエットがうっすらと浮かんでいた。

 ――確かに、エリートヒーローと名高い和士がついているなら、そう簡単にリユニオンの好きにはされないだろう。だが、彼が持っている「着鎧甲冑」はレスキュー活動を主眼に置いたスーツであり、ゴーサイバーと違って戦闘用ではない。

 もし戦いになれば……彼とて、タダでは済まないだろう。


(……リユニオンどころか、生き物の気配すらない。この島で今、何が起きてるんだ……?)


 一方。和士の身を案じる達也をよそに、周囲を警戒しつつ森を探索していた霞は――あるものを発見し、足を止める。

 それは――並々ならぬ膂力で引き千切られた形跡のある、猛獣の生首であった。


「……! これは!」

「グリズリーの……首……!?」


 辺りはグリズリーの血飛沫で赤く染め上げられており、返り血を浴びた葉の先からは、鮮血が滴り落ちている。このグリズリーが殺されてから、そう時間は経っていない……ということなのだろう。

 それは、これを実行した張本人が、まだ近くにいることを意味している。


「どうなっているんだ、ここは……」

「……少なくとも。こんな猛獣の首を容易く引き千切るような、『何か』がいることは確かだ。四周の警戒を怠るな」


 瞬時にそれを把握した二人は、険しい面持ちで身構えながら、さらに奥へと進入していく。

 やがて森を抜けた彼らは――雪が降り積もる平地に辿り着いた。


「……!?」

「あの影は……!」


 ――そして。平地の中央に立つ人型のシルエットに気づき、二人は咄嗟に身を隠した。純白の雪が乗った草葉の影に忍び込み、彼らはその影を凝視する。

 やがて、達也はその影が――かつて自分達と戦った怪人、「キラーエッジ」のシルエットであると気づくのだった。


(また復活したのか、あいつ……!)

(やはり爆音の正体は、リユニオンの怪人か!)


 やはり、一連の異常事態の原因は全て、リユニオンの怪人によるものだったのだ。キラーエッジのシルエットからそう確信した達也は、速攻で決着を付けるべく立ち上がろうとする。

 だが。その直前で霞に頭を掴まれ、無理矢理茂みの中に押し込められてしまった。


(単独であんな所に突っ立っているとは考えにくい。どこかに仲間が隠れているはずだ)

(うぐ……わ、わかりました。まずは、周囲の索敵から――!)


 霞の指摘を受け、達也は暫し口ごもる。やがて、改めて敵情を探るべく辺りを見渡し始めた――のだが。


「そんなところで燻っていないで、顔を出したらどうだ」


 自分達のものではない声が、響いてきた。しかも――キラーエッジのいる方向から。


「……ッ!?」

「我々に気づいてッ……!?」


 まさか、もう気づかれていたのか。戦慄とともに、言葉を失う彼らの前で――さらに、信じ難い光景が現れる。


「な……!」


 こちらに向かい、喋っている――と、思っていたキラーエッジが。糸の切れた人形のように、崩れ落ちたのである。


 ――首から下を、切り離されて。


 地に倒れ伏したキラーエッジだった・・・もの。その後ろで、一人の男が切り株の上に腰掛けている。

 宙にぶら下がったキラーエッジの首を掴んでいる、その男は――まるで骨付き肉でも齧るかのように、怪人の遺体を貪っていた。


「喰って、いるのか……怪人を……!」


 その常軌を逸する行為に、二人が戦慄する中。キラーエッジの首を貪る男は、半分以上が欠損した頭部を吐き出すと――ゆっくりと切り株から立ち上がる。

 年齢は、三十歳前後といったところ。赤黒い髪を短く切り揃えた、鋭い顔つきの男であり――筋骨逞しいその肉体の分厚さは、異様な迫力を放っていた。漆黒のライダースジャケットの上からでも、その張り詰めたような筋肉が窺い知れる。


「お前達も喰うか?」

「……」

「……まぁ、無理だろうな」


 そんな彼は、血糊に塗れた口元を拭うと、何気ない口調でそう語りかけてくる。引き千切られたキラーエッジの腕を、ぶらりと揺らしながら。

 だが当然ながら、それに応じるような二人ではない。無言を貫く彼らを一瞥し、男はため息まじりに腕を放り投げる。びしゃり、という音を立て、肉塊と成り果てたキラーエッジの遺体が、打ち捨てられた。


