第5話 宵の明星が輝くとき
「ところで森下、お前に頼みがあるんだけれどさ」
「何だよ?」
「俺のフィルム、今晩使うから、現像してくんねえか?
あと、最初の写真は、二枚、
「天文部にだって暗室があるじゃねえか、お前だって自分で現像できるし、そのつもりでモノクロ……、白黒か、それ入れてんだろ?」
この学校には贅沢にも暗室が二つあった、一つは生物研究室に付属した写真部の暗室、もう一つは科学実験室にある天文部の暗室だ。
学校の暗室で現像できるのは白黒フィルムとプリントだけで、カラーは写真店に頼まなければならない。
しかし、同じ、白黒写真の現像しかできないのに、なぜ二部屋も暗室がある作りになっているのか、俺は知らない。今いる先生たちも知らないようだ。
もう卒業してしまった先輩は、過去に天文部と写真部に暗室争いがあってそうなった、と言ってはいたが、暗室は両方とも校舎を建てたときからあるような、しっかりとした造りだから、その話は学校生活を楽しくする嘘だろう。
ただ、写真部の引き延ばし機は、映写機部分を目一杯高くするとデフォルメされたキリンの絵のような、頭がやけにでかいキリンが頭だけを無理に後ろに向かせたような形。
俺が最初に、写真部の引き延ばし機を見たときそんなイメージだった。
その写真部の引き伸ばし機の方が、天文部の引き延ばし機より高級そうだ。
それに、こいつの現像技術は俺なんかより、かなり上なのは悔しいが認めなければならない。
先輩として杏子に下手なプリントの写真は渡せない。
森下なら丁寧にプリントしてくれるはずだ。
「だから、お前の腕を見込んで現像、頼んでいるんだよ」
「そうか……、なら、ちゃんと、必要経費払えよ。
こっちは去年クソ暑い思いして撮った野球部の写真、印画紙や現像液の金を、頼まれて撮って、プリントまでしてやったのに踏み倒されてんだからよ」
「それは、ちゃんと払うさ、その代わり水増しすんなよ。駅のそば代ぐらい上乗せするから」
森下は「じゃあ、まかせてくれ」と笑った。
「ところで今年、天文部の夏の旅行はどこ行くんだ?」
「まだ決まってないらしいけれど、どっちにしろ俺は受験勉強だよ」
「残念だな、せっかく女の子が入ったってのにな……」
「写真部と違って、俺たちは健全なんだよ」
「馬鹿野郎! 俺たちだって健全なんだ!
運動で、女ひっかけるしかできない、ここの高校のクソ体育部や弱い野球部なんかと、一緒にすんな!」
体育部、ってなんだよ?
ここの写真部はどうも女子に人気が無いのか女子の部員はもう何年もいないという。
他の高校は知らないが、ここの野球部員は女子に人気がある。
それもあってか、こいつには女子と仲の良い連中にヒガミがどこかあるようだった。
あるいは昨年のことをまだ根に持っているのか? その両方か?
森下は少し間をおいて、大きな溜息をついた。
「とは言うもの、やっぱり男だけの撮影旅行はいまひとつだったな、お前もそう思うだろ?」
そして、そう付け加えた。
俺は「まあ、な」とだけ返事をした。
「でも女ってのは、分かんねえよな……。
楽しく話し、してても、気があるのかと思えば、そうじゃねえっていうんだから。女ってのは思わせぶりな態度とるよ……」
そんなことを話す森下は、どこかやるせなさそうだった。
だが森下から、誰かを好きになったとか、そういった恋愛の話は聞いたことがなかった。
「お前の話か?」
「俺のじゃねえよ。普通にそんなものだろ?」
……そうなのか?
気が付くと太陽は沈み、明るい星が一つ、その青さを濃くした空に輝いていた。
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