第130話 ゴート → ラナスティ
「ボウロ! あいつはどこだ!」
『大魔法使いの道楽』に駆け込んだゴートさんは受付にいた犬耳獣人のボウロさんを怒鳴りつける。別にボウロさんはなにも悪くないのにちょっと可哀想だ。
「ちょっ、ちょっとゴートさん。どうしたんですか急に。オーナーならいつも通り奥の私室にこもりっきりですよ」
あれ? こういうことって、もしかしてよくあることなのかな? ゴートさんの剣幕にボウロさんはあんまり驚いていないみたいだ。
「ち! ……いつからだ。いつからあいつは外に出ていない」
「あぁ……えぇっと、ひと月くらいでしょうか? 室内にトイレもお風呂もありますし、食事は定期的に差し入れてますけど、お姿はそのくらい見ていないかと」
『ほう! みごとな引きこもりだな。宿屋経営しているからニートってわけではないみたいだけどよ』
『どうやらゴートさんの知り合いみたいだけど、一カ月も部屋から出ないなんてある意味すごいよね』
完全に話についていけていない僕はタツマと念話で雑談中。僕たちにはゴートさんがなんで宿屋のオーナーに怒っているのかがまったくわからないんだから仕方がない。
「俺が十日くらい前に送った手紙は?」
「たしか……ゴートさんからの手紙だとお伝えして、室内から聞こえたオーナーの指示通りに扉へ挟んでおきましたけど、今朝の段階では扉に挟まったままでしたね」
うわぁ、ゴートさんのこめかみが面白いくらいにピクピクしてる。たしかにラナスティさんて人の引きこもりっぷりはどうかと思うけど、それが僕と絡んでどうしてゴートさんの怒りに繋がるのかは僕にはわからない。でも、なんとなくゴートさんの怒りの理由はわかる気がする。
きっとゴートさんとラナスティさんは仲が良かったんだと思う。しかもそれだけじゃなくて、あの強いゴートさんが信頼を寄せているくらいに凄い人なんじゃないかな。原因はわからないけど、そんな人が自分の宿の経営すら人任せで部屋に引きこもっている。
ゴートさんはそれが歯がゆくて悔しいんだと思う。今回渡そうとした手紙になにが書いてあったのかは見当もつかないけど、もしかしたらその手紙でラナスティさんのなにかが変わるかも知れない。ゴートさんはそんなことを考えていたような気がする。それなのに、手紙すら読んでいなかったなんて聞いたら……さすがに怒る、かも?
「わかった。ちょっと入らせてもらうぞ。お前たちも着いてこい」
「ちょっとゴートさん! 扉とか壊さないようにしてくださいね」
「ちゃんと弁償するから安心しろ」
あぁ、壊さないとは言わないんですね、ゴートさん。
ゴートさんはカウンターを回り込むとボウロさんを押しのけるようにして、従業員スペースと思われる区域へずかずかと入っていく。
僕たちまで従業員用のスペースに入っていくのはどうかと思ったけど、ゴートさんに言われてしまったら仕方がない。念のために視線でボウロさんに確認をすると、ボウロさんはよくあることなのか苦笑しつつも気持ちよく僕たちを奥へと通してくれた。
勧めに従っておずおずと入っていく。厨房への入り口を横目に社員食堂、住み込み従業員の部屋などを通り過ぎた先。周囲の扉よりもほんの少しお洒落な感じの扉の前にゴートさんがいるのを見つけたとき、すでにゴートさんは太い腕を振り上げていた。
「ご……」
ゴートさん、穏便に! そう叫ぼうとした僕の声が『バキィ』という音に掻き消される。あぁ、扉に穴が……
「ちょ、ちょっと! なにしてんのよ! 誰よ! いきなり扉をぶち破ろうとするなんて! ここはうら若き美女の神聖なる寝室なのよ!」
「うるせぇ! 御託はどうでもいいから起きてすぐ出てこいラティ!」
扉に穴を開けられて、さすがに黙っていられなかったのか、部屋の主であるラナスティさんらしき人から抗議の声が上がる。うら若きとか、美女とか、神聖とかはどうでもいいけど、女の人の寝室という意味ではラナスティさんの抗議はしごくもっともだ。
