第5話 追跡 → 解体
「さあ、着いたぞ。ここからは油断するな」
「はい」
お父さんと他愛もない話をしながら早足でたどり着いた『狩人の森』の入り口。
森に入るとなるべく静かにしないといけないから事前にできる注意はいまのうちにしておくらしい。無駄話をしていると獲物に逃げられちゃうかもしれないから、ちゃんと聞かなきゃいけない。
「なにかあれば、まずは手で合図をする。ちゃんと合図は覚えているな」
僕は頷く。森の中で声を出さずとも意思疎通ができる様にいくつかのハンドサインを村で決めていて、そのサインを完璧に覚えることが狩りに連れていってもらう最低条件だったから必死に覚えた。
「ま、とはいっても今日は訓練だからそこまで神経質になる必要はない。わからないことがあれば遠慮なく聞け」
「はい」
僕が返事をするとお父さんはいくぞと声をかけて森へと入っていく。凄い! 草とかいっぱい生えてるところに入っていくのにほとんど音が出ない。僕にはまだそんな動きは無理だけどなるべく音を立てないことと遅れないことだけを気を付けて後ろに続く。
しばらく森の中を歩くと、前を歩くお父さんがハンドサインで『とまれ』と合図を出したので足を止める。お父さんの手が足元を指差しているのを見て近づいて覗き込む。するとそこには小さく窪んだ地面があった。
「わかるか? これは鹿の足跡だ。しかもその脇に落ちている糞はまだ新しい。つまりまだこの辺にいるってことだ。ここから先はお前が追ってみろ。私の【気配探知】ではすでにその鹿は捕捉しているから失敗しても逃がすことはないからな」
抑えた声のお父さんに向かってはっきりと頷きを返すと、地面の足跡を追って歩き出す。できる限り気配を消し、鹿の残した僅かな痕跡を探していく。知識としてはいろいろ教えて貰っていたけど実際にやるのは初めてだったので、大分手間取ってしまった。でも、慎重に足跡を追いかけて十分ほど森の中を進むと木の影から鹿と思しき獣のお尻が出ているのを見つけた。
(やった! みつけた!)
内心で喝采を上げ、声を出したいのを我慢して後ろからついてきているお父さんに獲物を見つけたときのサインを出す。
するとお父さんの大きな手がよくやったと言わんばかりに頭を撫でてくれる。お父さんは静かに一歩前に出ると持っていた槍を構えてなんの躊躇もなく投擲した。
投げられた槍は狭い木々の間を綺麗に抜け鹿の腰骨辺りを射抜いた。あそこに当たったらたぶん腰骨が砕けているので息があっても逃げ出すことは出来ない。下半身しか見えてない状況で中途半端に脚を攻撃しても後ろ脚に傷を与えただけでは逃げだされる可能性がある。
ちゃんとダメージを与えていればいずれは力尽きるので仕留められるけど手負いの獣が森を走り回るだけで、次の獲物は警戒心を強めてしまうから本来はよくないらしい。だから、可能なら頭や首を狙う。それが無理ならなるべく移動力を奪う攻撃を選択するんだと教えてもらった。
「よし、いくぞ。解体のおさらいだ」
お父さんは【剣術】をメインにしていたときは狩りのときだけ弓を使っていたみたいだけど、スキルトレードで槍がメインになってからは槍を投げたほうが正確で仕留めやすくなったみたいで、いまは弓を使っていない。飛距離の問題はあるみたいだけど、【気配探知】で先に相手を見つけられる上に森を歩く技術に長けたお父さんなら比較的簡単に投げ槍の有効射程に入れるらしい。
「あ、結構大きい。やったねお父さん」
仕留めた鹿の所に行くと、鹿は既に動かなくなっていた。ちょっと悲しいけど、僕たちが生きていくためには仕方がないと僕だってわかる。だから感謝の気持ちを忘れずになるべく無駄なく利用してあげるのが礼儀だって狩人の人たちはみんな言っている。僕もそう思う。
そして、そのために綺麗な解体は絶対に必要な技術だと思う。今までも村で家畜を解体する時とかには必ず一緒に見学させてもらってきたから僕にも【解体1】スキルがある。
なるべく丁寧に仕留めた鹿の血抜きや解体をしていく。サイズ的には大物の部類だから、これ一頭だけでも十分な成果かな。これだけあれば村の各家庭にそれなりの量のお肉が回る。早々に最低限のノルマが果たせてちょっと一安心。
「よし、【解体】を持っているだけあってしっかりとできているな」
お父さんは僕の手際を褒めながらも、解体の終わった肉や毛皮を腰に付けたアイテムバッグの中に入れていく。これはお父さんが冒険者時代に迷宮(ダンジョン)で見つけたものでおよそ千キログくらい収納できるらしい。
この世界の重さの単位は一律『キログ』。お父さんの体重が約九十キログくらいだから千キログは大きなお父さんを十人以上も収納できるんだ。凄いよね。僕も欲しくてお父さんにお願いしているんだけど、そう簡単に手に入るものじゃないんだって。しかも、お父さんのはウエストポーチ型。このサイズのバッグで千キログの収納力はかなり珍しいものみたいで、お父さんは愛用の武器よりも大事にしている。
「いいなぁ、アイテムバッグ。僕も迷宮に入れば見つけられるかな?」
「なかなか難しいだろうな。買うにしてもバカ高い金額だろうしな。……よし! じゃあこうしよう。いつか、リューがこの村を出て冒険者になる時に父さんのアイテムバッグを貸してやる」
「本当に!」
「おっと大きな声出すな。それに勘違いするなよ、貸すだけだ。そのあと自分の力で自分のアイテムバッグを手に入れたら俺に返しにきてくれ」
「うん、わかった。約束する」
「ははは、とうとう約束しちまったな。さ、それよりも解体は終わりだ。次にいこう。どうやらこの先に仕掛けていた罠に何かがかかっているみたいだから先に確認しておこう。他の獣や魔物に食われてしまう前にな」
「はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます