スキルトレーダー【技能交換】 ～辺境でわらしべ長者やってます～

第126話 成功 → 不穏

　覚悟を決めた僕の言葉にゴートさんは静かに頷くと、戦槌をその場に置き、大楯を両手で構えた。

いま気が付いたけどゴートさんが使う大楯はその大きさを生かすためなのか、内側のいろいろなところに盾を持ったり保持したりできる細工がしてある。今回ゴートさんはこの大楯を両手で持って使用するらしい。ゴブリンエンペラーの桁外れの力をその身で体感し、動きを止めるためには全力で防御に専念する必要があると判断したのだろう。防御に特化したゴートさんにそこまでさせて、それでも一度しか止められないと言わしめる相手。

　ゴートさんが体を張って作ってくれるたった一度の機会、絶対に失敗するわけにはいかない。

「はじめるぞ」

「はい、どんな形で動きが止まっても必ず決めますから」

　一度ゴートさんの背後に回ってゴブリンエンペラーの視界から完全に外れ、【隠密４】を再度発動する。そして気配を消したままゴブリンの死体の陰へと隠れて機会を待つ。

「よし、はじめるぞ」

　おそらく、隠れている僕に伝えるためだけのつぶやき。ゴートさんは両手でしっかりと大盾を保持し、盾の上から顔を出すと大きく息を吸い込む。

『がぁぁぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁぁあっぁ！！』

　ゴートさんの雄たけびは戦場のすべての生き物にあまねく響いた。とにかくすごい大音声で、【隠密】と並列起動していた【音波探知】の音波が全部ゴートさんの声に押し流されて、僕の意識も思わずふらつきそうになる。でも、いまのゴートさんの声には【威圧】と【挑発】スキルが付加されていて、さらにゴブリンエンペラーには【誘導】もかかっているはず。まだレベル１のゴブリンエンペラーが抵抗できるとは思えない。だから僕が集中を切らすわけにはいかないんだ。

「クキャ？　……ギ、ギギィ、ギィャ！」

　そして、思惑通りゴートさんの全力のタウントに無理矢理意識を向けさせられたゴブリンエンペラーが、初めて苛立ちと怒りの表情を見せた。と、思った瞬間にはすでに手に持っていた魔物の死骸がゴートさんの盾に衝突し、上方に勢いを流され吹き飛んでいくところだった。

　くそ、速すぎる！　ギリギリ目では追えるけど、ちゃんとタイミングを合わせて動けるかどうか……

『どうしたぁぁぁ！　雄（オス）なら直接かかって来い！』

　そんな弱気になる僕の心すら叱咤するように、ゴートさんの大音声が響く。そうだよ、僕だって男なんだからやるべき時にやるべきことをやるんだ！　そう覚悟したら心が落ち着いて頭の中がすっきりと澄み渡ったような気がする。

