第二十七話:反乱④
完全に力負けしている。
魔王ライネルと刃を交え、三級騎士デル・ゴードンが感じた第一の印象はそれだった。
相性が悪いとかコンディションが最悪だという点もあるが、何より魔王ライネル――獅子竜、ライネルは生物としての格が違いすぎた。
祝福で身体能力にブーストをかけ、全力で目をついてもかすり傷一つつけられない。恐るべき耐久性能だ。
元来、終焉騎士は勝つべくして勝つ騎士だ。そのために準備は怠らず、団体で行動し、弱点をつく。だが、目の前の獅子竜は恐らくデルのコンディションが万全だったとしても一対一で勝つのは難しい存在だった。
世界を震わす咆哮を祝福の鎧でやり過ごす。
受け止める事はできる。終焉騎士はまず受けの技術を学ぶ。自分より力の強い者に対する戦い方は心得ている。だが、それだけではこの状況は打開できない。
吸血鬼が壁の穴から落ちていく。ライネルはそれを追わず、横槍を入れたデルを睨みつけた。その視線に篭められたのは殺意ではなかった。
「何故、吸血鬼を逃がす……終焉騎士は、闇の眷属の敵であろう」
訝しげな声に、デルは鋼鉄の剣を握り直し、集中して祝福を体表に展開させる。
魔獣は浄化できないが、充足した正のエネルギーは物理的な障壁となる。体表に高速に流せば攻撃を弾くこともできる。ライネル程の力の持ち主にどこまで通じるかはわからないが……。
武器が欲しい。いつも使っている刀が。
聖銀製の武器は闇の眷属に高い威力を発揮するだけでなく、極めて祝福の伝達に適している。あれがあれば獅子竜の毛皮に傷をつけられるだろうか。
デルは目を細め、魔王を睨みつけた。
「終焉騎士は――最善を尽くす」
別に仲間になったわけではない。もしもここにいるのがデルではなくアンデッドに恨みがある他の終焉騎士だったら、あの吸血鬼を先に滅してからライネルに挑んでいたかもしれない。
だが、デルにとって最も優先すべきはライネルの打倒だった。故に、それを為すために最善を尽くすのだ。
あの吸血鬼――エンドと呼ばれた青年は、『
人外の力を持つ吸血鬼は驕りに近い強い自負を持つものだが、終焉騎士の目をくぐり抜け変異を繰り返した『
デルが少しだけ手助けをしたのは、それが勝利に最も近い方法だと考えたからだ。
ライネルは強い。だが、吸血鬼の剛力による『尖爪』は僅かだが確かにライネルの肉体に傷をつけていた。ならば、デルはもともと向いている囮に徹した方がいい。
だが、ライネルもデルの目論見に気づいていないわけがないだろう。
ライネルが壁の穴からデルの方に体勢を変える。どこで手に入れたのか、聖銀の輝きを持つ鉤爪が床に擦れ奇妙な音を立てる。
「良いだろう……終焉騎士、音に聞くその力、我が前に示すがいい」
恐ろしい自負だ。何もかもを理解して尚、敵対者に正面から相対するとは、まさしく矮小な人間とはあり方が違う。
気を抜けば相対しただけで挫けそうになる凄まじいプレッシャーに、デルは目の前の王がここまでまったく本気ではなかった事を理解した。
丹田に力を篭め、体内に巡った残り少ない祝福を操作し、励起させる。
それは、デルの師事する一級騎士が編み出した技だった。
デルの師は守りを得意とする一級騎士である。自ずとデルの力も守りに比重を置かれている。
まだ何もかもが未熟なデルではその技は完璧には使えない。だが、それでも十分だ。
『極光天衣』
溢れ出した正のエネルギーは細胞一つ一つに満ち、肉体が軽くなる。燃えるように身体が熱かった。手に持った鋼鉄の剣にエネルギーが満ち、白い光を宿す。
短時間しか持たないが、今のデルは限りなく不死身に近い。
魔王が襲いかかってくる。その恵まれた巨体を活かし、その鉤爪は鋼鉄すらたやすく両断する。振り下りてくる鉤爪を、デルは鋼鉄の剣で正面から受けた。
鈍い音が響き、鉤爪がデルのすぐ真横を穿つ。
「奇怪な技を――」
ライネルが小さく唸り声をあげ、身体をひねった。金色の身体が凄まじい速度で迫り、デルを跳ね飛ばす。
デルの身体が大きく宙を舞う。だが、ダメージはない。
『極光天衣』の本質は常時高速で体表を流れるエネルギーにある。本来のリミッターを越えて放出された力はあらゆる力を受け流す絶対の盾だ。
落下しつつ、無防備に晒されたライネルの胴に剣を向ける。しかし、その切っ先が突き立つその前にライネルは後ろ足で立ち上がり身を翻した。
薙ぎ放たれた前足を受け、身体が壁に突き刺さる。ダメージはないが、祝福が大きく削られる。刃も当たったが、手応えがない。柔軟性と硬度を兼ね備えた体皮に完全に防がれている。
