第9話 月が欠けはじめるとき

 天文部員、写真部員たちの、その上に広がる夜空。

月が、少しずつ、ゆっくりと、月が欠け始めると、屋上の上は静かな緊張と熱気に包まれだした。


 森下は今、巻き上げレバーの脇の小さなコマ送り停止レバーをビニールテープで不恰好に固定したカメラの後ろで、教室から持ってきた椅子に腰掛けて、シングル巻上げの設定にしたモータドライブから延びたコードのスイッチを握りしめて月より時計を真剣に見ていた。

 森下のカメラには今、自分では現像出来ないが色はが綺麗なのだ、と話していたカラースライド用のリバーサルフィルムが入っている。

 モータードライブを使った方が手巻きより、コードのスイッチを押すだけだからかえって振動が無くて良いのだそうだ。

 そんな使い方があるとは知らなかった。


 杏子も固い椅子に座りながら、月の位置がずれないよう、普段とは違った真剣な表情で望遠鏡を覗きながら写真撮影をしている。


 杏子の願いは、いつか天の川をみることだった。

 だから、この夏の天文部の旅行を楽しみにていた。


 林田もそんな杏子と時々交代して望遠鏡を覗いていた。

 まり子は天文部員の二年の男子、小坂と組んでいる。


 俺はといえば、ぼんやりと月を眺めたり、写真部員の三脚と比べれば、おもちゃのような自分の三脚にカメラをのせて、そんな、みんなの写真を撮影していた。

 

 この夜の時間を、残したかった。

 

 それがシャッタースピードが遅くて、みんなの姿が、ぶれて、黒いシルエットとしてしか残らないような写真だったとしても……。


 森下以外の写真部員たちは、最初、天体観測をする光景や夜の街を撮影していたが、それに飽きると手摺に寄りかかって、近いうちに発売される新型カメラの性能についての議論を始めた。 

 写真が好きというよりはカメラが好きなようだ。

 

 そんな写真部員だったが天体観測が初めてとはいえ、夜間撮影のやり方は心得ているのか、機材にほとんど振動を与えないように注意して歩いていた。

 だから、森下も要らない心配はしなくて良かったのだ。

 それとも森下の注意が利いているのか?


 時々、森下がモータードライブを作動させる音が響く。


 小坂と入れ代わりに望遠鏡を覗くまり子はいつものはしゃいだ感じの雰囲気ではなく、別人のような静かさだった。

 

 まり子と代わった小坂はといえば短波ラジオでいつもの受信を始めだした。

「何か聞えるか?」

 そう訊いてみると「大体、いつもの大陸方向からの放送ですね」と、イヤホンを方耳に入れながら答えた。

 小坂にとっては放送の内容が言葉が分からず理解できなくとも、さして重要では無いらしかった。

 大切なのはどれだけ多くの放送を聞けるかなのだそうだ。変わった趣味だな、と俺は思うが。  

 だが、この空を遠く外国の声も飛び交っている思うと、不思議な気がした。


 杏子と林田はと言えば、漫画雑誌五~六冊を重ねたぐらいの大きさの、ラジオカセット、ラジカセで自分で好きな曲を編集したテープを聴きながら望遠鏡を覗いていた。

 電源は赤道儀を動かすモーターのために四階から電源コードをひっぱって来ているので電池が切れるような心配はない。


 その二台を橋本が行き来して記録を取りながら月を見ていた。記録は灯りを点けられないので手の平により少し大きなテープレコーダーを使っている。

 それは、いつもそうだが、時間やシャッタースピードなどを読み上げる声と一緒に、でたらめなBGM入りのものとなるはずだ。



 周りを見渡すと、みんなが好き勝手に今の時間を過ごしているようにも見える。

 望遠鏡を覗くのは当然だが、俺や森下以外の写真部員のように、月以外の勝手な写真を撮ったり、談笑したり、ラジオの放送やラジカセの音楽を楽しんだり。

 森下のようにカメラの前で月より時計を真剣ににらんだり、だが、それでいて、夜空の下、一つの目的を持ってみんながそこにいた。


 それは不思議な連帯感を感じさせた。







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