第二十五話:秘密⑤

 後、少しだ。気配を追いかけ、慎重に進む。


 鬱屈した迷宮を襲撃者を退けながら進むのはかなりの手間だった。それも、全身を苛むセーブルの呪いに耐えながらとなると尚更だ。


 痛みに散漫になりかける意識を何とか保つ。迷宮の中は本当に広大で、罠も多数潜んでいた。

 地味に大変なのが、この地下迷宮が二次元ではなく三次元の迷宮である点だ。高い天井のあちこちには抜け穴や細い通路があり、襲撃者もそこから襲い掛かってくるし、逆にそういった通路の先が正解である可能性もある。僕のように夜の結晶を感知する能力がなければ、ちゃんとゴールが存在するのかすらわからなかったはずだ。


 虚影の魔王の城は切り立った崖の上にあった。伝説に語られる空間を捻じ曲げるような魔法を使いでもしない限り、その地下に広大な迷宮を作るのは難しい。

 多層型の構造の地下迷宮はそれを解決するためのものだろう。余りに利便性に欠けるがゴーレムは文句を言わないし、普通のアンデッドもまぁ文句を言ったりはしない。


 しかし、気になるのはこの『敵』の正体だ。

 まさか虚影の魔王が存在していた頃の防衛機構がまだ残っているわけではないだろう。流石に年月が経ちすぎているし、僕たちは罠にはめられたと考えるべきだ。

 

 普通に考えれば怪しいのはラザル達の雇い主であり、ここの存在をセンリに明かし差し向けた【デセンド】の市長だろう。

 だが、先程も感じたことだが、この罠や地下迷宮は人間が作るようなものではない。


 僕の疑問に、センリはしばらく黙り込み、小さな声で言った。


「死霊魔術師によって生み出されたアンデッドは――基本的に魔法を使えない」


「え……? でも僕は、使えるよ。それに、吸血鬼は、魔力を持っている」


 自分で覚えたのは生活に使うような小さな魔法程度だが、それでも十分魔法だ。

 それに、吸血鬼が呪いや攻撃魔法に強いのは身に秘めた膨大な魔力故だったはずだ。僕の問いに、センリは静かな声で答える。


「それは、持っているだけ。耐性や強力な身体能力の源にはなっているけど、魔術という現象には、変えられない。貴方は――特別だった」


「…………なるほど。セーフティー、か」


 死霊魔術師は用心深い。そして、強靭な身体能力と不死性を持つアンデッドに対して主人が持つアドバンテージは魔術だ。


 不思議だとは思っていた。『死者の王』の定義は死霊魔術師が変異した特別なアンデッドだという。では、その『特別』とは何なのか?


 位階変異を繰り返し成長した強力なアンデッドが『死者の王』と呼ばれないのは何故なのか?


 最初は『吸呪』のような特別な呪いを持つアンデッドの事だと思っていた。

 だが、恐らく、条件はそれだけではない。その程度ならば、『死者の王』はもっと大勢いるはずだ。


 その答えは――死霊魔術だ。最初に会ったあの時、セーブルは僕が死霊魔術を使うのを見て、顔色を変えた。


 きっと『特別なアンデッド』とは、死霊魔術ネクロマンシーを使えるアンデッドだ。そしてきっと、普通のアンデッドは死霊魔術を後から修める事ができない。


 ただでさえ吸血鬼は死霊魔術への耐性を持つのだ。絶対的命令権だっていつまで効くかわからない。

 悠久の時を持つ吸血鬼が魔術を手に入れたら、自らに掛けられた枷も解除できる。それを主人が許すわけがない。


「そう。知性を持つアンデッドは、主人を食らいかねない、から、死霊魔術師ネクロマンサーは、魔術の習得に制限をかける」


 僕にそれらの枷がないのは、ロードが僕の肉体を使うつもりだったからだろう。あらゆる幸運が重なり、僕は今ここにいる。


 ゴーレムが放つ矢を涼やかな音を立てて切り捨てる。闇の中、毒の塗られた矢が床を転がる。センリが真剣な声で言った。


「それが外されるのは――腹心だけ」


 すでに何体ゴーレムを屠ったのかわからなかった。

 暗闇の中襲い掛かってくるゴーレムは強くはないが、弱くもない。だが、それは僕にとってであって、もしもこれらのゴーレムが徒党を組んで街を襲えば小さな街程度では対処できないだろう。

 ゴーレムについては余り詳しくないが、これだけの数のゴーレムを生み出し操っているとなると、相当強力な術者に違いない。


「つまり…………厄介な相手ってことか」


「アンデッドは長く生きれば生きる程強く、賢くなる」


 嫌だなあ。僕は別に戦いが嫌いではない。生きているという実感があるからだ。

 だが、僕が好きなのは勝てる戦いであって、これまでやってきたような死闘はなるべく避けたいところだ。相手が強いだけではなく賢いとなるとこれまで戦ってきた相手とはわけが違う。

