第4話

今日は病院に行く前に本屋さんによって、うみに本を買ってきました。

病院は何にもないし、海は外に出ることさえできないからです。


漫画本を3冊と、クラシックについてのカラーの本を1冊。それと、純文学を2冊ばかり。




「フウコちゃんこんにちは。うみ君? 」

「はい。」

「うん。電気消すね。」


看護師さんが廊下の電気を消します。

もう言わなくたってわかると思うけど、海に光が当たらないためです。


「ありがとうございます。」

「ううん、こちらこそいつもありがとう。」


コチラコソ か。なんて無責任な言葉なんだろう。

こちらこそなんて、あなたは、ひょっとして海のことをかわいそうだと思ってるの?


海をかわいそうだと思っていいのは、海を閉じ込め、ずうっとほっといて寂しい思いをさせてるあなたじゃなくて、毎日海に会いに来てる私だけだ…。


ああ、こんな考えが浮かぶのはいけないことだと、あなたは思いますか?


「海。」

「フウコ! 」



暗すぎて目が慣れない内はあまり見えないけれど、少しするとそのシルエットが浮かび上がってきます。


「今日はちょっと遅かったね。大丈夫? 」

「本屋さんに行ってて。」


私は本を海に手渡しました。

寂しい思いをして欲しくない。この暗闇の中でもあなたを孤独にはさせないよ。

そう思いを込めた本達です。


「これいいね。」

「あ、それ、海がクラシック好きでしょ。だから気に入るかなって。見て、全ページキレイなカラー印刷なんだよ。」


「ありがとう、フウコ。」



ああ

今が生きてて良かったと思う時です。

ありがとう、フウコ。



たったこれだけの、たったこれだけの言葉で彼は私を、こんな私を、幸せにしてくれます。


「小説とクラシックは面白そうだけど難しいから私には無理でしょ? だから海に読んで、どんなのだったか教えて欲しかったの。漫画は私も好きだから、感想を聞きたかっただけ。気に入ったらいいけど。」


「気に入る、どんなのだって。」


海の笑顔が私の笑顔となり、海の喜びが私の喜びとなることを、私はもう随分前に知っていました。

私が私である前に、私は海であるのです。




あなたは愛がどんなものだかわかりますか?

たくさんの歌やお芝居や本に出てくる言葉、愛がどんなものだか。


あなたは愛したことがありますか? 誰かを心の底から、その人のためだったら今までの自分の人生などロウソクのように溶けてしまってもいい、と思ったことは?



私は今、愛しています。海をひたすらに、そしてずうっと前から。


海のためなら世界を殺す。

海のためなら何千人、何万人の人間達を殺してしまうことだってできます。


あなたはあります? こんな気持ち、こんな思いを持ったことが。

こんな悪魔みたいな気持ちさえ優しく美しく気高く思ったことが。



「ねぇ。」

「曲聴く? 流そっか? 」

「いや。違くて、その。ちょっと大事な話。けっこう前から話そうと思ってたんだけど。」


海は私のあげた本達をベッドの脇に置きました。

漫画本が1番上。純文学が一番下。そして間にクラシックの本。


「はなし? うん、なに? 」





静かに、優しく、穏やかに海はこう言いました。







「俺、病院を抜け出そうと思う。」





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