第二十八話:虚影の王③

 さてどうしたものか……。


 この魔王の古城地下では着々と邪悪なる儀式の準備が進められていたらしい。

 魔王と言ったら儀式である。僕の読んでいた本の中でも、魔なる者とはひっそりと力を蓄えるものだった。

 だからまあロードの言葉は納得するとして――目の前にいきなり突きつけられたら困る。


 僕は追われる立場だ。誰にも助けは求められない。そもそも【デセンド】が黒幕である可能性すらある。

 センリが匿名で終焉騎士団に通報するという方法もあるが、終焉騎士団は油断ならない。ラザル達に頼むのも不安だ。

 僕一人だったらさっさと逃げているのだがセンリがいる以上はその手も取れない。


 仮の話をしよう。仮に虚影の魔王が復活したとして、僕は勝てるのだろうか?

 僕は同じく魔王と呼ばれていたライネルに肉薄したが、僕が生き延びたのはセーブルの横槍があったからだ。


 浮かべた考えに、骸骨のロードが答える。


『……分の悪い勝負になるだろう。長き年月を経て力を蓄えた死者の王の力はあらゆる魔王の中でも最も厄介な類だ』


 意外な答えだった。


 分の悪い勝負、か…………敗北確定ではない。意外と、いけるのか?


 不死者になってまだ一年程度しか経っていない僕が、数十年――ともすると数百年生きた不死者に勝ち得る?

 生者には生者の、死者には死者の強みがある。相手が同じ不死の王ならば僕と同等程度の再生能力は持っているだろう。耐久戦が通じない以上は僕に勝ち目はないように思える、が…………。


 ロードは多くを語らない。闇に浮かぶロードの残滓を眺めながら、痛みをごまかすように考える。

 そして僕はあっさりと答えに至った。



 いや…………そうか!



 その時、僕から情報を聞き、考え込んでいたセンリが顔をあげた。



「エンド、外から魔法陣ごと、城を吹き飛ばす。溜め込んだ死の力も『滅却フォトン・デリート』ならば、問題ない」



 ……やっぱり僕とセンリは相性バッチリだな。


 ロードの残滓が、ぽっかり空いた眼窩をセンリに向けているが、センリは心臓が震える程に凛々しくも美しい真剣な表情で続けた。


「自然の破壊はなるべく避けたい。けど、死者の王が復活したら危険過ぎる。儀式が発動しない内に徹底的に破壊するべき」


『叡智を理解しない小娘め……ッ! 何という短絡思考、魔導の魔の字も知らん《滅却》の弟子めがッ! エンド、いくら血が美味だからといってこのような脳筋娘に惚れ込むとは貴様にはほとほと呆れる』


「それは僕も考えていた。でも、センリの、『滅却』の効果範囲ってそんなに広いの?」


『エンド、止めんかッ! この阿呆がッ!』


 うるさいな。ロードとセンリ、どっちの言うことを聞くかと言ったらセンリに決まっている。


 僕は知っている。邪悪なる者の言葉に耳を貸して良いことなど何もないのだ。パズルをやっているわけではないし、シンプルな解決方法があるならばそっちでいくよ僕は。


 『滅却フォトン・デリート』は膨大な祝福の力を変換しあらゆる者を消し飛ばす《滅却》のエペの奥義だ。

 センリの話によると、シンプル故に強力で対処方法もなく、これまでも何度も強力なアンデッドを消し飛ばしてきたらしいが、同時に消耗が激しい技でもあるらしい。


 どのくらい消耗が激しいかというと、単純な技なのに使い手がエペとセンリを含めても両手の指の数で収まる程度しかいないくらい激しい。


 加えて、祝福とは生命のエネルギーだ。

 それを放出するのだから担い手への影響も大きいに違いない。対ロード戦でセンリはばかすか撃ち込んでいたが、あれはセンリが特別だからできたことなのだ。


 僕も遠く外から城を破壊できるような大技が欲しいなぁ。なんかないの?


