第14話 知識 → 対応

 こいつのいうことを鵜呑みにするのは危険だが、少なくとも瓶の中のスライムでいる限り直接的な危険はないはず。それなら、少しでもこの状況について聞けることは聞いておいたほうがいい。


「わかった。じゃあ話せ」

『え? 何を?』


 いらっとしたので瓶ごと持ち上げて窓の外に向かって振りかぶる。


『いや! 待て待て! わざとじゃないから! 【鑑定】の話をしてたらちょっと忘れてただけだって!』

「……」

『えっと……なんだっけ……あぁ! そうだそうだ、思い出した! お前のスキルの話だ。お前もしかして変な知識が流れ込んできて混乱してねぇ?』

「……どういうことだ?」

『まあ、これから話すのはあくまでラノベに基づいた推測だからそのつもりで頼む』


 悔しいがこいつの言うとおり、少し困惑しているのは間違いない。こいつの言う推測程度でも情報が欲しい。だから俺はとりあえず黙って頷いておく。


『とりあえず最初からいくか。中二で厨二な知識を持っているお前ならもう理解できると思うが、俺は地球という星に住んでた異世界人だ。トラックってわかるか? わかるな。それに轢かれて死んだと思ったんだが、気が付いたらお前の中に転生している途中だった』


 なんというテンプレ。脳裏に浮かぶあの大きな獣は転生の魔法陣でも内蔵しているのだろうか。俺の中にある厨二の知識の中にトラックに轢かれて異世界転生のパターンが数えきれないほどある。


『その結果は、残念ながら……というとお前には怒られそうだが、お前の特殊なスキルと機転のせいで転生に失敗してここにいる訳だ』


 これは俺も体験したことだから分かる。黙ったまま先を促す。


『で、この辺からが推測だが、俺という存在をお前に上書きする際に、俺の持っていた基礎知識が一部お前に書き込まれたらしい』

「どういうことだ……お前の記憶が俺の中にもあるということか?」

『いや……たぶん違う。お前は俺の名前を知らなかった。俺の記憶が書き込まれたなら俺の名前を知らないのはおかしい。だから、あくまでも俺が俺の世界で持っていた基礎の知識……だと思う』


 ……わかる気がする。確かに俺の中には今までの俺が知らなかった知識がある。でも、別の誰かが生きてきた経験とか記憶はない。だから自分が間違いなくリューマだと言い切ることができる。


『推測に推測を重ねるが、こうしてお前と会話ができるのも知識が転写された際になんか不思議なパスが通っちまったせいだと思うぜ。すくなくとも俺は音として言葉を発してないからな』


「【中二の知識】スキルについては大体把握した。結論としては新しい世界の知識が増えただけで問題はないということだろ」

『…………』


 ん?……【中二の知識】についての話を一度まとめたつもりだったのに、瓶の中のスライムが戸惑っているように感じるのはどうしてだろう。


「なにか問題があるのか?」

『……いや……もしかして気づいていないのか?』


 いまの話の中でなにか見落としているようなことがあっただろうか。


『気づいていないみたいだな。お前、俺の知識にかなり引きずられてるぞ』

「馬鹿な……そんなことあるわけ」

『お前十歳だろ。昨晩お前の中でやりあった時は、おまえ“僕”って言ってたぜ。口調も年相応のいい子ちゃんだった気がするんだが?』

「は?……なにを言ってる……俺はお……れ? ……あれ? いつから僕はこんな……」


 思考が乱れる。なにがどうなっている。いや、違う! 僕はそんな言い方はしない! なにかがおかしい! 僕は叫びたくなるのを必死に堪えて、混乱する頭を両手で押さえてベッドにうずくまる。


『落ち着け! たぶんお前はいま、違う世界の知識を大量に放り込まれて情報が整理しきれてないんだ。自分がいままで培ってきた常識と俺の世界の常識が混ざり合っちまってる……だから、まずは落ち着いて自分の人生をゆっくり振り返ってみろ。この世界の生活を思い返してなにがこの世界の知識で、どれが異世界の知識なのかを選別してちゃんとわけるんだ。そんなの知識チート系のテンプレだろうが』


 くっ……俺……違う! 僕は……そう、リューマだ。ガードンお父さんとマリシャお母さんのこども。ポルック村で産まれた。毎日お掃除や、お料理や、薬草採取、たくさんお手伝いをしてスキルを取った。お手伝いの合間に幼馴染のリミといつも一緒に遊んだりいたずらをしたりした。五歳の時、お父さんとお母さんのスキルを交換した。それから剣や槍の訓練を始めた。それから八歳の時、狩りの訓練でゴブリンと戦ってモフと友達になった。それから……それから……それから……


 ゆっくりと自分のことを思い返していく。貧しい生活だったかも知れないけど暖かく楽しかった毎日。それ以外は僕のものじゃない知識だ。

 ごちゃごちゃと渦巻いていた自分の頭の中が徐々に整理されていく。スライムがいう異世界の知識をちゃんと僕の世界とは違う別枠の知識だと認識ができるようになっていく。

 すでに得てしまった知識に多少なりとも影響を受けてしまうことは、もはや仕方がないんだと思う。だけど、僕が僕であることが大前提だ。さっきみたいなのは……なんかうまく言えないけどダメだ。僕じゃないみたいだった。

 ……うん、もう大丈夫。ちゃんと仕分けができた気がする。


『……落ち着いたみたいだな』

「……うん。助かったよ、タツマ」

『お? へへっ! 言ったろ、リューマの協力がなけりゃ生きていけねぇって』


 気を許すわけじゃないけど、少しは信じてあげてもいい気がしてきている。いずれにしてもスキルもなにもないスライムじゃ悪いこともできないだろうしね。

 今はまだ怖いけど落ち着いたら【中二の知識】もゆっくりと考えてみよう。もしかしたらポルック村の為になるような知識もあるかも知れないし。でも……“俺”な僕もちょっと格好よかったかも知れない。冒険者になるならあのくらいの迫力はあってもいいかな。

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