いい。それでいい。デルの役割は時間を稼ぐことだ。瓦礫から起き上がる。
絶望はない。デルはこの時のために終焉騎士として力を高めてきたのだ。デルは咆哮すると、絶対強者たる魔王に向かって飛びかかった。
§ § §
大きく数メートル落下し、全身に強い衝撃が奔る。頭を強く打ちつける。
だが、僕の脳裏にあったのは殺意だけだった。考えるのはライネルを殺す方法だけだ。
助かった。デルに助けられた。借りを作ってしまった。戻る理由ができてしまった。
ライネルは追撃してこなかった。ただ、戦いの音が聞こえる。デルが足止めしているのだろうか。
起き上がり、すかさず体調を確認する。ダメージはない。疲れもない。血の力もまだ残っている。だが、それでも敵わない。
ライネルを殺す術が……思いつかない。
仲間を募る……オリヴァーを連れて行くか? いや……ダメだ。あいつは役に立たない。裏切るかもしれない。
武器を探す……? ダメだ。尖爪は相性の関係か聖銀の鉤爪にたやすく切り落とされたが、鋼鉄の剣では硬度が足りないだろう。そして、鋼鉄以上の武器は宝物庫には見当たらなかった。ライネルの身体に傷をつけられない武器など使う意味がない。
攻撃力が足りない。やはり……鍵になるのは人食いから奪い取った《呪炎》だ。
モニカから聞き出した情報によると、人食いの《呪炎》はライネルに傷を与えた。倒せはしなかったようだが、それで人食いが不動の二位の地位についたのだから、軽い傷ではなかったのだろう。
僕に足りないのは――勢いだ。火の強さが弱すぎる。
セルザードを焼き尽くした火の粉はライネルの体毛の一本を焦がすことすらできなかった。
竜の鱗は鎧の素材としてこの上ない物だと、聞いたことがある。魔法にも刃にも衝撃にも呪いにも高い耐性を持つ代物だ。御伽噺に出てくる英雄も度々竜の鱗で作られた鎧を装備していた。
血の力を篭め、もう
にもかかわらず、お腹が空いてくる。
もしかして……人間を食べてないから力が出ないのか?
可能性は……あると思う。
呪いの代償は人間を大量に食らうことだったのだ。僕の場合はもう死んでいるので人を食べなくても死ぬことはないはずだが、エネルギー源を血の力で代用できないのならば力をろくに使えないのも納得だ。
納得だが……どうしようもない。僕では人間を食べることはできない。血を吸うくらいなら対象は死なないのでセンリも許してくれるだろうが、人を食らうとなればそれはもう完全に人間の敵だ。殺されても文句は言えない。
クソッ……使えない呪いだ。
城の騒動は伝わっているはずだが、増援が来る気配はなかった。
下の方が騒がしい。何かあったのだろうか――いや、今はライネルを倒す術を考えなくては。
相手は強大だが、身体が大きいだけあって隙がないわけではない。アルバトスを少し強力にしたようなものだ……クソッタレだ。
戦闘音は激しさを増していた。強大な正の光の気配が明滅し、しかし少しずつ弱くなっている。
どうやらセンリが使っていた《滅却》は使えないらしい。
時間はない。見捨てるわけにはいかない。彼は僕を逃がすために助けたわけではない。勝つために助けたのだ。
力でも敵わない。尖爪でもほとんど傷を与えられない。魔法も呪いも通じない。一見どうしようもないように見えるが――。
いや…………待てよ?
その時、僕は奇策を思いついた。
竜の鱗はあらゆる物を弾く。ライネルの毛皮はそれよりはマシなはずだが、僕が使える魔法は生活に使えるようなものだけだし、《呪炎》も勢いが弱すぎて通じなかった。
だが――毛皮を避ければどうだろうか?
例えば、口の中だ。口の中には毛皮はない。《呪炎》ならば唾液で消える事もないだろう。
体内から焼き尽くすのだ。
ライネルの顎には鋭い牙が生え揃っているが、今の僕は首だけでもなんとか生きていける。ライネルは僕を丸呑みできるくらい大きいし、うまくいけば潜り込めるだろう。聖銀の爪を避ければすぐに再生できると思う。如何に歴戦の魔王ライネルでも自分から口の中に飛び込んでくるアンデッドとは戦ったことはないはずだ。
もしも飲み込まれても体内で再生できるだろう。頭を潰されたらどうなるかわからないが……。
「…………」
眉を顰め、落ちてきた壁の穴を見上げる。
空には満月には程遠い半分欠けた月が上っていた。
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