「はぁ……またあなたなの? 私のことはもうそっとしておいてって何度も言ったじゃない」
どこか気怠い声で、疲れたように言い返すラナスティさんに、ゴートさんは扉に挟まったままだった手紙を引き抜き、それを扉に開けた穴から部屋の中へと入れた。
「俺が十日前・・・にお前に渡すように頼んだ手紙だ。読め」
「……あぁ、あったわね、そんなこと。どうせいつものお小言だろうと思ってたから後で読もうと思って忘れていたわ」
穴は開いていても扉は閉まったままで、僕たちには中の様子は見えない。だけど、部屋の中からは衣擦れの音と小さな足音が聞こえている。ラナスティさんが手紙を拾いに来ているのだろう。
そのあと、カサカサと手紙を開く音が聞こえ、しばらくの静寂が訪れる。ゴートさんもあれだけ激昂していたわりに、扉に穴を開けて以降はおとなしい。
「……嘘、でしょう? ガードンとマリシャの……子供?」
「そうだ」
「そう……私がくすぶっている間にガードンとマリシャの子供が冒険者になるためにこの街へ来たのね」
誰に話すでもなく、呟くように言葉を漏らしていたラナスティさん。
「あ!」
ところがラナスティさんは突然大きな声を出すと、室内からガシャガシャと大きな音が響き始め、壊れた扉が勢いよく開かれた。そこにはパウダーブルーの長い髪をふり乱し、蒼いローブと杖を持った長身の女性が蒼い瞳の眼を見開いて立っている。
「ラティ、急にどうした」
「馬鹿! あんたも忘れたわけじゃないでしょ! ポルック村からガードンの子たちがきているなら早く保護しないと、あのクズ野郎に見つかったらなにをされるかわかったもんじゃないわ!」
焦燥に駆られた声でそんなことを叫ぶラナスティさんに、ゴートさんは大きく天を仰ぐとぴしゃりと自分のおでこに手をあてた。
「ラティ、俺が怒っているのはそこだ。まずは手紙の続きを読め」
「え? なによいったい! 急がなきゃいけないのに……えっと、なになに? 『ガードンの子供たちのパーティをお前の宿に向かわせたから、隠蔽と……保護をまか……せる』ですって?」
「そうだ! それなのにお前ときたら……まさか十日前の手紙にまだ目を通していないとは思わなかった。もし、そのせいでこいつらになにかあったとしたら……」
「……」
「すべてを諦め、ただ無気力に惰性で生きていたお前を許せなくなるところだった」
ゴートさんの重い言葉にラナスティさんの肩が落ちる。なんか、僕たちのことで本当は仲が良かったはずのふたりが喧嘩しているのを見るのはつらい。別に僕たちはなんの不都合も感じていなかったんだから、仲直りしてもらえるようにゴートさんに言おう。
「あの……」
「同時に!」
重苦しい空気の中、意を決して紡ぎだした僕の言葉をゴートさんの強い言葉が掻き消す。
「忙しさにかまけ、手紙を出しただけでちゃんとお前に直接伝えなかった俺自身も同罪だがな」
「ゴート……」
「……ラティ、もう引きこもるのはやめろ。見ろ、ガードンとマリシャの子を。猫獣人の子と共にパーティを組み、エルフを連れ、魔物さえも友にしている」
「猫の獣人? ……あぁ! わかるわ、デクスとミランの娘ね。よく似ているわ」
「にゃ? お父さんとお母さんを知っているんですか?」
突然出てきた自分の両親の名前に反応したリミの問いかけに、ラナスティさんは優しい微笑みを浮かべた。
「もちろんよ。ヒュマスもガンツもサムスも、ネル婆だって知っているわ」
ラナスティさんは僕たちの村の住人たちの名前を懐かしそう口にしながら、杖をゴートさんに押し付けてその脇をすり抜ける。そのまま僕たちの前まで来くると、おもむろに僕とリミを両手で引き寄せて抱き締めた。
「私はラナスティ、ガードンとマリシャたちとは親友だったの。それなのに……十日もほったらかしで本当にごめんなさい」
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