閑話
特別編:センリ先生のわくわくアンデッド講座
「自分の事を知るのは……とても良いこと」
宿の一室。ロードの屋敷から持ってきた僕の教科書――アンデッド図鑑をぱらぱら確認しながら、センリが言う。
ホロス・カーメンの蔵書は難解なものが多く、僕が読める本よりも読めない本が多かった。図解も多いアンデッド図鑑は僕が楽しく読める数少ない書籍だった。
「でも、これには……必要最低限の事しか書いていない。死霊魔導師についての記述も不足している」
あくまで図鑑である。恐らく、著者は
センリはぱたんと図鑑を閉じると、ケースから縁のスリムな伊達眼鏡を取り出し、慣れた動作で掛けた。
「私が……アンデッドの基本をしっかりと教えてあげる」
勉強は嫌いではない。学校に行ったこともない。
ランプが照らすだけの薄暗い部屋の中で、センリとの勉強会が始まった。
§ § §
■ゾンビ
「ゾンビは最も基本的なアンデッド。墓地などでよく見かける、生きた人間を狙う動く腐乱死体。動きは遅いけど力は強く、物理的にばらばらにしないと止まらない、非戦闘員にとっては厄介な相手。だけど、動きが単調で知性もないから少しでも戦闘経験があるなら大した相手ではない。一番の特徴は――ゾンビが自然発生し得るアンデッドだと言うこと。強い恨みを持って死んだ者がなると一般的には言われている。火葬が発達していなかった時代は、ゾンビが大量発生することもあった」
「僕のベースじゃないよね」
「そう、死肉人とゾンビは違う。だけど、
僕の肉体が腐らない内にロードが復活させてくれたのは幸運だと言えるだろう。僕は自分の肉体が腐っていても平気な程、達観していない。
「ゾンビに殺されたものは低確率でゾンビになる。この感染能力は強化され、吸血鬼にも受け継がれている。危険度はアンデッドの中では最低だけど、死霊魔導師の死霊魔術により大量に生み出された場合は村が一つ滅ぶこともある。弱点は、聖水と銀、そして火。太陽の光は効かないけど、活発に動き出すのは夜。理由は不明。戦場跡では、死体にも気をつける事」
■
「骨人はゾンビと同列の基本的なアンデッド。簡単に言うと、動き出した人骨。ゾンビと比べると動きが早く、力は弱い。骨しか残っていないから耐久もそこまで高くない」
「ゾンビより弱いの?」
「そこまで強くはない。ただ、注意すべき点は、
「ゾンビより弱いなら、なんで死霊魔導師は骨人を作るの? ゾンビを作ればいいじゃん」
僕の問いに、センリは嫌な顔一つせずに言った。
「腐臭がしないから。後、骨人は魔術による強化がしやすいし、肉が全て腐り落ちた死体からも作れる。傭兵の骨などを使えば生前と比べて劣化しているけど、戦闘技術を持つ骨人もできる」
そりゃ……便利だ。
「位階変異を繰り返し、身体が頑丈になった骨人は生前よりも強い事もある。注意が必要。弱点は打撃武器と聖水。火はゾンビ程効かない」
■
「一番最初の僕だ」
「そう。死肉人はゾンビや骨人と同列の基本的なアンデッド。簡単に言うと、動き出した腐っていない死体。特性はゾンビと比べて動きが早く、力も同じくらいで、耐久は少しだけ落ちる。だけど一番良く知られた特性は――死肉人が吸血鬼のベースである点」
復活してから随分経ったような気がする。そう聞くと、僕も成長したものだ。
センリが真剣な声で言う。
「死肉人は、自然発生はしない。だから、死肉人が現れた時、裏には間違いなく
「数は多いの?」
「死肉人の作成には新鮮な死体が不可欠で、骨人やゾンビと比べて圧倒的に数が少ない……けど、いないわけじゃない。三級の死霊魔導師が死霊魔術の練習で作ったりする。終焉騎士団では死肉人の存在を死霊魔導師の痕跡として捉えている」
なるほど……ゾンビや骨人より強いでもなく、育成必須の存在というわけだ。
今思い返せば、ロードが僕を手厚く育成していたのも至極常識的な対応だったというわけだろう。
と、そこで僕は目を見開き、尋ねた。
「三級死霊魔導師……三級死霊魔導師と二級の違いは何? 一級死霊魔導師の定義は、以前、自らをアンデッドに変えたものって言ってたけど……ロードは二級だっけ?」
「三級死霊魔導師は……初歩的な死霊魔術しか使えず、低位のアンデッドしか生み出せない魔導師。骨人もゾンビも死肉人も生み出せるけど、三級死霊魔導師の生み出すアンデッドは…………呪いに『変異』が刻まれていないから、死のエネルギーを溜め込んでも位階変異しない」
それは……ロードが二級の魔導師で幸運だったな。
永遠に死肉人から変化しない存在、か。
死肉人の身体の頃は食欲も睡眠欲も性欲もなかった。生きていく上では差し支えなかったが悲しいことに……再生能力もなかった。
もしも僕が永遠にそんな存在だったら、遠からず朽ちていただろう。痛覚もなかったので、あのまま長く過ごしていたら精神も変容しそうだ。
§ § §
長く話を聞いていたので、疲れてきた。センリの声も少し掠れているようだ。
そろそろ時間的にも眠る時間だ。 大きく伸びをして礼を言う。
「ありがとう、勉強になったよ。そろそろ朝が来るし、続きはまた今度、お願いしようかな」
「……良かった。アンデッドにとっても、アンデッドは敵。死霊魔導師達は互いに敵対関係にある。アンデッドの知識を蓄えておく事はきっと貴方が生き延びるための力になる」
「ありがとう。助かるよ……僕にも何かできることがあればいいんだけど」
本当に、感謝してもし足りない。僕もセンリに教えられる事はないだろうか。
知識の上ではとても適わないが、センリは吸血鬼ではない。まだ下位ではあるが、吸血鬼の僕だからこそわかる事もあるはずだ。
と、僕はそこで良いことを思いついた。
グルメリポートなんてどうだろうか。
僕は吸血鬼である。吸血鬼に襲われやすい血がわかるし、逆に飲みたくない血も今の僕ならばアドバイスしてあげられるはずだ。
センリがそんな血になってしまうのは困るが、知識としては貴重なはずである。ついでに気持ちいいし、センリからちょっとだけ血を貰うこともできて一石二鳥だ。
僕は唇を舐めると、レンズの中からものいいたげな眼を向けているセンリに提案する事にした。
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