第6話 罠 → 初戦闘

「お、これはついてるな」


 お父さんに案内されて五分ほど森を歩くとなにかが木の上からぶら下がって『きゅいきゅい』と鳴いていた。


「角耳兎(つのみみうさぎ)の子供だ。こいつは魔物だが肉は柔らかくて旨いんだ」


 狩り班が使う罠はロープを使ったもので罠を仕掛けた場所に獲物が入ると撓めた木の抑えが外れて、仕掛けられていたロープが木の反動で獲物の足を締めて釣り上げるというもので、僕も仕掛け方は教わっている。

 その仕掛けにかかりぶら下がっていたのはパッと見る限りはただの白い毛玉。木からぶら下がったロープに僕の頭と同じ位の大きさの白い毛玉が揺れている光景だった。


「お父さん角耳兎って確か、怒ると耳が角のように固くなって攻撃してくるんだよね」

「よく勉強しているな。あのくらいの子供だとそこまで危険ではないが、前歯は十分凶器になるし、動きは不規則で素早いから戦うときは油断できない魔物だぞ」

「……うん」


『きゅいぃ、きゅいぃん』


 ていうか鳴き声とか凄く可愛いんだけど本当に魔物なんだろうか。

 父に言われたことを気に留めながら近づいてみると、確かに白い毛玉から小さな白い耳が2本飛び出ている。毛に紛れて目鼻口がよく見えなかったから耳に気を付けてそっと毛玉を回してみる。

 すると半回転したところで毛の隙間から真っ黒でまん丸な目が2つうるうると僕を見つめていた。


 うわ! なにこれ……めちゃくちゃこの子可愛いんだけど! え? 食べるの? この子を絞めて解体して? さっきの鹿を容赦なく解体しておきながらずるいとは思うけど、これはちょっと……無理かもしれない。


「リュー、降ろすのはちょっと待て。お客さんが近づいてきてる」

「え?」


 お父さんが槍を構えて周囲を探っている。お父さんの【気配探知】は目で見ている訳じゃないらしいけど、調べたいほうを向いていると精度が上がるみたい。


「驚いたな……いつの間に囲まれたんだか。リュー、姿が見えたら【鑑定】をしてくれ、もしかしたら気配を消すようなスキルを持っている敵かもしれない。もし、そうなら他の狩人たちのためにもここで確実に潰しておきたいからな」

「う……うん」


 僕はまだ魔物と戦ったことがない。戦闘系スキルは持っているし、お父さんやお母さんと模擬戦は何度もしたけどちゃんと戦えるかどうか不安だ。


「落ち着け。基本的に戦闘は父さんがやる。お前は自分の身を守ることに専念すればいい。初めての戦いなんだからそれで充分だ」

「は、はい!」


 ガサガサガサッ 


 僕の返事と同時に草が揺れ、僕たちの周囲に緑色の肌をした僕と同じくらいの大きさの魔物が現れた。ひとりは短剣を持っているみたいだけど、残りは森で拾ったのかまっすぐな枝を棍棒のように振りかざしている。

 その数……四、いや五かな。すぐに【鑑定】を…… 


ゴブリン

状態: 健常  

LV: 7

技能: 棒術1  


ゴブリン

状態: 健常  

LV: 6

技能: 木工1

  

ゴブリン

状態: 健常  

LV: 4

技能: なし


ゴブリン

状態: 健常  

LV: 8

技能: 棒術1 


ゴブリンシーフ

状態: 健常  

LV: 11

技能: 短剣術1/隠密2/統率1(指揮下の者に自らのスキルの効果を選択付与できる。但し効果は減少する)


「お父さん! 後ろの短剣を持ってるやつが【短剣術】と【隠密】を持ってるよ! しかも効果を仲間にもちょっとだけ与えるスキルを持っているみたい。レベルはそいつが十一で残りは一桁だよ!」

「ほほう……そういうことか。俺の探知をどうやってかいくぐったのかと思ったら【隠密】と【統率】を持っている奴がいたか。魔物では珍しい。それだけに生かしておく訳にはいかない」


 お父さんの雰囲気が変わった。どうやらお父さんは【統率】というスキルを知っていたらしい。たぶんゴブリンたちはゴブリンシーフの【隠密】の恩恵を受けながら近づいてきて僕たちを包囲したんだ。

 多少油断はしていたみたいだけど、【気配探知】を持つお父さんが直前まで気が付かなかったということをお父さんは見過ごせない事実だと考えたんだと思う。

【気配探知】のない他の狩人たちだったら、知らない間に取り囲まれていたかも知れない。敵に気づいていない状態で直近から一斉に襲い掛かられたら、怪我だけじゃ済まない可能性もある。そう考えると、お父さんがいる時に遭遇したのはポルック村にとっては幸運だったのかも。


「リュー、お前は槍を使え。無理に接近戦をしようとするなよ。落ち着いていつも通りやればいい」

「……はい!」


 僕はお父さんと背中合わせになって視界にいる二体のゴブリンを対象と定めて槍を向けた。お父さんならシーフと残りのゴブリンを僕のところまで通すことはない。

 しかも、ゴブリンたちもお父さんのほうを手強いと思ったみたいで僕のところにきそうなのはレベルが四と六のゴブリンだ。幸いこいつらは戦闘系スキルを持ってない。これなら僕でも……


【ギャギャァァァァァァアァアァ!】


「ひ!」


 そう思った途端に背後からシーフの叫び声が響く。その初めて聞く異様な声に思わず竦んでしまう。だけど、その声はどうやらゴブリンたちに対する合図だったみたいで二体のゴブリンが僕に向かってくる。


 と、とりあえず近づかせちゃ駄目だ! そう思った僕は槍を大きく横薙ぎに振って二体を威嚇する。そうしたら、僕よりレベルの低い一体が慌てて下がってくれたので、いまのうちにと槍先をレベル六に突き出す。

 ゴブリンは持っていた棍棒で防御しようとしているが、全然動きが鈍い。これが戦闘系スキルを持っていないということなのか。これなら!


 一撃目はかろうじて棍棒で防がれちゃったけど、レベル六ゴブリンは体勢を崩し、僕は崩れていない。すぐさま槍を引いて二撃目を突く。今度は僕の突きがゴブリンの右肩に入る。本当は胸か腹を突こうと思っていたのにちょっと躊躇してしまった。それでも初めて体験する生き物の体に刺さった槍の感触に槍から手を離しそうになってしまう。


「リュー!」


 はっ! そうだった! お父さんの厳しい声にいつも言われていたことを思い出す。自分の命を狙う者に対しては容赦をしてはいけない。相手の生死を考えるのは自分が相手よりも圧倒的に強いときか、完全な勝利が確定した後!

 僕は意識を切り替え、槍を握り直すと引き抜いた槍でゴブリンの側頭部を殴る。そして視界の端で僕に襲い掛かろうとしているレベル四ゴブリンに向き直り、今度こそ躊躇のなく突きをゴブの腹に突きこんだ。僕の攻撃を受けたゴブリンはギギと僅かに呻いて力尽きたみたいだ。


 僕は肩で息をしながら大きく息を吐く。でもまだ戦いは終わってない。すぐに槍を抜いて周囲を確認するとすでに、お父さんは【棒術】持ちゴブリン二体を倒していた。さすがお父さんだ。……・あれ? まだお父さんは緊張を解いていない……そうか、まだゴブリンシーフがいる!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る