第4話 竜の欠片
いくつもの実験。
得られた情報は他のものには変え難い程に大きかった。むしろこれだけの力をなくしてこの先を生き抜くのは不可能なのではないかと思えた。
たった齢十八の少女。しかし、彼女が何よりも大切なものに思えた。
「ヴァイス様は本当に私の事を恨んではないのですか?」
もう幾度目かすら分からないその問いにもいつの間にか負の感情は一切湧かなくなっていた。
「疲れてしまったな。」
繰り返したタイムリープは想像の何倍も私の体力を奪っていたようで、身体中が泥にまとわりつかれた様に重く感じ、思わずその場に座り込む。
「はい……。」
そしてそれはミルラも同じ様で、その場に倒れ込むようにして横になっていた。
当たり前と言ってしまえばその通りなのだが、改めてこの力のリスクを考えさせられる。
「私は昔この目の酷使によって数十年、いや百年近く身動きを取れなくなったことがあるのだ。
そしてその時に私は目を失い、私は……時間を飛ぶことを封印されてしまった。
こんなことは人の身で行うべきことではない。
酷使すれば、きっと死に絶えてしまうだろう……しかし私は使わなければならない。
.......お前は、私に全てを預けてくれるか?」
そう簡単に答えを出せるはずはないと、私は待つつもりだった。しかし。
「はい、命も人生も全てを捧げます。」
即答だった。横に倒れ込んだミルラの目からは涙が伝っていた。
いくつかの感情が生まれている。
あらゆる知識を兼ね備えているはずだというのに、私にはそれを表現する言葉も方法も分からなかった。
「そうか。ありがとう。」
私の精一杯の感謝だった。
少し休もうか、そう思ったがドタドタと誰かが走ってくる音に驚き体を入口の方へと向ける。
「巫女様、巫女様がこの地を離れる事に激昂した民が暴れております」
先程の最初の警備をしていた者だった。
血相を抱え、汗だくで走ってきた様子からかなりの大事が起きてるように感じられる。
「何人程なのでしょう?」
ミルラは重そうに体を起こしてそう聞く。
どう見てもすぐには動けなそうだ。
「少なく見積って三十位居ます。
暴動を行っているのは十人程度だと思われます。」
「私が行こう……。」
重い体をなんとか起こす。
しかし、ミルラとは違い私には経験がある。重いが人の子三十程度ならなんとかなるはずだ。
「ですが、相当お疲れではないですか?
巫女様と一緒にお逃げになられた方が宜しいのではないでしょうか?」
「今逃げたところで今の私たちの状態ではいずれ捕まるであろう。
火は元から消すべきだ。」
私は、袴の男のあとを着いて行った。
ガヤガヤという騒音と、何か重いもので物を叩くような鈍い重低音が幾度となく聞こえてくる。
長い廊下を抜け、入口に辿り着くがそこには数人の警備の者が倒れていた。
見れば族の数人は長い木の棒を持っている。
きっとあの音は木の棒で人が殴られていた音なのだろう。
「こんなことをして何になると言うのだ?」
「誰だお前は?
誰でもいいけどよ、早く巫女様を出せよ!」
族の一人が叫んだ。
私の問いに答えは帰ってこない。
皆口々に叫んでいる為とても話が通じるようにも感じない。私が諫めようとしてる間にも一人、また一人と木の棒で倒されていく。
不意に手を伸ばす。
しかし、何も出来ない。
雷が落ちるわけでも、過去へ戻って原因を無くせるわけでもなく自分がただの有象無象の一つに過ぎないと痛感する。
仕方がないと考え、族の一人へと正面からぶつかる。
ドッと自身の体が相手にめり込むように感じた。
そして呻き声を上げ倒れ込んだ。
「このやろォ……。」
ガツッと大きな音が聞こえた。
何故か体が前へと崩れる。同時に背中に強い衝撃を感じ、殴られたのだと分かった。
前のめりに倒れたが、酷い息苦しさに思わず背中へと手を伸ばし息を吸おうとする。
「い、いってぇ……。」
思わず声が漏れるが自分でも聞き取れるかどうか分からないほど声は出てない。
