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いつも通り、僕はちょうど生徒の下校時間ぐらいに希濤の病室に来た。今日、午前中は検査があって病室にいないから、この時間に来ることにした。
病室に入っても、希濤は相変わらずいなかった。けれど、その代わりに、希濤の父親がいた、優しい顔で、静かそうだけど、それ以上に頼れそうな雰囲気だった。こんな父親っていいなぁ。
希濤の父親がいた、彼は希濤のベッドの近くにある丸椅子で文庫本を読んでいた。僕に気がついて、優しく微笑む。希濤に似ていた。
「やぁ、音谷くん、希濤に会いに来てくれたのかい?」
「そうですけど……えーっと、希濤はまだ検査ですか?」
「そっか、あの子は君に言っていなかったね、スマホは病室に置きっ放しだしなぁ」そう言いながら彼はベッドに置かれているスマホに目を移した。そして続けて言った。
「検査、長引いたんだ」
「……そうですか、じゃあ、お邪魔しました」
僕が背を向けて、病室から出ようとした時、希濤の父が立ち上がる音がした。僕は後ろを振り向く。
「よかったら、一緒に希濤が検査を終わらせるまで、何処かでお話でもしないかい?」
時間は別に余裕があるから、全然大丈夫だった。
「じゃあ、この近くのファミレスでいいかな?」
僕と希濤の父親は、ファミレスに行く。
希濤のお父さんが自動車を持っていて、ファミレスの近くにある駐車場に車を止めて、ファミレスに向かった、途中、もちろん話した。
ファミレスの窓際のテーブル席、ドリンクバーを二つ頼んで、希濤の父親は僕に先に行かせた。紳士だろマジで。
お互いドリンクをコップに入れた後、会話は始まった。
「最近、希濤とはどうだい?」
「普通に楽しんでますよ」
「それはよかった。あの子は病弱だから、学校にあんまり行っていないし、友達が少ないんだよ」
希濤の父親がそう言っているのと同時に、その言葉と言葉の間に、希濤の数ある未来があるように見えた。
「希濤は、きっとクラスでも人気者ですよ」
「自分の娘だが言われると私が恥ずかしいなぁ」
照れているようにも見えたし、嬉しそうにも見えた。希濤の父親はココアを一口飲む。僕もそれを真似するように、さっき混ぜたアップルグレープクリームメロンコーラカルピス(黒に近い緑)を飲んだ。我ながら最高な配合だ。
「因みにえーっと、希濤のお父さん、お仕事は大丈夫ですか?」
「あぁ」彼は笑った「私の名前はまだ言っていなかったね、雷坂仁、えーっと、人偏と二の『仁』」
仁さんは続けて、僕の質問に答えてくれた。
「私は家でプログラマーをしていてね、会社の方には希濤のことを言ってくれたら、家での仕事を許可されたんだ、しかも仕事の量を減らしてくれるんだ、しかもその上給料は上がるんだ」
「最高ですね」
「私もそう思うよ」
それとついでに、希濤の母親の事を聞かされた。
希濤の母親の名前は雷坂晴風というらしい。
「初対面は結構きつい人でね、でも、優しい人だよ、私なんか初めてあった時キックを喰らった上に汚物を見るような目で見られたんだ。私と比べれば彼女は君に全然優しいさ、羨ましいなぁ」
大学生の時、二人は出会って、初めて会った場所は、夜の路地裏だった。ちょうど帰る場所の近道がたまたま一緒だったから、仁さんはずっと後ろにいた。晴風さんが怖がっているのに気がついて(痴漢とか変態に思われたのだろう)、彼女を追い越して、先を抜けようとしたら、彼女も一緒に早くなった。それを越えようとさらにスピードを上げた。
結果、晴風さんは大変大きな勘違いをして、仁さんにキックをかました。そして逃げた。
後日、大学で仁さんを見かけた晴風さんはたまたま仁さんが友達とこのことを話しているのを聞こえて、仁さんがただの一般人、いな、一般男性以上の紳士だと分かった。
完全にアニメじゃん。
「それ、仁さんが原因じゃないですか?」
「実は私も今、同じことを思ったんだ」は笑いながら「彼女があれこれキックをかます人になって欲しくないからね、私がそばにいたいって思ったんだ」追加で言った。
「因みに告白は彼女からなんだよ」
仁さんは優しく笑った。笑顔が絶えない人だと思う。
仁さんはいつでも、にこやかだった。でもその笑顔が無くなったら、そんな嫌な考えが、僕の心を切った。
「彼女は仕事で忙しくてね、あ、因みに部下に指示するような人だよ」
「なんかわかるような気がしますね」
「今度彼女に君のこと話すよ」
「キック、喰らわないといいですけど」
「よく言っておくよ」
「ありがとうございます」
僕たちは、年の離れた友人、みたいな感覚が残っていた。仁さんは話しやすいし、話す内容も面白かった、完璧すぎるだろ。
因みに家事や料理は誰がやっているんですか? 私だけど。
師匠と呼ばせてください。
ファミレスを出て、駐車場に向かう、砂利の駐車場は、一歩歩くたびに石と石が絡み合って、ゴリゴリとした音がする。
車の助手席に座って、シートベルトを掛けた。
エンジンを入れて、病院に向かった。
車の中、信号を待っている時。「この信号はながいんだ」仁さんが言った。
「実は希濤の容体は、あんまりよくないんだ......」
「……」
思ったよりも言葉がうまく出せない。
「ちょっと数値に異常が出てね、だから今、ちょっと命が危ないかどうか、治るかどうかも、よくわからない」
知っていた。だけど、何が違うんだ、もともと治るはずの病気が、なぜこんな風になるのだろうか。
「そうなんですか……」
「あんまり驚いていないね、知っていたのかい?」
「いや、ちょっと、衝撃が大きすぎて」
「音谷くん」
仁さんの声のトーンが、僕の心をそっと撫でる。
「これからも、希濤と仲良くしてくれると嬉しいよ」
僕にはそれが、寿命が見えるからこそ、別の意味に聞こえた。
希濤の命を、大切に生きてくれ。
信号が、青に変わった。
結局、希濤の検査はさらに長引いた。
希濤が死んだ世界を想像した。
壊れそうだった。
帰り道、泣きそうだった。
我慢できなくて、泣いた。
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