第5話
「この病院を抜け出そうと思う。」
そう告げた時のフウコは、闇の中でカタカタ震えていました。
驚くのも理解できますよね、はは、自分でも頭がおかしいと思いますから。
「抜け出すって、あ…で、でも……。」
「しっ。小さな声で。」
あぁ、こんな時なんて言えばいいのか、オレにはわかりません。
「…でも、ここから抜け出して外になんか出たら…。」
死んじゃうよ、だろ。俺にもそれは分かっています。
夜だろうとビルや店の光が俺を待っています。昼間はそれに太陽光まで加わります。
俺はヴァンパイアみたいなもんです。
こう言ったら、みなさんにもわかりやすいですよね。
「それに、ど、どうやって抜け出すの。いつ抜け出すの。ね、ねぇ海、考え直して。あなたはここにいないと…」
「ここにいても俺は死ぬよ。」
ここにいても俺は死ぬ。俺はどうせ死ぬんです。
皮肉にも、そこが俺とヴァンパイアとの唯一違うところですね。
「ここにいたら俺の体よりも前に、心が死ぬよ。真っ暗闇に幽閉されて、あとは全部君だけだ。」
「……でも、一人で脱走なんてできるの? 」
「できない。だからフウコが必要だ。」
こんなに酷いことを頼めるのは本当に世界で彼女だけです。
わかるでしょう。だってこれは、俺を殺してくれ、と頼んでいるようなものですから。
「明日、いつも通り夕方に来てくれ。そのままこの病室に残って二人で夜を待とう。大丈夫、夜勤の見回りはここには来ないんだ。俺の病室で懐中電灯は使えないから、どうせ見回りに来ても何も見えやしないだろ? だから見回りのルートから外されてる。それに俺は珍しい病気だから、少しばかり隔離されてて廊下にも誰も来ないし、うまく切り抜ければ裏口から出ることができる。」
「海、でも……」
「俺は毛布を被って車椅子に乗る。光対策だ。フウコ、どうか俺の車椅子を押してくれないか。俺を外に出してくれ。」
フウコは唇をワナワナさせて、今にも泣きそうな表情をしています。
かなりショックで、気がやられているのでしょう。
「3年間、ずっと出たかったの? 」
その声はいつもより細く柔く寂しいものでした。
「うん。出たかった。ずっと……ずっと見たかったんだ。」
「見たい? 」
そう言って俺の顔をじっと見つめます。
もちろん、彼女からしたらそんなによくは見えないのでしょうが。
「月の光でもいいから、自然の光をまた見たかったんだ。」
タン、ターン、ターン……
あの曲と同じような、月の光を、俺はずっと見たかったんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます