第2話 COLOR「タクト」
僕は都内の大学に自宅から通いながら、授業以外の大半はインカレのイベントサークルのラウンジで過ごしていた。
「イベサー」なんて自分の柄じゃないのはわかっていたけれど、引っ込み思案な性格を変えたいという思いもあり、正直少し無理しながら参加していた。
サークルには他大学の学生たちも多く、男女比は少しだけ女子の方が多かった。
サークルに入って2年経っていたが、いまだ華やかな雰囲気になじめずにいたのは僕とタクトくらいだった。
「なあ。学祭のゲストにマセキの芸人ブッキングしたいんだけど、時間と場所が決まってないじゃん。そんな段階で事務所に連絡したらまずいかな。」
僕は黒いフーディーで顔の半分を隠したタクトに質問した。
「いや。学祭シーズンは芸人さんも忙しいから、『日程だけは確定なんですけど』って言って抑えといた方がいいよ。ほら2年前ブッキングに失敗して、地方の人気ゆるキャラでごまかそうとして、客が全然来なかった話、知ってるだろ。」
「半年前には声かけとかないとやばいって。」
「まあ、そうだよな。」
「でもさ、無料のステージだし、協賛金次第でギャラが確定しない、っていう問題もあるしなあ。ブッキングって難しいよね、正直。」
「だな。でも協賛金はでも例年のところは計算できるし、逆に芸人が決まらないとお金を出してくれる判断できないケースも多いだろうから、このタイミングでお願いしちゃうしかないよ。」
僕の感じるタクトの色は「ブルーグリーン」だった。
それは、鏡越しに確認した自分と同じだった。
色が同じだからと言って、性格同じというわけではもちろんなかった。タクトは自分で知ってか知らずか、人の間違いや物事の根本に気付き、それを伝えることで、サークル全体のバランスを保つことのできる人間だった。でも、僕にはそんな能力は全くなかった。ただの目立たない、トロいサークル員でしかなかった。
大まかに言うと、経験上、ブルーグリーンの人は慎重で、ものごとに真面目に取り組む傾向にあった。今まで会ったブルーグリーンの人たちを見て、それは間違っていないと思う。
人の色は中学生までは変化したが、高校以降は変わらなかった。
きっと、自分という存在のカラーが固まってからは、人の性格は死ぬまで変わらないんじゃないかと思う。そういう意味では、中学まではまだ人格は不安定な存在だとも言えるのかもしれない。
「レントってさ、ブッキング率が百発百中だろ。少なくとも相手に太い仕事がない場合にはさ。」
タクトが聞いてきた。
「なあ、なんか裏技とか知ってんのか?一緒に交渉に行った時も特に冴えない感じだったし。不思議だよな。」
こういう時はいつも答え方に迷う。
ブルーグリーンの人は気が合う存在だったから、本人に会えさえすれば落とす自信があった。ギャラには関係なく。「あ、それは僕がいつもブルーグリーンの芸人かマネージャーにしか依頼に行かないからだ」って答えられればわかりやすいんだけど。
ちなみに、レッドとかイエローとか、はっきりした色の人は怖くて最初から攻めないことにしていた。ともかく自己主張が強すぎて、僕の手には負えなかったから。
「たまたまでしょ。」
「でもなんとなくうまく行きそうな人を研究して選んでたから、というのはあるかもな。」
僕は言葉を選んで答えた。
「まあ、そうか、、、。」
タクトは納得したようにつぶやいた。
「話変わるけどさ、レントって、女子に対してもそうじゃん?」
タクトはラウンジの古ぼけた茶色のソファに深く腰掛けて週刊誌を広げ、チラチラと僕の方を見ながら話を続けた。
「俺なんて彼女すらできたことがないのにさ。冴えないレントにはいっつも彼女いるよな。なーんか、うまいことやってんじゃないの?」
冴えないと言われても、タクトに言われるなぜかムカっとしない。
「たまたまでしょ。」
「でもなんとなくうまく行きそうな人を研究して選んでたから、というのはあるかもしれない。」
「なんだよ。お前はオウムか!?」
僕は20年以上見続けてきたからか、色と人の傾向が大分わかるようになっていた。
それこそ僕は赤色女子と僕はうまくいかなかったし、その色の女子から好かれるためには大変な努力が必要だということを経験していた。
たまたま赤色女子と付き合えたとしても、大分無理しなければいけないことが多く、長続きさせることはできなかった。
「なあ、そんな恋愛達人の僕がいいことを教えてやろうか。」
姿勢を正し、僕は、この際だから話しの流れに乗ってタクトに話すことにした。
「ここだけの話だぞ。」
「おう。なんだよ、改まって。」
「アオタン1年生のカノンって、お前のこと好きだぞ。しかも、お前もカノンが好きと見た。それってどういうことかわかるか。」
僕はタクトの返事を待たずに続けた。
「つまり、お前から告白したら百発百中、てわけだ。」
「マジか。」
「その話、誰に聞いたんだ?本人にか?」
「しかも俺、お前に一言もそんなこと、、、。」
「まあいい。信じる信じないはお前にまかせる。」
正確に言うと、もちろん僕には人の恋愛を読む力なんてなかった。でも、相性のいい色同士ならわかるようになっていた。
カノンとタクトの色の相性は抜群だったし、それを二人がなんとなく気付いているんじゃないかと、前から思っていた。
タクトはポカンと口を開け、面喰った顔で僕を見ていた。
地味なレントが、なんだか恋愛の天才のようなことを言いだし、その言葉が自分の心を動かしたって感じか。
「お前、やっぱ不思議だわ。」
「ときどきスゲーっていうか、マジ不思議だわ。尊敬する。」
「ちょっと待てよ。適当に言ったけだし。」
「でも、てことは図星だったってことだな。」
僕は頭をかきながら答えた。
「それはそれとしてさ、そもそもお前カノンに告白する勇気あんのかよ?」
「ないな。」
タクトは即答した。
「だろ?」
「つまり、このまま何も進展なく終わっちゃうってことだな。残念ながら。」
「そうなんだよな、、、。結局。」
タクトはふーっとため息をついた。
タクトは本当に性格が良かった。
こういう時は、隠し事無しに素直に話してくれた。そんなタクトと友達で良かったと思いながら、タクトの目を見て話を続けた。
「いいのか、タクト。カノンはちっちゃくてかわいいタイプだから、きっとそのうち3年の先輩に告白されて持ってかれちゃうぞ。」
「ほら、カノンって『あ、あ、あ』なんて言っている間に押し切られちゃうタイプじゃん。」
「で、お前は、、、それでいいのか?」
「いや、やだ。」
「じゃあどうにかしろよ。」
俺はふざけた感じで、強めに答えた。
「いや、、、。わかってんだけどさ。」
「でも無理かもな、やっぱり。」
タクトの性格から言えばそんなもんだろうと思った。
その一歩を踏み出せないのがタクトなんだから。
彼のことを信頼している人間はたくさんいたし、本当は人の心を動かすことも得意な方だった。でも本人は全くそれに気付いていなかった。
僕はタクトのように人から信頼を得てきたわけではなかったけど、実際僕も同じようなタイプだった。
タクトよりも相手の機嫌や状態が見えていた分、男女関係で言うと、告白のタイミングがつかめたり、相手の機嫌がわかる、という利があった。
本当に僕らの違いなんてそこだけだった。
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