 今回はセンリもいるが、相手は終焉騎士対策を取っているし、万が一の事を考えたらセンリはむしろいない方が安心だ。


 アンデッドでも回復魔法とか覚えられるのかな。黙り込みそんな事を考えていると、センリが付け足すように言った。


「エンド、貴方はもう十分強いし、とても厄介だけど」


「…………」


 血を吸いたいなあ。これでも僕は痛みを我慢しながら歩いているんだよ。

 自分でもここまで動ける事実にびっくりである。自画自賛したい気分だ。


 相手がなんだろうと関係ない。努めて明るい声で言う。


「さっさと解決して、宿に戻って、血を貰うんだ」


 これが僕の原動力だ。ちらりとセンリの顔色を窺うと、センリは小さくため息をついた。


 OKという事である。俄然やる気が湧いてきた。現金なもので、こうなってしまうと痛みまで少し楽しい。


 少しだけ背中を伸ばし、歩く速度を上げる。


 しかし、本当に入り組んだ迷宮だった。いくら広いといっても限度があるはずなのに、すぐ近くにあるはずの夜の結晶の気配にたどり着かない。

 気配は壁の向こうにある、とかなら壁を破壊して進むのだが、そういうわけでもない。一体どれだけ広いのだろうか?


 僕は瘴気が大好きなのでまだマシだが、人間のセンリが酸素もろくにないこの場所に長く留まり続けるのは負担が大きいだろう。


 立ち止まる。後ろを警戒しながらついてきていたセンリもぶつかることなくピタリと止まる。


 そして、僕は地面に強く『光喰らいブラッド・ルーラー』を叩きつけた。

 目を閉じる。痛みを無視し、音を、振動を、衝撃を、空気の震えを感じ取る。


 僕の五感はアルバトスを吸った影響で嗅覚が一番優れているが他の感覚が鈍いわけではない。

 付け焼き刃ではあるが、肉体的な性能が高いので適当にやってもある程度はなんとかなる。


 情報が痛みに悶える脳髄に押し寄せてくる。そして、眼を開いた。


「……おかしいな。この迷宮、そんなに……広くなさそうだ」


 大まかだが、地形がわかる。道は確かに入り組んでいるが、こんな長時間歩けるような広さはない。

 いや――そもそも、夜の結晶にたどり着かないのが絶対におかしい。


 眉を顰める僕の脳内でしわがれた声がした。


払人迷道ふつじんめいどう。よほど……よほど、隠したいものがあるらしいな』


 ロードの声だ。僕の中にいるロードが語りかけてきている。

 払人迷道。迷いの結界。ロードが拠点を隠すのに使った魔法である。


 確か効果は――案内がない限り侵入者を迷わせる事。ふむ……つまり僕達は堂々巡りさせられていたという事だろうか?


 痛みに耐えながらも脳内に地図を描いていた。迷ったりしていない自信はあったが、魔術が関わってくるとお手上げだ。ロードもたまには役に立つな。


「駄目だ、センリ。払人迷道ふつじんめいどう……迷いの結界があるみたいだ」


「!! そう…………術の基点を壊すか案内人を探す必要がある」


『地下で結界の源を破壊するのは愚考だ。崩れる』


「地下で結界の源を破壊するのは愚考だ。崩れるよ」


「愚考…………そう」


 センリのテンションが先程よりも少し落ちている。僕が言ったんじゃない。ロードが言ったんだ。

 でも僕も愚考だと思うな……だってほら、地下が崩れたら僕は無事でもセンリが死んじゃうし、僕が術者ならば結界の源を破壊すると生き埋めになるくらいの仕掛けはするだろう。


『気配を追うのはとりあえず置いておけ。エンド、周囲を探れ』


 どうやらロードには思うところがあるようだ。いつも僕がピンチの時に出てきて役に立たない事だけ言って消えていくロードも心をいれかえたのだろうか。

 ヒントもないので、頭の中のロードの指示通り周囲を探る。僕の様子が変わったのがわかったのか、センリも黙って僕に付き合ってくれた。


 扉を開け、天井を登り、更に地下に続く階段を確かめる。ゴーレムやトラップは至る所にあった。が、やはり一番ゴーレム達と遭遇するのは夜の結晶に近づいた時だ。

 きっと結界がなかったらあっさりたどり着けていたりするのだろう。


 調べる事数十分、気を張りつつも少し退屈になった辺りで、脳内のロードが声をあげた。


『ふむ…………なるほど。さすが『死者の王』、手が込んでいる』


「ふむ…………なるほど。さすが『死者の王』、手が込んでいるね」


「…………何か、わかったの?」


 どうやら聡明なセンリがわからないことを、脳内ロードは察したらしい。もちろん、僕にもわからない。僕がわかったのはこの地下大迷宮を作るのはだいぶ大変だったろうという事くらいだ。

 目を瞬かせ次のセリフを待つ僕に、ロードがどこか愉悦の入り混じった声をあげた。


『阿呆が。何を見ていた。気づかぬか――この地下迷宮自体が儀式用の『立体魔法陣』なのだ』

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