第8話 星空と月の下、月食直前の屋上
星空と満月の月、街の明かりだけの屋上。
二台の天体望遠鏡と、写真部員の何台ものカメラと三脚。
森下は三脚に設置したカメラで、月食の経過を一枚の写真に残す撮影にのぞむ。
それは、固定したカメラでフィルムを送らず、つまり何回もフィルムの同じ場所でシャッターの開閉だけをさせて、いくつもの月の表情を一枚の写真の上に残すというものだ。
本来は天文部の領域なのだろうが、それに、森下は挑戦する。
森下は先輩としての意地なのか、それとも写真に対する執念なのか、下手な写真は撮れない! とばかりに、俺の見る限り期末テスト以上の、凄まじい緊張感で撮影にのぞんでいるのがその表情からも、また、街の明かりを頼りにカメラの点検や何かを書き付けたメモ帳のチェックを、しつこくやる行動でも分かった。
天文部、写真部部長からの、簡単な注意のため、両部員が集まった。
まずは森下。
「いいか、絶対に、バルブ撮影中、わかると思うが、シャッターを開けっぱなしで撮影のときは、カメラに振動を与えないようにするのが、写真部の鉄則、掟だからな! あと光も絶対、良いか絶対だ! とにかく駄目だから、階段や出入り口の電気は点けないように! とにかく、お前らは、ぜっ、た、い、動くな!」
と、こいつは、自分の後輩へ熱がこもりまくった注意をしした。
森下は緊張からなのか、大きな声で、ゆとりがない喋り方だ。
天文部もいるということを、忘れているような。
そんな心を見透かしたように、写真部の一年生が「じゃあ、のどが渇いて、ど~しても、下に、行きたくなったら、どうするんですかぁ? それに暗いと動けないですよ~」と、とぼけた声で質問をした。
実際は夜に慣れて、電気を点けなくても街の明かりだけでも周りが良く見えるようになるし、今がすでにそうなのだが、どうやら、そいつもそれに気づいていて、あえて質問をしているようだった。
後輩の方がよほどリラックスしている。
「そんなの俺の知ったことかぁ! そのときは我慢しろお! お前が、どうなろうと、俺の写真には関係ないよな!? とにかく動くな! 光も振動も絶対、ダメだからな! いいな! あと俺の撮影中、絶対、俺に話かけるな! 近づくな!」
森下に「先輩いぃ、なんか今日怖い~、もっと、ゆとりを持ちましょうよ~」と、そいつが、さらにふざけた声をだし、写真部員から笑いが起こった。
俺も、からかわれて、ぶすっとした表情の森下に噴き出しそうになったが……、そんなときは笑うだろう天文部部長の林田は、どうしてか? 無表情だった。
脇で写真部の顧問の秋川先生が「まあ、みんな、動くときは、注意するように。天文部も一緒だから」とだけ、付け加えた。
そんな森下だが、後輩の信頼は厚く慕われているようだ。
我が顧問の武田先生は、といえばぼんやり空を見ている。
写真部の後、林田が森下と同じようなことを、「天体望遠鏡とか写真部の三脚とか注意してください……」と簡単に話した。
林田の話の直後、まり子の隣にいる杏子、街の明かりに照らされたその表情は、いつもの杏子だった。
杏子を見た時、俺と目があった。
その時、杏子は、ほんの、ほんの少しだけ頭を下にさげた。
「もう、大丈夫」と、そんな感じで。
視線が交差したことは、誰にも気付かれたくない。そんな感じで……。
俺も、ごくわずかに、頭を下に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます