第十七話:覚悟

 ロードの様子が鬼気迫っている。その背から感じる力はアンデッドの僕ですら引くほど邪悪だった。

 それに伴い、奴隷であるルウの表情も今まで以上に焦燥しつつあった。

 怒鳴りつけられながら、ただロードに言われるままにその実験を手助けしている。


 一方で、僕のやることは変わらなかった。

 戦闘訓練をするでもなく、ロードの指示に従い、ただ死の力を集める。


 二度目にハックから受け取った荷物の中身も、やはり同じような黒い牙だった。

 一体何に使うのか、僕には知識がなくてわからないが、僕のやることは、できることは全てやった。後は運を天に任せるしかない。


 死霊魔術師と終焉騎士団。ロードとセンリ。果たしてどちらに軍配があがるのか。


 どう転がるにせよ、状況は変わる。緊張感で精神がざわつくのを感じる。

 僕は、この修羅場を、余りにも勝率の低い状況を生き抜けるのだろうか?


 狩りを終えた後、ロードは珍しく僕を呼びつけて言う。


「エンド。儀式を行う。それを経れば――貴様は、最強になる。最強の――死者の王、に」


「最強って……何?」


 それは、心の底からの疑問だった。

 最強とは、何だ? その儀式とやらを行えば、あの途方もない、超自然の力を持っている一級騎士よりも強くなれるのか? センリを、あの終焉騎士たちを圧倒できるのか? 平穏に、誰にも自由を縛られる事なく生きられるのか?

 

 だが、ロードは僕の問いに答えない。ぎらぎらと愉悦を浮かべた眼差しで僕に言う。

 当然だ。その言葉は、僕に理解を求めていない、半ば独り言だった。


「だが、それには最低でも、『闇の徘徊者ダーク・ストーカー』に変異する必要がある。いや、そうあるべきだ。貴様はこれまで私が取り扱ってきたアンデッドの中でも間違いなく一番の逸材だが、屍鬼では……余りにも弱すぎる。本来ならば、更に上――『下位レッサー吸血鬼ヴァンパイア』の変異を待ち、器を見極めた後に決行するつもりだったが、一級騎士が迫っている状況ではとても見込めん。このタイミングで最後のアンデッドがエンド、貴様だったことは幸運だった」


 『下位レッサー吸血鬼ヴァンパイア』。


 位階変異は進めば進む程、莫大なエネルギーが必要になり、変異しづらくなる。

 まだ『闇の徘徊者ダーク・ストーカー』にもなっていない僕にとっては、まだまだ先の話だ。


 ロード曰く、僕の変異速度は異常らしい。もしも、そのロードの言葉が本当だと仮定するのならば、その死者の王を作るのを悲願としていたとするのならば、なんと気の長い話だろうか。


 ほとんど寝ていないのか、ロードの声は少し熱っぽい。


「貴様の魂は――闇に向かって落ち続けている。わかる、『闇の徘徊者ダーク・ストーカー』……間に合うぞ。我が『払人迷道ふつじんめいどう』はそう簡単には破れん。エンドよ、殺せ、殺すのだッ! 全力で死を集めろッ! 屍を喰らい、魂を汚せッ!」


「…………ああ、もちろんだ」


 僕の感情は揺れ動かない。ただ、淡々と答える。

 今の僕の中で、ホロス・カーメンは完全なる敵だった。古今東西、死霊魔術師の行う儀式はろくでもないことと相場が決まっている。


「クソッ、時間が惜しい……奴らが来るのはアンデッドの弱点――昼間だ。ゆめゆめ、油断するでないぞ」


「命令されるまでもない」


「よかろう。エンド、安置所にもどれ!」


 こんな時も、ロードは命令を怠らないのか。


 半ば感心しながらも、その命令に従い、安置所に戻る。研究室でロードに手伝いをやらされていたルウがこちらを見てくるが、長く目を合わせる事なく、顔を背けた。既に取引は終わっているのだ。


 僕には切り札が残っている。一度切ったが、十中八九、ロードにはバレていない。


 使い魔の梟がじっと僕を見ている。

 ロードは間に合うと、もう少し時間があると言った。だが、それは誤りだ。


 もう時間などない。ロードに、僕たちには時間などない。

 僕は既に覚悟は決まった。相手も覚悟を決めてくる。万全ではないのは、ロードだけだ。



§



 そして、それから二日後、いつもと違う時間にロードは無数の骸骨騎士を従え、血相を変えてやってきた。

 概ね僕の想定通りの時間だった。声を聞くまでもなく何が起こったのか理解している僕に、ロードが、底知れない怒りを滲ませた声で途切れ途切れに言う。


「終焉騎士団が、連中が、やってきた。早すぎる……クソッ! 『払人迷道』が働いていない、ハックが裏切ったかッ!? いや、そうとしか考えられん、所詮は商人、かッ! 金で、私を売ったか!?」


「……」


 ルウは命令で縛られている。僕というお目付け役もいた。さすがのロードも、そんな奴隷を疑う事はなかったらしい。

 双眸が強い戦意に、昏く輝いている。


「幸い、一級騎士はいないようだ。撃退するしかない。時間稼ぎの結界を張ろうにも、時間がない。儀式も完成していない。奴らは――目と鼻の先まで迫っている。ああ、いいだろう。我が長きに渡る悲願を阻もうとする、偽善者共。確かに『死者の王』は完成していないが――我が死霊魔術師ネクロマンシーの秘奥を見せつけてやろうぞ」

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