第3話 夏の夕暮れ

 天文部の部員は俺の他に林田、女の子は一年の杏子、まり子だけ、あとは二年生の小坂、杏子達と同学年の男子で大人しい橋本だ。


 男どもは近くのコンビニエンスストアで買ったカップラーメン、杏子とまり子は持参した弁当、と、夕食を第二棟の四階、天文部の部室代わりの科学実験室で食べていた。


 杏子が妹と一緒に作ったというおにぎり、サンドイッチをみんなに勧めている。

「さあ、みんなも食べて。私も手伝ったんだよ」

 まり子の、いつも以上明るく、はずんだ声。

 ラーメンをすすりながら外を見ると、空の色が橙色に染まりだしていた。


 その色が室内の蛍光灯の明かりを一層強くしている。


 天体観測の夜が近付くそのとき、毎回そうだが、小学生の頃のキャンプの夕暮れのような高揚感を感じる。

 しかも、もう自分にとってはこれが最後の時間だ。

 そう思った瞬間、屋上に出て外の空気を吸いたいような、夕日の橙色の光を浴びたいような衝動に駆られた。

 今日で天体観測は引退して、後は受験勉強の毎日だ。


「俺、ちょっと、屋上に行ってくるよ」


 部屋を出るとき、何気なく振り向くと机の影でまり子が杏子の紺色のスカートを軽く突っついているのが見えた。

 杏子はそれを手ではらっている。

 顔は無表情を装っている、そんな感じ。 


 廊下に出ると隣の薄暗い生物研究室の引き戸が開け放しになっていた。

 中に人影は無いものの、研究室に付属した写真部専用の暗室のドアの上にある、非常口表示のような四角い箱で「使用中」と赤に白抜きされた文字が、中の光に浮かびあがっている。

 今夜は写真部も夜間撮影の実習とかで泊り込むという話だった。



 屋上に出てみると巨大な木製の専用三脚の上で白い筒を斜めにした天体望遠鏡が二台、夕日に照らされている。

 その先では、三年で写真部部長の森下がニコンのカメラ、F3にモータードライブを装着して写真を撮っていた。


 モータードライブを装着すると、カメラはレンズの無いカメラをその下にもう一台付け足したように大きく、重くなるが手巻きから自動巻上げになり、連続撮影で秒間五コマの早い連写が可能だ、と、以前自慢していたものだ。

 でも三十六枚撮りのフィルムなら約六秒で全てを使いきる。六秒でフィルム代が無くなことになる。他に現像にかかる費用、写真にはそれだけ金も掛かる。


 森下はそれを手に入れるため高校に入学してから長期の休みはほとんどバイト、バイトの生活だったと話していたが、バイトがうちの高校では禁止されているので、ある先生には「親に買ってもらった」と話していた。

 いったいどっちが本当なんだ?

 勿論そんな自分の足元を危険にする話題を写真部の顧問の先生はしたりはしないだろう。





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