第4話 ポルック村 → 成り立ち

「いいか、わかっていると思うが、狩りはいかに獲物に気づかれずに先に獲物を見つけられるかが大事なんだ。だから、森を歩くときは目で見える物だけではなく音、臭い、そして殺気。これらに気を付けなくちゃ駄目だ」

「うん、それらを全部合わせて気配って言うんだよね」

「そうだ。よく覚えていたな。偉いぞ」


 お父さんに連れられて向かっているのは村の南東にある森で『狩人の森』って言われている場所。僕が早足で歩いて二時間くらいの距離らしい。そのくらいなら村とはそんなに距離は離れていないかな。

 とにかくポルック村の周囲の環境として絶対に忘れちゃいけないのは、北側を横断する川を越えて徒歩で5日ほど草原を歩くとぶつかる魔境『ジドルナ大森林』。

 ポルック村のあるこの辺り一帯が辺境よりも僻地と言われている最大の理由が、この『ジドルナ大森林』にある。それは『ジドルナ大森林』に近づけば近づくほどに人の住む数は激減していくから。


『魔境ジドルナだけはなにがあっても絶対に刺激してはいけない』


 ポルック村ではどんな小さな子でも知っている。なぜなら『ジドルナ大森林』に棲息する魔物はすべてがとにかく強いから。魔境産の魔物の中で最弱と言われるような魔物でも、辺境最大の街フロンティスにある冒険者ギルドのそこそこ高ランクの冒険者がなんとか一対一で勝てるというレベルらしい。

 たまに大森林から迷い出てくる一体、二体程度の『はぐれ』ならお父さんとお母さんは倒すことができるって言ってたからお父さんたちも冒険者だったときはたぶん高ランクだったんだと思う。でも、もし迂闊に手を出して一度(ひとたび)大森林から魔物が溢れだしたら、もっとも近い場所にあるポルック村はもう蹂躙されるしかないっていうのは村人全員がわかっている。


 だけど、こんな危険な場所だからこそポルック村は、ほとんど無税で自分たちの畑を持つことができるんだってお母さんは教えてくれた。もともとポルック村の人たちは辺境都市フロンティスでスラムにいくしかないほどに生活に困っていた人たちだったんだ。でも、フロンティスで冒険者をしていたお父さんとお母さんがある事件をきっかけに、それを見かねて声をかけたんだ。


『どうせ野垂れ死ぬならこんな掃き溜めではなく、わずかでも希望がある場所で死のう』


 そう言ってお父さんが人々を説得したらしい。そのときのお父さんは凄く格好良かったってお母さんはこっそり僕に教えてくれた。僕も見たかったな。

 お父さんはその後、辺境伯っていう人に『スラムの健全化』と、『大森林からの盾』という方便? を使って開拓村の計画を認めさせたんだって。しかも、ちょっとだけど開拓のためのお金まで出してもらえるように説得したらしい。


 そして、お父さんの言葉についていくと決めた人たちと、辺境伯からもらったお金を使って作られたのが今のポルック村なんだ。

 最初にここに来た人たちは、大森林を刺激しないように注意をしながら、村人全員で力を合わせて家を建て、畑を切り拓いていった。その努力の甲斐があってか、ポルック村は大規模な魔物の襲撃に遭うこともなく貧しく過酷ながらも平穏に約十年という月日を過ごすことが出来た。


 お父さんはそんなポルック村が大好きみたいで、開拓初期の話をいつも自慢気に話してくれる。でも、開拓を始めて一年あまりで、子供を身籠ってお母さんが開拓作業からも街の護衛からも離脱してしまった時はお父さんは村の人たちにかなり弄られたらしいけど。

 でも新しい命が生まれるということが村の人たちの希望になったらしくて、ポルック村の開拓は急ピッチで進められたっていってたから産まれる前の僕も少しは開拓の役に立ったのかも。


 で、おんなじ理由で翌年に生まれたリミも村の中では僕と一緒で特別な子供なんだって大人たちはいつも言ってくれるんだ。つまりなにが言いたかったかというと、村の人たちは一人残らず全員、自分たちが生きていくためには大森林だけは刺激してはいけないと理解しているということ。


 村の北側の門も他の門と同じように開閉はするし、外にも出られるけど村人が北側の川を渡ることをポルック村では許可していない。基本的に誰がきても絶対に渡河だけはさせない。唯一の渡河方法である取り外し可能な即席の橋を使って向こう岸に行けるのは守護者であるお父さんと、同じくらい強いお母さんだけで、その理由も村の近くにきた『はぐれ』を倒しにいくときくらいだった。


 だから、狩りにいくのは大森林とはもっとも離れた場所にある村から徒歩で約二時間の南東の森。棲んでいる魔物も大森林からの魔物ではなく、辺境都市周辺から追いやられてきた比較的弱い魔物が住み着いているんだって。

 魔物がそのくらいの強さなら狩りの対象となる獣も十分にいる。でも、いくら弱いとはいってもさすがに戦闘系のスキルがないと魔物の相手は厳しい。

 だから村で狩りが許可されているのは戦闘系のスキルを持っている人だけ。そのかわり、狩ってきた獲物は村全体で分け合うという約束事がポルック村では決められている。


「たくさん狩って、みんなにお肉配れるといいね」

「そうだな。前回のサムス班も、前々回のシェリル班も成果はあまり芳しくなかったからなぁ」


 村の守護者であるお父さんは本来であれば村にずっといなくちゃいけなくて、なんかあった時のために備えていることが多いんだけど、村の狩りを担当する人たちが何度か続けて成果が上がらなかった時は、狩りをする人たちを全員村の警護に残して代わりに狩りにいくことができる。

 これはお父さんの特殊技能にある【気配探知】が狩りをするのにこの上もなく有効だから。村での自給自足は最近でこそようやくなんとかなってきたけど、最初の頃はとても全員が食べていけるだけのものは準備できなかったんだって。


 それを補ってきたのがお父さんの特殊スキルの【気配探知】。これは周囲の生き物の気配を見つけられるというスキルで村に近づく魔物をいち早く探知して守りの態勢を整えたり、狩りでも獣や魔物を素早く見つけたり、逃げる獲物を追跡したりできる。それにお父さんは戦闘系スキルも高いから狩りの成功率も高いし効率がいいらしい。

 そうして狩った肉や採取物を食料として村に提供して、魔物の素材などで売れる物はフロンティスまで売りに行って、その代金で足りない食料を買ってきたりして村のみんなが飢えないようにしてたみたい。


 村のみんなはお父さんがいなかったら、このポルック村がここまで村として形になることはまず有り得なかったっていつも言ってくれるので僕も嬉しい。でもお父さんは村で村長さんになったりはしないんだ。

 お父さんとお母さんは、人種の差別や、階級の差がなくてみんなが等しく仲良く暮らせる家族のような村を作るのが夢なんだって。だから、自分たちは守護者という立場だけにおさまって、村長さんは他の人にやってもらうほうがいいみたい。それがどうしてみんな仲良くすることになるのかはよくわからなかったけど、権力っていうのをひとつに集めるとろくなことがないって言ってた。


 でも、お父さんはポルック村こそが自分たちが目指した人種の壁のない場所なんだってとっても嬉しそうだった。

 

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