「……!? あな、たは……!」

「中條さん?」


 ――すると。男の人相に、覚えがあったのか。月夜に照らされ、明らかになっていく彼の全貌を前に、霞が声を上げる。その様子を訝しむ達也に、反応する余裕もないようだった。


「久しいな、中條。覇気のかけらもない新兵だったお前が、今や俺に代わるヒーローの一員とはな」

じん、教官……!」


 そんな彼女に。

 男は、懐かしむような声色で声を掛けるのだった。


 ――彼の名は、汛龍介じんりゅうすけ

 かつて新年戦争に参加したヒーローにして、元防衛隊の一員。そして、中條霞の教官でもあった人物である。


 ◇


「――汛龍介?」

「そう。ゴーサイバーより以前に儂が開発していたヒーロー……『ドラゴンナイトファイター』に変身していた男じゃ」

「ゴーサイバーの前身、か……」


 ――アミューズメントパークという表の顔を隠れ蓑とする、ゴーサイバーの秘密基地「サイバックパーク」。その施設のとある一室で、休息のティータイムを嗜んでいる二人の男が、静かに言葉を交わしていた。

 汛龍介を知る初老の男性、古賀電助こがでんすけ。ゴーサイバーのスーツ開発に携わっていた彼は、司令官の座につく壮年の男性・工藤順作くどうじゅんさくに、その男の存在を告げていた。


「新年戦争に参加し、戦死した……と記録にはある」

「そうか……。その男が、どうかしたのか?」

「いや、なに。……ふと、懐かしい顔を思い出しただけじゃ。儂のスーツで戦場に立ったヒーローは、あやつが初めてじゃったからな」


 ――誰の助けも借りない、求めない。そんな孤独な戦いに己を沈める、自己犠牲の塊。それが電助の思い出に遺る、汛龍介という男だった。


「あやつは、ただひたすらにワンマンな男じゃった。実力こそ確かじゃが、チームプレイなどというものはハナから頭に入っておらんかった」

「それはまた……随分と厄介なヒーローがいたものだな」

「……あぁ。あやつは、全てを己一人で背負わんとしておったからな。防衛隊にいいように利用される役も。リユニオンから、力無き人々を守る盾も。奴らを屠る、矛すらも。あやつは、その全てを独りで尽くそうとしておった」


 そんな龍介の人となりを聞き、順作は深く息を吐く。彼もまた、新年戦争を生き延びた戦士の一人であり――それゆえに、その戦いの凄惨さを身に染みて理解していたからだ。


「……無謀なことだ。新年戦争を独りで戦い抜こうなど……」

「なまじ、それを本当にやりかねんほどの力があり、あやつ自身もそれを自覚しておった。それが結果として、あやつを殺してしまったのかも知れんな」


 過去を悔いるように、電助はティーカップを机に置き、ため息をつく。そんな彼を横目で一瞥しつつ、順作は自分のカップに唇を寄せた。


「――それで次に造ったのが。連携を必須とするゴーサイバー……か?」

「ハッ、まさか。儂はただ、過去を分析して次に繋げているに過ぎんよ」


 順作の言葉を笑い飛ばしながら、電助は椅子から立ち上がり――ガラス張りされた窓の向こうを見つめる。

 トレーニングルームに繋がっているその先では、サイバーピンク達が熾烈な訓練に臨んでいた。彼女達もまた、達也を支えるために死力を尽くしているのである。


(……しかし……今になって、あやつのことを思い出すとはな)


 そんな「次代」のヒーロー達を静かに眺めながら。電助は自分が生み出し死に追いやった、独りのヒーローの鎮魂と冥福を、人知れず祈るのだった。


 ◇


 新年戦争で死んだはずだった、ドラゴンナイトファイターこと汛龍介。その姿を目の当たりにしたかつての教え子――中條霞は、唇をわなわなと震わせる。その震えは、敬愛ゆえか。畏怖ゆえか。