「グギャア！　グ、グ……ギィィィ！」

　そしてゴートさんの三つのスキルを複合したタウントに苛立ちを募らせたゴブリンエンペラーが空に向かって吼えた瞬間、僕は根拠もなくいまだ！　そう思って飛び出していた。

　ゴブリンエンペラーはまだ動き出していない。でも、僕は気配を消したままゴートさんへと向かって走る。

　あと五歩……ゴブリンエンペラーが死体の山を吹き飛ばして駆け出す。

　あと四歩……ゴブリンエンペラーがゴートさんの大楯をその拳で破壊する。

　あと三歩……大楯を貫いたエンペラーの拳はゴートさんの鎧すら貫く。

　あと二歩……口から大量の吐血をしつつもゴートさんが腹筋を締め、大楯を離した手でエンペラーの手を掴む。

　あと一歩……粉砕されたゴートさんの大楯の欠片が僕の頬をかすめて血が流れる。

　そして……

「ギャ、ギャ、ギャア！」

「やれぇ！　リューマぁぁぁ！」

「はい！　【技能交換（スキルトレード）】！」

【技能交換】

　対象指定　「神速２」　

　交換指定　「威圧２」

【成功】

　まだだ！　ゴートさんが体を張って作ってくれたこの機会を無駄にはしない！

【技能交換】

　対象指定　「怪力４」　

　交換指定　「敏捷４」

【成功】

　よし！　やった！　タツマの言った通り、たとえ上位スキルでも【技能交換】はレベル依存だった。仮に【敏捷５】が成長して【神速１】になってもレベルは６ではなく、レベルが１に下がったとみなされるんだ。だから、効果としては【神速１】のほうがはるかに高いのに、【技能交換】は【神速１】のほうがはるかに難易度が低くなる。

「ゴートさん！　成功しました！　あとは僕が戦います！」

「……ごふっ」

　僕を見て、男臭い笑顔を見せたゴートさんがゴブリンエンペラーの手を離して後ろへと倒れていく。すぐに治療をしてあげたいけど、いまはゴートさんの行動を無駄にしないためにもあいつを倒すのが先だ。

　僕はゴブリンエンペラーの背中に触れていた手を戻すと渾身の力を込めた横蹴りをゴブリンエンペラーへ。

「グギィアァァ！」

「え？」

　な、なにこれ？　傷ついたゴートさんからちょっと引き離したかっただけなのに、ゴブリンエンペラーが水平に飛んでいった。

「これが【神速】と【怪力】の効果？　と、とにかくあいつを倒さなきゃ」

　まだ自分の力がよく把握できていないけど、まずはゴブリンエンペラーを倒すことが先だよね。アイテムバッグから龍貫の槍を取り出した僕は、まだ生き残っていたゴブリンたちにぶつかり一緒に転がっていったゴブリンエンペラーを追いかけるために足を踏み出す。

「いっ！　つ……」

　なんだ？　ゴブリンエンペラーを蹴った左足が痛い……

『リューマ！　うまくいったのか！』

『タツマ！　うん、うまく【神速】と【怪力】をトレードできたよ。でも、左足が……』

『なに？　あぁ……なるほどな。リューマ、この場での戦いでは力をセーブして戦え』

『え？　でもそんな余裕は』

『それでもだ！　いまのお前の体は持っているスキルを十分発揮できるだけの体になってないんだ。もっと鍛えるか、レベルを上げるかしないと体が耐えられないんだ！　【神速】と【怪力】を失った以上はあいつの能力も落ちているはずだ。うまく調整して戦え！』

　そうか……僕のスキルは僕が一から鍛えあげたスキルじゃない。だから、今回みたいに身に余るスキルを手に入れてしまうと使いこなせないんだ。

『わかった。ありがとう、タツマ。なんとかやってみるよ。あ！　あと、モフとゴートさんが……』

『わかってる！　雑魚もだいぶん片付いたし、お前がしっかりあいつを抑えてくれる前提で嬢ちゃんたちを向かわせる。だからヘマするんじゃねぇぞ！』

　よかった。さすがはタツマ、さすタツ！　じゃあ、僕はちゃんとあいつ倒せるように頑張ろう。

「クキャア……キャキャ！」

　僕が足の痛みをこらえて移動しているうちに、巻き込んだゴブリンたちの中から立ち上がったゴブリンエンペラーが嬌声を上げる。え？　なんで……僕に蹴られて怒るならまだしも、なんで笑っているんだ？

　嫌な予感がした僕は槍を構えて近づきつつもう一度【鑑定】を試みた。

『ゴブリンエンペラー

　状態：健常

　ＬＶ：５

　技能：威圧２／敏捷４／威光５／棒術２／豪腕２／火術２／弓術２

　特殊技能：眷属支配／眷属吸収

　才覚：皇帝の器』

　そこには、巻き込んだゴブリンを殺したとみなされたのか、いくつものスキルを吸収しレベルが上がったゴブリンエンペラーがいた。

今回のわらしべ

『　威圧２　→　神速２　』

『　敏捷４　→　怪力４　』