『…………』


「後でゆっくり休めば問題ない。でも、範囲は絞る必要があるから、放つ方向はエンドに指示してもらうことになる」


 ゆっくり休めばということは、しばらく血はお預けか……やむをえまい。

 最近センリには甘えっぱなしだから、ここらへんで我慢強いところも見せておくべきだろう。抱きしめてくれるだけでいいよ。


 結論に至りかけた僕にロードが慌てたように言った。



『待て、エンド! まだ儀式は完成しておらん。今ならば崩す必要はない。古い術だ、然るべき手順を使えば陣は崩せる!』



 …………本当かなあ? 本当にしても、そういう事はさっさと言うべきだ。

 魔術師というのはもったいぶるからよくない。


『見よ、エンド、見るのだ。この溜まりに溜まった死の力を。大体、いくら『滅却フォトン・デリート』でもむやみに核だけ破壊すれば死の力が蔓延しかねん!』


 本当かなあ? 僕はセンリに格好いいところを見せたいが、それは別に格好悪いところを見せたくないという事ではない。

 もうこれまでセンリに散々助けられてきている時点で今更である。


『感じよ。死の力が溜まれば陣は発動する。陣が発動していない以上、死の力が足りていないという事――』


 気の進まない僕に、ロードの口数がいつになく多い。

 余程脳筋で儀式を防ぐのが嫌なのか……もしかしたら、トラウマでもあるのかもしれない。終焉騎士団は脳筋ばかりのようだからな……。



 ……仕方ない。最近センリに負担を掛けすぎている。『滅却』は使わないに越したことはない。




 でも、もしも騙したら……僕はセンリに殺してもらうからな。


 僕の思考を読み込んだのか、ロードが僕をじっと見た。肉も皮もないせいで表情が読めないのが残念だ。



「――センリ、滅却もいいけど、僕に考えがある」




§




「おい、どうする、ラザル? これ、やばいんじゃないか?」


 地面に存在する奇妙な扉。大きな音を立てて閉じてしまったその前で、ラザル達は呆然と佇んでいた。


 明らかに尋常な事態ではなかった。仲間たちの顔色は優れない。そして、ラザル自身もきっと同じ表情をしているだろう。


 夜な夜なアンデッドが襲ってくる元魔王の城。

 最初は何もないと説明を受けていたはずなのに存在していた扉。


 ラザル達は冒険家ではない。戦乱渦巻くこの時勢に前線で戦う事を厭い小金稼ぎをしているケチな傭兵だ。


 扉の中に入る気にはなれなかった。そもそも閉まってしまっているし、ラザル達はバロンのように馬鹿げた力を持っていない。


「【デセンド】に戻り報告するか?」


「……冷静に考えろ。奴らは俺たちに隠し事をした。くそッ!」


 油断した。あの街は信用ならない。

 傭兵の雇用は信頼で成り立っている。扉の存在を、アンデッドが寄ってくる理由を隠していた以上、もう【デセンド】は良い依頼主ではない。


 そもそも、扉の下――アンデッドの集まる聖域に、ゴーレムがいるなんて話も聞いていなかった。

 扉の鍵まで所持していた【デセンド】がその襲撃者の存在を知らないわけがない。もしもバロンが先に行かずラザル達も一緒に入っていたら、命はなかっただろう。


「おい、もう逃げようぜ」


「ッ……だが、まだルウとバロンが、中だ」


 【デセンド】は危険を隠した。この分だと、これまで雇った傭兵に死者が出ていないという話も嘘だろう。

 本来ならば依頼を放り出して逃げ出しているところだ。


 だが、あの二人はラザル達の命の恩人だった。

 いざという時には逃げるよう言われているが、義理を欠いては傭兵はできない。


「扉の前の壁はずっとこのままではないはずだ。【デセンド】が調査に入ったはずだからな」


 扉の前は壁が動いた事で完全に閉じられている。だが、永遠にこのままというのは考えにくい。元に戻す方法が必ずあるはずだ。


 扉の奥は相当高さがありそうだった。バロン達が戻るには退路を確保する者が必要だ。

 大きく深呼吸をして自身を落ち着ける。ラザルは一世一代の覚悟を決めると、仲間たちに言った。



「爆薬と縄梯子だ。扉の奥をぶっ壊す準備をするぞ」


「マジかよ……こんな地下で爆薬?」


「しかたねえだろ、やれることはやるぞ」


 地下道が崩れるかもしれないが、生きたまま地下に閉じ込められるよりはマシだろう。


 念の為に準備はしていた。仲間達がのろのろと気が進まなそうに動きだす。




 そこで、ふと後ろから足音が反響してきた。




 顔を見合わせ、後ろを向く。現れたのは――目を引く白銀の鎧をまとった二人組だった。

 地下ゆえの鬱屈した空気が一瞬で清浄なものに変わる。


「辛気くせえところだな……」


「油断するな、ネビラ。センリのマークがあった。間違いなくここにいる」


「ちっ。わかってらあ。ようやく見つけた手がかりだ。さっさと連れ戻して――しまいにするぞ」


 優男の嗜めるような言葉に、酷薄な顔立ちをした男が獰猛な笑みを浮かべた。

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