「……まさか、教官が怪人達を?」

「あぁ。連中、ここでお前達を待ち伏せるつもりだったらしい。俺がうろついていることなど、知る由もなく……な。ま、他の用件もあるにはあったが……今はいいだろう」

「……?」


 そんな教え子の様子を暫し神妙に見つめていた彼は、やがてゆっくりと切り株から立ち上がる。切り株から微かに響く「軋む音」が、彼の重みを物語っていた。


「教官……信じ難いことばかりで、うまく言葉が見つかりませんが……ご無事で、何よりです。まさか、あの新年戦争から生還されていらしたとは……」

「生還……か。ま、あの頃は戦後処理のゴタゴタで、行方不明になったヒーローを探す余裕なんざなかったらしいからな。俺を死人扱いするのも、当然だろう」


 防衛隊の暗部をよく知る霞は、その言葉に目を伏せる。そんな彼女を庇うように、達也は前に進み出た。


「……とにかく、怪人を倒してくださり、ありがとうございます。あなたのおかげで――」


 だが。龍介の全身から迸る殺気を感じ、無意識のうちに足を止めてしまう。


「――ッ!?」


 自分達に殺意が向かう理由を見出せず、達也は動揺を露わに龍介の方を見つめる。


「何か、勘違いをしているようだな? 俺はお前達を助けたつもりなどない。ただ俺の行く先に、こいつらがいた。たったそれだけのことだ」


 その言葉が意味するもの。それを察しつつも、受け入れられず。霞は顔を上げ、龍介に詰め寄っていく。


「……どういう、ことなのですか」

「中條。俺は以前、お前に教えたな。仲間に頼るということは、己の強さを疑うことに繋がると。その淀みはやがて弱さとなり、本来持ちうる力を引き出せなくすると」

「……何を、仰るつもりですか」

「その教えを、今ここで改めて実践する――ということだ。お前達を倒し、ラティーシャ・マクファーソンを頂く。至極、単純な用件さ」

「なっ……どうして!?」


 そして明確にされた、敵対の意思。改めてそれを目の当たりにして、達也が抗議の声を上げる。


「どうして……か。その様子だと、上層部からは何も聞かされていないらしいな。……まぁ、そんな温情を期待できるような組織ではないか」

「上層部……ですと?」

「ちょうどいい。連中が話さないなら、俺が代わりに言ってやろう。防衛隊とマクファーソン家の、因縁をな」

「因縁……!?」


 マクファーソン家の能力に纏わる、両者の因縁。それを知らない達也達は、目を剥き龍介の言葉に聞き入っていた。


「ラティーシャ・マクファーソンの母……つまりマクファーソン夫人は、新年戦争に参加していたヒーローだった。夫の反対を押し切って、昔の仲間達を助けようって腹だったらしい」

「ラティーシャの……お母さんが!?」

「マクファーソン夫人には、共闘するヒーローの戦闘力を増幅させる、特殊な能力があった。当人は敢え無く戦死したわけだが……その能力がなかったら、犠牲者はさらに増えていたと言われている」

「それほどの力が、マクファーソン家に……」


 共闘するヒーローのパワーを増強する、マクファーソン夫人の特殊能力。それを耳にした霞は、防衛隊がその力欲しさに動いていた事実を察していた。


「しかも、その能力は遺伝を重ねるほどに強まって行く。世代を超える度に強力になっていく力――それが、防衛隊がマクファーソン家に目をつけている理由だ」

「……!」

「マクファーソン夫人以上の素養を持っているラティーシャ・マクファーソンを、防衛隊傘下の軍人……あるいはヒーローと結婚させれば。自ずとマクファーソン家は防衛隊とより深い縁で結ばれることになる。世代交代により強まる強化能力を手にした防衛隊は、リユニオン打倒後も、その力を後ろ盾に権勢を強めていくだろう。行き着く先は、マクファーソン家の能力を利用した軍事国家の出来上がり……ということだ」

「……! マクファーソン伯爵は、それで僕らを邪険に……!?」

「まぁ……半分以上は、妻を戦争で殺した防衛隊への意趣返しでもあるんだろうな。何が理由で今も防衛隊を支援してるかは知らないが……金は渡しても、娘は渡さないってことなんだろうよ」


