銅賞
キム
第1話 銅賞
「~~高校、以上の六校は県大会へ出場となります」
吹奏楽部の地区大会、結果発表。
県大会に進出できる学校の名前に、僕らの学校は呼ばれなかった。
演奏会場のホール内に流れるアナウンスが終わった瞬間に、入部してから半年間、一緒に演奏してきた友達や先輩達は泣き崩れていた。
そんな仲間達の姿を見ている僕の視界も、自然に歪み始める。
(あんなに、頑張ったのにな……)
* * *
結果発表の後の表彰式が終わり、建物の入り口に部員全員で集まっていると、少し遅れて顧問の先生がやってきた。
「お待たせしました。審査結果を貰ってきました」
先生が、審査員から受け取ってきた封筒をみんなに見えるように目の高さまで上げたあと、封筒を開け、折りたたまれた紙を広げて、中身に目を通す。
しばらくしてから顔を上げた先生が、僕たち一人ひとりの目を見てから結果を口にした。
「私たちは、銅賞です」
その言葉を聞いても、反応を示す人は誰もいなかった。
「『銅』という字は『金と同じ』と書きます。皆さんの頑張りは、金賞にも負けず劣らないものだったでしょう」
そうは言うが、結果は銅賞。僕たちが参加したBの部と呼ばれる部門では賞なしもありえるので、それに比べたら結果は残せた方である。しかし、銅賞では県大会には出場できない。三年生の先輩たちは、この夏のコンクールを最後に引退をしてしまう。
悔しさで泣いているのは僕だけではないようで、周りの仲間達も涙を流して慰めあっている。
そんな中、悲しげな表情を一つせずに先生の話を聞き続けている先輩がいることに気がついた。
三年生で、僕と同じトランペットパートの佐々木先輩だ。
とても優しくて、教え方も演奏も上手で、僕の憧れの存在だ。
なんでこの状況で涼しげな表情をしていられるのか。
疑問が怒りに変わると、自然、僕は仲間たちの間をすり抜け、佐々木先輩に近づいた。
「あの、佐々木先輩」
「ん、どうしたの?」
「先輩は、なんでそんなに涼しげな表情をしているんですか? 悔しくないんですか? もうこれで引退なんですよね?」
僕の言葉から刺々しさを感じたのか、先輩は少し目を丸くする。
しかしそんな表情をしていたのも一瞬で、すぐに吹き出してしまった。
「……ぷっ」
「え、なんですか。なんで笑うんですか? 僕、そんなにおかしいこと言ってますか?」
「いや、そうじゃないんだ。ごめん、ちょっと待って」
先輩はそう言って息を一つ吸い、何かを思い出すように視線を上に向けた。
「うん。帰りの電車で、少しお話しようか」
* * *
さっき笑ったのはごめんね。別に君の言っていることが可笑しくて笑ったわけじゃないんだ。
むしろ私は、君が感じているその気持ちにとても共感ができるよ。
ん、なんでかって? 私もね、一年生のときに、さっきの君と全く同じことを当時の三年生の先輩に言ったんだ。
実はね、私が一年生のときも地区大会で敗退しちゃってさ。しかもそのときは銅賞すら取れなかったんだ。そのときの私はもうボロッボロに泣いてたね。
そんな、隣の人の表情すらわからないような状態で、何故か一人だけ何も感じていないような表情をしている先輩がいることに気づいてさ。格好良くて、可愛くて、もちろん楽器も上手くて。私の憧れの先輩だった。知ってる? 格好良いと可愛いは、両立するんだよ?
まあ今はそんなことはいいか。それでね、その先輩に言ってやったんだ。なんでそんな何も感じてないような顔してるんですかーって。もう私たちと一緒に演奏できないのが悲しくないんですかーってね。
そしたらその先輩がね、こう言ったんだよ。
私にできることは全部出し尽くした。それでこの結果なのはもちろん悲しいけれど、君たち後輩が同じ気持ちになってくれるんだったら、この結果は無駄じゃないんだって。そう思えるんだよね。
私たち三年生はここで終わりだけど、うちの部はまだまだこれからも続いていく。夏が終わったら一年生と二年生だけで演奏会をして、きっと三年生がいなくなった演奏に自分の実力を思い知らされて、春になったら新しい代が入部してきて、何も知らない子たちに一から楽器の吹き方を教える。そうやって、この部活は続いていくんだ。
だからさ、これで終わりじゃないんだよ。この悔しさをただ涙に乗せてすっきりして終わるんじゃなくてさ、次に繋げて欲しいんだ。私たち三年生まで涙を流しちゃったら、ここでこの気持ちに整理がついて終わっちゃう。でもこの気持ちを君たちが次まで持ち続けられれば、絶対にチカラになる。月並みなことを言っちゃうけど、この悔しさをバネにして来年こそは頑張って欲しいんだ。
それを聞いたときは、なんかそれっぽいこと言ってるなーってよく分からなかったんだけどね。でもさっき先生から銅賞ですって言われたときに、そのことを思い出してね。今ならわかるんだよ、そのときの先輩の気持ちが。
内心はとっても悔しいよ。今すぐこの場で君の胸を借りながら大声で泣きたいもん。でもね、それじゃ君たちにバトンは渡せない。二年前に先輩から貰ったバトンは、銅賞とはいえ賞を取れるところまで強くなった。今度はそのバトンを君たち後輩にちゃんと渡せれば、もっと強くなる。君が三年生になる頃にはきっと、県大会に行けるぐらい強くなると思う。
だから私は泣かないよ。ここで終わりにしたくないから。君たちに、今までとこれからを全て託したいから。
* * *
家に帰ってから自室のベッドに寝転んで、佐々木先輩に言われたことを思い返す。
県大会に出場できないと知ったとき。
審査結果が銅賞であることを告げられたとき。
先輩の何も感じていないような表情を見たとき。
どれも感情の制御ができずに、悲しさと悔しさと怒りが溢れ出てしまった。
いや、まだ少しだけそれらの感情が自分の中に残っているように思える。
これはきっと、佐々木先輩の言葉を聞いたことによって、佐々木先輩から託されたバトンなのかもしれない。この感情を忘れずに、来年の夏のコンクールまで頑張るんだ。
明日から三年生はいない。
涙はもう止まっていた。
銅賞 キム @kimutime
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