何度かの深呼吸をするが、ただでさえ重かった体はもう動こうとすらしてくれないようだ。
無力感。目の前で起こっている争いに対処する方法が一切ない。
こんな状態では未来を見ることも出来ず、人並み以下であると実感し悔しさが滲む。
「何故争う。」
精一杯叫ぶが、誰の耳にも届かない。
「いい加減にしろ。」
騒音の中で一際大きな怒号が響く。その声は雰囲気こそ違うが、聞き覚えのある声だった。
小柄な褐色の肌の青年は長い木刀を両手で振り回す。
長い木刀は、鍔のあたりを支点として青年と刀身をまるで振り回す様にして周囲を薙ぎ払う。
小柄な体は木刀に振り回されてるように見えるが、所々で支点がその体へと移る様にして木刀が振られていく。そしてあっという間に十人は超える男がそこに転がっていた。
「もし、これが木刀ではなかったとしたら全員死んでるんだけどな。」
ポツリと青年は呟く。よく見るとその顔は無邪気に笑ってるように見える。
「おい、石集め風情が貴族のやることの邪魔をするなよ。」
シュラスのことを知ってるのか、一人の男が叫んだ。
「あーお前、石集めかよ。
クロズミ如きが俺らの邪魔してんじゃねぇぞ!」
倒れたもの、木の棒を持ったものは口々にそんなことを叫び始める。
「俺達は金持ちでは無い。けど、それって今ここでなんか重要なのか?」
シュラスはそういうと、木刀で大きく横に薙ぎ払った。ウガッと一人の体に鈍い音を立てて食い込む。
するとシュラスはそこを支点にして木刀を回す。
長い木刀の柄が近くにいた男に直撃した。
そして振られた木刀の反動で他の男を蹴っていた。まるで連鎖するように木刀とシュラスの体は周りを薙ぎ払い、遂には族の全員がその場に倒れた。
「疲れたけど、スッキリした。
仕切ってるからっていい気になってる奴らをぶん殴れたし、俺はもう満足だわ。
宮司さん、後は任せていいですか?」
シュラスは乱暴に木刀を放り投げるとその場に座り込んだ。
「申し訳ない、助かりました。
後で礼をさせてもらいたいので、ゆっくり休んでてください。」
袴の男達は、倒れた男達を組み伏せ縛っていった。
「ヴァイス様、大丈夫でしょうか?」
袴の男に肩を借り、ミルラはヨロヨロと近づく。
背中には鈍く重い痛みが残っている。この様な痛みを感じたことの無い私には背中から広がるようにして走るこの痛みが、とても不思議な感覚に思えた。
「大丈夫……とは言い難いな。」
そう言いながらも、薄く笑みを浮かべてしまう。
どんなことであろうと、知らないことを経験できるというのはどこか喜ばしく感じてしまう。
そんな自身が馬鹿らしく思えるが、唯一抗えない感情にまた笑みがこぼれる。
「すぐに治療を!」
「ヴァイス、大丈夫か?」
ヨロヨロと近づいていたミルラを見ていた目線が急にブレる。それが、抱えられたからだと気づいた時には既にシュラスによって運ばれていた。
「すまないな。」
「あんた、見たところあんまり荒事得意じゃないんだろ?
無理は寿命を縮めるもんだぞ。」
元の姿であれば所謂 指先一つで全てを解決出来てたというのにこのザマである。
しかし、何故か悔しさよりも喜びが勝る。
「そうか。
ならば私にもその剣術、体術を是非とも指南してくれ。」
まだ得られる知識がある。まだ私の知らない世界がそこにある。
私にはそれだけで十分だった。
「あんたがか?う〜ん。」
ゆらゆらと私を揺さぶり歩く彼の思考も揺れているようだ。
「向き不向きはあるのかも知れない……が、頼みたい。いつか必ず礼はする。」
長い廊下を渡りきるとそこには大量の布類と、横たえられた怪我人達が治療を受けていた。
シュラスはゆっくりと私を布の上に置いた。
「仕方がない。今すぐとは言えないけど、俺の師匠に紹介してやるさ。
師匠は首都にいるから行く機会があればだ。」
「そうか、それは助かる。出来ればすぐにでも行きたい。」
「すぐには無理だろ?
まずは治癒に務めた方がいいんじゃない?
