第10話 リミナルゼ → 夢
北門の詰所には他の門に比べて二倍の人員が配置されている。見張り台の人数も二倍で、しかもここには目の良い種族か【遠目】や【夜目】などの視力に補正のかかる人しか配置されない。
北側は魔境のある側なのでどうしても警戒を強くしなくちゃならないんだ。でもそれだけの備えをしているから逆に北にある川くらいの場所なら村人たちも安心して出ることができる。
だから下流の方の浅瀬の辺りは天気がいいと散歩がてらに洗濯にくる女の人たちで賑わう。僕たちが今日行くのは下流じゃなくてむしろ上流のほうなんだけどね。
僕たちは今日の北門詰所当番のダイチさんに行き先を告げて北門を出ると川沿いを上流に向けて歩く。
「りゅーちゃん。お魚獲れてるかなぁ」
「どうかな? 獲れているといいね」
「うん!」
天気もいいし、手を繋いだまま川沿いをこうしてリミと歩くのはそれだけで結構楽しい。僕としては、魚が獲れてなかったとしてもそれならそれで構わないかなと思ってしまう。
ただ、魚が獲れるとリミが喜んでくれるし、モフも兎だけど肉も魚も好きだから、そう考えるとやっぱり獲れていてほしい。そのまま雑談をしながら川沿いを十分も歩くと仕掛けを沈めた場所の目印の棒が見えてくる。
「モフ、周囲に魔物とかいないかどうか見て来て貰える?」
『きゅん!』
この辺は森というほどではないけどそれなりに木々があって、視界がいい訳じゃないから一応注意しておかないといけない。モフなら鼻も効くし、森や草原といった場所が得意なうえに身軽だから偵察にはもってこいなんだよね。モフに周辺を一回りしてもらっておけば、この辺でゆっくりしていても問題はない。
「一応、モフが戻ってきてから作業始めようか。途中で襲われたりしたらせっかくの魚を置いて逃げなきゃいけないかもしれないからね」
「うん!」
僕は川岸の柔らかい草の上に腰を下ろすと、リミに隣をすすめた。
リミは嬉しそうに微笑んで耳と尻尾を揺らすと、いそいそと僕の隣に座る。その座り方がいつの間にか女の子座りになっているのを見て、なんだかちょっと不思議な気持ちになる。ちょっと前まで普通に膝を立てて座って、下着とか丸見えでも気にしなかったんだけどな。
「いい天気だね。りゅーちゃん」
「うん、風も気持ちいいしなんだか眠くなっちゃうね」
「あ! じゃあ、リミの足貸してあげるからちょっと横になる?」
「え……じゃ、じゃあせっかくだからお願いしようかな」
ちょっと顔を赤くしながら自分の太ももをぽんぽんと叩くリミにちょっとドキッとしながらも、せっかくなので申し出を受けることにした。背負った槍と、腰の剣を外して手の届く範囲に置くとリミの太ももに頭をのせた。
想像以上の柔らかさにほっとしたものを感じながら見上げると、膨らみかけの胸の向こうに僕の頭を撫でながら微笑むリミがいる。
「風が気持ちいいね。りゅーちゃん」
「うん、いい枕もあるしこのまま寝ちゃいそうだよ」
「えへへ、嬉しいな。この枕はりゅーちゃん専用だからね」
「そっか、ありがとうリミ」
「うん!」
嬉しそうなリミの声を聞きながら目を閉じると、川のせせらぎと、そよぐ風の音、木の葉のさざめきが良く聞こえる。こんなに穏やかなのに、この川の向こうには魔境がある。僕達は常にその影におびえて暮らしている。いつか、魔境をなくすことが出来ればポルック村はもっともっといい村になるのに……
そんなことを考えていたら、いつの間にか僕の頭を撫でていたリミの手が止まっていた。どうしたのかなと思って目を開けるとそこには不安げな顔をしているリミがいた。
「リミ……?」
「ねぇ……りゅーちゃん?」
僕を呼ぶリミの視線は僕じゃなくて、別の所を見ている。その視線をなんとなく追うとリミは僕の槍と剣を見ていた。
「りゅーちゃんは冒険者になりたいんだよね?」
「え? ……う、うん。お父さんたちみたいな凄い冒険者になるのが僕の夢だから」
「そう……だよね」
悲し気な声を漏らすリミにちょっと心が痛む。僕がいつかポルック村を旅立ってしまったら、リミはひとりになってしまう。もちろんリミのお父さんもお母さんもいる。村の皆も家族みたいなものだ。それでも僕が逆の立場だったら同じようにひとりになったと感じてしまうと思うから、きっとリミも同じように感じる気がする。
でも僕は冒険者の夢を諦められない。だからリミに返してあげられる言葉がなかった。
「……うん! じゃあ決めた!」
「え? 何を決めたのリミ」
「私の夢! 私も冒険者になる!」
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