第6話 COLOR「エンジェル」

このまま目覚めなくていいのに。

その晩、僕はベッドの中でそう思いながら目を閉じた。


「だからあなたには私と同じような目に会ってほしくなかったの。」

母の声が聞こえてきたような気がした。


「私の大事な、大事なレントだから。」


「でも、そうあなたを甘やかしちゃったから、あなたは強くなれなかった。」

「替わりにとても優しく、人を思いやる気持ちだけは誰にも負けない人間になった。」


「だからあなたは、きっとたくさんの人を救えるようになると思うの。」

「私はあなたを育てることに必死だった。だから、あなたみたいに優しくはなれなかった。」

「あなたが元気に楽しく暮らせれば、他の皆が不幸でもかまわない、とさえ思ったの。」


「あなたのやり方で、あなたは幸せになって。」

「きっとなれるから。あなただけでなく、たくさんの人を幸せにすることだって、、、。」


目が覚めても、母の声が頭に強く残っていた。僕の夢の中で、母は僕に強く生きていて欲しいと願っていた。


逃げることならはいつでもできるはず。

母がなくなって一カ月が経ち、ようやく僕は目が覚めた気がした。



僕はなんとはなしに、僕は母がいじっていたMACBOOKを開いてみた。


IDが母の名前、パスワードは「LENTO」だった。ときどき横で見ていたからたまたま覚えていた。僕の名前なんて使うな、と思っていたけど、自分の名前を打ち込みながら、なんだかこそばゆい気分になった。こうして母を感じられることも幸せだと思った。


PCが立ちあがると、INTERNET EXPLOREが開いたままになっていて、料理のページが出てきた。

母が救急車で運ばれる前の晩に、僕の大好きなイタリアンハンバーグの作り方を確認していたのだ。


次にGOOGLE CROMEを立ち上げると、母が作っていた「エンジェル」というサイトが見つかった。そんなサイトを持っていたなんて全く気付きもしなかった。


エンジェルのサイトには、膨大な量の書き込みがされていた。


・何故返事が来ないのか。サイトが更新されないのか。

・エンジェルに何かがあったのか。


母を中傷する書き込みもあった。

・ついに悪魔に天罰が下ったんだ。

・エンジェルには確かに特殊な能力があることは認めるしかない。しかしそれを悪用して金を儲けようとする天使など許されない。


僕にはついていけなかった。


一つ一つのコメントや、母のアップした内容を見て、徐々に状況が見えてきた。


母のサイトはブログのようなスタイルで、母自身が発信するものと、サイトあてに来た質問に対して回答するという2つの役割を持っていた。一部の人には非公開の回答を有料で行うサービスも行い、非公開の回答の中には、「死へのカウントダウン」を伝えるものも多く挙げられていた。

その母の指定したカウントダウンがピタリと当たるとなれば、悪魔呼ばわりされるのももっともだろうと僕は思った。

母は、相談者から写真をもらい、色を確認し、それを解読することでお金を稼いでいたようだった。


人の悩みを解決することは感謝されることはあっても、文句を言われる筋合いはない、と僕はその書き込みに怒りを覚えた。


しかし僕は母のサイトに貼られたリンクを見て、正義感が揺らいでしまった。


熱狂的に母を支援する人たちがエンジェルを神格化する別サイトを立ちあげていた。そしてその存在を母は認めていたのだ。彼らはチームエンジェルを名乗り、宗教のような活動をし、その団体からは母に寄付金が送られていた。



死へのカウントダウンか。

母は確かに悪魔に魂を売ったことで、命を落としてしまったのかもしれない、と僕は思った。


写真にも「色のようなもの」は写っていた。

だから僕も写真を見れば、その人の性格や、寿命がある程度わかった。母はきっと、人の色と寿命を計算し、その係数を解明したことで、ピタリと当てられるようになったのだろう。


そして、僕は突然、思いついた。


中学までは色の変化があっても、以降は死ぬまで色が変わらないということは間違いなかった。でも、特別な二人が同じ空間にいると、新しい色を作り出すのではないか。タクトとカノンのように。


もしかして。

タクトとカノンは二人で暮らし始めて初めて色を変化させた。

人の寿命も、人と人の関わりの中で変化がおきる可能性があるということかもしれない。


「人の命か。」

母は僕を救うために命を利用してお金を稼いだ。

僕は母を亡くして、大事な人の命がどれほど大きな存在なのかに気付かされた。


僕が母の死を乗り越え、新しい人生をスタートさせるためには、自分なりの「命の見つめ方」を考えなければいけない、と思った。


僕の目で、命を見つめないと。

タクトとカノンが作り上げたコバルトグリーンは幸せの色だった。幸せは健康の上で成り立つ。あのコバルトグリーンにはきっと消えゆく命を救う力を持っているはず。僕は確信した。


あのコバルトグリーンの再生を人工的に演出できたらどうなるだろうか。

ブルーグリーンとブルーグリーンの掛け合わせさえできれば。そして、もしかすると他の色だって合わせることができれば。


もしかすると、多くの人を幸せにすることができるかもしれない。

それができれば、自分の生きる意味ができる。母の遺した言葉のためではなく、自分のために。


「さぁ、新エンジェルのデビューだ。」



僕は、意気揚々とブルーグリーンの人たちを引き合わせ、新しい色を作る出し、悩んでいる人たちを解決に導くことを試みた。


しかし、その色を引き合わせても何の変化も起きなかった。

変化を確認していた僕は、落胆し、サイト訪問者からは非難を浴びるようになった。


そしてついには「エンジェルの偽物」呼ばわりされるようになった。

母がやっていた死へのカウントダウンを拒否するようになっていたこともあり、「今までのエンジェルと違う」とサイトから人が次々と離れて行ってしまった。チームエンジェルからは金を返せと脅されるようにもなってしまった。


僕の気付きが母を超えるきっかけになると一瞬思ったが、それは大きな間違いだった。

僕は全く母の足元にも及ばなかった。


「スゴロクで振り出しに戻る」って感じか。

僕はまた、どうすれば良いのはわからなくなってしまった。


そんな時、タクトからラインが入ってきた。

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