師匠は厳しいから、怪我人じゃ何も学ぶことなんか無いって追い返されちまうよ。」
私はそうかと小さく返事をして、仕方なくそこに寝そべる。本当ならば今すぐにでも指南を受けたいところだった。待ち人は大勢いる。
しかし、その中で私が優先的に処置をされたのはきっとミルラの配慮によるものなのだろう。
何か冷たいものを背中に感じたかと思えば、包帯と呼ばれる細い布を胴体に巻かれた。
鈍く重い感覚は若干残るものの、擦れるような痛みと鋭い痛みはほぼ無くなった。疲れた、本当に。
すぐ近くで力尽きたように眠りについているミルラを見た途端に強烈な眠気が私を襲う。
私はゆっくりと重いまぶたが成すままに任せた。
騒音。
どれだけ経ったのだろう。
数時間なのか、もう日付も変わった後なのかも分からない。下手をすれば数日、なんてことも有り得るだろう。それだけ深く眠っていた気がした。
私は物凄い騒音で目を覚ました。
辺りではドタドタと慌ただしく宮司と呼ばれる者達が走り回っている。
「何か起きたのか?」
未だ重みの抜けない体をなんとか起こし、近くの一人に声をかける。
「お目覚めですか。
龍神様の御手を煩わせるほどの事態ではないとは思いますが、採掘を生業としている者達の住むクロズミと呼ばれる一帯が襲撃にあった様なのです。
基本的に石造りではありますが、あそこの一帯には木材も多少使われており火事も起きているとか。
ここにも放火や襲撃があったのですが、巫女様の指示のおかげもありなんとか食い止めております。」
「そうか、通りで慌ただしいと。
ところでクロズミと言うのはシュラス、この前ここの救援をした青年が住む一帯ということで良いな?
そちらの方は大丈夫なのか?」
「いいえ、大丈夫とは言えません。」
突然後方からの声。
ミルラだった。
「救援に幾人を向かわせておりますし、鎮火に向けてもなんとかしたいのですが今回は族があまりにも多いようで……。
きっとシュラス様が、先日の貴族達に恨みを買ってしまったのでしょう。
こちらは助けて貰った身。なんとか力になりたいのですが、どうしようもないのです……。」
ミルラは肩を震わせていた。怖いのだろうか、悔しいのだろうか。恐らく後者だとは思われるが、私同様にどうしようもないこの状況に怒りを覚えているはずであろう。
「私が行ったところでどうにかなるとは考え難いが、仕方ない。向かうとしよう。」
私は重い体を引きずり歩き出す。勝算がある訳でもないが、とてもこの自体を放置したいとは思えなくなっていた。たった数日でこれまでの数千年で出来た考えがここまで変わるのかと自身でも驚いていた。
「ヴァイス様……お待ちください!」
驚く様な大声。ミルラから発せられたその声に振り向くと、彼女の顔には明らかな驚きの感情が浮かんでいた。
「どうかしたというのか?」
「ヴァイス様。ヴァイス様はご自身の未来を観てはいらっしゃらないのでしょうか?」
私は意識を集中させる。
複数の人間に囲まれ殴り倒される光景。
複数の人間と交戦し倒される光景。
交戦に負け逃げる光景。
どれを見ても、私が向かうことで何かが変わるとは思えないようなものばかり。
中には消えそうな細い糸もある。
きっとあの先に進んでしまえば私は死んでしまうのだろう。
「そうか。警告ありがとう。
しかし、この身は何れ争いに投じられるモノだ。」
死ぬ気はさらさらないが、ただ逃げるという選択肢も無かった。
「いいえ、ヴァイス様には見えてないのでしょうか?」
「私が死ぬ未来か?
無論見えているとも」
私がそう言い切る直前、ミルラの声に掻き消される。
「違います。ヴァイス様が仰った、竜の欠片。
それがここにあったのです。」
ミルラは私の手を引いて走った。
互いによろめく足をなんとか走らせ、向かったのはこの社の最奥。先日ミルラと初めて会った広間のその奥にある小さな扉の前。
「ここの奥に神木があります。そして、神木の根のあたりに有るのです。
私には見えました。ヴァイス様がそれを見つける光景が。
そしてこの街を救う光景が。
力不足の我々人間をなんとかお救い下さい。」
ミルラはその額を地につけ懇願した。
「私はそのようなことを望んではいない。頭を上げるのだ。しかし、感謝する。」
ミルラは依然として頭を上げようとはしない。
私は扉を開け、その大きな木の根元へと向かう。
神木。そう言われるだけあってなんとも言えない凄まじい生命力を感じる。
そして、それと同時にどこか懐かしいような温もりを感じる。
私はその感覚を頼りに木の根元を掘る。
すると数センチほった所で、その感覚の塊を見つけた。
青白く光る石。一目見ただけでそれが竜の欠片と呼ばれるものだと潜在的に理解出来た。
私はゆっくりとそれに手を伸ばした。
そしてそれに触れたとき、私の体を温もりが包んだ。
そして強いイメージが脳内に直接インプットされる。しかしそれがなんなのかは分からない。たった一匹の竜が寂しそうに佇んでいるイメージ。色は白色だが、どこか似ているようで自分ではないような不思議な存在に見えた。
そして私にはその石が一体なんなのかもどうなるのかも知らないはずだと言うのに、それの使い方は何故か知っていた。
私はそれを袖口にしまい込んだ。
「行こう。案内してくれ。」
私の体の疲労感は何故かほとんど吹き飛んでいた
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