 防衛隊がラティーシャに目を付ける理由。その全貌が明らかとなり、アーヴィンドが自分達を毛嫌いする理由に辿り着いた達也は、口元を震わせる。


「まぁ、伯爵がそうなるのも無理はない。なにせ上層部があの娘に付けたコードネームが、『苗床姫ナーサリィ・プリンセス』なんだからな」

「ナーサリィ……プリンセス……」


 防衛隊が彼女に付けた、人の尊厳を踏み躙るコードネーム。それを耳にした達也は、防衛隊の真意を悟り拳を握り締めた。


「……じゃあ、僕達ゴーサイバーがこの任務に派遣されたのは……」

「そう。ラティーシャ・マクファーソンと縁のあるお前で、彼女を釣り上げる。それが上層部の筋書きだった……というわけだ。いわばお前は、あの娘に次代の『傀儡』を産ませるための『種馬』と言ったところだな」

「……」


 その険しい表情は、少年の怒りを如実に語っているようだった。拳を震わせたまま、達也は絞り出したような声色で問い掛ける。


「……それで、元防衛隊のあなたが、ラティーシャを手に入れようと……? じゃあ、あなたをここへ呼び寄せたのは……」

「半分は正解だ。あの娘の力を以て、この世界からリユニオンを一匹残らず駆逐する……この俺独りでな。だが、防衛隊の差し金ってわけじゃない。ここへ来たのは、俺個人の意思だ」

「それなら……リユニオンと戦うつもりなら! 僕達と一緒に戦ってください! 同じ防衛隊の僕達が戦ったって、共倒れになるだけ――!?」


 しかし、真実を知りながらなおも、達也はラティーシャを守るべく説得を呼び掛ける。防衛隊に属する、ゴーサイバーの一人として。

 だが、龍介が放つ殺気の奔流は、一瞬にして彼を黙らせてしまうのだった。


「……共倒れ? お前達と戦って、俺が倒れるとでも思うのか」


 その有無を言わせぬ佇まいに、達也は押し黙ってしまう。今度はそんな彼の前に立ち、霞が声を上げた。


「……そもそもッ! なぜ教官が我々と戦わねばならないのですか!」

「今話したばかりだろう。……俺の教えを、実践すると」

「……!」


 龍介は切り株を離れると、霜に隠された芝生を踏みならしながら、達也達の方へと歩み寄ってくる。首を失ったキラーエッジの遺体が、その足に踏み潰され四方に飛び散ってしまった。


「防衛隊は今、見ていられないほどに腐り果てている。セイバーVなんてガキ共に世界の命運を背負わせ……あまつさえ、その力を利用することに何のためらいも持っていない。さらにそいつらの戦果に味を占め、今度はゴーサイバーなんてものまで造りやがった」

「……教官の仰ることは、確かに否定できません。彼らのような子供に、リユニオンとの戦いを強いているのは、我々防衛隊の不徳でしょう。ですが、彼らだけに全てを押し付けぬよう我々も――!」


 その気迫は、鍛え抜かれた軍人である霞をも圧倒する。龍介の眼光に射抜かれた彼女は、懸命に振り絞ったはずの言葉さえ、遮られてしまった。


「――挙句。あれほど仕込んでやったお前ですら、ガキ共にほだされヒーローごっこに興じる始末だ。ガキをガキでいさせない防衛隊が、この状況を作った……それが何かの間違いだと思うか? 中條」

「……ッ!」

「お前達を見ていて、確信した。ヒーローはもう、俺だけでいい。お前達ゴーサイバーも、セイバーVも、お役御免だ。ガキはガキらしく、大人が築いた平和を謳歌すりゃあいいんだ」

「……そういうわけには、いかないんです。みんなを守るためには……いつまでも、子供でいるわけには、いかないんです」

「少なくとも、お前は子供さ。坊主」

「……」


 その威圧に押されながらも、達也は唇を噛み締め龍介の眼を見据える。決して屈しまいと抗うその姿に、孤独な男は深くため息をついた。


「……意固地なガキがいたもんだ。黄山きやまの奴が見込んだガキだというから、どんな奴かと思っていたが」

「……ッ!? 黄山さん……!?」

「あいつとは旧知でな。俺が認める、数少ない強者だった――が。お前のようなガキに望みをかけたところを見るに、人を見る目はなかったようだな」


 かつて虐めにより、自殺未遂にまで追い込まれていた達也を救ったヒーロー、「デンジダー」こと黄山茂きやましげる。その存在に言及する龍介に、達也は驚愕の表情を浮かべていた。


