第7話 失態 → トレード

「気を付けろリュー! 奴は【隠密】を全開にして近くに潜んでいる。俺の探知でも微かにしか気配が読めない。動けばわかるんだが……あいつの【隠密】のレベルはわかるかリュー」

「う、うん。確か二だった」

「よっぽど隠れるのが好きな個体なんだな。ゴブリン程度の魔物でスキルがそこまで熟練することなんてほとんどないんだがな。リュー、父さんから離れるなよ」


 僕は緊張で乾いた唇を震わせて頷くと槍を片手で交互に持ち、空いた手の手汗を服で拭いながらお父さんの背中を守る。守るなんて生意気だけど一瞬だけ僕が相手の注意を引きつければお父さんならなんとかしてくれる。


「……」

「……」


 重苦しい空気が流れる。ゴブリンシーフも動けば殺られると思って動けないでいるのかも知れない。お父さんはこの空気の中でも全く動じた様子はないけど、僕のほうは極度の緊張感でなにもしていないのに息が荒くなってきて息苦しい。


『きゅきゅ~!!』


 そんな閉塞した空気感を斬り裂いたのは罠にかかってぶらさがっていた角耳兎の悲鳴だった。


「あぁ!」


 っと思ったときには動き出していた。


「リュー! 動くな!」


 僕が見てしまったのは、僕が止めを刺し損ねて放置した形になっていたゴブリンがふらつく身体のまま角耳兎に近づいて角耳兎を食べようとしている光景だった。


「うああああ! その子を食べるなぁ!!」


 僕は無我夢中で走って槍を振り回してゴブリンを追い払おうとする。あとで思えばせっかくの【槍術1】をまったく生かしていない無謀な動きだったけど、僕の槍はなんとか間に合ってゴブリンの脇腹を打ち据えて弾き飛ばすことに成功した。


『きゅきゅん!』


「窮屈だろうけどしばらくここに入ってて」


 可愛らしく鳴く角耳兎の紐を槍の穂先で斬ると、いったん槍を置いて胸元から服の中に入れる。毛玉がモフっとしてるだけで実際の体部分は僕の両手に収まるくらいのサイズなので十分入れられる。


「危ないリュー!!」


 懐に角耳兎を入れてホッと安心した瞬間にお父さんの警告。慌てて前を見るといつの間にきたのかゴブリンシーフが目の前で短剣を構えていた。


「うあわ!」


 角耳兎を入れる為に槍を手放していた僕には武器がない。腰には剣があるけど抜いている暇がない。どうする? いや! 大丈夫だ、ほんのちょっと時間を稼げばお父さんがなんとかしてくれる。なら! 僕はイチかバチか退がるのでも避けるのでもなくゴブリンシーフの腰に向かってタックルをしていた。


ギギィ!


 もんどりうって倒れこみながら、ふと思い浮かんだ。あれ? これってできるかも。


 ひんやりとしてざらついた鳥肌が立つようなゴブリンシーフの肌を感じながら漠然と思った僕は半ば無意識にそれを実行していた。


【技能交換(スキルトレード)】

 対象指定 「統率1」 

 交換指定 「掃除1」

【成功】


 やった! もう1回。 

 

【技能交換】

 対象指定 「隠密2」 

 交換指定 「裁縫1」

【失敗】


 失敗した! そうかレベルが上だと成功率下がるってなってた。もう1回。


【技能交換】

 対象指定 「隠密2」 

 交換指定 「採取2」

【成功】


 うまくいった。これでもうお前は隠れられない。僕を殺したってお前はもう逃げられない。お父さんの探知から逃れることができないんだから。


「リュー!」


 ザシュ!


 お父さんの声が近くで聞こえて鈍い音がすると、抱え込んでいたゴブリンシーフが びくんっ! と震え、その体から力が抜けていった。


「大丈夫かリュー。今ポーションを出すからじっとしていろ」


 お父さんが僕をゴブリンシーフから離してうつ伏せに抱きかかえてくれる。そのまま腰のアイテムバッグから何かを取り出すと僕の背中にかけてくれた。


「冷たい……」

「我慢しろ、無茶をしおって。幸い短剣がかすったくらいで傷は深くない。ポーションを使ったからこの程度ならすぐに治るだろう」

「うん、ありがとうお父さん。薬高いのにごめんね」


 ポーションは街でしか買えないし、とても高いって聞いていたので僕のせいで使わせてしまったのは申し訳ない。


「馬鹿だな。こういうときのために買ってあるんだ」

「うん」

「よし、ちょっと待ってろ。もう一体にとどめをさしてくる」

「あ! お父さん……それ、僕がやってもいいかな?」

「……構わんが無理しなくていいんだぞ」

「ううん。無理じゃないよ。そいつは本当は僕が一撃目で倒せていたはずなんだ。僕が躊躇して倒せなかったからこんなことになっちゃったんだ」


 お父さんは黙って僕を見ていたけど、やがて頷いてくれた。でも、本当はいま言った理由は嘘じゃないけど、すべてでもなかった。僕はどうしても、もう一回【技能交換】を試してみたかったんだ。

 死んでしまったゴブリンシーフの【短剣術】には【技能交換】は使えなかった。たぶん生きている相手じゃないと使えないということなんだと思う。


 僕はお父さんの手を借りて立ち上がる。ちょっと背中が引き攣るような感じがあるからたぶんそこが傷のあった所なんだと思うけど、興奮状態にあったせいかほとんど痛みは無かったし、もう治りかけみたいだから問題はなさそうだ。

 ちょっと離れたところで気を失っているゴブリンへ到着すると、腰の剣を抜いてゴブリンの首筋に刃を当てながら左手を胸に置いた。


【技能交換】

 対象指定 「木工1」 

 交換指定 「裁縫1」

【成功】


 できた! たぶんゴブリンたちが持っていた棍棒はこいつが加工したものだったんだと思う。【木工】スキルがあれば、村の皆にいろいろ作ってあげられる。今回ポーションを使わせてしまったぶんくらいは皆の役に立ちたい。

 でもその前に、ちゃんとやることはやらないといけない。今度は躊躇せずに右手の剣を引いてゴブリンにとどめを刺す。


「終わったよ、お父さん」

 

 立ち上がって振り返った僕の頭をお父さんは優しく撫でてくれた。


名前: リューマ

状態: やや疲労

LV: 6(Up↑)

称号: わらしべ初心者(New!)

年齢: 8歳

種族: 人族

技能: 剣術1/槍術1/料理1/手当1/解体1/統率1(New!)/隠密2(New!)/木工1(New!) 

特殊技能: 鑑定 

固有技能: 技能交換

才覚: 早熟/利き


今回のわらしべ

『 掃除1 → 統率1 』

『 採取2 → 隠密2 』

『 裁縫1 → 木工1 』

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