第129話 報告 → 激怒

 ゴートさんは僕たちの視線を受けて、重々しく頷いてくれた。……一瞬だけどこか懐かしむような表情が混ざった気がしたのは……気のせいかな。


「わかった。では、まずはお前たちが一番気にしていたことから話そう」


 その言葉にシルフィとリミが体を強張らせるのがわかったけど、自分たちで全てを聞くことを決めたんだから、なにを聞いてもちゃんと受け止めてくれるはず。


「結論から言うと、ゴブリンの巣に捕らわれていた女性たちはすべて死んでいた」

「……死んでいたんですか?」


 確かに死んでいてもおかしくない状況だったけど、あの人たちはまだ反応を示していたし、実際にゴブリンを……


「そうだ。ただし、正確には少し違う。彼女たちは特殊な術式を用いて妊娠、出産に関わる機能だけを残して、半アンデッド化されていた」


 ギリ、と僕の奥歯が音を立てる。なんて酷いことを……。


「なんの救いにもならんが、彼女たちはすでに死んでいた。おそらくだが、苦しんでいた時間はそう長くはなかったはずだ」


 本当になんの救いにもならない。殺されてしまったことには変わりはないし、死んでしまった後まであんなことに自分の体を使われるなんて死後の尊厳もなにもあったものじゃない!


「次にゴブリンについてだが、今回のゴブリンどもの異常な繁殖力、上位種の多さ、キングとクイーンの存在についても、なにかしらの人為的な関与があったことが窺われる」

「なにかわかったんですか?」

「あの場所の近くに、周囲を柵で覆われた場所があってな。そこにはゴブリンの死体が大量にあった。おそらく、ゴブリンを閉じ込めてわざと殺し合いをさせた。その戦いに生き残った個体は経験と力を得て上位種に進化していったんだろう」


 そうして生み出されたのがジェネラルであり、クイーンであり、キング……そして最終的にはエンペラーを産ませるところまで計画は進んでいた。僕たちがあそこに居合わせたのは本当にぎりぎりのタイミングだったんだ。


『えげつねぇな……蠱毒こどくってわけでもあるまいに』


 蠱毒って毒虫とか毒蛇をひとつの空間に閉じ込めて最後に生き残ったのを呪いに使うとかってやつだよね……さすがのタツマもどこかげんなりとしている。厨二脳のタツマですら忌避するような行いなんだろう。


「犯人の目星はついているんですか?」


 僕の問いかけにゴートさんは小さく首を振る。


「わからん。ここフロンティスは北にジドルナ大森林があるため、隣国とは接していない。敵国の謀略という線はない。同国人の犯行にしては、内容が悪質すぎる。エンペラーがもう少し育ち、あの集団が動き出していたらエンチャンシア王国自体が滅んでいたかも知れない。それどころか対処を間違えば、この大陸上のすべての国が滅んでいた可能性すらある。さすがにそこまでする人間はいないだろう」


 生まれつき上位のスキルを持ち、わずか数体のゴブリンを殺しただけでレベルが軽々と上昇し、殺したゴブリンのスキルすらも吸収していくゴブリンエンペラー。あのまま成長していたら、精霊級(SS)冒険者や神級(SSS)冒険者がいたとしても倒せたかどうか……と言っても僕は精霊級や神級の冒険者がどのくらい強いのか知らないけど。


「そこで、リューマから聞いた人魔族だ」

「……はい」

「ポルック村を襲った男が人魔族だとすれば、そいつらは北方の開拓村を最低でも七つ壊滅させている。魔物に襲われたにしては生き残りがひとりもいないため、不思議に思われていたが……お前の言う通り同族以外の全てをそれほどに恨んでいるとすれば、大陸全土を滅ぼそうとしたことにも、類を見ない外道な術式も……証拠はないが、もろもろひっくるめてすべてに説明がつく……ついちまうんだ」


 ゴートさんにしてみれば、人魔族の存在を認めたくはなかったんだと思う。ただでさえ人間は魔物と相容れずに生存権を争っている。だが、魔物たちは本能のままに暴れるだけ、対処もしやすい。でも敵は魔物よりも遥かに知恵があり、魔物どころか人間にすらないような能力を持っている。そんな敵が世間的には敵と認識されないまま、被害の大きさなど考えもせずに好き勝手に動き回っているかも知れないというこの状況は、知らないうちに特大の爆弾を仕掛けられているようなもの。しかもその爆弾はどこに仕掛けられているか、まったくわからない。今回のように街から離れた森かも知れないし、街の中にある建物の一室かも知れない。そんな状況ではまともな対処なんてできるはずもない。


「それでも、リューマのおかげでひとつは潰せたし、敵がどんな奴らかという目安を付けられたのは不幸中の幸いだったと思うしかない」

「はい……人魔族の人たちの生い立ちに思うところはあります。出来れば僕は皆と仲良くしたいです。でも、人魔族の人たちがこんなことを続けていくつもりなら、放ってはおけないです」


 本当なら人魔族の人たちとも仲良くしたい。でも……僕が出会ったアドニスを思い出す限りでは、まともな話し合いができるとは思えないし、人魔族の人たちの行動が僕たちに被害を与えれば与えるほど和解の道はさらに遠のく。シルフィの【精霊の道】から何人が結界の外に出たのかはわからないけど、なるべく早く人魔族の人たちを止めたい。


「そうか……やっぱりお前はガードンの息子だ」


 この部屋に来てから一度も固い表情を崩さなかったゴートさんの顔から初めて笑みがこぼれた。それはきっと、父さんなら今の僕と同じようなことを言うかも知れないとゴートさんが思ったということ。それは僕にとっても嬉しいことだ。


「お前たちから聞いた話からすれば、ポルック村を襲った人魔族を倒したのが誰かというのは今回の犯人には知られていないと思うが、他種族に対する過度の恨みがあるということは、逆に同族に対しては強い執着があるかも知れん。身辺に注意を怠るなよ」

「はい、気をつけます」


 いまでも僕たちは、リミやシルフィが絡まれないように注意しているけど……僕たちがポルック村関係者だと人魔族に知られれば、逆恨みで狙われる危険もあるのか。


「ま、宿にいる間はラナスティがいるから安全だろうがな」

「えっと……ラナスティというのは?」

「リューマ様、たしか宿屋の主人がそのお名前だったと思います」


 シルフィがすぐに横からフォローをしてくれる。


「……あ、そういえばそうだったかも。でも、どんな人だったっけ?」

「いつもお部屋で寝ているから、たぶんリミたちは一回も会ったことないよ」


 そうだった。挨拶くらいはと思って、最初の数日は受付のボウロさんに会えるかどうかを確認していたけど、いつ行っても駄目だったから、そのうち会えると思って……すっかり忘れてた。なんだったらもう、僕たちの中ではボウロさんが店主、くらいの勢いだったかも。


「なんだと?」


 うおっ! ゴートさんが急にどすの効いた声を……しかもまた顔が怖くなってるよ。


「じゃあ、おまえら一度もラナスティに会っていないのか?」

「は、はい」

「あの馬鹿! なんのためにレナリアにあの宿を紹介させたと思ってやがる! いくぞリューマ! ついて来い!」

「はい!」


 ゴートさんのこの剣幕に、僕たちが逆らえるわけもなかった。

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