「……坊主。なぜ人は、歳を取ると思う」

「え……」

「簡単なことさ。時の流れの中で、力を身につけていくためだ。次代を生きる『種の繁栄』を守るためにな」

「……あなたはまさか、ラティーシャに自分の子供を産ませようと!?」

「そんな必要はない。確かに、世代交代により強まるあの能力は魅力的だが……今の代ラティーシャが持っている能力だけで、事は足りる。あの娘の力と俺の力を合わせれば、リユニオンも腐り果てた防衛隊も、物の数ではない。あの娘はただ、俺の後ろで力を貸してさえいればいいんだ」

「そんな……! リユニオンの力は強大です、いくら汛教官でも独りでなど……!」

「少なくとも。今のお前達よりは、よほどマシさ。……なんなら、ここで確かめてやろうか? 中條」

「……っ」


 リユニオンも防衛隊も両成敗し、全ての超人さえ滅ぼし、自分がただ独りのヒーローとなる。そう豪語する龍介は、「子供」の身分でありながら「大人」を差し置いて戦地に立っている達也を、冷ややかに見下ろしていた。


「……俺達大人は、お前達のようなガキ共を守るためにいる。それが義務だから、大人なんだ。なのに、守られなきゃならないガキが前に出ちゃあ……大人がいる意味がない」

「……僕達ゴーサイバーを排除するのは、それが理由ですか」

「排除? ――違うな、在るべき姿へと還す……と言う方が正しい」


 だが、これ以上達也が引き下がることはなかった。彼は芝生を踏み締め、敢然と龍介の前に立ちはだかる。

 ――今も日本で帰りを待つ仲間達のため。そして、戦いに使われることを嫌う、あの少女のために。


「どっちでも、変わりません。僕達は戦います。例え、あなたと戦うことになったとしても! 僕達には、僕達の手で守らなくちゃいけない人達がいるんだ!」

「汛教官……ご同行、願います」

「やれやれ……なまじ力を持ったガキが理想を語り出すと、始末に追えんな。……仕方ない」


 その意思を、気迫から感じ取った龍介は――不退転の決意で自分を見据える達也と霞を、交互に見遣る。

 ――そして。深いため息をついた後。


「……辞めどきを見失った今となっちゃあ、辞めたくても辞められまい。せっかくだ、俺が幕を下ろしてやるよ」

「――ッ!」


 一瞬。その言葉すら及ばぬほどの速さで、間合いを詰めてきた。

 気がつけばすでに、達也の眼前には武骨な拳が迫っている。咄嗟に横にかわした彼に、今度は回し蹴りが弧を描くように襲い掛かってきた。


 達也は伏せるように姿勢を低くしながら、横へ転がりそれを回避する。その攻勢を止めるべく、霞が背後からフックを放つのだが――龍介は背中を向けたまま、外腕刀でそれを受け止めてしまった。


「――変ッ!」


 そして、フックを放った霞の腕を小脇に巻き込み、体を回転させ。その後ろから蹴り掛かってきた達也に、後ろ回し蹴りを見舞った。


「――身ッ!」


 蹴りを浴びた達也と、投げ飛ばされた霞が、同時に転倒した――その瞬間。格闘の最中に「変身」と叫んだ龍介の全身が、紅い電光を帯びていく。


「……な……!」

「あ、れは……」


 その電光が消え去り、ベールが脱ぎ捨てられた時。立ち上がった達也達の眼前には――赤と黒がまだらに入り混じった、歪なカラーリングを持つ「ヒーロー」が立っていた。


(サイバーレッド……!? いや、違う……!)


 フルフェイスの仮面や全身のボディスーツ。その基礎デザインは間違いなくゴーサイバーのものだった。赤が大部分を占めているその配色は、達也が変身するサイバーレッドに近い。


 ――だが。全身のあらゆる箇所が、別の何かに「侵食」されているかのように「黒いパーツ」で補強されており、内側の筋肉により張り詰めている外観も相俟って、不気味な印象を与えている。

 その中でも――右肩にだけ装備されている、龍の貌を象った黒い肩鎧は、特に異彩を放っていた。


「……さぁ、始めるか。お前達の引退試合を、な」


 その異形の戦士、「サイバードラゴン」と対峙する達也は――新年戦争を生き延びた豪傑と戦うことになった、という事実を改めて実感し。

 その拳を、震わせるのだった。それは果たして、武者震いか――恐怖なのか。


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