第2話

 紅を嘗める愉しみを覚え幾日か、未だ弛まぬ氷の冷たさの中で、軋む下宿の廊下にそっと足を載せた時。

 微かに頭を過ぎったいけない衝動に、ひっそりと行き先を厨から、下宿の家の娘の部屋へと変えたのだ。

 あぁ、駄目だ、だめだ。

 嫁入り前の娘の部屋へと向かうなど。

 僕は、その花のしろく滑らかな花弁に触れる事はかなわない。

 そう言いつつも、歩を進めた己。次いで頭を撃ち抜かれた様な衝撃。

 通り掛かりの閨の隙から漏れ聞こえる睦言、余りに淫らな乱れる声。

 汚れ零れたそれは、もう、誘う甘い香を放つことは無い。

 そこにあるは、高嶺と呼べぬ下賤に堕ちた、醜い種を付けられたひとつの肢体だ。

 清浄な処女の容の蝋人形は、男を知れば、怠惰な肉と、凝った慾の形作る、柔らかで艶やかな頽廃と化す。

 引き攣る喉と、歪む口許。

 垣間見える宵闇に伸びる足先、組み敷く男の浅黒い肌。

 それは心、の内を錆び付いた刃で抉り出す事に等しい程に残酷な、目によく映る色の対比。

 精神のカタストロフ、眼前の絶望的な暗黒感。

 破壊。

 つまりはそれである。

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滴る赤 瀬戸晩霞 @Setouchi

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