第4話 COLOR「ブランコの少女」
翌週の週末、僕らはタクトの故郷、福島県の矢祭町に向かった。
矢祭町は茨城県との県境にほど近い山間の小さな町で、近くに駅はなかった。
タクトがレンタカーを借りて向かうことにした。
車中の3時間、運転していたタクトは終始静かだった。音楽もかけずに僕らはただ黙って外の景色を眺めながら目的地に向かった。
話した、と言えば、ドライブスルーで昼食をとった時に他愛のない会話だけだった。
茨城県を抜けて「福島県」という看板が見えた。
タクトが「もう少しだ。」とつぶやいた。
それから10分ほどしたところにタクトは車を止めた。
そこには押しボタン式の信号と、横断歩道がある小さな交差点だった。横断歩道の先は、車が通れないほど小さな田んぼの間のあぜ道になっていた。
「もしかしてここか。」
僕はあたりを見渡した。
右にも左にも田んぼが続き、すこし離れたところに新し目の家が数軒見えた。
通りに車は全く走っていなかった。
「いつも車なんていなかったのにな。」
「それに、いつもだったら、押しボタンを真っ先に押したがってたのに。」
「毎回押させてから通ってたんだ。あの日以外は。」
タクトがつぶやいた。
僕が黙っていると、タクトが聞いて来た。
「なあ、レント。で、どうだ?」
「何か見えるか?」
残念ながら僕には何も見えなかった。
目の前の景色以外はなんにも。
「…すまん。何も見えない。」
タクトはすぐに
「そうか。」と納得した様子でうなずいた。
残念そうではあったが、その様子を僕には見せないようにしているようだった。
「よし。とりあえず俺んち行こう。」
「俺の両親にもお前を紹介したいしな。」
タクトは踵を返すと、急ぐように運転席に乗り込んだ。
もう、あまりこの場所には長く居たくない様子だった。
ほんの2分くらいで、白い壁をした洋風の同形状の家が5軒並んでいるのが見えてきた。それはさっきあの交差点から遠くに見えていた家だった。
それぞれの家には30平米ほどの庭がついていた。
真ん中の家にだけは、庭に二人乗りのブランコが置かれていた。
「な、変だろ。田んぼの中に、いきなり新しめな家が並んでるって。」
「言っても15年くらいは経ってるんだぜ。まだ新しく見えるけど。」
「妹が小学校に上がる時にここに引っ越したんだ。」
いきなりタクトは饒舌になり、僕は少し驚いた。
あの場所から離れて少し落ち着いたんだろうか。それとも、元気なふりをしているだけなのだろうか。
家の横にある田んぼの脇に車を止めて、タクトが向かったのは、あのブランコのある家だった。
もうタクトの家には子供はいないはずなのに、ブランコが小さく揺れていた。
ブランコはタクトと妹のために買ったものなのだろうか、と僕は思った。
その時、僕にはブランコに乗っている少女の姿が見えた。
彼女は少し影がかかったようなに見えたが、クリーム色のセーターに水色のスカートをはき、赤いランドセルを背負っているのがわかった。
僕はそれに驚きつつも、タクトに伝えることはやめておいた。
そもそも、言うのがいいのか悪いのか、今見えていることがいいのかどうかも、全く判断がつかなかったので。
その晩、僕はタクトの両親と夕ご飯を食べ、タクトの大学生活について、タクトの親から色々と質問を受けたあと、タクトの部屋に布団を敷いてもらった。
タクトは自分のベッドに入った。
「なんだか悪かったな。肩透かしで。」
真っ暗な部屋の中でタクトが言った。
「いや、全く。久しぶりにきれいな空気のところに来られて、リフレッシュできたよ。お陰さまで。」
「しかも高速代も全部出してもらってさ。」
「俺が無理やり呼んだんだろ。当然だよ。」
しばらくして、寝てしまったのか、と思っているとタクトの声がした。
「なあ。レント。」
「あそこに妹がいなかったってことは、妹は天国に行ったってことだよな。」
「ああ。そうだな。」
僕はそう言いながら、あのブランコの女の子のことを思い出し、逆に何も話せなくなってしまった。
「あの場所に置き去りになっているわけじゃなかったとわかって、正直安心したよ。」
「あの場で怖い顔をしながら俺のことを恨んでるんじゃないかって、ずっと思ってたから。」
「いや、それはないよ。」
ランドセルの女の子は決して恨んでいるような表情をしていなかった。むしろ楽しそうにしていたようだった。
「きっともう天国だよ。」
僕は付け加えた。
「うん。」
タクトはもしかしたら、僕が何かに気付いたことを感じたのかもしれないと思った。
僕は正直、感情を隠すのが得意ではなく、タクトには妙にするどいところがあったから。
でも、タクトはそれ以上何も聞いてこなかった。
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